第3話 怠慢な担任
逃げるように校庭を去った有栖はゴミ捨て場で袋を捨て、そのまま職員室へと向かった。有栖のクラスの担任の神崎先生との面談があるからだが、その度に毎回他の先生たちから白い目で見られるのがとてつもなく億劫である。
軽くノックして職員室のドアを開くと、仕事をサボる理由が現れて嬉しそうな神崎先生が笑顔で有栖の元へ向かってくる。カジュアルに黒のスーツを着こなし、アッシュグレーのウルフカットをバチバチに決めている様相はおよそ高校教師とは思えない。無法者には無法者といったところであろうか。校則等に対して関心が無さそうに見えたので有栖にとってはかなり都合が良かった。
「待ってたよ問題児くん。まったく暇で暇で仕方がなかったからさ」
「ちゃんと仕事はしてくださいよ」
「ガキが仕事なんて高尚な言葉を使うな。
ほらさっさと歩け」
有栖は隣にある生徒指導室へと雑に追いやられる。後から入ってきた神崎先生は高級そうな黒ソファの上に豪快にもたれかかって足を組んだ。傍から見れば今から始まるのは一対一の厳しい指導であるが、実際に行われるのは単なる世間話である。
「さて、今日で学校生活二日目だな。お友達はできたか?」
「こんなこと毎日やらされてたらできる気がしないんですけど」
「一理ある」
神崎先生の気のない返答はいつものことだ。面談は入学式の日から始まって今日も含めて三日間、もはや有栖が一番仲の良い相手は彼女だと言えるほど膝を交えてきた。それは単に有栖の他との関わりが希薄なだけとも言えるが。
「まあなんだ。学校側は罰をきちんと受けさせて体裁を保つ必要があるし、一部ではお前が上級生にいじめられているのではないかという懸念が高まっていたりもしてな。何もしないという訳にはいかんのだよ」
「なんか色々あるんですね」
堂島は白梅高校の二年生で、校内じゃ知らない人はいないほどの問題児だったらしい。そんな堂島と有栖が入学式に初めて邂逅してそのまま問題を起こしたという事実は、やはり単なる共犯として片付けるには難しく少々複雑に思える。外から見たら先輩が後輩をいじめていると勘違いしてもおかしくは無い。
(主観的に見てもほぼほぼ同じようなものではあるけど……)
有栖は特に大事にするつもりはないし、堂島を非難してどうこうとかは考えていない。少なくとも堂島の謹慎が明けるまではこの件に関して発展はないはずだ。
「とりあえず何もなさそうだし今日はこれで終わって良さそうですね」
「まあそう急ぐんじゃない。どうせ友達いないんだから淀川も暇だろ」
有栖は罰として反省文の提出も課せられていたため、早急に原稿用紙を適当な文字で埋めて提出する必要がある。幸いにも学校の休み時間は基本一人で過ごすことになるからその時間を使って書き上げるつもりだった。
「友達がいないことについては否定しませんが僕は暇では無いです。大人しく仕事に戻ってください」
するとこの有栖の言葉に眉をひそめる神崎先生。何か不可解な点でもあったのか、首を少し傾げて有栖を見つめたまま動かない。
「淀川、お前もしかして私が仕事をサボりたがる怠惰な人間だと思っているのか?」
「え?違うなんてことがありますか?」
「私は常に教師として生徒のためを思って頑張っていたつもりだが、お前にそんな風に思われているとは心外だな」
すると神崎先生は有栖の横に座って手を肩に回す。対面していた時には気付かなかったが、近くに寄られると甘いアンバーの香りがふと漂ってくる。そして有栖の顎に手を添えた神崎先生は力強く顔を横に向かせる。
「そう思わないか? 有栖ちゃん」
「ホストにでも転職したらどうですか」
「以前男装喫茶をやったことがあってね。それはそれは凄い人気だったよ」
確かに神崎先生はかなり中性的で整った顔立ちをしており、それが男装してこんな気取った接し方をしてくるものなら女性の人気は総取りだろう。今の状況は第三者から見ると不埒な誤解を受けてもおかしくないほどであるが、有栖は彼女がいくら美人であってもやはり教師であるから何とか平静を保つことができた。有栖だけが大袈裟に事を捉えていると思われても癪だという気持ちもある。
「.......そろそろ帰っていいですかね」
「何だ白けるなあ。そこは淀川が女の子になりきって応えるところだろ」
「いつ何時でも他人に見られて恥ずかしくないような行動を心掛けていく所存でありますので」
神崎先生はやれやれといった風に肩をすくめてソファから立ち上がる。そろそろ昼休みの終了を知らせる鐘がなる頃であろうか。やや不満足げな顔をしていた神崎先生であるが、切り替えて次の授業を見据えているようだ。
「もう毎日は来なくていいからな。代わりに今後もたまには顔を出せ」
「その心は何でしょう?」
「お前のその生意気な性格で学校生活を上手くやれるか心配なんだよ。あとは堂島が復帰してからの話もある」
「じゃあとりあえず一週間後くらいにまた来ます」
有栖がそう答えたところでちょうどチャイムが鳴った。神崎先生の返事は聞こえなかったが、ニコリと笑って帰って行った様子を見るに少なくとも否定的ではなさそうだ。有栖は急いで教室へと戻った。
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