第23話
人員用の大型エレベーターは渋滞を起こしていた。やむを得ない、ここは華山に助けを求めよう。霧香は、素早くリストバンドからコールした。
「ハナちゃん? エレベーターは――」
《人員用じゃなくて貨物用を使って。場所は今表示する》
すると、立体映像にこのフロアの俯瞰図が表示された。
「サンキュ!」
《さっきも言ったけど、無茶だけはしないでよ!》
へいへい、と言いながら通話を切る霧香。その頃には、頭の片隅で今後のことを考えている。
貨物用エレベーターで六十階まで上がるのはいい。だが、そこからどうやって外の様子を窺い、ドローンを落としていくか。
ここは医療センターではなく警視庁庁舎ビル、犯罪撲滅のシンボルたる要塞だ。内側からも外側からも、そう簡単に壁面を破損することはできまい。
だが、思わぬ弱点があった。屋上まで続くエレベーターシャフトだ。ヘリポートで要人を迎え入れ、重要施設内に案内するために造られた、三種類目のエレベーター。
ドローンを操縦しているのは、きっと黒淵会の一部勢力だ。外壁を破れないと分かれば、すぐに屋上へ回るはず。
霧香は再度貨物用エレベーターに乗り込み、屋上へ直行した。軽く揺さぶられながら、がしゃり、と初弾を装填。
「敵は二十機……。間に合うかな」
霧香が用意したのは、ポンプアクション式の八連装散弾銃だ。二丁持ってくるかとも悩んだのだが、自分の機動性を犠牲にはしたくなかったので一丁に落ち着いた。
しかし当然ながら、ドローン一機に弾丸一発をかけていては、火力で押されるのは目に見えている。
「やっぱ少しは無茶しないと駄目みたいだなあ」
ごめんね、ハナちゃん――。そう胸中で呟きながらも、霧香の口元には破壊衝動に駆られた鋭い笑みが浮かんでいた。
※
リリン、と柔らかみのある音と共に、エレベーターのドアがスライドする。すぐさま近距離に到達していたドローンが銃撃を開始した――のだが。
エレベーターには誰も乗っていなかった。
操縦者は慌てたことだろう。間違いなくこのエレベーターに、標的は搭乗していたというのに。だが実際、霧香は『へばりついていた』のだ。エレベーター内部の天井に、両手足を突っ張るようにして。
四肢を展開して身体を固定させていた霧香は、即座に四肢の延長フレームを格納。エレベーター内部に入ってきていたドローンを、思いっきり踏みつけた。
ぐしゃり、と金属組織の潰れる音がする。軍用といってもドローンはドローンだ。多少の防弾性はあるかもしれないが、戦車のように頑丈なわけではない。
続くドローンが銃撃を開始しようとした。が、それよりも早く、霧香の散弾銃が火を噴いた。ほぼ零距離で被弾し、ドローンは呆気なく落下する。
「どけよ!」
ふらつくドローンを軽々と蹴飛ばし、霧香は散弾銃を連射。こちらの射程内にいたドローンは、まさに一掃された。
問題はここからだ。散弾銃の弾が尽きた時点で、残るドローンは六基。うち一機は情報中継用の、大型でがっしりした機体だ。
ここはその司令機から叩きたかったが、流石に不用意には寄ってこない。というより、武装のない司令機が霧香に接近するメリットがない。
さて、どうするかな――。
ゆっくりと距離を取るドローンたちを見渡しながら、霧香は唇を湿らせた。
走って追いつけないことはないが、飽くまでもここは屋上だ。高度は三百メートルはある。いくら自分でも、落下して地面に叩きつけられればぺしゃんこだろう。
重要なのは立ち止まらないことだと、霧香は判断した。上下左右に前後を加えた素早い挙動で、あちこちから飛んでくる凶弾を回避する。
流石、この本庁舎の外壁を削るだけの威力はあった。バク転しながら避けた時、前髪が微かに散ったのを見て、霧香の背中にぞくり、と冷たいものが這い上がってきた。
敵の兵装を思い出す。今相手をしているドローンに搭載されているのは、ただの機関砲ではない。十五ミリという巨大な口径を有する、対物機関砲なのだ。
守ってばかりではやられるし、逃げる場所もない。一転攻勢に出るしかない。
「でやっ!」
霧香は弾切れの散弾銃を放り投げ、一機に直撃させた。撃墜には至らないが、バランスを欠いて一旦銃撃が収まる。その方向へ霧香は思いっきり駆け出し、飛び降りる――と見せかけてバク転。すると、霧香を狙っていた弾丸は、姿勢を崩した一機に殺到した。
ドローンの強度不足はしばしば警視庁でも議題に上がっていた。軍用ドローンともなれば、万が一撃ち合いになった際、互いの弾丸が装甲板を撃ち抜いてしまって共倒れとなるだろう。
それが現在、霧香の眼前で起こっている。電子回路が破られたのか、やられ役となったドローンは火花を散らしながら墜落していった。残り五機。
「次だ!」
きっと同じ手は通用しまい。後方で操縦しているのは人間だ。
霧香は、他のドローン(というか操縦者たち)が銃撃を控えた隙にしゃがみ込み、左腕を展開。右腕一本で大振りのコンバットナイフを取り出した。
敵機の強度があの程度なら、ナイフで対応できると考えたのだ。
引き抜いた瞬間、ナイフは橙色を帯びた。一瞬で高温に達している。
再度ドローンたちが霧香の方へ向き直った時には、既にもう一機が縦にバッサリと斬り捌かれているところだった。残り四機。
ここでようやく、ドローンたちは安全な場所へと退避した。屋上の外側だ。
霧香の装備でも、空中を歩くことはできない。そこから銃撃しようという魂胆だろう。
が、霧香は思いがけない行動に出た。
脚部バーニアを展開し、最寄りのドローンに対して一気に駆け出したのだ。そのまま跳躍し、左手の指先だけでドローンの僅かな凹凸に身体を引っかける。
そのまま勢いよく右腕を伸ばし、ナイフを突き立てた。
何かが融解するジュッ、という音と共に、急速に高度を落としていくドローン。ここぞとばかりに、残り二機となった攻撃用ドローンが銃火を発する。
しかしそれよりも僅かに早く、霧香は動いていた。たった今ナイフで仕留めたドローンの上に飛び乗ったのだ。
それで銃弾を回避することはできない。しかしそんなことを気にも留めずに、霧香はナイフをぶん投げた。吸い込まれるようにして、刃が一機を両断する。
残る攻撃用ドローンは一機だけ。だが、霧香にも投擲武器はない。これで終わりだと、ドローンの操縦者も思ったことだろう。
まさか、投げつけられたはずのナイフで、真横から自機を真っ二つにされるとは考えつかずに。
最後の攻撃用ドローンを仕留めたのは、たった今まで霧香が使っていたコンバットナイフだ。しかし、これには仕掛けがある。敵が呆気に取られた隙に、霧香はワイヤーを右腕に結び付けていたのだ。
これは、かつての鎌使いの芸当のパクリだ。
霧香が彼女を仕留めた際、密かに預かっていたデータファイル。その中に、鎌使いが使っていた技の使い道が記録されていたのだ。
霧香は思う。
きっと鎌使いの少女は黒淵会の人間なのだろうが、他者を殺傷するのは本意ではなかったのではないか。それは、宮藤の証言に沿って言えば、黒淵会も一枚岩ではないということ。
だからこそ鎌使いは、霧香に自らの会得した技術を託したのではないか。
さて、残るは指揮通信用の大型ドローンだけだ。何を記録しているか分からないのだから、このまま帰すわけにはいかない。
急速に高度を取っていくドローン。霧香はバーニアを展開し、勢いよく直上に舞い上がった。
「逃がすかよ!」
敵の情報が含まれているかもしれない以上、叩き壊すわけにもいかない。かといって、鼻を利かせても爆発物の気配は感じられない。
がっちりと両腕でドローンを抱き込む霧香。だが、この状態でバランスを保つのは不可能だ。
「畜生! 止まりやがれ!」
精密機器がそのまま無防備に飛んでいる。そんなものを、詳細な構造も知らずに半壊させるのは無理がある。
やがて霧香はドローン諸共、屋上から空中へ投げ出された。
「う、うわっ!」
このままでは落下する。高度三百メートルの高みから。これは、安全な降下高度よりも五十メートル上方だ。
霧香は思った。
まだ廻を説得していない。逆に、廻の周囲の人間を納得させたわけでもない。
廻の脳の大部分が母親から移植されたのだというなら、娘として、あるいは父親に代わって、言ってやりたいことがある。
「まだ私は……死ぬわけにはいかねえんだよ!」
ぐんぐん迫りくる地表のアスファルト。ここまでか。
しかし次の瞬間、霧香は不思議な感覚に包まれていた。――父さん?
「残念だったな、俺だ。山路だよ」
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