第6話 漏れ出る涙

入江家前に到着する。

 実のところ此処に来るのは久しぶりではあるのだが、以前は何度も来ていた場所なので、緊張はしていなかった。


「ねぇ、今更だけどなんでウチに来たの?」 

「いや、もしかしたら実の親ならお前のこと見えるかもしれないだろ? それに……いや、これはいい」

 

 千代の両親に何も告げずにはいられなかったし、何より此処には千代の仏壇があったのだ。


 だから、

 「何かわかることがあるかもしれない」と思って立ち寄ったのだ。

 だが、それを千代に告げてしまうと、何か千代に死を今以上に実感させてしまい、何故か千代が消えてしまうような気がした。だから黙っておくことにしたのだった。   


「まぁ取り敢えず、インターホン鳴らすぞ」 


 スイッチを押すと[ピンポーン]という音が鳴る。


「は、はい」 


 千代の母親が出て下さったようだ。


「突然すいません。僕、千代の友達だった如月怜翔と申します」

「あ、怜翔君? ちょっと待ってね」


 名前を告げるとすぐに気がついたようで、少し時間が経ってから家の扉が開き、千代の母親が家から出てきた。


「あら、怜翔くん。久しぶりね。元気にしてた?」

「はい。体調的には問題なく、今は学校も行けています」 

「そう。なら良かったわ。今日は何用かしら? また、仏壇に?」  


 千代の母は笑顔のままで、少し表情を暗くした。


「あ、はい。一応もうすぐあれから三年が経ちますので節目にと」   

「三年ね。もうそんなに……。早いものね」 


 千代の母親はどこか遠くを見て、悲しそうな表情で物思いに浸っている様子だった。


「あ、そうだったわね。さぁ、上がってちょうだい。お茶を出すからちょっとリビングのテーブルで待ってて」

「あ、先に仏壇へ行ってもいいですか?」

「あぁ、そうね。あの娘も喜ぶと思うわ」 


 そう言われて、僕は千代の仏壇に向かうことにした。

 そして、リビングで待ってるように伝えようと、千代の方を振り返ると、千代は嬉しいような、悲しいような顔をして、泣いていた。実の母親に会えたのだ。色々と思う事があるのだろう。

 それに、母親から確実に見える位置に立っていたのに、リアクションがなかったということはつまり、そ・う・い・う・こ・と・だったのだ。

 それらの感情が抑えられなくなった結果が涙となって現れたと考えるのが自然だった。

 少し時間をあけてから、千代にリビングで待ってるように告げ、僕は仏壇に向かった。

 家に入り、仏壇前に腰掛けると仏壇がとても綺麗に手入れされている事がわかった。小まめに掃除されているのだろう。

 僕は三年前に行ってたように、正座で一礼し、線香とろうそくに火をつけ、両手を合わせ、少し時間を空けてから蝋燭を消した。慣れたものだ。何せ三年前は毎日欠かさず、同じことをしていたのだから。

 特に何も起こらなかったので、リビングに戻ろうとすると、仏壇の部屋の前から千代が僕を見て、こう告げる。


「怜翔、泣いてる」 


(泣いてる? 僕が?)


 言われてから頬を触れると、涙ですっかり濡れていた。自分でも気づかないうちに泣き始めていたのだろう。


 どれだけ時間が経っても、今目の前に千代がいようとも、悲しいことは悲しかったのだ。

 

「な、泣いてない」


 涙を腕で拭いながら強がって見せる。


「無理しなくてもいいよ」


 千代はそう言った後、僕に近づき、包み込むように、膝立ちする僕の背中に手を回した。千代の方が身体もあのままで、僕よりかなり小さい筈なのに、全身が優しく包まれていく気がした。


「私は、い・ま・は・、此処にいるから」 


 咽び泣く僕の背中を優しくさすりながら、千代は言うのだった。

 このあとは、すっかり泣き終えてから、リビングに向かい、少し千代の母と話してから入江家をあとにした。

 千代母と話している際、僕は、涙は拭いきれていたが、恐らく涙跡は残っていたので、千代の母も色々と気づき、察して、気を配っているのを感じていた。

 自分も娘のことを思い出して辛いはずなのに、だ。

 流石は大人というべきか、流石は親というべきか。そこには、敬意や憧れに近いような遠いような、そんな感情を抱くのだった。


ーー


 自宅に着き、夕食を終えた。

 千代も色々あったので、僕が風呂から上がる頃には、眠りについていた。僕も今日は疲れたので、直ぐにソファーで寝ることにした。

 が、なかなか眠れなかった。

 悲しさが寝かしてくれない?

 千代が消えることへの不安で眠れない? 

 どちらもあるが、最も大きな要因は他にあった。

 昼間の仏壇の前でのことを思い出していて赤面する。

 『男』が、『好きな人の前』でえんえんと咽び泣いたのだ。思い返せばなかなかこれは人生トップクラスの恥ずかしエピソードとなるのではないだろうか。


 僕は悶絶しながらひとり、ソファーで夜を過ごすのだった。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る