第2話 飲み水
みんな一言も口をきかなかった。飲み物も食べ物もない状態では、そんな気力もわかないというのが正解なんだろう。
着のみ着のまま逃げてきた僕らは、身に付けていたもの以外の、何も持ってはいなかった。食べ物も、飲み水すらも。
日頃悪態をついているナオキですら、もう何も言う元気がないようだった。
怪我をしてる子らも何人かいるようだった。みんなグッタリして草の上に寝転がっていた。僕はリュウセイ君の姿を探したけれど、視界の範囲には見当たらなかった。
「アンタ、まあまあ使えるじゃない。」
「アリサだけは、僕が絶対守るからね!」
そんな中、アリサが1人だけ何かを飲み食いしていた。どうやらピースケが与えたらしい。手にしている飲み物は、地震の前に飲んでいたジュースだ。
女王様のアリサに誰もなにも言えなかったけど、こんな時まで食料を独り占めしているアリサを、みんな無言で睨んでいた。
ピースケの本名はユウスケなんだけど、すぐストレスでお腹を下すから、昔アリサに付けられたあだ名らしく、今はみんなそれで呼んでいる。アリサの絶対的しもべだ。
「──お前ら、動けるか。」
姿が見えないと思っていたリュウセイ君が、ユメコを連れて僕を見下ろしていた。
「どうかしたの?リュウセイ君。」
リュウセイ君は怪我をした肩をハンカチみたいな布でしばっていた。
「ユメコが飲める水のある場所を見つけてくれた。コップがないから、そこまで移動して飲む必要がある。
動けるようになった奴から、俺たちについて来てくれ。案内するから。」
力のない歓声があがる。
「ありがとう、ユメコ、リュウセイ君!」
僕は立ち上がってついていくことにした。
「──ピースケ、行かないの?」
僕は元気そうなピースケに聞いた。
「う、うん、アリサが心配だから……。」
ピースケはそう言って、アリサから離れようとしなかった。
「アンタも行って来なさいよ、ずっとアタシに引っ付いてるのはやめて。」
「わ、分かったよ。じゃあ行ってくるね、気をつけてね、アリサ。」
「いちいちアタシに断らないで。」
アリサはそう言ってソッポを向いた。
ピースケは慌てて僕らを追いかけて来た。
「いいの?こんな状況で食べ物まで譲ったのに、あんな態度ってなくない?」
僕はピースケにそう言った。だけど。
「……うん。いいんだ。アリサはさ、ホントは不器用で優しい女の子なんだ。素直になるのが苦手なだけなんだよ。」
ピースケは微笑んでそう言った。
あのアリサが不器用で優しい?
惚れた欲目と言うやつだろうか。そんなところ一度も見たことないけど。
少なくともピースケに対する扱いはいつだって酷かった。それでもピースケのアリサに対する気持ちは、幼い頃から変わらないようだった。アリサ以外目に入らないらしい。
水飲み場は大きな滝つぼのある泉だった。結構深そうで、透明だったけど、底は見えなかったし、魚の姿もなかった。
みんな急に元気がわいてきて、一斉に泉に駆け出して、直接口をつけたり、手ですくって水をのんだ。お腹もすいてきていたから、せめて水でお腹を膨らましたかった。
「やった!これだけあったら、服も洗えるし風呂にも入れるぜ!」
マコトが嬉しそうににそう言ったけど、
「服を洗うのはともかく、風呂はどうすんだよ?このまま入るのはきたねえから、絶対すんなよ?水が飲めなくなる。」
いつも冷静なセブン君がそうツッコんでくる。ちなみに星に文でセブンって書くキラキラネームだ。某特撮物から付けたらしい。
「確かにお風呂に入ろうと思ったら、このまま水に飛び込む他ないのよね……。
水をためられる入れ物だってないし、火をおこす道具だってないわ。」
大人っぽいシオリが考え込むように言う。
「飲み水はさ、滝があるんだから、そっからすくえばいんじゃね?
そしたら最悪なんの道具がなくても、風呂に入れんじゃん!」
と、トシヒコが脳天気に指を鳴らす。
「滝つぼって大体深い場所にあんだぜ?
足のつかないとこまで泳いで水をすくって、ここまで持ってくるってか?
やってみろよ、スゲーしんどいから。
現実的じゃねえよ、実際。」
頭のいいタイキ君がそれを一蹴した。
「滝つぼの上に行かれないかな?
そんなに高いところから落ちてないよね?
そしたら、飲み水は上から、体を洗うのは下、っていう風に出来ると思うんだけど。」
「──そうだな、道を探してみよう。」
僕の言葉にリュウセイ君が立ち上がる。
「僕が行くよ!リュウセイ君ばっかりに悪いよ!それに怪我もしてるじゃないか!」
「いや、だいじょうぶだ、大した距離じゃない。それにユメコがいれば、道だけならすぐに見つかるしな。」
「どういうこと?」
「さっきあの声が言ってたろ。俺たちにそれぞれ力を与えたって。ユメコの貰った能力は、地図作成とルート探索だそうだ。
歩いた場所が勝手に頭の中で地図になって、なおかつ近くにあるものが表示される。それでこのあたりを歩いてて、ここを見つけたってわけだ。」
「え?スキルってこと?」
「うん、だからしばらくこの辺をウロウロしてれば、上に上がれる道があるなら地図に出てくると思うよ。だからみんなここで待ってて?私これくらいしか出来ないし。」
ユメコがニッコリと笑顔になって俺に言った。普段大人しいユメコが、随分と積極的に動くなあ。怖くないんだろうか?
「そ、そうだ、スキル!」
「何が貰えたんだ?」
「おいユメコ!どうやって見んだよ!」
「──ステータスオープンって言って〜。
それで見られると思うから〜。」
マコトの呼びかけに、遠ざかりながらユメコが答える。
「──ステータスオープン。」
その場に残った僕らは、手持ち無沙汰なのもあって、ステータスを確認してみた。
「なんだよ、これ、使えねー!」
「戦えるスキルとは限らないのか?」
みんな頭を抱えて叫んでいる。
使命って、あの異形の化け物たちと戦えってことじゃないのか?ユメコのも地図作成とルート探索だったし、戦えないスキルなんて与えて、僕らに何しろってんだ?
それでも少しはワクワクしていた僕は、自分のステータス画面を見て愕然とした。
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萩原永吉(ハギワラ・エイキチ)
16歳
男
人族
レベル 1
HP 11/11
MP 10/10
攻撃力 19
防御力 21
俊敏性 13
知力 17
称号
魔法
スキル アイテムボックスレベル10
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アイテムボックスって、物を入れるスキルだろう?レベル10が凄いのか凄くないのか分かんないけど、僕に出来るのは荷物持ちだけってことなのか?
これを人に言うのが恥ずかしかった。
このステータスそのものだって、人と比べてどうなんだろう?
そして大人しいユメコが、まだ危険があるかも知れない場所で、自分から積極的に動いた理由が分かった。
こんな化け物だらけの場所で、自ら戦う力のない自分。誰かに守って貰わなきゃいけない、足手まといの自分。
だったら少しでも役に立てるところを見せないと、切り捨てられるかも知れない。
──それは僕も同じだった。
そんな時ピースケが、
「火、火魔法使い、だ……。」
と驚愕したように言ったのだった。
マザーグースの詩(うた)が聞こえる 陰陽 @2145675
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