第11話 届かないはずのチョコレート
2月21日(日)朝。
あれから、色々なことがあった。その中でも特に大きかったのはこの2つだろう。
一つ目はあの直後。
あの時泣きじゃくっていた僕を見て、何も聞かずに両親は励ましてくれた。
帰ってくるなり息子が年甲斐もなく声あげてないていたのだ。
色々と気になるところはあった筈だが、両親は何も聞かなかった。
何も聞かないまま、僕のことを抱きしめたり、背中をさすったりしてくれた。
それこそ、千代の死を知った時のように。
二つ目は月曜日。
放課後すぐに、入江家に向かった。
かなり短いスパンで行く事になるので、ちょっと不振がられるかとも思ったが、千代の母は何も言わないどころか、歓迎してくれた。
僕はまた、仏壇で千代に線香をあげてから、千代の母と思い出話をするのだった。
そういえば、聞く機会を逃しており、初めてそこで知ったのだが、千代の母の名前は、
「千晴」さんというらしい。
確かに千代の母親らしい名前をしていた。
千晴さんは、僕の知りえない話を2つほどしてくれた。
一つは千代のお墓の場所だ。
3年前は、ことある度に仏壇の方へ行っていたし、お墓の場所を親に訪ねても知らない様子だったので、聞くに聞けなくなってしまっていた。
千晴さんの方も千代が亡くなったことで気が参っていたらしく、そこまで気が回っていなかったらしい。
もう一つは千代の命日である、3年前のバレンタインデーの話をしてくれた。
千代はその日の昼の下校途中にトラックに轢かれて亡くなったのだが、その2週間ほど後に、冷凍庫の奥底の方に、ラップに包まれたチョコレート色のシフォンケーキが入っていたらしい。同時に[怜翔へ]と書かれていた紙切れも入っていたらしく、届けようとしてくれたらしいのだが、ラップの巻き方が緩く少し腐っているような部分があったので断念したという。
その時の紙切れの方は3年前に親から渡されたのを今も保管しているが、そういうことだったのかと納得する。
「千晴さんが見た頃には、シフォンケーキもそんな状態だったのだが、どうやら処分する際に気づいたことがあったらしく、チョコペンらしきもので文字が書かれていたらしいのだが、書かれてから時間がかかっているので、「す」らしき文字しか見えなかった」
という話を聞かされた時は、ドキッと強く心臓が鼓動したのを感じ、涙を流しそうになっていた。
まぁ、そんな風に濃い日々を過ごして、今日で漸く『あの日』から一週間後になるのである。
藍野図書館で借りていた本のことを思い出して、今日もう一度あの図書館に行く予定を立てていた。
ーー
自転車を停めると、先々週に話した男性が入り口付近で掃除をしているのに気が付いた。
入り口に近づくと、あちらも気が付いたらしく、
「こんにちは。本のご返却ですか?」
と、少し察したように、見透かしたように男性は語りかけてきた。
「はい」
「では、こちらに」
男性は掃除道具を片付けると、直ぐに返却手続きをしてくれた。
「これで、返却完了です」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では、又のご利用お待ちしております」
自然な流れで出入り口へ向かわせる。
まだ、「今日は何も借りない」とは言ってないはずなんだが。
少し疑問を抱きつつ、僕はもう一度、男性の方を振り向き、伝えたかったことを思い出す。
「本当に色々とありがとうございました!」
さっきもお礼をしたが、今度は違う意味でのお礼をする。
「いえいえ。お礼ならこの図書館に伝えてあげてください。では」
男性は全てを理解したように告げ、また掃除道具を取りに図書館内に戻った。
僕は最後に図書館の前で一礼し、藍野図書館をあとにした。
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