第7話 手作りお菓子の甘い時間
2月13日(土)朝。
入江家に向かった日から4日が過ぎた。
その間は特に目立ったことはなかった。
といっても千代がいる日常は、僕にとっては新鮮なものに違いはないし、千代自身いつ消えるかわからないので1分1秒も無駄にしてるつもりはなかったが。
また、千代に関する謎について、あの図書館のことや、幽霊についての記事等広くネットで調べてみたが、特に役立つ情報は得られなかった。
今日は千代が現れて最初の休日。そして、あの図書館に行ってから明日で1週間になるのだ。図書館の男は
「この現象が起きてから、1週間後くらいにもう一度当館を訪れて、涙ながらに感謝を伝えらっしゃいます」
と述べていた。
この通りなのだとしたら、明日何かが起こるのはほとんど確定事項なのだろう。千代が消えてしまうことも考えに入れつつ、少しずつ覚悟を決めるようにしていた。
で、さっきも言った通り、1分1秒も千夜との時間を無駄にしたくないのだが、僕は自分の部屋でひとり課題に勤しんでいる。
ー2時間前ー
「おはよう!怜翔!起きて直ぐで悪いんだけど、今日も、キッチン借りられる?」
「うん。今日は両親も出かけてて、帰ってこないから、大丈夫だと思うけど……」
「ありがとう!じゃあ、昨日と同じように、入ってきちゃだめだからね!」
入江家に訪れてから千代は何故か僕の両親がいない日を見計らってウチのキッチンを借りるようになったのだ。
何かを作ってるようなのだが、頑なにそれを秘密にするので、先に僕が折れて諦めることにていた。
昔からそうだった。千代のワガママに僕が先に折れて従う。この流れは小学生の時にはできていた。
しかし、僕もそんなワガママも可愛く思うほどに、そのときから千代を想っていたわけで。
「惚れた方が負け」とは本当によくいったものであると、何度も実感していた。
ーー
まぁ、ひょんなことから、千代の隣にいられず、しかし、外に出てすることもない僕は月曜提出の課題に手をつけていたというわけだ。まぁ、2時間も経ってるので、もう、終わりかけているのだが。
「れいとー! 終わってもう片付けてるから、10分後くらいには降りてきていいよー!」
タイミングを見計らったように千代が下の階から呼びかける。
「おぅ。りょーかい」
と言葉を返し、課題の仕上げに取り掛かる。
課題を片付け、そろそろ10分経っただろうと思い、一階へ降りていると少し甘い匂いがした気がしたが、直ぐになくなってしまった。
一階へ着いて見ると、キッチンの換気扇が回っているだけでなく、部屋の窓が全て空いていた。
千代が何を作ったか知られない為に、匂いを部屋から出す為にしたのだろう。
「怜翔! 折角の休日に朝から課題なんてさせちゃってごめんね!そーいえば、この部屋寒いね」
「そりゃそうだろ。2月中頃に部屋全開にしてたら寒いに決まってるだろ。何自分でやったことに疑念もってんだよ」
「そうだよね。へへへ」
と少し震えながら千代は笑う。
「まったく。お前ってやつは」
「へ?」
着ていたパーカーを千代に被せると、被せられた本人は間の抜けた声を出した。
「寒いんだろ?」
と、少し格好つけすぎたかもという照れを隠すように千代から顔を逸らして言う。
「う、うん。ありがとう。昔から怜翔のそういう優しいところ、すきだったよ」
少し顔を赤らめて言うので、こっちまで顔を赤くしてしまう。
それと同時に、千代がいなくなることへの覚悟が緩んでいくのを感じる。
「ほ、ほら! ともかく、お菓子作りは終わったんだろ? 昼飯食いに行くから、早く出る準備をしろよ」
不安と恥ずかしさを掻き消すように、言葉を投げつける。
「う、うん! って、なんで私が作ってたのお菓子って知ってるの?」
千代は慌てて問いかける。
「長い付き合いなんだからそのくらいわかるだろ」
まぁ、本当は降りてくる途中の甘い香りから作ってるのはお菓子なんだろうとテキトーに言ってみただけなんだが。
「そ、そっか。因みに何のお菓子かわかる?」
と面白半分で問いかけてくるので
「見せてもらってないのにわかるわけないだろ」
正直な解答を述べると、
「そ、そうだよね。良かった」
安心したようで、少し悲しそうな複雑な表情をする千代に、見惚れてしまう。
「れいと?」
そんな様子を見て千代が呼びかける。
「あ、あぁ。とっとと行くぞ」
見惚れてたことを隠すように、僕は家を出る支度をし、それを見て千代も後に続くのだった。
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