第2話 厄介な委員長

「それで入学早々こんな苦行みたいなことやってるのね」


 そう笑みを含んだ声で話すのは、クラスの委員長である『高瀬桜』。いくらか大人びて見えるキレイな顔立ちの彼女は、その佇まいからして気品の高さが伺える。背中まで真っ直ぐ伸びた長い黒髪は、髪の毛というよりも一枚の布であるかのように整っていた。シワ一つ見えないピシッとした制服からは爽やかなシトラスの香りが仄かに漂っている。


「いずれ終わる罰は別に良いんだけどね」


 四月の昼下がり、よく晴れた日の校庭の隅で有栖は一人寂しく草むしりをしている。入学式のあの日に職員室へ連行された有栖は、後に無実であることが判明したものの、騒動の原因の一端を担っていることやそもそもの遅刻などを理由として一週間の草むしりと反省文の提出を罰として与えられた。ちなみに騒動の張本人である堂島は一週間の謹慎である。


 後日、今度は遅れることなく学校に到着した有栖は、何とかクラスに馴染もうとするが上手く行かず、微妙に皆から避けられたままで進展がない。何を言うにも引き気味で対応されるのは少々こたえるものがあった。


 そんな中、委員長としての義務感を勝手に感じたのだろうか、高瀬は比較的よく有栖に話しかけてくる。ある程度色眼鏡なしに見てくれる彼女は、有栖にとってかなり好意的に思える存在であった。


「あなたが気にしてないなら良いんだけど……こんな情けないことして衆目に晒され続けるの、私なら耐えられないかも」


「……情けなくて申し訳ありません」


「あの……そんなつもりは無かったの。ごめんなさい」


 高瀬は慌てて立ち上がってペコペコと頭を下げる。有栖はふざけて言ったつもりだが、高瀬の方は額面通りに受け取ってしまったようだ。サラッと毒を吐く割にはなかなか生真面目な性格をしている。


「一々俺が言ったこと真に受けて気に病まなくていいよ。基本適当だから」


「そ、そうよね。所詮あなたの言ってることなんて気にしても仕方ないものね」


「それは流石にわざとだろ」


「……どうかしら」


 気まずそうに目を背ける高瀬。時々トゲのある発言をするのが気になるが、早々に孤立した腫れ物に対して優しく接してくれているという点では、根っからのお節介というか善人なのであろう。クラスの委員決めという面倒事の押し付け合いが基本なイベントにおいても自ら志願して委員長になる

くらいだから相当なお人好しだ。


「というか高瀬さん友達いないの? よく一人でいるし、もしかして俺のことぼっち仲間だと思って話しかけてきてる?」


「ノーコメントで」


「今こんな所にいるのも昼休みに教室で一人きりでいるのがいたたまれなかったからとか? 俺みたいなパターンならまだしも委員長で友達いないって流石にヤバいと思うけど」


「……ちょっと言い過ぎじゃないかしら。私これでもその辺りのことについては繊細なのよ」


「でも『所詮あなたの言ってることなんて気にしても仕方ないものね』って言ってた気がするけど?」


「確かにそう言ったけど……あなたかなり性格悪いでしょ」


 高瀬はじっと目を細めて有栖を謗ったあと、「はぁ……」と大きくため息をついた。面倒臭い絡みをしてくる有栖に嫌気が差したのだろう。


 有栖はネチネチといやらしい言葉を吐くのが好きだった。相手がそれに対して一々真面目に返してくるタイプならば尚更である。上手い具合にからかうことができて面白いのだ。


 しかし、別に有栖はこの場をギスギスさせる意図は無かった。


「別に本気で言ってる訳じゃないからな。というか、こんな俺に話しかけられる時点でかなり社交的だし、それだけ顔も良ければお近付きになりたい野郎どもも結構いるだろ」


「うーん、私ってやっぱ高嶺の花だからそんな気軽に話しかけられる感じじゃないのよね。完璧すぎて女の子もちょっと気後れしちゃうみたいだし」


 こんなことをサラッと言えてしまうのが高瀬桜の恐ろしいところである。普通の女子ならば、「別にそんなことないよ」と言って謙遜したり、「そ、そうかな?」とちょっと恥ずかしがるのが基本のはずだ。ところが高瀬はそんな素振りを一切見せずにプラスアルファで自分を肯定していく。


(嫌いじゃないがなんかちょっとウザイなあ)


 今度は逆に有栖がじっと目を細め、大きくため息をつく。有栖と高瀬はターン制で互いの言動に呆れを覚えている状態だ。


「な、何か? これに関しては私は何も悪くないでしょ?」


「確かにお前は何も悪くない。はいこれでこの話は終わり。後は片付けして先生に報告しに行くだけだからじゃあな」


「ちょっと! 意味深な感じで終わるのやめて!」


 喚く高瀬を相手にすることなく有栖は抜き取った草の山を袋に詰める。全然話が噛み合わないため、これ以上話してもキリが無いと悟ったのだ。


 有栖が袋の口を結んでいる間にもう高瀬は消えていた。切り替えが早いというか何を考えているのかよく分からない人間である。しかし、それでも高瀬は有栖が初めて言葉をかわすことができた同級生であるため、もはや彼女のような特殊なタイプでないとコミュニケーションを図ることが難しいのではないかと有栖は思い始めた。


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