師匠のお宅にお邪魔します Vol1ー2



 あたしは思わず息を呑んでしまった。


『なんて凄いお屋敷なの!?』


 立派な門柱から敷地に入ると璃央さんの云ってた通りの御殿が在った。

 植木の手入れも行き届いてて、美しい庭園と御殿と云った構図に眼を見張ってしまう。

 そりゃぁ、京都に在るような寺院の枯山水の砂紋みたく手入れされてないけど、人が住む民家って概念からは逸脱してるわ。

 だいたい枯山水の庭園なんて歩く事も出来ないのだから当たり前よね。


 それを差し引いても『風光明媚』って形容がどぉーんと翻って宜しいのではなくて?

 本当は自然の景観を形容するのに使う言葉だけど。

 でもそれ以外には無いって気がするのよ。

 あたしの語彙って貧弱なのかしら?

 

 璃央さんの云っていた通り、確かに他所では滅多にお眼に掛かれない美麗な景観だわ。

 広いだけでは伝えきれない広大なお庭には、御社おやしろのような建物が見えるけど氏神様を祀るなら鳥居がある筈だし、東屋としてもちょっと不自然な感じだわ。

 例えるなら庵とでも云うのかしら?

 そうだっ!

 茶室という可能性も在るわね。

 景観そのものを崩してないし違和感も全くないから、何か必要性があって建てられたものに違いないと思うけど、まさかの巨大なオブジェって事はない筈……

 帰る前にスマホに残さなきゃ。

 旅の想い出とこの素敵な出逢いの記念に。


 あたしの驚きなんかにはお構いなしで、そろそろと車を進める彩華さんはお屋敷の玄関付近に停めてエンジンを止めた。



「それじゃ、先に紫音と綾音を降ろしちゃいましょ」


「あたしらはこの娘達を寝かして来るから。弥生、お前さんは荷物を玄関の小上がりまで運び入れてくれないかい?」


「分かりました。お易い御用です。任せて下さい」



 紫音ちゃんと彩音ちゃんをそれぞれ一人ずつ、師匠と彩華さんがそっと抱き上げると少しムズがるように嫌々ってしてるのが、何とも可愛らしくて自然と頬が緩むわ。

 さっきまであんなに元気だった双子ちゃんなのに、眠ってると本当に天使みたいね。


 双子ちゃんを車から降ろしたらあたしの出番よ。

 と云っても、お鍋や食器類と少しだけお残ししちゃったお料理を運ぶだけのとっても簡単なお仕事。


 玄関の敷居を跨ぎ。

 お邪魔しまぁす。

 いざっ! って云うのも大袈裟なのだけど。

 これが視界に跳び込んで来たら大袈裟にもなっちゃうわよ。


 広い土間から続く小上がりには観音様が鎮座していらっしゃる。

 繊細な細工彫りが施された木像彫刻の立派なお姿だわ。

 これは師匠の作品なのでしょうか?


 全高は壱メートル程で、宝物殿や美術館に在っても違和感のない、素晴らしい観音様の立像。

 とても柔和な慈愛に満ちたお顔や掌や指の角度。

 こんなにも間近で拝見するのは初めてだわ。

 寺院に安置されてたら畏れ多くて近づく事も出来ないわ。きっと。





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