第29話


         ※


 国防省地下二十階、オペレーションセンターにて。


「山路・雨宮両刑事、グランド・テックの下に到達! 会敵しました!」

「敵の規模は?」

「ええっと……。一!」

「たった一人で? 手ごわいわね」


 国防軍兵士から報告を受けながら、華山はちゃっかり司令官席に収まっていた。


「グランド・テックは? 廻くん、大丈夫?」

「む……」


 指向性を得た精神波を駆使しながら、廻はぎゅっと目を閉じていた。担架の上で横たわり、胸の上で両手を組んでいる。

 高高度からのドローン映像・音声を見聞きしていると、バシン、バシンと音がして、グランド・テックを拘束していた電磁ワイヤーが素早く解き放たれていくのが分かる。


「グランド・テック、起動シークエンスへ移行!」

「エネルギー・コア、稼働良好!」

「反重力バランサー、可動域に展開完了!」


 報告が飛び交う中、宮藤(のうちの一人)が華山と同じ立体ディスプレイを覗き込んで言った。


「どうやら遠隔操縦は順調のようだね。医療班、待機しているな?」

「はッ、体調急変に備えて、隣室に待機中であります」

「了解」


 最早、警視庁も国防省も階級無視の状況である。


「廻も頑張ってるんだから、霧香も山路もしっかりしてよね……!」


         ※


 斬、と真一文字に振られた刃が、霧香の前髪を数本散らしていく。屈みながらサイドステップした霧香はすかさず銃撃。しかし、敵は人間には非ざる勢いで跳躍し、全弾を回避。

 山路が銃撃するも、バリアがその弾丸を弾く。こいつも件の宝石を身に着けているのか。


 薬莢が地面に落ちる音と共に、小林はこう言った。


「心配は要らない。私は一人だ。宮藤くんのように、同一意識を複数展開するのは苦手でね。私さえ倒してしまえば、タカ派の宇宙人はとにかく駆逐できる」

「そいつは有難いな。霧香、支援頼む」


 言うが早いか、山路は地面を蹴って身体を回転させながら敵に突撃した。バーニアを活かして水平に飛んでいく。

 敵は足をずらし、刀を斜めに構えて、袈裟懸けに山路を斬り捨てようとする。しかし、それは叶わなかった。


「ふっ!」


 あろうことか、山路は思いっきり腕を振り上げ、それで刀を弾いたのだ。腕の中ほどまで食い込む刃。


「ぬうっ!」


 無理やり腕を曲げ、刀を捻じる山路。これで刀は使い物にならない。


「とっ!」


 その背中を軽く踏みつけるようにして、霧香は敵の頭上に出た。

 バタタタタタッ、と銃撃を加える霧香。再びバックステップする敵。その手中に刀はない。小林が刀に固執していたら、今の銃撃で片をつけられていただろう。


 霧香の攻撃は止まらない。山路の前に躍り出た霧香は、コンテナの間のスペースをフルオートで一閃した。

 すると敵は、上着の袖に隠し持っていた短刀を一本ずつ取り出し、地面を這うような高さにまで腰を折り曲げて接近してきた。


「くっ!」


 短刀とはいえ、サイドステップでは回避できない。コンテナの間の狭い空間では。

 霧香は咄嗟に真上に跳んだ。すると山路が敵と同じくらいの高さにまで身を屈め、その手首を握って短刀を防いだ。


「今だ! やれ、霧香!」

「言われなくとも!」


 再度銃撃を試みる霧香。だが、思いがけない事態が発生した。掴まれているはずの敵が思いっきり手首を下に振り、山路による拘束を解いたのだ。

 山路がほぼ全身サイボーグであることからして、自動小銃の一、二発が当たっても問題はないだろう。が、敵の回避速度を見るに、フルオートではその全弾が山路に当たってしまう恐れがある。


 そして、セミオートに切り替える暇をくれるほど、敵は甘くはなかった。

 落下軌道に入っていた霧香の頭上に、敵が跳び上がったのだ。反射的に後頭部に腕を遣る霧香。

 もしそうしていなかったら、首を刎ねられていただろう。


 霧香が着地してコンテナの隙間から出るのと、敵が着地するのはほぼ同時。

 しかし、もう一つ同時に起こったことがある。それは、グランド・テックの再起動だった。


         ※


 ゴゴゴゴン、という地鳴りと共に、巨大な影が動きだす。

 人型という、機動兵器としては異形の姿を与えられたそれは、この十五年の沈黙を吐き出すように、全身のノズル――足首や膝、胸部、背中、そして首回り――から濛々と白煙を上げ、自らの状態を確かめた。


 ゆっくりと首を上げると、頭部の中央を真一文字に走る光学センサーが緑色に発光した。

 その巨体が、立ち上がる。片膝立ちの姿勢から、脚部のパーツを軽く軋ませ、膝と足の裏で地面を押し潰しながらその巨躯を起こす。


 足元で、廃棄されたビルや廃工場が、がらがらと崩れ去っていく。

 そんなことにはお構いなしに、グランド・テックいう名の人類最後の希望は立ち上がった。


         ※


「グランド・テック、起動確認!」

「身体各部、現在エネルギー供給中!」

「戦闘システム起動まで、あと三十秒!」


 各々の報告を聞きながら、華山は司令官席から身を乗り出すようにして、各所に展開された立体ディスプレイに見入っていた。

 正直、わけの分からない数値やグラフの羅列だが、それでも構わない。人類が勝利に向かって邁進している、それさえ実感できればいいのだ。


 その時だった。予想外、というわけではなかったものの、好ましくない事態が発生した。


「非常事態! モノリスを拘束していた電磁ワイヤーが、次々に切断されていきます!」


 だろうな、というのが華山の思うところ。


「廻、今グランド・テックには遠距離武器はあるか? 接近戦になる前に、敵の装甲を削っておきたい」


 廻は眠っているかのような安らかな呼吸で、しかし微かに眉間に皺を寄せつつ、グランド・テックを操縦した。

 背後から、ちょうど人間でいう自動小銃のようなものが引き抜かれ、腰だめに構えられる。

 対するモノリスは、微かに全身を震わせるだけで、まだ戦える状態にない。


 卑怯だろうか? いや、そんなことはあるまい。

 モノリスは、突如としてこの星に下り立ち、破壊の限りを尽くしたのだ。復讐して何が悪い。


「グランド・テック、戦闘態勢へ! 中・遠距離武器の起動状況は?」

「自動小銃タイプのレールガンがあります!」

「よし、モノリス起動前に接近する! 攻撃開始!」


 人間が扱うのと同じように初弾を装填し、発砲。凄まじい威力に、映像を中継していたドローンが一瞬ブラックアウトした。


 ズズン、と音がして、モノリスが動きを止めた。仕留めたのだろうか。

 だが、事態はそう甘くはなかった。モノリスを拘束していた電磁ワイヤーのうち、最後の一本が切れてしまったのだ。


 今度はこちらの番だと言わんばかりに、モノリスは自らの頭上に光球を作り始めた。


「緊急回避! ビルを盾にして! 早く!」


 意識があるのか否かも分からない状況ながら、廻は華山に従った。

 グランド・テックは巧みにしゃがみ込み、ごろごろと転がる。すると、まさにその軌道を追うように、金色の光線が照射された。


 ビルの鉄骨や電信柱を、飴細工か何かのように溶解させながら切り裂く光線。威力が弱まったところで、グランド・テックは両肘に装備していた盾を展開し、屈み込んで全身を光線から守った。

 流石に盾は破られなかったが、まるで雷光が迸ったかのような視覚的な棘が、皆の目を一瞬麻痺させた。


「防眩フィルター、展開します!」

「遅い! まったく……。で、敵の損傷状況は?」


 華山に答えたのは国防軍の兵士だった。


「観測用ドローンの映像では、二、三ヶ所に凹部が見られます! レールガンは通用します!」

「了解。出力を低めて連射、接近! モノリスに刺さっている大剣で、一気に斬り捌くんだよ!」

「了解!」


 モノリスが第二射を準備している間に、グランド・テックは駆け出した。ドズン、ドズンと足をつく度に、道路上にあった廃車が飛び跳ね、手抜き工事されたビルが呆気なく崩壊していく。


 グランド・テックの狙いに気づいたのだろう。モノリスは大剣を掴まれないよう、横に向き直った。しかし光線は三百六十度どこにでも発射可能らしい。モノリス上空に光球が現れる。駄目だ。回避するには近すぎる。


「廻、すぐに盾を展開して――」


 と言いかけた華山は、メインディスプレイを見て唖然とした。

 グランド・テックが跳躍し、モノリスに蹴りを見舞ったのだ。ズザザザッ、と後退するモノリス。


 なんとか転倒を免れる。一方のグランド・テックは、腰元から短剣を取り出し、思いっきり振りかざした。

 ガキィン、と耳を抉るような音がして、短剣とモノリスの表面から火花が散る。


 グランド・テックは、まるで親の仇を討たんとする勢いで何度も何度も短剣を振りかざした。

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