エイナイの色
「ところでエピファニー、もう少し聞かせてもらえんか、銅板の中の文字がどうして分かったのかをな」
モリはエピファニーに改めて優しく声を掛けた。
「そりゃ見えたから分かったんだろうよ、なあエピ」
ウォルンタスが代わりに答えた。
どう言っていいのか迷うようなエピファニーの様子を見てモリは重ねた。
「では、どう見えたのか、ではどうだ」
そう聞き直されて気付いたように
「色」
思わぬ通る声でエピファニーが答えたことに、皆見るような見ないような顔をした。
「色かね、それは、その文字のところだけかな」
「――― うん」
「どんな、色だね」
エピは少し考えてから。
「明るい」
「明るい、では、その文字がまるで光る様に見えたのかな」
少し考えてからエピファニーが小さく頷くのを見て、モリは少し違うのかもしれないとは思ったが、それより次の聞きたかったことを訊いた。
「そうか、なるほど――― では、もう一つ訊くが、その文字の向こうに何か見えなかったかね」
「文字の向こうって、なんでえそりゃ、分かりにくいこと訊くじゃねえかよ」
「ハイハイ、ウォル、ちょっとあんた、いちいちうるさいわよ」
アハバは包んでいる腕を握っているエピの手に少し力が籠るのを感じながら、それでもこれが何かのきっかけになるのではないかと思い、ウォルンタスの気持ちも分かってはいたが態と言った。
エピファニーは上目遣いにウォルンタスを見、ウォルンタスは頷いた。
「――― 女のひと」
「女、あの文字の向こうに見えたのが女だと云うのかね、それは、つまり――― そのような姿をしていると云うことか」
エピファニーの俯いた顔を見て、モリは引き付けられるようになった。
「それは、その女のひとは、やはりエイナイだと思うかね」
自分が存在していることと同じほどにその実在は知っている、知ると云うより、今日があることで知らされていると言ってもよい、会った者にさえ会ったことがないのは問いにもならない、その者があの方の選択を担うものであり、人が地上の自由を許された時からそれが始まったものであることは、此処に明日が来ることよりはっきりしている、しかしその性についてなど誰かに訊いたことも聞かされたことも、考えたことすらなかった。
エピは首を横に振った。
「それは違うと云うことか、それとも分からないと云う意味かね」
それにはエピファニーは答えなかった、しかしモリにはそれが疑問視されることに嫌がる反応に思え、実際にそう感じているのだろうと受け取った。
しかし文字が名だとして、その名前の者がエピファニーの感じるように女だとするなら、モリはそう読み習わして来たこと自身が間違いなのではないか、つまり別の者の名前が彫られているのではないかとさえ改めて思わざるを得なかった、それほどにエイナイに性を問うこと、知ろうとすること、ひいては結論することなど在るべきことではないとするものが飽くまでもあった。
「どうしてエイナイだと思えるのだね、それもやはり色かね」
モリはもはやそう結論して訊いた。
エピは俯いた顔を上げなかったが、それでもモリはまだ迫るように言った。
「エイナイはどんな色なのだね」
「爺さんもさっき感じるだけだつったろ、エピもそうなんだよ、そう感じるだけなんだよ、言い表し難いことしつこく聞いてやるなよ」
堪らずウォルンタスはモリを睨みつけて言った。
「そうだったな、これはすまなかった、つい悪い癖で重ねて聞いてしまった、悪く思わんでくれ」
アハバがその頭に口付けるとサッサの腕が伸びてエピファニーをそっと掴んで肩に乗せた。
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