日常的な非日常
@tenten001
第1話 奇怪な先輩
皆が新しい環境に胸を昂らせる春の日、有栖は心地良い空き具合の電車の中で一人窓辺に寄り掛かっていた。その心地良さを例えるならば、静かで広大な深海の中だろう。他にも人は居る筈だが、それを全く感じさせない程に静寂に満ちていた。
目を閉じれば、ハイテンポさが売りのJPOPとたまに伝わってくる振動が絡み合い、一種の爽快感のある演奏に変わる。有栖自身、そういった曲は嫌いではないが、別段好きでもなく、ただ人気だからという理由で聴いていた。
しばらくすると、その振動は小刻みなものになり、やがて、甲高い金属同士の擦れる音と共に消える。それを合図に、有栖は目を開けて扉からホームに降り立つ。
朝は朝でもサラリーマンも中高生もいないちょっと遅めの朝。ほんのりと非日常感を感じさせてくれるそんな時分が有栖は好きなのだが、今回ばかりは楽しむ余裕など持ち合わせていなかった。なぜなら今日は白梅高校の入学式。本来なら有栖は新入生として参加しているはずだった。
「どうしてこうなっちゃうかなあ……」
有栖は一人そう呟いて駅のベンチに腰掛ける。時間を確認すると既に10時を回っていた。
入学式は単なる形式的なものであるから遅れていったとしてもその後には大した影響はない。しかし、有栖にとって最大の問題はそもそもどうやって侵入するかである。
(とりあえず会場まで行って式の様子を見るしかないな)
有栖の通う白梅高校は駅を出たら目視できるほどの場所にある。『白梅』と名に冠している通り、白い梅の花を咲き荒らした巨木が印象的な高校だ。
改札を抜け、階段を下り、信号を渡る。そしてそのまま真っ直ぐ歩いていけばすぐに学校に着くのだが、その道中、有栖はとある一人の男とすれ違った。着ている服は有栖と全く同じ、つまり白梅高校の制服である。
(なんでこんな時間に白梅高校の生徒が?)
そう有栖が思ったのも束の間、後ろから物凄い力で肩を掴まれた。
「おい、お前ここで何してる」
強引に歩みを止められた有栖は、首だけ半周して話しかけてきた男を見る。金髪のスキンフェードにピアスを付けた、如何にもすぎる不良の姿がそこにあった。
そもそも有栖と同じ方向に歩いているならまだ理解できるが、その男は全くの逆方向に歩いていた。明らかにまともな人間ではないだろう。
「いや今から入学式にでも行こうかと思いまして」
「今から?」
「はい。そろそろ盛り上がってきた頃でしょうしね」
有栖は何とか笑みを作りながら適当な返事をしてこの場を切り抜けようとする。面白いものが大好きな有栖にとっては、不良という存在は別に嫌悪の対象ではない。しかし掴まれた肩のあまりの痛さに、今すぐ男の手を振り払って逃げ出したい気持ちが湧き上がって抑えきれないのである。
男は何が納得いかないのか、未だ怪訝そうな顔をしており、有栖を解放する素振りを一切見せようとしない。しばらくして再び有栖が口を開こうとした時、やっと合点がいったかのように笑ってずいっと顔を近付ける。
「お前、俺と同類ってことだな?」
「は? え? 絶対違いますよ」
「まあまあ、それは俺が決めることだから気にするな」
「いや、ちょ……力強すぎ!」
必死の反抗虚しく、見た目通りの怪力で襟を引っ張られた有栖はズルズルととある場所へと連行されていく。当の不良男はというと鼻歌を歌ってとてもご機嫌のようである。
諦めてされるがままになっていた有栖は、気が付くと恐らくではあるが白梅高校の校門前に立っていた。しかし以前に有栖が見た正門に比べるとかなり小さいため、いわゆる裏門のようである。
「入学式なんてクソつまんねぇと思うだろ?」
物静かな校内を歩きながら、男は問い掛けてくる。
「まあ、面白くはないですよね」
「あんなゴミみたいなことして何の為になるんだってな」
「そこまでは言うつもりないです」
これまでの会話だけから考えればこの男は入学式がつまらないから学校を抜け出したことになるが、なぜだか今は逆に校内を進んで行っている。
(何がしたいのかよく分からん人だな)
何となく後を追っていた有栖が最終的に辿り着いたのはまさかの校舎前であった。入学式中であるため勿論中には誰もいない。
「よし、誰もいないようだからサクッと入っちまうぞ」
「入って何するんですか?」
「は? 決まってるだろ。面白いことだよ」
「はあ、犯罪じゃなければ良いですけど」
「そこら辺の区別は俺にはつかん」
「……恐ろしいこと言いますね」
どうやらこの金髪スキンフェードの不良男は、『面白ければなんでもいい』といったスタンスらしい。明らかに校則違反な見た目をしているから外見通りの性格である。
(同類ってつまりそういうことか)
確かに有栖も非日常を感じさせてくれるような面白い出来事、場合によっては犯罪スレスレのようなものも好みはする。しかしここまで大胆に事を起こそうとはしない。精々取り巻きとして楽しむ程度である。
「入学式の間に校舎に忍び込んでやることって言ったらもうヤバいのしか思い浮かばないんですけど」
「そうか……そういやお前、名前はなんて言うんだ。一応俺は堂島だ」
「え? まあ淀川有栖と申しますけども」
突然の話題変更に驚く有栖。堂島の方は先から辺りをキョロキョロ見回して何かを探しているようだった。何か明確な目的があって侵入したかのように見えた堂島だが、未だ何をするか定まっていないようである。
やがて堂島の歩みはゆっくりになり、後ろを歩く有栖から見ても分かるほどにニヤつき始めた。
「なあ有栖。お前女みてぇな名前してるけど走るのは得意か?」
「女みたいな名前なので運動は苦手です」
「なら精々頑張って逃げることだな」
そう言って堂島が勢い良く押したのは、廊下の脇に設置されている火災報知器であった。すぐにジリリリリと警報音が校内中に鳴り響く。
「あんたマジでイカれてるだろ!」
「黙って走んねぇと入学早々お説教だぜ」
堂島は既に廊下を全速力で走り出していた。後を追って有栖も走り始めるが、突然の出来事に足がもたついてかなりの遅れを取ってしまう。そんな最中、遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「お前! そこで何をしている!」
(やばい、流石に職員はすぐに来るか)
有栖よりもずっと先を走っていた堂島はもう一階の窓から飛び降りて校舎を抜け出しているが、まだ有栖は廊下を走っている途中であった。
走って追いかけてくる職員を尻目に、有栖も堂島と同様に窓から校舎を脱走する。門の外に向かって走って行けば、自然と職員の目の届かない場所へ辿り着くことができた。有栖は運動が苦手とは言ったが、流石にある程度歳を取っている大人に負けるほどでは無い。
「上手く逃げられたみたいだな」
「おかげさまでね」
有栖が裏門に行くと、堂島は待ってましたと言わんばかりに腕を組んで立っていた。
火災報知器の音が聞こえなくなると、おそらく生徒や参列していた保護者のものである騒ぎ声が聞こえてきた。教員らは何とか場を落ち着かせようと声を掛けていたが、それほど功を奏してはいないようである。
「それじゃそろそろあっちに交じりに行くか」
「……流石に怪しまれますよ。俺なんか顔見られちゃったし」
「バレたらバレたで面白いからな。それに実際にやったのは俺一人だからお前の罰は大したことないだろ」
「やったのはあんた一人だから俺はそもそも要らなかったですよね」
「まあまあ、これからお前にもやってもらいたいことがあるんだって」
そう言うと今日一番のいやらしい顔で笑う堂島。よく見ると顔立ちは整っているし、彫りの深さはハーフを思わせる。これに制服の上からでも認知できるほどの筋肉とそこそこの高身長が合わさっているため、中々の威圧感はあるものの、誰が見てもイケメンと呼べる部類ではあるだろう。
(世の中こういう悪いヤツほどお顔がよろしいんだよな)
堂島が今何を考えているのかは有栖は全く推測することができないが、これまでのことを鑑みると100%良くないことであろう。だからといって今更退くつもりは無かった。
堂島に従う形で、ざわめき立っている群衆の中に混じっていく。入学式は体育館内で行われていたが、突然の警報音に詳しい説明を求める保護者たちが外に溢れ出てきており、それに伴って中にいる生徒たちも混沌としていた。
(これなら自然に侵入できそうだな)
そう呑気に考えていた有栖だが、まだその時は堂島という人間が如何に非人道的な存在であるかを理解できていなかった。堂島は有栖の肩を掴みグイッと押さえつけると、周囲に対して声を荒らげるようにしてこう言う。
「先程の警報音は、この『淀川有栖』という生徒が悪戯に火災報知器を押した為に発生しました! 本当の火事は起きておりません!」
新入生にとっては一生に一度の式典である入学式をぶっ壊した、その真犯人は紛れもない堂島なのであるが、あろうことかそれを有栖に押し付けようというのである。堂島の言葉により一層騒がしくなる群衆。教員たちが駆け寄ってくるのが分かる。
「これはシャレになりませんよ……」
大声で否定しようとして下手に悪目立ちすると更に面倒臭いことになると悟った有栖は、とうに観念して悪態をつくのみであった。それを見た堂島はニヤリと笑って済ました。
とりあえずは騒ぎを収めるために、堂島と有栖は教員に連れられて職員室へと向かう羽目に。
ただ入学式に遅刻したことがきっかけとなって有栖は大目玉を食らうことになるのであった。
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