第5話 集中できるはずのない授業
2月8日(月)昼間。
憂鬱な授業、変わらない日々、なんの変化もない晴天。いつもの僕なら、変化の無さに憂鬱に潰されそうになりながらもなんとなくテキトーに過ごすだろう。
しかし、今日は全く違った。なぜなら、今、僕の席の横には、初恋の女の子が窓台に腰掛けながら、笑顔でこっちを見ているからだ。
話は家を出る前に遡る。
ーー
「私も、怜翔の学校連れてってくれない?」
千代が少し真面目なトーンでお願いする。
「な、なんでだよ。ダメだよ。もし、僕が千代に反応したり、千代が他の人に当たったりしちゃったら、不自然だろ?」
「絶対何もしないし、怜翔の前を離れないし、じっとしとくから。ね? お願い」
珍しく、僕が一回断ったことに食い下がってきた。
「ダメだよ。学校終わるまで、退屈かもしれないけど、僕の部屋で本読んで待っててよ」
「えー。暇だし、寂しいよ。それに……」
「それに?」
「私、一応幽霊? みたいなもので不安定だから、また、いつ消えるかわからないんだよ?もし、怜翔が知らないところで消えるなんて私、やだよ」
涙目で訴えかけてくる。こういう風に言われると僕は弱い。それに僕としても突然として……千代が消え去るのは御免だ。だから、ここは許すことにした。
「わかった。ただ、絶対にさっき自分で言ったこと守ってくれよ。あと、もし、本当に何か危ないことや、伝えたいことがあれば、僕にすぐ合図を出してくれ。どうにかして時間を作るから」
「うん。わかった」
ーー
というわけで、今日は僕の学校に千代が来ている。
といっても、もう残す授業もあと2時間といったところなんだが。
ここまでは特に何も起こらずに時間が過ぎた。
(昼食中に千代が『あーん』しようとしてきて、それを慌てて止めることで、クラスの皆から変な目で見られたことはノーカンとして)
授業開始のチャイムが鳴り、国語の授業が始まる。今日はいつもよりも授業に集中できずにいた。
どれだけ黒板に目を向けようと視線が隣に吸い込まれるのだ。千代は、可愛かった。美しかった。僕の初恋が、あの時のまま、本を読みながら窓台に座っている。
初めは気にならなかったが、服装がコロコロ変化しているところを見ると、霊体では服装はイメージでどうにでもなるものらしい。
「おい! 如月! 聞いてるのか!」
「は、はい!」
身体が呼びかけに反応して、勢いよく立ち上がる。
千代の方をボーッと見ていた僕は、先生に注意されてしまう。
「なんだ? 窓の方ばかり見て黄昏て。そんなタソガレ君には俺が質問というプレゼントをしてやろう。さぁ、如月、このとき宗太郎は何を考えていたと思う? 授業聞いてたならわかるよな?」
(まずいっ! 授業聞いてなかったこのタイミングで心情に関する質問は非常にまずい)
いつもなら余裕で答えられる類の質問だが、話を聞いてなかった今日は違う。どんな行動をとったかすら分からないのに、心情なんてわかるはずがなかった。
「え、えぇとぉ、宗太郎ですよね」
「なんだ? わからんのか?(笑)」
先生は、僕が授業聞いてなかった罰としてこの状況を少し楽しんでいる。授業を聞いてなかったが僕が悪いのも事実だが。そんなとき、
「愛佳さんへの恋心だよ」
隣から天使の囁き声が聞こえた。正確には幽霊の囁き声かもしれないが。取り敢えずここは一か八かで答えてみる。
「あ、愛佳さんを慕う気持ちです」
「なんだ。答えられるんだったらそれでいい。その通りだ。この時点で宗太郎は愛佳さんに想いを募らせている。あ、如月、お前は座っていいぞ」
この先生は実力主義者で、きちんと文章の意図が取れていれば、授業を聞いてなくても、それ以上追求することはない。結果として僕は助かったのだ。
「ありがとう。助かったよ」
心情の問題とはいえ、高二の問題を中二の少女が答えたという事実に驚きつつ千代の方を見て礼を言う。
「いいよ。どうせ、私がいるから授業聞いてなかったんでしょ?まぁ確かに隣に幽霊が座ってたら嫌でも気になるよね」
「お、おう」
幽霊だからというより、好きな人だからという側面が強いのだが、それは内緒にしておくことにした。
そのあとは注意されないように一層授業に集中し、五、六限の授業を終えた。
終礼も終え、クラスが騒がしくなる。
「よし、行くぞ!」
千代との死別以降、他人にあまり深く入り込まなくなった僕には、一緒に帰るほどの友達はいなかった。
なので、千代に声をかけて二人で学校を出ようとする。実際、この状況的には不信に思われない為にも、下校仲間がいないことが好都合であるのは事実だが。
「うん! 怜翔のお家へレッツゴー!」
千代は声を上げて張り切っている。千代の声も周りには聞こえてない様子なので、止める必要もなかった。
そして僕は千代の予想とは違う目的地を指定した。
「いや、今日は、入江家に向かう」
「ん?入江家って……」
「そう!お前、『入江千代』の実家だよ」
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