ノーム

「姫様―――――― 」

過去を知るフェーヌムにとっては再会と云うことになるのだろうが、店の客ではなく何かを為すための仲間となり、傍に仕える身と期してまだ幾許も無くとも、それがもはや口先だけのことであろう筈がない、更にこうして心の襞に触れるようであれば、もはや守護の騎士は主人が笑わねばば笑わず、泣けば泣くのである。

そしてそれを見た主人は慌てて手のひらで涙を拭うと、無理やりにでも微笑んで見せるのであった。

「――― モリ、さっき時無しさんが人に貰ったって言ったけど、その名は何と云うの」

「ミコ、そう云う名だそうだ」

「ミコ、男なのかしら」

「どちらでもなかったと聞いてはいる、これもやはりノームにであるから真実かどうかは分からぬが」

「そうなの、でもまるで御使い様ね、男でも女でもないなんて」

「御使い様か、なるほど、そうかもしれぬ」

「なんでいちいち疑うんだよ、そのノームって野郎の話し」

ウォルンタスが今更確認するように訊いた、モリは手を頭にやり苦笑いしながら少し声音を盛って言った。

「いや、いつの間にやら腹に入れてはおってもだ、私の知るそれもこれもが粗方ノームから聞いたことであるのは間違いないことでな、古い付き合いの善良な者達だが未だにどこか疑うと云うよりかは鵜呑みに出来ぬものがあってな、もちろん悪意などありはせん、あるのは寧ろ善意のみなのだが、あの者たちにはどうしても噂の中身を面白くしようとする癖があってな、それも聞かせる者への思い遣りなのだが、それがつい頭を過ってしまうのだ、只いくら面白くしようとするノームでもエイナイを軽々に揶揄しよう筈はないが」

「ハイハイ、やっぱりさっきから何度か言ってるノームって、それは、まさか、あの精霊の小人さんのこと」

つい今まで涙に暮れていたアハバの目がまだ濡れたまま開ききっている。

「今度は精霊かよ、もう何でもいいけどよ、今は蒸気機関車ってのが突っ走る時代なんだぜ」

ウォルンタスはサッサに瓶を渡しながら言った。

「まあしかしこれからあんなのが方々へ走り出すとなりゃあ、その精霊様もさぞ落ち着かねえだろうよ、何せあれを造るにはまずはえれえ数の樹を切らねえといけねえからな」

「どうもお前はそれが気に入らんようだの」

「ああ気に入らねえ、しかし俺も石工だからな、石を掘り出すにはその上の樹はどかさねえといけねえ、だから俺たちも樹は切る、しかし南部から毎日この町に運び込まれる大量の樫や楢の大木を見てるとよ、炉の前であれを年中燃やし続けてるかと思うとぞっとするぜ、あんなことしてりゃ南はおろか国中の樹なんか直ぐ無くなっちまう、そうまでしてあんな鉄の塊を走らせねえといけねえとは俺は思わねえ、それだけよ」

「ハイハイ、何だかんだ言ってウォルも精霊のお家の心配してるんでしょ」

アハバが悪戯な目をしている。

「そんな会ったことねえもんの心配なんかするかよ」

「俺は会ったことがある」

サッサの意外な言葉にモリまでもが顔を向けた。

「おめえ、豆が切れておかしくなっちまったんじゃねえだろうな」

「三日三晩打ち続けた時、いつの間にか横にいて、鋼を打つ強さ加減や鉄と合わせる頃合いなんかを教えてくれた、今じゃ俺の師匠だ」

そう聞いてウォルンタスは急に神妙になると、指で小鼻を擦り今度は声を鎮めて言った。

「おめえ、そんなこと今まで言ったことねえじゃねえか」

言われたサッサも少し声を落として

「そりゃあ、おめえ、なんだ、言ったところでどうせ信じねえだろうからよ」

二人の様子の訳あり気なのをすぐに感じて、アハバは言葉を挟めず二人を見ていた。

「まあ誰しもその目にするまでは信じんでもよいが、さっきの鼠服どもがそうなんだがな、その内挨拶するだろうが」

「ハイハイ、いる、いるわ、精霊はちゃんといるわよ」

今度はアハバが急に大きな声で言った。

「私も小さな頃、お屋敷の庭の花壇で逢ったことがあるわ、少しお話しもしたのよ、やっぱりいたんだ、誰も信じてくれなかったけど」

そう聞いたフェーヌムが慌てて

「ウォルンタス殿、聞かれたであろう、今姫が申された通り実在するのである、お控え為されよ」

「だから信じねえとは言ってねえだろうよ、花壇で会ったんなら庭師の旦那も会ったことがあるのかよ」

「薔薇園にはおられなかっただけでござるよ」

「なんでえ、会ってねえのは俺だけかと思ったぜ」

立ったまま両手を胸の前で握り締めて目を輝かせている若いアハバを、盛りを過ぎた男三人が珍しいものを見るような顔で見上げていた。


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