第8話 部屋

「良いんですか?本当に」

「良いから良いから!入って!」


 促されるままに、清瀬きよせさんの部屋に入る。


「お、お邪魔します」

「はい、どうぞ~♪」


 ルンルンの清瀬さん。

 アパートに着いてから、一旦俺は荷物と買い物袋を部屋に置いてから、通路に出た。

 2人でじゃんけんをして、負けた清瀬さんが「じゃあ私の部屋だね」と言って、今に至る。


「散らかっているからごめんね」


 そんなことないのに。

 俺の部屋の方がヤバい。


「ささ、座って寛いでて!」

「いやいや」

「良いから!おもてなししたいから!」


 居間に当たる所にはテレビとテーブルがあった。

 テーブルを挟むように座布団がある。

 どちらに座れば?


「これ、どっちが正解ですか?」

「ん?」


 台所にいる清瀬さんに聞いてみる。

 当の本人はキョトンとしている。


「どしたの?」

「座布団、どっちに座っても?」

「あぁ!」


 やっと理解したようだ。


「ご自由に♪」


 そう言ってまた清瀬さんは夕飯の準備を再開した。

 ご自由にって…困るなぁ…。

 悩みに悩んで、テレビに背を向ける方の座布団に座った。

 座って数分。落ち着かない。

 俺は台所の様子を見に行く。


「おぉ…」


 手際が良い。

 リズミカルにトントンと聞こえていた野菜を切る包丁の音。

 奏でて出来上がっていたのはサラダ。

 レタス、きゅうり、トマト。シンプルだ。

 鍋の方は何だろう?

 フライパンは油を温めているようだ。

 大量のピーマン、豚バラ…。


「いつの間に」


 俺の存在に気付いた清瀬さん。


「気になって」

「今、お豆腐のお味噌汁を作っているから」

「へぇー」

「あとは素に頼るけど、青椒肉絲をね」


 普段から作っているのだろう。


「手伝いますよ?」

「じゃあ、まな板と包丁を洗って」

「はい」


 洗い物をしながら、チラチラと清瀬さんの料理をする所を見る。

 清瀬さんは豚バラをフライパンに投入。

 ジュウという美味しそうな音がした。

 火を通した肉の後、細く切ったピーマンも入れて炒める。

 最後に素を入れて、青椒肉絲の出来上がり。


「作りすぎたね」

「大丈夫ですよ」

「まあね!余るから少し持って帰って!」

「えっ?はい」

「今のうちに分けとこっと♪」


 小ぶりのタッパーに青椒肉絲を容れて、お裾分けを頂くことに。


「帰り際に渡すね」

「忘れないようにしないと」

「そうだね♪さっ、食べよう♪」


 おかずを運び、後から清瀬さんがご飯とお味噌汁を持ってきた。

 お箸とお茶がきて、ようやく座った。


「では、いただきます!」

「いただきます」


 夕飯の始まりだ。

 女の子の部屋で、夕飯なんて、初めてのこと。

 目の前のその人に、いつも以上にドキドキさせられている。

 お味噌汁を一口啜る。美味い。

 メインにあたるおかずを取り箸で皿に盛り、青椒肉絲を食べた。

 これも美味い。

 食べている俺をじっと見ていた清瀬さんに気付いた。

 食べることに夢中になってしまった。


「どう?美味しい?」


 そんな不安な顔をしないでよ。


「美味しいです!」

「わあ!」


 パアッと明るくなった清瀬さん。


「良かったぁ…!」


 ようやく清瀬さんも食事を始めた。



「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」


 食事が終わった。


「俺、食器洗うんで」

「良いの?ありがとう!」


 使った食器を台所に持っていく。

 余った青椒肉絲はラップして冷蔵庫。

 早速洗っていると。


「1人のご飯、寂しかったから良かったよ」

「そうでしたか」


 確かに寂しいよな、1人の食事は。

 俺もだ。美味そうと思って買う弁当やパン。

 自分で作る料理。

 上手く出来たとしても、当たりの弁当やパンに当たっても、1人だと寂しくなる。

 美味いはずなのに。

 でも、誰かとご飯を共にすると、不思議とご飯は美味しくなる。

 あったかい気持ちにもなる。

 不思議だな。


「だから、毎日じゃなくて良いから…」


 清瀬さんは俯いて恥ずかしながら。


「一緒にご飯…食べよう?」


 うっ…なんだ、これは。

 上目遣いで、潤んだ瞳で。

 これで嫌ですという人は、この世にいるのだろうか。


「良いですよ、そうしましょう」


 あくまでも平静を装い、落ち着いて言った。


「ありがとう!」


 笑顔になる清瀬さん。可愛いな。

 その後も2人で話ながら、俺は食器を洗い篭に置く。

 それを布巾で拭く清瀬さん。

 はたから見たら、仲睦まじく見えるんだろうと思った。



「お邪魔しました、おやすみなさい」

「ありがとうね、おやすみなさい」


 清瀬さんの部屋を出た。

 部屋に戻る前に清瀬さんの方を見るとまだいた。

 手を振っている。

 俺も応えるように手を振ってから、部屋に入った。

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