ルミノクス
君主に船や乗組員まで借りて国家事業として海を渡った時代の先駆者から知らされたこの世界の東西にある陸地、やがてそこからもたらされる目を見張る物資の数々が、そのころ国をも富強させる重要な手段になろうとしていた。
これまで揺るぐことなく続いてきた広大な領地を貸与して得る地代の頭打ちから脱却したい貴族や地主の中には、心中その手段を取りたいと目論む者も多かったが、遥かな大洋から大洋を渡る半年から一年にも及ぶ航海は命懸け必至であったことから、仮に船があったとしても国直轄の兵士以外で命知らずと云うべき者も限られ、おいそれと海に漕ぎ出せるものではなかった。
潤沢な資金を持つ地主出身であり、階級に拘らず船乗りに転身できそうな気骨ある者を見分ける眼力を持つ者が、何隻分もの船乗りを抱える船主として大航海へと動き出した時代に台頭出来ると云うものであり、更にルミノクスは自分で乗る船を造ることまでにも傾注し、積載性重視のキャラック船だけでなく、この国では最初に大砲をも装備した、戦える船を造った造船海運の者となっていた。
その名は既に国中にも聞こえるほどであり、自他ともに認める顔役と云える立派なミドルクラスであった、威光は町の産業発展への寄与の大きさでは抜きんでて影響力は市政の運営にも及び、事実ルミノクスは市長の様々な意味での後援者であり、その為港に関することだけでなく、あらゆる方面の開発や工事、展望までの情報も当たり前のように入るのである。
しかしそれほど力を持つ資本家でありながらも、自分の資本の中であるかどうかに関わらず労働者と云う者たちへの敬意をけして忘れない篤実なる人物でもあり、だからこそ一人娘のマルガリータが親しくする者の階級にも全く拘ることなく、寧ろマルゴーのこととなると娘に負けぬほどに気を砕いたが、だからと言って普段は父親が娘に話す内ではない町の計画の話を今回のこの件ばかりはマルゴーに直接関わることでもあり、本当は直に話したい気持ちではあったがマルガリータにこう切り出していたのである。
「住人があまりに多いからあのアパート群は触れないだろうが、ちょうどマルゴーが住む村の辺りから奥の山にかけての一帯が近く開発されるらしい、どこまでかは掘ってみないと分からないようだが、少なくともあの辺りの足元はとても良質な石灰岩で出来ていることが分かったらしくてね」
時代が移ろうとも、隷属の宿悪が終わろうとも雇われる側の者の所有できるものが大きく変わるわけではない、農民としての農地のほんの一部だけは認められはしたがそれ以外は家屋と家財道具のみであり、こと土地と云うものに関しては殆どがその地域を治める貴族か地主階級しか所有の権利が許されていないのは同じだった。
マルゴーの住む村と云うより森はびっしりと木に覆われているために広範囲での穀物作りは難しく、人が住むにも適するとは言えない土地であったことから所領としては普段なら忘れられた土地といってもよかった、ところが十年ものあいだ国を悩ませ続けた疫病がようやく鎮火し、その教訓が端緒となって町の中で使用する全ての水の質を保つための基礎造りとして、生活道から川に至るまでを病原菌の温床にしないように整備することが急務の国策となった、それに必要なのが膨大な量の石なのである。
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