任せられたもの

「それは、どう云う意味だね」

言葉の出処を覗くように、モリの目がまた鋭くなっている。

「どう云うって――― 何故訊くの、モリは私たちにそれを伝えようとしてるのではないの」

「だから、どう伝わっておる」

「それは――― 」

「此処に人間として生まれ、花を摘み、枝を拾い、時に虫を潰して気が差すことはあっても、空腹を満たす為の命を奪うことには目を瞑って来た、そうして今日まで来れたのに、であろう」

モリが敢えてそんな言い方をするのがアハバには分かった。

「そうね、私たちだって生きる為にしていることが、ご意思に沿うものだとは思ってはいない、だからいつかは」

そこまで言って、アハバはすぐ口を噤んだ、その意味に気づいたウォルンタスは何か軽口を飛ばして蹴散らそうとしたが言葉が見つからず、同じように唇を嚙むしかなかった。

引き締まるその場の空気をモリは感じながら、逃げずに注いでいるアハバの視線に薄く笑みで返した。

「行けるか行けぬかは、今はまだはっきりしたわけではない、しかし姫が言おうとしたように捉えてはおかねばならん、それもこれも何もかも全てひとつの命と同じだとな、生まれたものはいつかは失われる、失う理由は様々だが、死の意味には違いなどなく一人が亡くなるのも全てが無くなるのも同じ意味、エイナイがその役目を終えると云う意味も同じだ、勿論まだ仮にであるし、私も生きているものとしてそうでないことを願いはするが、予見が価値を疑えば同時に御座有る方もそれに則られると覚悟はせねばならん、しかしその御意思などこの私の空想の中になど入りきるものでは到底ありはせんがな、つまりこれも仮にとしてだ」

酔えば口先の世迷言にしても正気の心にはいつも在る、それは敬虔や篤信などと呼ばれる様なものではけしてない、しかし立っても座っても気付けばそこにいつも在るのを知っていて、それはモリが十二人と知っているのを疑わない理由にもなる、戦場に行く時も、殺す時も、帰還して来た時も、敢えて願いも赦しも感謝もせずにただそこに在ることのみを感じるだけの間柄として、もはやウォルンタスにとってはそう云う関係であることが即ち背を向けると云うことなのだろうと自らに強いるように受け止めさせていた、それはある意味受け入れられることを遠に諦めたと云ってもよいものだった。

「爺さん仮が多すぎるぜ、そう云う時は大抵そっちが本物だと相場は決まってる、わざわざ言われなくたってお見せする価値のねえことくれえは知ってるけどよ、しかし愚かさを理解されてもあまり気分のいいもんじゃねえ、そんでそいつが告げ口するって寸法なら猶更だ」

「――― ご自分では判断されないの、ご自分で見て考えてはくださらないの」

縋るような目と声でアハバがそう言うと同時にフェーヌムが

「姫様それは――― 」

「姫よ、それは何とも人らしい思し召しだの――― 人にも信頼と云うものはあるにはあるが、それでも委ねることなど在り得ない領域があることもまたそうであろう、例えば命、例えば財産、例えば子孫など、つまりその程度でない限りにおいて信ずる体裁を繕うた世界を続けて来たのがお前たち人と云うものであろう、己しか信用ならず、己が何より大事、それが人としての罪の始まりであり、そうして今も変わらず背負っておるのだ」

「馬鹿にすんじゃねえよ、アハバはなにも窘めてるんじゃねえし、悪く言ったんでもねえ――― 」

思わずそう応じたウォルンタスは、一度そこで言葉を止めて、噛み締めるようにすると再び口を開いた。

「あのなあ爺さんよ、例えば俺が戦場でいつもサッサに背中を預けられるのは、こいつを信用するからなんて、そんな薄っぺらい理由からなんかじゃねえんだ、こいつに預けて、駄目なら納得出来るからだ、だがあんたらから見て人が人を信用しねえのがらしく見えるってんなら仕方ねえがよ、俺からはそう云うあんたこそ人の上面しか意味を求めていねえとも見える、信用するってことはな、された者の背負う辛さも合わせて負うってこった、そのお偉い方が手前は踏ん反り返って全部任せてると云うならな、せめて任せられたものの気持ちぐれえ分かってやってんだろうな」

「任せられたものの気持ちだと」

「そうよ、エイナイって奴がどんな奴だか知らねえが、十二人もいりゃあいろんな奴がいるだろうよ、中にはそんなひでえ大役を背負わされて、それが為に苦しんでる奴がいても可笑しくないんじゃねえかってこった」

――― 面白きことを言う者、モリよ、其方の負けじゃ。

「――― 私が言い過ぎた、それにしてもエイナイに個性などと考えたこともなかった、さっき申したであろう、お前たちの友への思いに疑いなどありはせぬ、しかしあの方はけして踏ん反り返ってなどおられんと云うことだけはまず言うておかねばならん」

暫く誰も口を開けられない程に、持て余すこの話の受け止めをそれぞれが踏み出す手や脚に伝えられないでいた。


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