キャパシティラック~許容量がいっぱいです!~

星色輝吏っ💤

第1話「頻繁に起こる日常」

「ううぃっひー!」


 今日は楽しい運動会。ルンルン、うきうき気分で、登校中のその少年の名は――頭空っぽの、爆暮埜来介はぜくれのきすけだ。


 爆暮は去年の徒競走で一位を取った男だ。今年も一位をとれるに違いない。


 彼さえいれば。


 彼のいる紅組の優勝間違いなし。少なくとも今の彼は、そう考えている。


「ひゃっほーい」


 すきっぷすきっぷ、らんらんらん。謎の回転スキップをしながら、学校へと急ぐ爆暮。


 にこにこスマイル、るんるんるん。風の向くまま、ゴーゴーゴー。


「あれ?」


 びゅうー、と吹く風に煽られる爆暮。結構風強いな、と思いつつも、まあいいやってなる爆暮。


 校門はもう目の前だ。走る。いや、スキップする。


 跳ねて、門前まで近づく。


 が、門扉が開いていないことに気づく爆暮。


「あれれれれ? 今日はっ! せっかくの運動会なのに! なぜこの扉は開かない! もしや跳び越えろとでも! もう運動会は始まってる!? アスレティック? おー、ぐれいとゆーもあ」


 今日は学校が休みだ、などという結論に至らなかった馬鹿な爆暮は、そのまま校門をひょいと跳び越えて、運動場の方へ走る。


 ――が。


「何? 誰もいないじゃないか? あれ、運動場にトラックがない! これじゃ、運動会が……そうか! 僕へのドッキリか! それなら納得がいく。前回、優勝に一番貢献した、そしてリレーで一位の! この僕への! そうかそうか。そうなってもおかしくないよな。有名人になれば、そういうこともあるよな。はは、謹んでお受けしよう! ……で、皆はどこにいるんだ? 校舎の方にもいないようだが? 出てこい! ドッキリを見破られて悔しいか? もう種明かしで出てきてもいい時間なんじゃないか?」


 ごうんごうん。とても煩く、囂々鳴り響く風。


 その風がより強くなびいたとき――。


「――今日の運動会は延期って連絡したわよ! メールで!」


 職員室の窓から先生が叫んだ。


 そう。今日は、暴風警報が出ているため、運動会は延期となったのだ。爆暮は浮かれすぎて、親が運動会は延期したと話しても、聞く耳を持たなかった。親がトイレに行っている隙に、外へ出てしまった……。


 先生はこういう、爆暮みたいな、馬鹿オブ馬鹿のために、職員室で待っていた。先生も、来るなら爆暮だけだろうと思って身構えていた。


「延期……だと! なぜうちの親はそんな大事なことを教えてくれないんだ! ああ、悲しい。なぜ延期となったのだ? 晴れているというのに! ああ!――ちよ、痛っ。なんか風が痛い!」


 何度も言うが、延期したのは暴風のせい。爆暮の親は、ちゃーんと、彼に運動会延期の話をしている。あと、暴風は痛いぐらい強いから、暴風なのだ。


「もう! あなたのお母さんに連絡するから! 校舎の中で待ってて。危ないから。あなたの身に何かあったら、私が悲しいもの」


 馬鹿に対しても、決してぞんざいに扱うことはなく、教師という仕事を真っ当にこなす、優しい真面目な先生。


 その尊敬すべき先生が、ツンデレ感たっぷりに叫ぶ。だが、先生は本当にツンデレなわけではない。教師の仕事を全うしようとすると、こうなってしまうのだ。


 まあ爆暮に対してツンデレしても、彼が勘違いするなんてことは絶対に起こり得ないのだが。


「待つ! こうなったらきちんと正座して待って――行儀よく待って、母さんを侮ってやる!」


 校舎に入らず、わざわざ運動場の真ん中で正座する爆暮。


 たぶん、それじゃ正座しても意味ないと思うよ、と声をかけることができる者はいない。あの先生も、爆暮の親に電話している真っ最中だ。


 冷たく、激しい風の中、少年は叫んでいた。暴風は、危険だから、暴風なのだ。風にあおられ、何度も転倒しそうになるが何とか抑えて、今、彼は正座している。


 ――ぶうんっ。ザザザ。ガシュ、ガシャンッ。


 ……一瞬、爆暮の意思が遠のいた。その理由はわからない。


 正座をし続けたことによる、足の痺れのせいなのか。もしくは他の……。


 それは爆暮にとって、考えたくない事だった。彼の身に、何が起こっているのか。


「あぁ……」


 爆暮の、心細い声。……シャッターチャンスだ。みんな、この少年を撮るんだ。爆暮がこんな姿を見せるなんて今しかないんだぞ。撮るしかないだろう。


 ……でも撮る人なんていない。ああ――。


『誰にも見てもらえない。振り向いてもらえない。信じてもらえない。笑いかけてもらえない。僕が笑った時、誰も一緒に笑わない。……いや、愛想笑いなら何度も見た。誰でもいいから、誰かと親友と呼べる間柄になって、楽しく過ごしたかった。そんな後悔ばかりの人生はもううんざりだ。何度、この現実に幻滅したことか。殴られることや、蹴られること。そんな身体的暴力よりは、はるかに精神的暴力の方が痛かった。苦しかった。悲しかった。そして……悔しかった。』


 そんな少年の心は、誰にも信じてもらえない。


 普段の行動――というか、大体のイメージで人間性を決めつけて、大きなきっかけがなければそれを曲げようとしない。それが人間の悪い所。


 傷つけられて諦めて、自殺。そんなの格好が悪い。ちょっとでも格好つけたいじゃないか。そう言って、日が経てば経つほど苦しくなった。最初から、特に目立つようないじめを受けたわけじゃない。むしろ、何もしてくれない事こそが苦痛だった。そんなの優しさじゃない。ただの格好つけだ。偽善だ。


 ああ、馬鹿め。本当に馬鹿だなあ、この世界の人間は。格好つけて、何がしたいんだ。何が正義だ。誰かを傷つけないと生きていけない生き物。残酷だなあ。どこかで誰かが悲しむなんて。


 ああ。ああ。ああ。なんで幸福と不幸が同時に存在するのか。皆が平等なんて、不可能じゃないか。神よ、いやもちろん神など信じちゃいないが、いるなら返事しろ。苦しんだ人々に謝罪しろ。お前を崇めてる奴はいるけどなあ、同時にお前を責めてる奴もいるんだ。この現状をどうにか説明してほしい。もしお前に未来を操る能力があるのならば、お前を許さない。


 信念は貫き通す。そんな格好いい言葉、それも偽善だ。人間の信念なんて、いつでも曲がってる。どれだけ筋が通っていようと、人間が考えた内容であるだけで曲がっている。いつも曖昧で、それもまた人を困らせる。そうだ。言葉は何もかも、格好つけ。言語は元々、他人と通信するために出来たものだ。まあ確かに、ここまで発展したことは褒めてやりたい。だがな、それはただの腐った幻想だ。幻想に縋りついて、夢を見ている。人間は眠るとき、夢を見る。それと同様に、小さなことでも、頭できちんと理解していなくても、はっきりと目標に向かって、動いている。ただ、理解していないから、ぶれる。定めた目標も、信念も、座右の銘も、ずれまくる。


 死んで、天国とか、地獄とか、極楽浄土みたいなところへ行ったら、そんなこと感じなくなりそうだ。なんだか、神様のような存在がいなくとも、操られている気がするだろう。


 何もかも悟ったような人生観を持つ爆暮だが、爆暮からすれば、この爆暮の持論も格好つけであり、偽善でしかない。とてもつまらない人間の抗いだ。爆暮も、死にたいとか軽々しく命を考えている時点で、クソだ。それこそ、死ねばいいのに。死ねば、楽になれるのに。その勇気がない。だから苦しい。醜い。本当に醜い。


 ……爆暮は、クズだ。――いや、そう思わない人もいるかもしれないが……。


 爆暮の人生観が、どう目に映るかは人それぞれだろう。悪意のある言い方をすれば、爆暮はかなりヤバいやつ。人生に価値を見いだしていない。人間はクソで、もちろん自分もクソで。


 先程、何もされないからつらいと思っているといったが、何もされていないわけじゃない。爆暮が声が大きいせいで近寄りづらいのはもちろんあるが、みんな、大抵、話しかけようとする。でも、なんかプレッシャーに負ける。


 それは、自分に勇気がなく、偽りの自分を演じている爆暮のせいともいえるだろう。それに、先生だって、そんな彼を気にかけている。とても心配して、親にも相談し、それで親も毎日気を付けている。爆暮は勝手に舞い上がってるだけ。自分が一番ヤバいのに、死にたいとか思っている。


 でも、その勇気はない。ほんと、どうしようもない。ほかの人に嫌われているわけではない。むしろ、テンション高くて好いている奴の方が多い。


 勘違い。思い込み。自己否定。勝手に自虐的になって、勝手に苦痛を味わって。またそれを自分のせい――いや、この世のせいにして。現実から逃げ出そうとして、大事な時には根性がない。何度も言ってやる――爆暮はどうしようもないクズだ。でも――



「――ゲームに負けても、人生の敗者だけにはなるなよ」



  彼の父が彼にこの言葉を掛けた。その日から、爆暮は変わった。その言葉の意味を探し求めて――。

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