第30話
※
「おお、向こうも随分と派手にやっておりますな」
疲れを見せずに小林は言った。
その長身からは信じられない速度で、コンテナを蹴り、クレーンを駆け上がり、ワイヤーにぶら下がったりして、霧香と山路の銃撃をことごとく回避している。
このままではもうじき弾切れだと、霧香は危機感を覚えた。それに敵のあの短剣捌き。白兵戦では勝てないだろう。
勝機があるとすれば、こちらの弾丸が尽きたと見せかけて腕を展開、大口径ライフルを撃ち込むという手がある。が、それとて霧香には二発、山路には一発しか使えない。山路の左腕は、先ほどの日本刀で半ばから切断されている。
残る武器は拳銃だ。霧香は二丁装備している。今までは、敵との距離が掴みづらかったため使用してこなかった。が、銃撃戦と白兵戦の間くらいまで接近できれば、まだ使えるのではないか。
考えている間に自動小銃の弾が切れた。
《おい霧香! 大丈夫か!》
「山路さん、奴を二番クレーンに引きつけて!」
敵に悟られないよう、通信で言葉を交わす二人。
「おや? 弾切れですか」
「ああ、そうだ!」
霧香が大声で言い返す。
「もしここであなた方が作戦を中止し、モノリスの思うがままにさせてくださるのであれば、お二人の生命は保証しますよ?」
「何を今更……!」
「本当ですとも。あなた方に快適な居住空間を提供させていただいた上で、体構造を調べさせていただきたい。貴重なサンプルですからね、この星の環境下でこうまで戦えるあなた方は」
「そいつは有難い、なっ!」
霧香に注目していたのが、小林の仇となった。山路に発煙弾を投擲する隙を与えてしまったのだ。
「おおっと」
巧みに男を二番クレーンに追いやる山路。しかし、小林は思いがけない行動に出た。
「そこですね」
「ぐっ!」
「ッ! 山路さん!」
後方から霧香が駆け寄ると、山路の胸に短剣が一本、突き刺さっていた。サイボーグといっても、心臓を狙われては致命傷になり得る。
「何の狙いがあったか知りませんが、残念でしたね」
「貴様ッ!」
霧香はバリアを展開し、仰向けになった山路の前に立ちはだかった。
「お、俺のことは、気に、するな……。にん、むを優先……」
「だからって置いてけるわけないでしょうが!」
そう言い捨てるや否や、霧香は二番クレーンの上で仁王立ちしている小林に向かい、一気に駆け上った。
※
一方、モノリスとグランド・テックもまた、死闘を演じていた。
体高三百メートルを誇る石板と、ほぼ同じ大きさの人型機動兵器。
一見、グランド・テックの方が優勢に見える。殴り、蹴り、短剣でモノリスの外部装甲を削り取っていく。かと思いきや、フルオートに切り替えたレールガンを、距離を取りつつ連射する。
だが、こうして自らが損傷する代償に、モノリスの思考は高速回転していた。どうすればグランド・テックの動きを封じることができるのか。
そして、答えは出た。
モノリスの両脇から、かつて自分を拘束していた電磁ワイヤーがひゅるひゅると伸ばし始めたのだ。
突然の怪現象に、グランド・テックは動きを止める。それが大きな隙だった。
ゆっくりと鎌首をもたげたワイヤーは、次の瞬間、まさに瞬き一つする間に、グランド・テックの両腕を絡み取っていたのだ。
慌ててレールガンを投棄するも、ワイヤーの勢いは収まらない。すぐさまグランド・テックは拘束されてしまった。しかも、強度の低い関節部を中心に、ギリギリと締め上げられていく。
※
「勝負あったようですな」
そう言ったのは、膠着状態の中で涼しい顔をしていた小林だ。
「山路警部、雨宮警部補、今ならまだ間に合います。私と一緒に宇宙へ行きませんか? 衣食住には一切困りません。医療設備も、あなた方の身体をスキャンさせていただければすぐにでも用意できます。さあ」
「……んな」
「はい?」
「ふっざけんな!」
霧香は本気で我を忘れ、叫んだ。
「あんたらは私の両親や、大勢の地球人を殺した! 山路さんをこんな姿にしたのもあんたらだし、望まないのに生まれてきてしまった廻を造らせたのも、元をただせば原因はあんたらだ! そんな連中の誘いなんざ、こっちから願い下げだ!」
「左様ですか」
まるで霧香の言葉を予想していたかのように、やれやれとかぶりを振る小林。
「超法規的措置の適用で、私はあんたを殺す」
「おや、刑事さんの言葉とは思えませんが……」
「刑事としてじゃない、一人の地球人としてだ!」
言い切るや否や、霧香はバリアを展開して、傾いだクレーンを駆けのぼった。
「誰が貴様らなんかについて行くかよ!」
「それは残念」
敵もまたバリアを展開し、重力任せにクレーンを下りてくる。ギジッ、と音がして、二つのバリアが真正面から接触した。
自分のバリアが邪魔で、互いの得物を使えない。これは霧香にも敵にも与えられた同じ条件だ。こうなったら、敵のバリアを自分のバリアで割り、その隙に弾丸を叩き込むしかない。
「ぐっ……」
「ふふっ、まだ使い慣れませんか?」
「減らず口を……!」
すると唐突に、敵のバリアが消えた。否、バリアを発生させていた右腕を引っ込めたのだ。
「うあ!?」
唐突に支えを失い、霧香はクレーンから滑り落ちた。その下にあるのは、他でもない海。このままでは、全身が水に浸かってしまう。
「―――――――!」
がばがばと水を飲みながら、霧香は声にならない悲鳴を上げた。これでは戦うどころではない。パニック状態だ。私は死ぬ。溺れ死ぬ。やはり自分は、一生水への恐怖から逃れることはできないのだ。
そう思った次の瞬間、生温かい感覚が頭上から降ってきた。
何だ、これは? 鉄臭いような気がするが。
それ、正確にはその液体、紛れもない血液を吐きながらも、霧香を陸に引っ張り上げようとする人影がある。
声にならないのを承知の上で、霧香は、山路さん、と叫んだ。
これでは敵に背中を見せることになってしまう。今度こそ、山路は殺されてしまう。
そうすれば霧香も、海中に没してしまうだろう。
ああ、自分の人生はこんなものだったのか。霧香が諦めかけた、その時だった。
耳を聾する凄まじい銃声が、四方八方から鳴り響いた。自分たちを狙っているわけではないようだが、では、誰を?
※
約十分前。
「グランド・テックの操縦が効かなくなった!?」
「はい、ここからでは、あの巨躯を操縦するのは困難です!」
廻の言葉に、華山は頭が絶望で一杯になった。ここからなら安全にグランド・テックの操縦ができるはずだったのに、どうやらそうとも限らなかったらしい。
「グランド・テックの近くに行けませんか? もしかしたら、霧香やおっさんを救出できるかもしれない!」
「し、しかし……」
廻の提案はきっと正しい。だが、この警視庁と防衛省の闇鍋状態の中で、誰が指揮を執るのか? そもそも共同作戦は可能なのか? 独断専行しては、自分の立場も危ういのではないか?
と、そこまで考えた時、華山は自分の喉の奥から妙な音が発せられるのを感じた。
「く、ははっ、くくくく……」
「あ、あの、華山さん……?」
「あたしは大馬鹿者だよ、廻。自身の保身ばかり考えて無茶をしなかったんだからね」
「それって、一体どういう――」
「建物正面に軽装甲車を回せ! グランド・テックの操縦可能範囲まで、廻を連れ出す! それから、対戦車ライフルの教程を受けたことのある者は、直ちに装備しろ! 敵はバリアを張っている。それを貫通して、霧香と山路の援護に入るんだ!」
異論を唱えるものは皆無だった。
※
そして現在。
倉庫街の角を曲がってきた軽装甲車から大口径の狙撃用弾丸が放たれた。
ガァン、と衝突音を響かせる敵のバリア。だがそこには、既に大きなひび割れが生じていた。
「チッ!」
弾丸はあちこちから飛んでくる。小林はクレーンから飛び降り、着地して、山路に詰め寄った。そのまま引っ張り上げて人質に取ろうとした時、思いがけない声がついてきた。
「あばよ」
ドォン、という大口径ライフル音。海中で気持ちを落ち着かせた霧香が、小林の首から上を消し飛ばしたのだ。別方向にバリアを展開していた小林は、何が起こったのかすら分からなかっただろう。
何せ、霧香は水に酷く抵抗感を覚える、と知らされていたからだ。
その霧香に、自分が撃たれた?
「ば……かな……」
下顎の動きだけでそう言って、小林は完全に息絶えた。
霧香はようやく、全身に血液が巡り出したかのような感覚を味わった。
が、戦いはまだ終わっていない。霧香は廻に振り返った。
「廻、グランド・テックを操縦できるか?」
「ここからなら大丈夫だ。ただ……」
「ただ?」
「……霧香に僕の手、握っていてほしい」
「は?」
「いっ、いいから! 右腕貸してよ!」
大口径ライフルを格納した霧香の腕を握り締め、廻は操縦を再開した。
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