王連公家
老人はあの鼠服の二人は自分の手の者だと言い、客が引けてからまた来ると、カリタスには伝言を残して行った。
「この世が終わるまであってはならないことがあるやもしれん」
ウォルンタスからその言葉を背中で聞くと、カリタスは何も言わず、手を止めたまましばらくじっと考えるようだった。
「合格と言ったのはな、なにも腕っぷしや度胸を見て言うたのではない、まあそれも有るに越したことはないが、しかし欲しいのはそんな小手先のことではなくてな、こころなのだ、仲間を思い遣る心があるかどうかと云うことなのだ」
老人はウォルンタスの方を向いて
「お前はこの姫が深入りしないようにわざと気を逸らして、外から独り警戒した、その機転と心を私は何より信頼する」
そう聞いてアハバは顔を向けたがウォルンタスは知らぬ様子でいた。
そしてサッサの方には
「お前は友の身に何かあった時の為に、いつでも庇えるよう静かに背後に回って身を潜めた、そのごつい体で音も無くとは大したものだ」
話しの筋も目的も何も分からないにせよ、ウォルンタスもサッサもこの老人がただの物好きと勘働きだけで言うのではないことは察知できた、過去に軍で自分たちを指揮した者の中にも心を許せる者はいたが、同じ死線に立つ前から潜在意識に働き掛けるようにして腹を割る気にさせる者などそうそういるものではない。
「爺さんだって相当なもんだぜ、本当に年寄りなのかも怪しいもんだ、そんなわざとらしい長え杖なんか持っちゃいるけどよ」
手にするものをそう言われて老人は改めるように杖を下から上へと眺めるように見た。
「いくら強靭な力をもっておってもだ、そうして支え合える友の無い者の言葉は虚しい、やがては力だけに溺れ、自分に沈むものだからな、助ける意思を持つ者と助けたい友を持つ者、それらを持ち合わせるものが最後に本当の言葉を聞くことが出来るのだ、お前たちにはそれがある、そして私にとってのそれがこの御杖だ」
「へえ、そのなげえ杖がかよ」
ウォルンタスは茶化しもせず、むしろ神妙な目でそれを見た。
老人は今度はアハバに
「姫よ、よくあの二人を見抜いたな、ほんに人の女にしておくのは勿体ないくらいだ、たったあれだけのことで其方の見通すその力が分かる、さてもそれは、この国を上から見ていた頃の名残、血だな、其方、出自は貴族、しかも王族に近い者であろう」
そう老人が言うと、居合わせたものは皆アハバに見入った。
一旦驚く顔のアハバはしばらく黙っていたが、この老人にはしらばくれる気になれないかのように
「ハイハイ、とっくに潰れちゃったけどね、そっかぁ、やっぱ持って生まれた気品は隠せないかぁ」
と、力無くお道化てみせた、しかしそんな返事では済ませられないように感じてか、もう一度黙って、そして少しづつ話し始めた。
ウィクトリア、それがアハバの家の名だった、遡れば数世紀も前から、今のこの共和国となる前に五つの王国が並立して争いあう時代が長くあった、明け暮れる争いは併合、分離、同盟、断絶をそれぞれに繰り返しさせ、やっと百年余り前頃になって、それは奇跡的にと云って差支えないほどのこととして、入り組んだ戦乱を終わらせ同じ君主を立てて統一する運びとなった、その時それぞれの国王近くに仕えた家の上位二十家づつ、合わせて百家のみが統一後の新しい国での貴族称号を得ることを許され、しかもウィクトリア家は百家内で六家のみの王連公家の一家となった、五王国から筆頭一家づつで五家となるが、事実上、連合実現を采配したもう一家を合わせて六家となり、その采配した六家目がウィクトリア家であった、気を許すとすぐさま寝首を掻かれる様な掴みどころのない家々を説き伏せて、数年の間に連合させてしまう程の人望と折衝に長けたその人物こそ、アハバの父親の六代前の当主、トリスティス=ウィクトリア、女性であった、男であろうが女であろうが誰も叶わぬその人為は、女であるばかりにか老いて譲位しても尚魔女と陰口された。
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