CASE01:告白の仕方
突如”仮”で付き合って、もっというと”サンプル”にされた俺は、家で自分に課せられた特別な宿題に勤しんでいた。
それはもちろん、”告白の言葉”である。
「非リアにそんなもんをいきなり考えろとか頭おかしいだろ……」
ああ、今すぐ元凶であるチビぶちょーにインファイトを食らわしてやりてぇ。自分のことじゃないからって最後までニヤニヤしてやがって……クソが。
しかし、人生で初めて異性に告白するというのに、いい言葉が思い当たらない。つーかそもそもそんなお花畑の脳みそをしていない。ネットで調べてみたら「具体的にどこが好きか言うといい」なんて言ってるし。まずは相手……一ノ瀬のいいところを見つけてみるか……。
「いいとこ……? 勉強めっちゃしてる、字が綺麗、真面目、委員長タイプ、定期テストの順位はいつも1位……」
おい待てここからどうやって持ってけばいいんだよ!? もっとこうないのか、普通は「ここがかわいい」とか「ここが好き」とかビジュアルとか性格とか色々あんだろ!
でも俺が見てきた一ノ瀬と言えば、化学室でひたすら山のように積み上げた参考書やら問題集の問題をノートにやりまくり、あとは1年の時に学級委員会に居たくらいか。それ以外はやはりペンをひたすら走らせているくらいしか思いつかない。
学校では容姿端麗、クールビューティー、秀才、文武両道の化身なんて言われているが俺にはそれの半分しか見たことがねぇ。
これ、どうするんだ。
「クゥーン……」
「なぁタマ、どーしたらいいかわかるか?」
手がかりがなく唸る俺の足元に開け放したドアから入ってきた飼い犬のタマがやってきた。それを抱え上げながら、猫の手ならぬ犬の手も借りたい気分で聞いてみても、もちろん返事など返ってくるはずはなかった。
〇 〇 〇 ―― 一ノ瀬side ――
家に帰ってから夜ご飯を食べ、少し家族団らんと呼ばれるものをしてから自室に戻った私は、いつも通り参考書を机に広げる――その前に。
いつもは電話以外で使うはずもないスマホを取り出して検索サービスを使い始めた。その理由はもちろん、明日彼に”告白”するため。
渡しながらなんとも奇妙な行動をしたものだと思うが……効率を考えれば彼が実際にカエルの発生を見るのと同じで”サンプル”を用意して実際に観察するのが一番いい。しかも、実際に体験してその気持ちをメモするのが理想。
それを加味した上であの中で一番適任なのは私と彼――
いつも真っ白から黒の線が書き込まれていくノートから視線を上げたときに少し離れた机に座って水槽を眺めたり顕微鏡を捜査している彼――
彼らの中で比べるのは私としても遺憾なことだが、とにかく適任だったのだ。珍しくうまい言葉が出ないけど。
しかし、今まで勉強と最低限の運動しかしていなかった私は恋愛なんて一切知る由もない。そもそも告白なんて昔模試で出たありふれた恋愛小説で見るか、たまたまドラマでみたことがあるようなものだ。
学生なら放課後に男女が二人で着て、愛の告白と呼ばれるものをしたあと、そこでキスして……。キスうんねんは後でいいとして、まずどうやって言えばいいかの未知の領域にどう踏み込むかだ。
サイトを見れば「具体的にどこが好きか言えばいい」と言っている。彼のいいところ……何かあるだろうか。
「背が高い、頭がいい、集中力がある、部員の中で一番まとも」
何もいいのがない。そもそも私みたいに一切そんなことを意識して異性を見たことがない人間はこんなこと思いつけるはずがない!
これじゃあ自分から啖呵を切った意味がないじゃない!!
「せめて証明するための方程式くらい用意しなさいよ、神様のバカ」
これじゃあ、当日どうすればいいかわからない。隣の部屋の姉に聞くのはなんだか負けた気がするから嫌だし。
まさに彼が言っていた”詰み”かもしれない。
〇 〇 〇 ――松本side――
結局考えに考えた末、夜更かし気味になった俺は電車に飛び乗って今日も学校に向かう。昨日は始業式で今日は入学式。別に授業日じゃないのだが、化学部のそれはそれは自由な活動の時間がある。もっといえば、今朝までの成果を出す日でもある。
「憂鬱だ……」
ちょうど入学式の登校時間に被ったのか、ゆうに300名を超える同じ制服を着た新入生の中を少し闇を纏いながら歩く。これから高校生活を楽しまんとしているところ悪いが、別にそんな楽しい青春なんて待ってないぞと心の中で呟いていれば学校に到着。見知った先生が校門に立っていて「なんか嫌なことでもあったか?」と心配をさせながらも4階にある化学室へ。少し大きめの窓から下を見れば、4割ほど散った桜の木の下を新たな志を持った後輩が群れを成している。
「また犠牲者が増えたな……」
寝不足で回っていない頭を動かして化学室に続く横開きのドアを開ければ、騒がしいぶちょーやらオープンオタはおらず、一ノ瀬がいるだけだった。
「あら? 来たのね」
「っす。今日はまだ来てないんだな」
「彼ら、電車が遅れて昼前まで身動きが取れないらしいわよ」
一ノ瀬が珍しくスマホを使い、画面を俺に見せてくる。そこにはぶちょーたちがいつも乗り換えていターミナル駅に乗り入れている私鉄が人身事故を起こして運転見合わせいしているという情報が。
違う方面で来ようものなら一度JRで見当違いの方向に行き荒川を渡って小江戸を通って八王子を……みたいなルートで所要時間は3時間。神奈川を経由しても2時間かかる。
「運がいいんだか悪いんだか」
「ちゃっかり近くのカフェでティータイムしてるらしいわよ」
「あいつら……だったらもうちょっと寝ればよかったわ」
「あら、あなたも? 奇遇ね、私も少し寝不足よ」
だからだろうか、いつもより問題を解く速度が遅い一ノ瀬は眠そうに目元をこすると横に置いてあったコーヒーのペットボトルに手を伸ばす。別に化学室にはコーヒーメーカー(一応文字書きの私物)があるのにわざわざ購買のを買っているのを見るに相当な重症のようだ。
「……そうだ。松本君、ほかのみんながいないうちにアレ、やっておきましょうか」
「なんかあったっけか」
「もちろん、”告白”よ」
「マジか……」
いつも使っている席に学校指定のリュックを下ろした瞬間に、とうとうその2文字が話題に出てしまう。やばい、俺は結局まだ何にも考えれてないんだぞ!?
おいこれどするんだ、どうすればいいんだ!?
「そうね……じゃあ、まずは私からにするわ」
「え、ちょ……」
困惑している俺の目の前に参考書を閉じた一ノ瀬がやってきて……。
そして。
「私から言うことは……ないわ」
「は?」
「要は、私からの告白の言葉はなしよ」
……なし? つまるところ俺に言うことはなしと? もしくは……考え付かなかった?
「もしかして、考え付かんかった?」
「……その通りよ」
「奇遇だな、俺もだ」
まさか俺と同じことになっていたとは……シンパシーを感じていいのか悪いのか。この流れで逆にいろいろ言ってたら俺がやべー奴になるところだった。
「ってことで、俺も同じ。告白の言葉はなしだ」
「……フフッ、もしかしたら私たち似た者同士かもしれないわね」
「えーっと、じゃあ、これからよろしく?」
「ええ、こちらこそ」
最終的に、俺と一ノ瀬は固く握手を交わし……。
今後半年間、学園祭の日まで”仮”で付き合うことが正式に決まったのだった。
〇 〇 〇
【レポート・告白】お互いの魅力を再認識する場であるが、するまでには相当数の時間をかける必要がある。
結論:突然恋は実らない。
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