涙味のカクテル

四藤 奏人

涙味のカクテル

 出会いとは、範囲の広い言葉だ。

 極端に言えば、道端ですれ違っただけで、出会いとして成立するだろう。


 しかし、別れはどうだろうか。

 道端ですれ違った瞬間を出会いとするならば、通り過ぎた瞬間を別れというのだろうか。


 I字型のバーカウンターに立つマスターが、静かにグラスを磨いている。

 そこへ、一人の女性が腰を下ろした。

 赤い口紅が印象的な女性だ。

 彼女が身に纏う藍色のナイトドレスは、いくつものライトストーンがあしらわれ、まるで冬の澄んだ星空のように美しい。

 両耳で揺れるアメジストが、彼女によく似合っていた。


 「フロリダになります」


 マスターが、女性のテーブルに一杯のカクテルを差し出す。


 「ありがとう」


 女性はお礼を言うと、グラスを傾け、黄色のカクテルを一気に飲み干した。

 女性が空いたグラスをテーブルに戻し、カウンターに両腕をついてもたれかかると、軽くウエーブのかかた腰丈の長い髪が、さらりと背から流れ落ちた。


 「私、今日別れたの」


 女性は、唐突に語り始める。


 「本当にダメな人だったの。金にだらしなくて、それなのに働くのも嫌で、いつも家にいたわ。でも、仕事から帰ってきたら部屋に電気がついていて、暖かいご飯があって、彼がおかえりって言ってくれたの」


 苦しげに笑む女性に、マスターは白く濁りのあるカクテルを差し出す。

 マルガリータだ。

 グラスの縁についた塩が電球のを反射させ、七色の輝きを放っている。

 女性は塩を舌で舐めとりながら、ゆっくりとグラスを空けた。


 「記念日は全然覚えてないし、こないだなんて三年目の記念日も忘れていたのよ?そのくせに、誕生日だけはちゃんと覚えてた。ずるいでしょ?」


 空いたグラスを下げ、次にマスターが差し出したのは、透明なカクテルだった。

 

 「ギムレットね」


 女性はそれを一口含むと、マスターにグラスを返した。


 「ダメな人だけど、好きだた……。好きだったのにっ!」


 女性は、大粒の涙を流して泣き出した。

 マスターはグラスを下げてから、カウンターを周り女性の横に立つと、用意していたブランケットを、そっと女性の肩にかけた。


 「別れの訪れは、良き出会いの後と決まっていますから」


 別れとは、関わりのあったもの同士がするものだ。

 すれ違っただけで、それを別れと認めることはできないだろう。

 出会いの数だけ別れがある、という言葉があるが、出会いの方が圧倒的な多数派だ。

 十人と出会い、そのうちの一人と付き合ったのであれば、別れが成立するのは、付き合ったその一人だけなのだから。

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涙味のカクテル 四藤 奏人 @Sidou_Kanato

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