めぐり逢う運命

永遠と存知して果てしなさに慄き、仮初となれば泣き叫ぶ、それは何を示している、歓びであるなら惜しむのは無論のこと、苦しみであるならその終わりの無いのを呪うだろう、ならばそれぞれがそう定まっていることを知っていると云うのか、憂う者は歓びに馴染まぬだけであり、楽しむ者は苦しみに盲目なのではないのか、それとも、歓びも苦しみも無い、有るのはただ運命なのか、どうなるかはどう生きるかに預けられてはいないのか、究極に偶然はないのか、でなければ生き切る先からの疑念が旅路をやがて罰とし、罪とは避けられぬ性のこととなる、それが運命だと云うなら誰が死を見詰めずにいるであろうか、不確実にこそ無意味にこそ隠されているものを果々に見つけることをせめて意味とすべきところを。

「お母さんに、会えるの――― 」

「まあ、それは、君たちの理解としてはつまりは生きていた頃のと、云うことになるのだろうけど、会えるよ、但しその時は君たちではなく向こうが見つけるのさ、見つけて貰えれば逢ったことになる」

理解に及ばないと云うよりかは、何かしら気の惹かされる端々の言葉に予期や期待のようなものがあったことは間違いなく、いくら想像を超えてはいてもその少女らの存在の前では全てが事実である。

「会えるって、それは何処かで生きてらっしゃると云うことなんでしょ、その場所が分かると云うことなのね」

あまりのことに必ずしも理解は同じにはならない、マルガリータは両の握りこぶしを胸に押し当てている。

「いや、そうではありません、おそらく、おそらくはこの今の時点の話ではないのでしょう」

ルーメンはマルガリータではなく少女の眼を見ながら言った。

「そうさ、だからさっき生きている時点と態々言ったろう」

顔も見ずに否定されたあしらいには敏感なマルガリータが不満げに

「分かったわよ、妹にできないくらいすごいってことが、これでいいでしょ、さあ、それなら早く連れて行きなさいよ」

目を大きく見開いたルーメンが今度は振り返ってマルガリータを見た、追い付かない理解のまたもや突進していることに明らかに面食らっている。

「連れて行けって、君、そんな闇雲に」

ミドラーシュはマルガリータの眉を気にしながら言った。

「あら、場所が分かるだけでもすごいのに、連れて行けるのならもっとすごいじゃない、勿体つけずに早くしなさいよ、それともやっぱりできないなんて言うんじゃないでしょうね」

興味と不安の津波に飲まれてルーメンは一言も発せずにまだマルガリータに目を奪われている。

「待ってマルガリータ、そんなに急かさないであげて、それに私も今はこの人のことに集中させて」

横たわる女にまた手を翳しているマルゴーが追いかける様に言った。

「ごめんなさいマルゴー、私ったらまた感情が先走ってしまって」

「分かるよ、厄介だからね」

ミドラーシュは少しほっとしてマルゴーとマルガリータを見比べながら言った。

「ほんと、私ってやっかいよね」

「そうじゃない、厄介なのは感情さ、僕たちも君たちもお互い造られたからには何かしらの役割がある、使命なんて言いたくないけど此処に在るからには在るあいだに何かを為さねばならないのは同じさ、でもそれが分かっていてもただ無為になるだけかもしれない、そうさせてしまう要因のひとつが感情さ、これとの対峙を間違うと踏み外す、かと言って正しい向き合い方なんて分からない、分かる時は大抵支配されたずっと後さ、君はどうだい、独りになってそれを制御出来なくなったから森を出たんだろう、そうなんだよまったく自由にならない、自分のものなのにね、でも君の母親には出来た、棄てることなど叶わない筈の感情を完全にまるで棄てたかのように規律していたとしか思えないのさ」

ミドラーシュに話を向けられてもマルゴーは顔を上げなかった。

「君はマルゴーさんのお母さんのこととなると、それこそ特別な感情があるようだね」

ルーメンがそんな言い方をしてもミドラーシュも全く変わらない調子で

「属性に関わらず誰しも苦労なんてしたくない、楽したいのさ、普通なら当然のように流れに従ってたっぷりと報酬を受け取るものだよ、だって悪じゃないんだから、備わってる力を望まれて使うだけなんだから、それだって造られたものとして意味だってある筈だしーーー でも君の母親はそうしなかった、森の中に散々苦労して畑まで作って細々生きることを選んだんだ、直系の中の直系がだよ、城に棲んでたっておかしくはないのさ、何故だい、そこに興味が湧くのは当然のことだろう、出来なかったとは到底思えない、することに何か危難でもあったのか、それともする訳に行かない事情でも抱えていたのか、いいや、そんな通り一遍な理由があって導かれた結論なんかじゃない、どうだい、娘の君なら分かるんだろう、待っておくれよ先に言うから、僕はね寧ろ理由なんか無いと思うのさ、そう分かるような気がするのは君のさっきの言葉、生きて死ねればそれでいい、それさ、メルギトゥールもそう考えていたんじゃないかな、と云うか君は母親の境地を感じながら育って今の考えを持つことに至ったんじゃないかい、捨て鉢じゃない、生きて死ぬとは運命をただ受け入れると云うこと、契約を嫌ったのはそれを変えてまで生きることに譲れないほどの過誤を感じていたのではないかと云うこと、それがたとえ死であろうが運命なら逆らうべきではないと云うことをね、でも自分にも子があってその子がそんな立場になってもそう思えるのかには強烈な葛藤がきっとあったろうさ、だから君を森に一人残すのもそれに比べればまだ気持ちの整理がついたかもしれない、世の中のまだ何も見ていないような幼子さえも謂わば自分のその思い込みだけで死なせるその責任は並大抵の重さじゃない筈、メルギトゥールに相手の窮まりが分からない訳が無い、それでも応えないのは応えないだけのそれを上回る不変の意思があるからだ、それを事に分けたところで伝わる訳もないだろうし、先ず以ってどちらの順道が正しいかなんてとても計れるものでもないだろうしね」

俯いたまま聞いていたマルゴーは暫らくそのままで、ミドラーシュも椅子の上で身体を前にずらしてぶら下げた両足を揺らしている。

「私にはお母さんのそんなこと、あなたの様には分からない、でも、その通りのような気もする、でも、それでも、あなたは、そこまで理解してくれてもやっぱりそうしろって、言ってるように感じる」

「―――――― そうだね――― そうかもしれない」

ミドラーシュは自分が本当はどう思っているのかが分からなくなっているのを感じた、そして恐らくそれを自分より知っているはずの時無しを見た、時無しは変わらず女の顔だけを見ていた。

「運命って、なんなのかしらーーー 」

呟くようにマルゴーは言った。

「変えられるなら、そうしたいと思うのかい」

「いいえーーー そうは思わない、もし変えて、お城になんて住んでたらいやだし、名を継いで、それをまた継がせようとする私になってたらもっと嫌よ、今で十分、マルガリータやルーメンやビダが居てくれて、私はとても幸せだからーーー 運命のことは、決まっているなんて思わない、だって自分で決心して森を出たから皆とめぐり逢えたんだもの、幸せになれた、こうなれたのはけして決まっていたことだとは思わないわ、私――― 」

顔を向けず、女と時無しだけを見ながらマルゴーは言った。

それをじっと聞いていたミドラーシュは少しあいたままの口を一度噛み締めるように閉じてから

「参ったよ、本当に、君には降参だよ、疑った訳じゃないんだ、いや、やっぱり疑っていた、と云うか君もあの人の子だからね、知ってはいても端から契約をする気が無いんだと思ったよ、時無しはそれには全く拘ってはいなかったんだ、むしろ君の出来ることと、言うことの通りにしていればそれで良いと思っている、僕なんだ、とにかく契約さえ出来ればこの人も何とかなると考えたのは――― さっき君のお母さんをして死なせるなんて表現をしてしまったことには改めて謝罪するよ」

そう言うとミドラーシュは座ったままぺこりと頭を下げた。

床に身体を畳むようにして拝まれようが、けして応じない母を確かに何度も見た、外から治せるものは癒したのも必要な物だけを買い求めるお金の為であり、どちらかと云えばそれも母としては渋々であったのだろうが、何と言われようとも拒み通していたのがミドラーシュの言う契約と云うもののことだったのだとマルゴーは知ることになった。

「いいのよ、でもお母さんが契約するのを断った人たちが、その傷や病が元で亡くなったと云うことは娘の私は知っておかねばならないことなのね」

もはやマルガリータらの存在も忘れてマルゴーは自身のこととそれを知らせた者に心を開いて意を酌むように言った。


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