時計 ぼーんぼーんぼーん
珀武真由
ぼーんぼーんぼーん
チクタクチクタク……ぼーんぼーんぼーんぼー
今日からここの壁で音を奏でる? 奏でるのかな。とにかくみんなに長針と短針、振り子の音で時を告げることになったんだ。
よろしく。
誰も訊いてないであろう挨拶を交わしある部屋の柱に僕は、飾られることになった。
時は大正のいつどきのことだろう。
ここの家主が僕を時計屋で購入してくれた。今だと安く購入できるけど当時では安値、ってことはないよ。そこそこするんだよ。
それに一般家庭に時計は当時だと珍しいのかな?
紙幣価値は今と昔と違うから知ったら驚くから言わないー、けどね。
ああ、話を戻すね。
今日からこの壁で時刻番をする僕は振り子時計、ドキドキ感はここにある。振り子のようにコンコン震えた。
あっ言っておくけど僕に秒針はない。あるのはこの秒針替わりの振り子で動き、針が数字を指すと知らせるんだ。
それに比べ、今のデジタル時計は便利だね。
なぁーんて。
さて、そんな先の未来を羨む前に
ここの家主は怖いお人で僕はそれを、ここから毎日眺める。本当に怖い人だよ、どう怖いかはあっほら聞こえるよ。
「なんですか、その箸の持ち方は!」
「ご飯を零してはしたない」
「あっ、肘!」
子どもを叱り付けた後、キセルで折檻してるよ。躾と言えば聞こえはいいよ、でも今の時代ならコンプライアンス? 問題かなと、あっもうこんな時間だ。知らせないとだよ。
ぼーんぼーんぼーんぼー……
僕は急いで時間を知らせた。家主は僕を見て、吹かしていたキセルを隣りにある火鉢に打ち付け灰を落とした。
「学校の用意は? あと稽古もあるからきちんと身支度しな!」
命令口調で出された今日の日程。
「終わったら炊事を頼むよ。今日は母さん畑だからね。その頃には畑から帰ってくるから」
ここの家系は娘一人、母一人の母子家庭のようだ。僕がここにきてから、旦那さんという男の人は見たことがない。大変そうーだーぁ……ぁ
「おや、ネジが切れ掛けているのかい? 回さないと」
キセルを着物の袂に入れ、僕を回し始めた。
「行ってきます」
「ああ、気をつけて」
いつもありがとう。僕を回してくれて、僕も頑張って働くよ。
チクタクチクタク……
僕は頑張って働き、家を見守る。娘さんも年頃になり、気が付くと年号も大正から昭和へと変わっていた。
※
ん?
ガチャリ、カチャカチャリガッ、チャ
誰かが僕の胸を開いてうおおぉ、くすぐったいよ。
ゼンマイを、ぅおお、こそばゆい、ですがありがとう。誰だろう。手の大きさが違う、家主ではなくこれは……。
「これでよし。今度は掃除もしよう」
「ありがとう。あなたは背が高くて助かるわ」
見知らぬ、大きな手が僕の心臓を回していたんだ。ガチャガチャリと巻かれたゼンマイにより、
僕を回した大きな手はとても温かく、がっしりとして指が綺麗な人だから安心もした。
時間が経ち、日差しが綺麗に部屋を明るく照らす。大きな窓は開け放たれ、カーテンはゆっくり靡く。そんな緩い時の中で耀く物があった。
差された明かりが、純白の布の上を光沢し、薄らと鶴の刺繍が浮かす。煌びやかに光る衣は皆の目を、惹きつけて止まない。
僕も燦々とする衣装に見惚れたその一人と、化した。
おお、娘さん。白無垢姿綺麗だし、旦那さんの袴も様になって、おおっと今日は張り切って知らせるよ。うん、知らせないと!
ぼーんぼーんぽーんぼーん
あっ、弾みすぎたのかな? あれれ?
慌てていると、大きな手が僕をくすぐった。
「あら、あなた」
「今度は中も整備しよう、今度から僕もここで時を知らせてもらうから」
二人は僕の前で、満面の笑みで見つめ合う。見目麗しゅうとはこの事だと、僕ははしゃいだ。僕は嬉しくなり、本来なら告げる「時」ではないんだけど、鳴らしてしまったんだ。
大きな音で針をカチリと合わせ、僕なりの祝福をしてしまい、二人は顔を見合わせ驚きまた微笑んでくれた。
嬉しかったぁ。
娘さんの婿さんは旦那さんと呼ばれ、ここの家主となった。
キセルを振り回していた娘さんのお母さんは最後の時まで、銀の管を手放すことはなかった。力ない華奢なその指は最後の時も、僕を回してくれた。
カチャカチャリガチャ……ぼーんぼーんぼーん。
僕は静かに礼を述べる。キセルに蒸せ、僕を見て微笑んだ儚げな表情を僕は忘れない。
家の中は騒々しく、来る人来る人が黒い装束を纏っていた。
僕を最初に回してくれた家主さんは、木で出来た箱に入れられ、白い菊の花に囲まれ皆に見送られた。泣く人、喚く人、静かに、瞼にハンカチを添える人。
僕は柱の上からただ見下ろす。
最後を静かに見送った。
※
ぽーんぽーんぽーん……ハッ!
気が付くと僕の体の色は漆塗りの茶色から黒の色に、漆が強化されていた。でも中身は強化されなかった。
ガジヂヂヂ、ガチャ
「父さん、ネジが錆びてきているよ」
おやや、今度は君が巻いてくれるのかい?
新しい旦那さんの息子は顔は似るものの背が低く、脚立に登り僕の胸の扉を開く。隈なくひとつひとつ眺め、僕の体をチェックしていた。僕もその間、息子さんの顔をまじまじ眺め、そして背が低いことを残念に思ったんだ。
あああ、顔はそこそこ良いのにな。ぼーんぼーん……
軽快に時刻を告げると、息子さんは笑った。
「ねえ、お父さんこの針変だよ。コツンコツンと当たるし、ネジもサビ?」
「ああ、油を差すかな? ネジはいつ替えたかな。まだ売ってるかな」
会話に耳を寄せ、笑う僕がいる。
よくよく見下ろすと小さな女の子が、息子さんのズボンの裾を持っている。
あれれ、顔は奥さんかな? 眉は息子さんに似ている。
ひや~こうやって増えていくんだね。
気がつくと増えていく人数に、楽しみが尽きない。息子さんは同じ敷地にある長屋に住んでいた。時折、この主屋に訪れても奥さんは顔を見せない。
お母さんとウマが合わないんだって、ヘェーーー
息子さんが話しているのを耳にした。
気が付くと旦那さんにはお孫さんが出来ていた。六人の孫。
皆が時折、遊びにくる。六人のうち二人は息子さんの妹、旦那さんの娘さんの子供だそうだ。遠方に住んでいるらしい。
家族かぁ、すごいな。いいなぁ。
おおと、時間だ。ぼーんぼーん。
たくさん時間を告げ、そして気がついた。
空気が冷たい。僕の顔が霜? 露で雫がぽたり。おおお、僕に湿気は大敵なんだ。誰か誰かーーー
慌てていると、キュ、キュイ、キュウーという音がした。
「これでいいかなお父さん」
「おお、落ちるなよ。綺麗に拭いたな、次は仏壇の縁だ」
「はーい」
おお、叫んでみるものだ。誰か知らぬが……って娘さん。旦那さんの息子の娘さん。
おお、背が伸びたね、でもまだここまでは無理かあ。大きくなるかな? 楽しみだな。
ぼーんぼーんポーン
※
気がつくと僕はボケて来たらしい。
軽快なリズムを刻んだ針も今は古ボケ動くたび、たまに細かいサビ屑が降る。振り子の音もあんなに大きくどっしりと、家中響かせていたが今では……きちんと伝えているのかぁわからない。
もう歳かな?
気がつくと旦那さんが
至るところ、白檀の香りが充満している。皆の着ている服は黒く統一され、皆が口々にお疲れ様と涙していた。
ああそうか。
僕は時間を告げた。いつもと同じだが最後の音は間の抜けた音をさせた。でもいつものようにネジを、振り子を心配して覗く者はいなかった。
ひょっこりと腰を少し屈め、背の高かった皺がれた笑顔は。ここにはもう……
ポーンぼーーんぼーん
僕は……時を奏でることしか出来なかった。
※
僕の身体は早く進むのか、ゆっくり進むのかわからなくなっちゃた。
まだこの家族を見ていることはできるかなあ。
最近小言も増え、気が付いたらとんでもない亀裂音を出すようになった。ギギィとか、ジャシガギとか、昔のようなチクチクと可憐なリズムを刻めなくなった。
ああ僕は終わる……。
「お父さん、また変だよ」
「おお最近な、もうネジ回しても無理かうう〜ん」
脚立が用意され、僕はくすぐられた。
あーきゃきゃきゃ、こそばゆい
「でもなあ、捨てれないんだなあ」
この一言を聞き、僕はまだここにいて良いことを確信した。役に立つかわからない僕を壁から外さずそのままに。
よし、今度からは笑おう、笑いを送ろう。
時間がずれても、針が変でも僕は自由に振る舞った。それでも怒られることなく皆がゼンマイを巻いてくれた。しようがないなぁと小言を漏らして。
これからも許される限り、僕はここで家族を見守ることにした。時々困らすかもだが許してねと思いながら。
今日も柱の上から、部屋を歩く者たちを眺めた。音は相変わらずぎこちなく、時には残念そうにぼやかれるけど僕はまだ此処で音を刻もう。
時計 ぼーんぼーんぼーん 珀武真由 @yosinari
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