自分の考え

前提にしないなら、それは結果を見るまで分からないと云う剣呑なものになる、確かに結論と条件することは、場合によればその前に位置する全てを発生せしめるものを狂わせてしまうかもしれないのは身を以って知っている、延いては何も生まない因果となることも、それよりかは仮に不確実でも事の成り行きを見ることの方を選ばれたのだとすると、この者らにはそれを繰り返すことの叶わない程の短い時間と、その代わりの数をお与えになったと云うことなのか、 その枷と見込みは共に必要なのか、そうまでしていったい彼らの何に期待なさっておられるのか、いや、それを知ろうとすることなど我らには果無いことではあるが。

「だって今マルゴーがそれをしてくれてるじゃない、二番と言ったってさっき来たばかりなのにもうそう出来てるんだから、大体そんな順番なんてどんなつもりで付けたのか知らないけど、そんなこと気に病む材料にもならないと断じて言えるわよ」

マルガリータはその順番の都合を解しはしても、わざと呆れるくらいがよいとばかりに勢いで言った。

「ねえそうでしょ」

求められたルーメンは、断じてなどと云う強い言葉を使う女性を初めて見た気がして、さっきの衝撃と共に、以前にも増してマルガリータには気持ちの上で一歩下がってしまっている。

「そうです、その通りです」

「案内した訳でもないし、自分の為にただ付いて来ただけなのに、僕は何もしていないのに、それがどうしたって良いことである訳がないのは考えるまでもなく分かることなんだ、この部屋の中で僕だけが違うんじゃないかと内心思っていた、でもなんだか君たちにそう言われると白々しいと思うかもしれないけれど、そんな気にもなれるような気がする」

ルーメンはミドラーシュのそのくどいまでの言葉と心の内が必ずしもまだ等価値にはなっていないような気もしたが、そんなに言うのも自分たちと交わそうとする心のある為なのだと思った。

「きっと花を贈ったんだよ、君は」

優しく言うルーメンをマルガリータは遠慮なく眺め回す様に見ると

「ふーんそうなんだ、あなたが本気で誰かとおしゃべりする為にお花を贈るなんて、そんな素敵なことが出来る人だとは思わなかったわ」

ミドラーシュに微笑んでから、マルガリータは悪戯な目をルーメンに見せた。

「私ではありません、今ミドラーシュに言ったのですが」

「だからそれも贈り物だと言うのよ、今あなたがそうしたのを聴いたわ」

覗かれるように見られてルーメンは慌てて小さく空の咳払いを二度すると

「どうやらミドラーシュも僕も二人まとめてマルガリータさんに宥めていただいたと云うことですね」

「そうかしら、そもそも私たちはみんなマルゴーに感謝すべきなのよ」

そう言うとマルガリータは振り向いて、横たわる女に集中しているマルゴーを見た。

「そうでした、マルゴーさんですね、マルゴーさんから僕たちみんな頂いたことになるんですね、その花こそ何ひとつ前提の無い純粋な花です」

そこに話を向けたのは自分であり、ルーメンの言い方には少しも嫌味はなかったが、マルガリータはわざとまるで姉をやっかむ妹の様に

「あら、私のには何か隠し事があるように聞こえたわ」

そう言ってまた機嫌の良い顔でミドラーシュを見た。

「と云うか完全無欠なものなどあり得ないんだろう」

ミドラーシュはさっきまでの自分に否定的な言い様で小さく応じた。

「うーんそう云うことね、完全なんて、きっとただの物語なんだから、肝心なのは心よこころ、しっかりなさい」

マルガリータはまるで自分一人が大人の風情で両の手を広げて肩を窄めてみせた。

そう言い放って憚らない、人としてはまだ余地を残すであろうこの者も、例えば戦争や破壊と云われれば簡単に言葉を失うだろう、けれど草木の如き成長点の分裂はすぐ終わる、するとまた必要な犠牲とか何とか言い始めるのかもしれない、つまりは人とは行き着くところ楽天的なのであり、どうかすると概念を修正してでも事態に順応しようとする、人間が自身の才覚で死にゆくものを生かすことが少しでも出来るのはまだまだ先の話だが、今目と鼻の先で自分達の常識の追い付かないことが顕わになっているからと云って、それを忽ち真理などと呼んで跪くのではなく、狼狽えもせず静かに見守ってはいつの間にか限界の位置を僅かに動かしているのかもしれない。

そうだとするなら、前提を作らず限界をもある種設けない人の世界では、せめてのこと死による区切りはあるべきなのかもしれない、無ければその人としての領域をも明日にも超えて来ようとするのかもしれない、ならばそれはある意味そのことを時間の中に置きざりにしているだけに過ぎないのではないのか。

メルギトゥールは、その死なせることになる判断をどんなふうに捉えていたのだろうか、迷いは無かったのか、そこまで徹底するからにはいみじくも順当との自信があってのことのような気さえする、それは死を与えたと云うより運命の存在を知らせると云う意味で人を人に留まらせたことになるのかもしれない、けれど分からない、分からないことは自身ではどうしたって分かるようになることはない、罪も同じ、罰を与えられることでそれが罪だと知る、そう云うこと、そこだ、それが真理と虚偽を分ける唯一の判断と云ってもよい、その境界無しに人も我らも存在の許される訳がない。

「心は信用していいのかい」

「自分のなんだから当然じゃない」

「自分のだから当然とはならないのではないのかい」

「だからしっかりなさいと言うのよ、ほんと仕方ないわね」

そう言われてミドラーシュはまだ手元に集中し続けているマルゴーの方を向くと躊躇うことなく言った。

「君の母親の判断は正しかった気が今してるんだ、君がさっきそう言ったことには理解は持っていたけれど、それは母親への依存に価値を認めていたからなんだ、でももうそれだけじゃなくなった気がするよ」

それを聞くとマルゴーは顔を上げてただ頷いた。

「そんなこと今言わなくてもいいじゃないの、ほんと馬鹿ね、ごめんねマルゴー」

マルガリータが慌ててそう言うのも構わずミドラーシュは重ねた。

「では何故その力は存在するんだと君は思う、君たち皆が持つのではなく、ほんの限られた者だけにあると云うことはやはり選ばれたことを示しているだろう、選んだものは徒に選んだりはしないものさ、そのことをどう感じているんだい」

マルガリータは少女を睨んだ、するとマルゴーが

「私はお母さんがそうしなかったからそれが正しいと思うだけ、していたら同じように思うわ、だからそのこと自身のことは私には分からない、あなたはさっき力は大きさではなくあるかないかと言ったわね、だったら私にもあるのでしょうけどやはりずっと小さく弱いものよ、つまり、力はこうして無くなろうとしているのではないの、ずっと引き継がれて来たのだとしてももう終わろうとしているのよ、それが答えじゃいけない」

マルゴーは優しく微笑んだ顔を真剣にしてまた手元に顔を下ろした。

眉は動かさず、眉間に少しの皺を寄せるだけでじっと聞いていたマルガリータは、まだマルゴーを見ている少女の両脇に手を入れて座り直させた。

「あなたも誰かの判断に頼っていろんなことを思ったり信じたりしてるなら、私はそれをおかしいとは言わないし思いもしない、あなただってマルゴーのことをそうなんでしょう、でも今あなたやマルゴーや私が分からないと思うことはこれから先は自分で考えていかないと仕方ないのよ、あなたが頼る方だってその為に分からないと思うところを作っておいてくれたのかもしれないわよ、考えればお互い違う答えにならないとも限らないけれど、その時はまたみんなで話し合いましょう」

「自分で考える、かーーー なるほどそうかもね、考えたら分かることもあるのかもしれないーーー もし分かったとしたら、もし君たちと違う答えになったとしたら、それは僕は君たちを信じていないと云うことになるのかな」

「そんなことないわよ、きっと、私がお母さんやお父さんと違う考え方をしたとしても、もしあなたやルーメンがそうでも、きっと聞いて貰えるし、違うことも許して貰える、そんな気がするわ」

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