ちゃんと恋愛したいので

@chauchau

会うのも我慢、まじ乙女だし


「ヤバい、まじでヤバい」


「成績が」


「違うっつーの! てか、真面目に聞いてよ!!」


「教師としては、成績のヤバさのほうに目を向けてほしいもんだな」


 喫煙者の肩身は年々狭くなる。

 一か月前に最後の戦友が孫が出来たと禁煙してからは、校舎隅の喫煙所は俺だけの場所だった。たとえ最後の一兵になろうとも、死すときは前のめりあらんことや。

 などと、馬鹿げた空想を漏らして一服を嗜んでいた俺のもとへ突撃をかましてくる女生徒が一人。もはや喫煙所に生徒が来てはいけないと説教をかます気にもなりはしないほど彼女はこの場で俺に話しかけ続けて来た。


「煙草吸ってる教師が偉そうに言うなし」


「煙草は違法でもなんでもありません。むしろ高額納税者としてこの国の未来を支えております」


「でさ! まじでヤバいんだって!」


「はいはい、なんでございましょう」


 適当に置かれた灰皿に煙草を押し付ける。

 さらば愛しい給料の成れの果て。君はまだ戦えると分かってはいても、俺はそれでも教師なんだ。ああ、まさしく教師の鑑である自分が憎い。


「めっちゃカッコ良い人がバイト先に居たんだけど!!」


「良かったじゃん、それはもう告白して付き合ってフィーバーの流れっしょ」


「は? 真面目に聞いてよ、ふざけんなし」


「すいません」


 時代は変わっても、変わらないものはある。

 例えば、そう。女子高生が怖いとかな。


 陰キャ畑の俺からすると、彼女みたいな明るい女子は怖いんだよ。もうカツアゲされそうでドキドキするね。


「つかさ、そこはさ、お前……、一週間前に俺に告白したくせに……、とか言うところじゃん」


「お前……、一週間前に俺に告白したくせ痛った!? ごめんなさい、すいません!」


 言われた通りに言ったら殴られました。

 いや、これは正直俺が悪いな。うん。いや、でもさ。それ以外何を言えば良いのか分からないんだ。表情は分かるよ? 泣きそうにしながら笑って許しを請うのが正解だ。


「まじその顔むかつく」


 間違っていたらしい。


「普通にバイト先の先輩と付き合うのが正解だとしか言えないんだが」


「知ってるしー! てか、あたしの告白受けたらまじで最低じゃん。速攻で校長にバラしてクビにしてやっから」


「俺はもう女性という存在が怖くて仕方ないよ」


 つまりは彼女に告白されたわけなんだが。勿論、健全な教師として秒で断りました。若い女性と付き合うのがステータス? そんな馬鹿げたことを考えたことはありません。むしろ俺を無職に陥れる恐怖の大王でしかないわけよ。

 そもそもが、誰からも見捨てられたくらい馬鹿なこの子の勉強を見ていただけだからね。もう少し時間が経てば分かるんだよ。ああ、あの教師……、別にカッコ良くもなんでもなかったなって。


「はぁ……、こんなさえない男に惚れたあたしってちょぉ不幸」


「かわいそ痛った! ごめんって、ごめんなさい! すいません! 許してください!」


 家族仲もあまりよろしくないらしい。

 こんな形でも、頼ってもらえるなら嬉しいもんだ。志があって教師になったわけではないけれど、それでも生徒を見ていれば可愛くは思う。なお、それ以上に鬱陶しいと思う馬鹿親もいるのはい……、この話はやめておこう。


 彼女の高校生活三年のなかでの二年ほどを、俺は関わり続けた。

 きっと大きく思えて、そんなことはないんだろう。家族のこととか、俺が解決できないことはまだまだ多く残っているようだけど。それはまあ、彼女自身がどうにかしていく話だろうしな。少なくとも、高校の間だけでも適当に話せる相手が居て良かったとそう思うしかないじゃないか。

 教師が生徒の人生をどうにか出来るなんて、それはもうドラマだけの話なわけですよ。


「んじゃ、あたし行くわ」


「はいはい、大学では単位落とすなよ」


 卒業すれば生徒ではなくなるのでお付き合い。

 なんてこともドラマだけのお話だ。恐ろしいほどあっさりと挨拶だけして彼女は我が校を去っていく。まあ、挨拶をしに来てくれただけでも御の字だ。


 生きるため、金を稼ぐためにやっている仕事だけど、こういう時だけは。

 ちょっとやっていてよかったと思わなくもない。


 出会いがあれば別れもあって。

 幸多からんことを、彼女の背中に祈りを込める。


 まだ三十歳にも届かないから大丈夫だと思っていたけれど、こんな風に思うようになるってことは、俺ももうおっさんなのだろうか。

 それとも、三十歳になったらもっとおっさんになっているんだろうか。それは、……。


「てか、まじおっさんじゃん」


「指導教員に向かってよい度胸してんじゃねえの」


「は? 偉そうに言うなし」


「すいません……」


 数年経って母校に戻ってきた彼女は、彼女のままで、でも彼女のままではなくなっていた。勉強して、経験して、外面を獲得して、あとついでに教員免許も手に入れて。

 新人教師として再開した彼女は、結局、俺には当たりが強いままである。他の先生も、生徒時代を知っているから俺に対する対応にとやかく助け船は出してくれない。これが虐めか。現代の闇め。


「あり得ないっしょ、少しは若くなろうって気がないとかないわー」


「ゲームとかはまだしているから大丈夫、あ、ごめんなさい……」


「……はぁ、まあ良いけどー」


 彼女が教師を目指したのは、俺の影響だろうか。

 なんて聞いたら殺されるので聞かないけれど、うぬぼれるくらいはしてみたい。


 出会いと別れを繰り返すのが教師のお仕事だ。

 こういった出会いもあるから、ちょっとだけ俺はこの仕事が好きなんだ。


「同僚になったから口説いても問題ないよね」


「全力で遠慮させていただきま痛ったい!!」

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