二度目の別れ

虫十無

1

「お別れなんだよ」

 とお母さんは言った。けれど、僕はこの人に会ったことはない。出会いもまだなのにお別れと言われてもどう思えばいいのかわからない。

 正確には、会ったことはあるらしい。けれどそれは僕が小さい頃の話で、そんな昔のことは覚えていない。この人はお母さんの親戚で、ここ数年はお正月の集まりに都合がつかなくて来れなかったらしい。だから僕と会ったというときの話もそんなに何年も前のことになるんだ。

 だからこれは僕にとって知らない親戚の葬式だ。確かに出会うことがないままお別れしなきゃいけないのかもしれないけれど。


「やあ、こんばんは」

 そう声をかけてきた人になんとなく見覚えを感じる。いや、顔じゃない、服だ。棺桶の中の着物と同じものを着ている。僕は葬式というものをあの人のものしか行ったことがない。ただ着物というだけならほかにも見たことがある。けれどこれはきっと死んだ人しか着ないものだ。

 一度見ただけの顔は覚えてないのに、なぜかちゃんと見えたわけではないはずの着物はよく記憶に残っている。

「驚いたかな、ごめんね」

 そう言うこの人は服以外、普通の人と変わらないように見える。

「未練なんてないと思ってたんだけどね、でもこうしてここにいる。幽霊になっちゃったみたいだから、それならきっと出会ってないっていう君の言葉かなって思って」

 僕の言葉は口から出ていたのだろうか。幽霊なんてそんなに簡単には信じられないけれど、僕の言葉が僕の口から出てなかったとしたら、それを知ることができるのはきっと信じられないようなものだけだろうとも思う。

「君のお母さんのお別れだよってのもだいぶどうかと思ったからね、仕方ないと思うよ。確かに君と会ったのは君がもっと小さいころだからね」

「うん、僕もそう思ってた」

「だから、会いに来ちゃったんだ。出会いが後から来るのも面白いと思わない?」

「確かに」

 そうして僕らは笑い合った。


「本当にね、未練なんかないと思ってたんだ。だからこんな風に残るなんて予想外だった」

「幽霊って未練があるの?」

「まあ一般的にはそう考えられてるだろうね。そうか、確かにそれがぼくの思い込みで全人類が幽霊になるならここにいるのもおかしいことじゃないね」

「でも僕は幽霊をあなたしか見たことないよ」

「確かにそれは変だ。そもそも生前幽霊なんて見たことなかったし、見えるって言う人も別にこの世の中が幽霊でいっぱいだなんて言ってなかったしな。全人類が幽霊になるなら幽霊側の人口密度はすごそうだもんなあ」

「じゃあ未練があるのが幽霊だとして、あなたの未練が僕と出会うことだとしたらもう達成されてるんでしょ?」

「そうなんだよな。だからもう成仏できてもいいはずなのにまだここにいるんだ。どうしてだろうな」

「ほかに未練の心当たりはないの?」

「そうだなあ」

 そう言ってこの人は考え込む。未練がないと思ってたならそれも当たり前なのかもしれない。

「やっぱりわかんないなあ」

「そっか。じゃあ僕の小さい頃のこと教えて? 小さいころ会ってるんでしょ、僕は覚えてないんだけど」

「そうだなあ。君はかなりお母さんにべったりな子だった気がするなあ」

「気がするってなんだよ」

「いやあ、正月の集まりとか今もあるんだろ? ならわかると思うけどあの空間人が多すぎてあんまり一人一人と関われないんだ。特に小さい子なんてみんなでかわいがるから関われる時間は短いし、小さい子もいっぱいの大人に怖がって親の後ろに隠れちゃうのがほとんどでなあ」

「あなたはお正月の集まり嫌いだったの?」

「どうして」

「なんとなくそんな気がした」

「聡いいい子だなあ。確かに、あまり好きじゃなかったよ。やっぱり独り身だといろいろとね。とはいえこれは大人の事情みたいなもんだ、子供はお年玉がいっぱいもらえていい日だろう」

「うん、いっぱいの大人はちょっと怖いけどお年玉の分だけはいい日かも」

「いいことだ。そのまま大きくなってほしいってのは大人のわがままかなあ」

 と言ったところで遠くを見る目をする。僕の方を向いてるのに僕を見ていないみたいだ。

「ああ、そうか。それかもしれないなあ」

 そのまま立ち上がる。もう僕の方を見ていない。

「君のお母さんに伝えてくれないか。ありがとうって」

「どうして?」

「君の成長を見せてくれてって。できるだけ早く」

 そう言ってこの人は歩き出す。ついて行きたいような気がして、けれど早くと言われたことが気になって、結局家の中お母さんの方に向かう。すぐ戻れば大丈夫だと信じて。


 お母さんにあの人の言葉を伝えて、慌てたお母さんと一緒に戻るころにはあの人の姿はどこにもなくて、黄色くて細い花びらがいくつか落ちていた。

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