第1話 数時間ぶり

「綺麗な人だったなぁ…」


 清瀬きよせ…さら…。

 清瀬…さら…。

 清瀬…さ…。


淳音あつとってば!」

「うわっ!」


 大きな声で呼ばれて我に返る。

 目の前には、ポニーテールの女の子がいた。


「何ボーッとしてんのよ!」


 彼女は、榮口さかぐち芳枝よしえ

 同じ学部学科の同期である。

 怖い顔で俺の事を見ている榮口。


「うるさいなぁ…」


 愚痴を溢しつつ、ポンポンと隣に座れと、ベンチを軽く叩いた。


「んで、何?」

「通り掛かったら、淳音がいたから、声をかけただけだし」


 そういう理由ね、はいはい。


「なんか、呆れてない?」

「いや、全然」


 そんな怒ることなのか?

 分からない。


「あとさ、鼻の下伸びてない?」

「えっ?」


 体がピクリと反応してしまった。

 鼻の下、伸びていたか?えっ?えっ?

 動揺してしまったことに後悔する。


「ふーん」


 ジト目で俺を見る榮口。

 そんな目で見ないでくれ。


「まぁ、良いけど」


 バレたくはない。

 清瀬さんのことは内緒にしないと。


「次の講義、一緒だし行こ?」

「いや、パスで」

「はぁ!?」


 ベンチから立ち上がる。


「今日は帰る。じゃあな」


 すまない。

 まだ傷は深すぎる。

 しかも、振ったあの子がいるから、無理だよ。

 俺は早足で榮口の前を去った。



 真っ直ぐ家に帰った後、寝た。

 目が覚めたのは、午後5時。夕方か。

 お腹は鳴った。どんな時も腹は減るもんだな。

 冷蔵庫を見ると、すっからかん。

 実家から送られてきていた食べ物はない。

 買い物にいかないと。

 財布とスマホと鍵をポケットに突っ込んで、家を出るとー…。


「「あっ」」


 隣の隣の部屋に、いた。


「清瀬さん」

棚部たなべ君」


 こんなこと、あるのかよ。

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