04.不惑のみる夢
しばらくの間、夜はユリアさんが付き添ってくれた。
おそらく、自殺しないようにと見張ってくれていたのだろう。
エスカー様が亡くなって、三ヶ月。
私は空虚なまま毎日を過ごしている。生きている意味を見出せない。
けれど、いつも私を気にかけてくれているユリアさんやディートさん、おかみのケーテさんのことを思うと、自殺しようなんていう気は起きなかった。
もし宿屋なんかで自殺しようものなら、営業妨害も良いところだろう。
恩のある宿だ。生きている限り、ここで精一杯働かせてもらうほかない。
「カトレアちゃん。ちょっとこっちにきて酌してくれよ〜」
夕食時のお客は、飲んでいる人が多いので絡まれることもある。客なので無碍にもできず、適当に付き合ってはさっと抜ける。
「飲み過ぎですよ、ワーレンさん。これで最後にしてください」
「カトレアちゃんも、ちょっと飲んでいかねぇか? 奢るからさ〜」
「勤務中ですので遠慮いたします」
「仕事終わったらいいのか?」
「嫌です。失礼します」
スンとその場を離れると、男たちの声が後ろから聞こえて来る。
「お前も懲りないな。相手にされてないじゃないか」
「あのクールさがたまんねぇんだよ!」
毎度相手にされようとしているワーレンさんのあの必死さが、少しエスカー様に似ている気がした。
仕事をしていても何をしていても、思い出すのはエスカー様の事ばかりだ。
こういうことは日にち薬だとケーテさんが言っていたが、三ヶ月程度では癒された気はしない。
いつか、エスカー様の死を穏やかに受け入れられる日が来るのだろうか。
そんな日が早く来て欲しいと同時に、来てたまるかという気持ちもあった。
翌日、お客を迎えるためのベッドメイキングをしていると、ユリアさんが私を呼びに来た。
「カトレアさん、お客様があなたにお話があるって来ているのだけれど……」
「お客様が?」
「ええ。ここは私が代わるから、広間の方に行ってくれる? そこにお通ししているの」
「わかりました。行ってまいります」
何かクレームだろうか。特に大きなミスをやらかした覚えはないが、私は無愛想なためか時折苦情が入る。
もしかしたら、この間絡まれていた女の子を助けるために、男を投げ飛ばしてしまった件かもしれない。
お礼の方だといいなと思いながら、私は広間に向かう。
「お待たせしました、お客様……」
そう声を掛けた相手は、手に抱えきれないほどの花束を持っていて顔が見えない。
しかし、どうやらお礼の方らしいと私は少しホッとした。
「カトレア……」
「え? ああ、そうですね。これはカトレアの花です」
誰かが抱える大輪の花。それは私と同じ名前だった。
「この花言葉を知っているか?」
「いいえ、花言葉までは」
「『成熟した大人の魅力』だよ。カトレア」
ふわりとカトレアの花が渡される。
その瞬間、相手の顔が視界に入った。
「……え?」
「どうした、カトレア。俺の顔を忘れたか?」
これは、夢を見ているんだろうか。
そうかもしれない。そうでなくば、ここにいるはずがない。
「エスカー、様……?」
「うん。今度こそ、結婚してもらいに来た」
「だって、ご逝去されたって……」
「本当は生きてた。君がいなくなった翌日に目を覚まして、それから俺を死んだことにして欲しいとずっと掛け合ってた」
「どう、して……」
「身分差がある限り、カトレアは俺と結婚してくれないだろ? それにまた、国政に利用されるのはこりごりだったしな」
カトレアの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
これはやっぱり夢かもしれない。足元がふわふわして覚束ないのは、きっとそのせいだ。
「エスカー様……」
「思ったよりリハビリに時間がかかって、来るのが遅くなった」
「もう、お体は大丈夫なのですか?」
「日常生活に支障はないよ」
「本当に本物ですか……生きているんですか……夢、じゃ、ないんですか……?」
「触ってみるか?」
そう言われて、私はカトレアの花をばさりと落とし、広げられたエスカー様の胸に飛び込んだ。
「エスカー様、エスカー様……!!」
「カトレア、会いたかった……」
夢じゃない。本物のエスカー様だ。
ぎゅっと包んでくれる大きな腕が、こんなにも愛おしい。
「良かった……良かったです……っ」
「連絡せずにすまない。どこから情報が漏れるか分からなかったし、カトレアを驚かせたかった」
人を驚かせるのが昔から好きだった、第二王子らしい。私はつい、ふふと笑ってしまう。
すると両肩をガシリと捕まれ、その視線を一身に浴びる。
「家も仕事も、この町で見つけてきた。ここで一緒に暮らそう」
真剣なエスカー様の顔に、私の頬は徐々に熱を帯び始めた。
嬉しい。素直に、嬉しい。
死んだと思っていたエスカー様が生きていて。
身分差も消えて。
一緒に暮らそうと言ってくれる。
目の前にいるエスカー様が、本当に愛おしい。
「もう、俺のプロポーズを断る理由はないよな?」
一体、何回プロポーズさせてしまっただろう。
もう二度と、二度と。
エスカー様に辛い思いはさせない。
そして私も、何も気持ちを抑える必要がない。
「はい。そのプロポーズ、お受けさせてください……!」
「カトレア!」
再びぎゅうっと抱きしめられ、ゆっくりと唇が落とされる。
こんな幸せがあっていいのだろうかと、うっとりそれを受け入れた。
「俺の粘り勝ちだな」
「もっと早く承諾していればこんなことには……それに、もう私はこんな年になってしまって」
「カトレア」
エスカー様は、足元に落とされた花に視線を投げ。
「言っただろ? 『成熟した大人の魅力』だって。今のカトレアが、一番魅力的だよ」
優しい瞳にいたずらっ子の光が宿ったエスカー様は、私の眼鏡を取り外す。
そうして受けた三度目のキスを、私たちは存分に味わいあった。
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仕事に生きると決めたのに、不惑になっても求婚してくる第二王子にほだされそうです。 長岡更紗 @tukimisounohana
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