第2話「滅多にない『死』という非日常」

 どうしようもない人間を助けたくなってしまう『思いやり』というのもまた、人間は持っている。内に秘めた最高の力だ。そのおかげで何人の命が救われたか。直接関係がなかったとしても、誰かのために何かをする――優しく話しかけるだけでも、その誰かのためになるのだ。


 爆暮はぜくれの父が、爆暮のことを好きだったのかは、正直、分からない。かなり暴力的な、厳格な頑固おやじだったのだ。


 過去形なのは、爆暮の父がもうこの世にいないことを指す。昨年、突然の病死だった。爆暮も元々持病があったのは知っていたが、死に至るようなものだとは知らなかった。それもあってか、なんだか実感が湧かず、なんとなく笑い飛ばしてきた。


 ――『人生の敗者にだけはなるな』。


 爆暮はその意味を考えても、分からなかった。というか、時が経つほど記憶が曖昧になり、ほとんど忘れていた。


 でも、本当に――『死』を実感した時、完全に思い出した。走馬灯のように、その言葉だけが、浮かび上がってきた。どうしてだろう。こんなふうに終わりたくない。そう思う爆暮に、運命は振り向かない。いつも思うように動かない――それが運命。


 ――ドンッ。ピッカーンッッッッッ。


 眩しい。何かが光った。それしか分からない。


 …………どれくらい時間が経ったか。爆暮には全く分からない。五秒くらいしかたっていなくても、一時間経っていても分からないほど、なんだか、夢に包み込まれているような感じだった。それから、誰かに声をかけられた。


「アナタは――――爆暮、埜来介のきすけですね」


 爆暮の頭はふわふわしていた。夢の中で、花畑で、一人で遊んでいる。孤立している。しかし、不思議と孤独感がない。充実している。誰も周りにいないのに、楽しい。


「――いないんですけどね、本当は」


 どこからか声が聞こえる。でもそんなかすかな声に耳を傾けている余裕は爆暮にない。遊ぶのを邪魔しないでほしい。


 本当に楽しいんだから、やめてよね、本当に。


 そういう気分だった。


「キャハハ! そんなに遊ぶのに夢中になって。一人しかいないんですよ。今は寂しさがないかもしれませんが、後に苦しむかもしれませんよ」


 爆暮は、


<うるさい。頭の中に直接語り掛けてきて、うざい>


 と心の中で呟く。


「アレレレ? そんなこと言っていいんですか? 私は神ですよ? 神に口答えですか? 度胸ありますね」


 爆暮は、


<……うるさい。『神』だとか、そういうの信じてないから、マジでやめて>


 と呟く。


「イヤイヤ! 私がここにいるのがすべてですよ。『神』がここにいます」


 爆暮は、


<……だから、うるさいって言ってるだろ。聞こえてるんならさっさとどけよ、自称『神』>


 と罵る。


「カチーン! そういうこと言っていいんですか? 私という高貴な存在に向かって」


 彼女――いや、声だけで性別は判断しづらいが、声は女だと、爆暮は思った。


「はあ…………」


 神はため息をついた。


「――死ねよ、クズ」


 『神』とは思えないような、声色、言葉遣い。悪に満ちている。こんなのが神でいいのかと、爆暮は考える。そして、納得する。こんなのが神だから、世界はつらいのだと。こんなに悪いやつだから、悪いやつらが増えていくのだと。


「――!」


 爆暮がふと顔を見上げると、神の姿が。表情は暗く、完全に爆暮を見下している。容姿は女みたいだが……アソコがもっこりしているので、男と判断する。


「キャーッ! 私のプライベートゾーンをじろじろ見ないで! 乙女が穢れちゃう!」


「……男だろ」


「ギャハハ! まあそうですけど……って、しゃべった! やっと、しゃべった! キャハハ! やっとだ、これでクズと語り合える。クズを見下せる。クズに説教できる。最高だ……至福! これ以上の幸福ナシ!」


 狂気に満ちた笑い方で、ただそこにいるだけで圧倒されるような感覚。


 ……怖い。


 恐怖、憂惧。


「う、うわあああああああああああああああああ!」


 何もないのに、爆暮は叫んだ。絶叫した。何もないのに、初めて死を恐れ、発狂。


「ヒャハッ! うるせえんだよ、豚。顔面蒼白ってか。何してんだこのくそ自己中野郎が。神様がここにいんのに何だよその顔は。話を聞け。まず話を聞け。最初は黙って話を聞けや!」


「ひっ……………………何だよ、お前。どこが神だよ。そんなに人間を見下して」


 爆暮の声は震えていた。さっきまでは何も感じなかったのに、唐突に悪寒が走る。


「ハ――イ! うるせえ。人間を見下してるだァ? そんなの当たりめエだろ? まず住む世界が違うし、種族がまるで違う。お前らは生き物だが、私たちは生き物じゃない。ただの神様だ。それ以外の何物でもない。そして、人間と神様で格が上なのはどっちだァ? ……当然、神様だよなア? 人間様がこぞって崇める、天の神様だよなァ? あん?」


「…………っ」


 幻想的で甘い匂いのするこの空間が、爆暮の思考を邪魔した。怖い、その気持ちが前面に押し出てきてしまうのだ。


「カハァッ! そうです、僕が悪いですって言うか? それとも、神様の魅力に見惚れて何も言えないか? そうかそうか。そりゃしょうがないなァ。……突然だけど、そんな君にサプライズッ!」


「…………」


「ワァオッ! 無反応⁉ 無視⁉ ああ私が可哀想。……急すぎたか? じゃあもう一回言ってやる。サプラーーイズ!」


 バンッ! ――突然、爆暮の頭の中に火花が散るような爆音が轟く。それとともに、神様の声は脳内ではなく、真っすぐと爆暮の方に向かって放たれるようになった。


「イセカイ! ……こう言わなきゃいけねエか? 異世界転生だよ。詳しいサプライズの内容まで言わねえと気が済まねェってか? あん?」


 意外とすぐに用件を言うので、爆暮は恐怖感があまりなくなった。


 しかしすぐに気づく。……あれ? 今、聞きなれた『異世界転生』っていうのが聞こえた気がしたんだが? と。


「オォオォ! 分かってくれたかア? 異世界でゲームみたいにテキトーに暮らせ。そしたらお前にもハーレムイチャイチャ生活が送れるぜエ」


「そんなの望んじゃいないのだが」


「ハアアア! お前の意思は関係ねェ。神が行けと言ったら行くんだよォ」


「それは理不尽すぎやしないか」


「ダカラサ! だからお前の意思は関係ねえんだよォ。私が楽しいからお前が行くんだ」


「は? ふざけるなよ」


「オイオイ! 神に向かってなんだその態度は。お前こそふざけるなよ」


「それは…………俺はもう何を言っても無駄じゃないか」


「マアマア――髪も時間だけは惜しいんだ。早速本題に入ろうぜェ。異世界って言ってもお前の良く知ってるRPGの世界みてェなモンだ。最初のスポーン地点は森の中。頑張って抜け出せよ。初期装備として、短剣と、1000ゴールドは持たせてやる。だが短剣はすぐ壊れるし、1000ゴールドなんて刹那に消えるから気をつけろよォ」

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