第2話「ランダム転生」

 死んだ。汎艶ハンイェンは死んだ。


 ……が、意識はまだ残っていた。


「ここは……?」


 汎艶の知らない場所だった。


 天国か何かだろうか。


「はは、まさか」


「…………です」


 汎艶が笑うと、誰かの声が聞こえた。


 しかし視界がぼんやりとしてよく見えない。


「私は女神です。あなたの魂を預かりました、汎艶さん」


「女神……?」


「はい。そしてここは天国などではありません。


 あなたが天国に行くなら、地獄に行く人なんていませんよ……」


「?」


「何でもないです。現実は辛いですが、地獄はもっと辛いです。


 現実とは比べものにももならないほどに。


 私たちはあなたの感情を操れるんです。


 支配された世界ってどうですか?


 それほど、現世が大事ってことです」



 女神と名乗るこの人は、汎艶に丁寧に説明した。


 白い天女のような感じで、「清楚」という言葉が似合う。


 まさにザ・女神だ。


「あなたには異世界に行ってもらいます。チャンスですよ」


 女神はそう言うと、人差し指を立てて、くるくると回し、可愛げな姿勢のままこちらを見つめた。


「ランダムなんです。運、と言えばわかりやすいですか?


 でもどうせ運なんてないんですけどね。


 最初から決まり切っているんです。


 私たちは未来を知っています。変わることのない、決定した未来を。


 もちろん、現実の方は私たちが操作することはできません。


 しかし未来は何があっても変わらないのです。


 未来を知るのは女神だけですし、女神が現実に干渉するのは不可能です。


 なので、未来は絶対に変わりません。


 タイムマシンとか、よく人間の作り話でありますよね。


 あれで未来が変わるとか言いますけど、あれも人間が考えて、人間が作り出したものなんですから。


 もしですよ。


 もしタイムマシンが出来たとしても、それもちゃ〰〰んと最初から決まっていた未来なんです。


 女神にとって、未来ほどつまらないものはありませんよ」


「…………」


「話が逸れましたね。


 まあ簡単に言えば、あなたには異世界転生して、ドキドキハラハラな人生を送ってくれという事です。


 安穏な日々なんてつまらないでしょう」


「異世界転生、か……」


 想像はできるが、あまりに現実感のない言葉だったので、汎艶は期待交じりのため息を漏らした。


「はい。世界は無数にありますが、女神も同じくらいの数います。


 女神はそれぞれ一つの世界を受け持ち、管理しています。


 私が地球アース管理者アドミニストレーターです。


 でも、他の世界を見ることは可能ですし、他の世界の未来も見れます。


 あ、未来をあなたにお教えすることはできませんよ。


 どの世界のものだとしても」


「ちょっと信じ難いが……まあ信じるしかない、か。


 僕はお父さんに裏切られて死んだんだしな」


「裏切られて……ですか」


 女神が少し儚げな目をしたが、汎艶は気にも留めない。


「そういえば、さっきランダムって言ってたけど、どういう事なんだ?」


「あはは。あなたはとても未来に嫌われているそうです。


 異世界に送るというチャンスを与えても、あなたはすぐ死んでしまう未来なんですよ。


 それじゃもったいないので、今ならなんと、死んだらランダムで何かの動物に転生する能力をお付けしちゃいます。


 完全にランダムです。まあさっきも言ったとおり、未来はわかりきっているのですが」


「僕がどうなるのか分かってるっていうのか……」


「はい。とても面白い結末です。だから送るんですよ」


「はあ」


 少しよく理解できない部分もあるが、彼女の説明は大抵分かりやすい。


 汎艶は異世界で生きていくにはどうするべきか考え始めた。


「なあ、今から行く世界って、どういう世界なんだ?」


「はい。よくある中世風の、剣と魔法の世界です。


 頑張れば不自由なく暮らせるでしょう。


 最初の支給金は10000バレット。バレットはこの世界の単価です。


 円とほぼ同じ価値の単価ですが、物の価値は変わってくるので気をつけてください」


 物の価値は変わる、ということは、こちらの世界で百円で買えるものが、向こうだと一万円くらいの価値があるなんて可能性もあるということか。


 そんなふうに汎艶は咀嚼して。


「へえ。最初にそんなにもらえるんだな。仕事とかもあるのか?」


職業ジョブというのがあります。


 たくさんあるので私も全部は覚えていませんが、《剣星ソードマスター》とか《術士マジカルウィッチ》なんかがありますね」


 たくさんの職業があるということは、その分いろんな可能性があるということだ。


「すごいな」


「人間だけですけど」


「え?」


「人間になれなければ、意味がありません。


 職業なんてあるわけがない。


 あ、あなたのお父さんがやっていたような仕事は、この世界ではあり得ません。


 他の動物なら、まあ森で動物でも喰っておけばいいです」


「おい、なんか急に雑になってないか?」


「なってませんっ。……それはともかく、運が大事な世界だということです」


 人間になれなければ、職業も金も意味がないという現実。


 そして、全てにおいて運が重要視される。


「猫にもなれるのか?」


「もちろん。全ての動物が同じ確率で出ます。


 連続で出ることもあるかもしれません。


 種類が多いですから、狙って出すのはかなり難しいですけどね。


 でも、猫になってどうするんです?


 猫になっても支給金はもらえますが、人間にならなければ、猫に小判です。


 虫でも喰って暮らすつもりですか?」


「ははは。馬鹿なことを言う。この僕が虫なんて食べないさ。


 きちんと動物を狩って、食べる。自然の摂理で生きていく」


「意外にまともなこと言うんですね。まあ知ってましたけど」


「俺はいつもまともだ。俺は常に正義とともにある。かつての父のように、人を助ける仕事がしたい。あこがれの父がどうしてあんなことを……」


 汎艶にとってのあこがれの存在が、正義のヒーローから悪の化身に変わってしまった。


 と、汎艶は思ってるらしいが、汎艶の父の正義が崩れることはない。


 汎艶は正義を愛しているが、猫と人間で比べると、圧倒的に猫の方が知能が低いのだ。


 汎艶の父は、本当に千年に一度生まれるか生まれないかくらいの天才であったと思われる。


 天才の父の行動は、普通の知能を持った汎艶には分らなかったのだ。


「やっぱり正義のヒーローってアホばっかですね……」


「あ? 何か言ったか?」


「いえ。正義のヒーローだなんて、すごいなと」


「おお、分かるか、女神。すごいだろ。あはははは」


「すぐ調子に乗る……典型的なアホですね」


「あん? お前の声小さくて、聞こえにくいんだよ」


「何でもないです」


 何でもないわけはないのだが、これで会話が止まるのだから、猫は知能が低いというものだ。


 猫は他人をあまり疑わない。


 というか、ただ単に自分や他人の行動に正義とかがない。


 悪いことをしても何も思わないし、いいことをしても称賛されない。


 猫がいいことをしようとするのは、ペットの猫が人間に甘えるときぐらいだ。



「――さーて、長い話もここまで! じゃあ転生しまーす。準備は万端! 今すぐ行きまーす」

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