第19話

 間違いない。機雷だ。機雷が設置されている。

 隊長の乗っていたホバークラフトを乗員諸共バラバラにした機雷は、二艘目、三艘目と後続の船隊を餌食にしていく。


 霧香はその暴力的な光景から目を逸らすことができなかった。

 そうだ。せめて自分が同行していれば、こんな被害は防げたかもしれないのだ。

 サイボーグとしての任務上、霧香は爆発物を探知する嗅覚を有している。

 自分があの場にいれば、ホバークラフトの前進を止めさせられたかもしれない。そうすれば、あの乗組員たちは死傷せずに済んだかもしれない。


「ああ……」


 最早、何かを殴りつけて怒りを発散することもできない。というより、怒気すら湧いてこない。

 霧香の胸中にあるのは、自分の無力さに対する嫌悪感だけだった。


         ※


 ちょうどその頃、軍の医療センターにて。

 意識を取り戻した山路は、しかし言葉を発せられずにいた。ベッドのそばでは廻が、唇を噛んで現在の霧香たちの様子を見つめている。


 山路もまた、歯がゆい思いでディスプレイを見つめていた。

 霧香がいかに水が苦手かということは、自分が一番よく知っている。にもかかわらず、こんな薬品臭い個室で寝ていることしかできないとは。


 今のところ、ようやく足先までの感覚が戻ってきた。上半身は自由に動かせるし、狙撃くらいならこなせるだろう。

 だが、そんな山路の出番などあるはずもない。参戦するにしては体調は万全とは程遠いし、途中参戦は味方を混乱させることにもなりかねない。


 ディスプレイが自動で切れて、作戦が終了したことを暗に伝えてきた。見事な失敗だろう。

 だがどうして敵がバリアを使わなかったのか、山路も廻もまだ知らない。


 山路がそれを疑問に思い始めた、その時だった。

 個室のドアがスライドし、思わぬ人物が入ってきた。


「やあやあ、山路くん!」


 陽気に手を振りながら現れたのは、華山凛音だった。


「は、華山課長! お身体はもうよろしいのですか?」

「その言葉、そのまま君に返すよ。いやあ、あたしは重傷ってわけじゃなかったし、土産の一つも持ってこようと思ったんだけど、この後すぐに会議なんだ」

「左様ですか」


 まったく、負傷者には優しくない職場だな。

 山路がそう胸中で呟いていると、華山は一枚の電子データファイルを差し出すところだった。


「課長、これは?」

「ああ、そこのディスプレイで見られる。平面画像だけどね。さ、廻も少しは会議ってものを学んだ方がいいかもしれない。あたしと一緒に来て」

「えーっ? 僕もファイルの映像観たいよ!」

「ざーんねーんでーした。これはいわゆる大人のビデオなのだよ」


 きらりとウィンクをキメてみせる華山。山路には言いたいことがたくさんあったが、今は廻の前なので黙っておく。


 だが、こうして華山が廻をファイルから遠ざけようとしているからには、きっと彼にとってショッキングな内容が含まれているのだろう。

 山路は廻に向かい、無言で羽虫を追い払うような動作をした。


「うっわー、だから山路さんは結婚できないんだ!」

「うるせえ、とっとと会議に行ってこい」

「車はもう待たせてあるんだ。ついて来て、廻」

「はぁーい」


 やれやれ。廻も随分と自分たちに馴染んだものだな。

 そう思いながら山路は二人の背中を見送った。


「さて、と」


 山路は早速ディスプレイにファイルを読み込ませ、その映像を見始めた。

 霧香が宮藤を尋問しているところらしい。あいつに尋問させるとは、上層部の頭は大丈夫なのだろうか? 

 まあ、これは過去映像だ。今更喚いても仕方がない。


 宮藤が自らを宇宙人だと名乗った時、思いの外衝撃は小さかった。モノリスのような超常的存在が許されるのだから、宇宙人がいても不思議はない。


 宇宙人の兵器でモノリスを倒すことはできないのか? というところに論点は移っていた。しかし宮藤曰く、『ただでさえモノリスを地球で野放しにしてしまったのだから、これ以上の兵器を地球に置き去りにすることはできない』とのこと。


 山路は全くの同意見だ。地球に残されていったら、地球人がお互いに対して使いかねない。そんなもの、ない方がいいに決まっている。


 次の論点は電磁ワイヤーについてだった。宇宙人が唯一地球に供与した、対モノリス用の封印道具。

 だが、ワイヤーが拘束しているのはモノリスだけではない。グランド・テックもだ。万が一、テロリストなどの反社会集団に乗っ取られても動けないようにするために。


 しかし、ワイヤーの強度は年々下がってきている。一旦どこかのタイミングで、二ヶ所にあるワイヤーを同時に解き放ち、モノリスとグランド・テックを戦わせ、モノリスを絶命させる。それが残された道だという。


 事ここに至って、山路は自分の胃袋が握り潰されるような感覚に囚われた。

 その理由は、モノリスの東京襲撃の三ヶ月前にまで遡る。


         ※


 完全自動運転の水素自動車が、広々とした道路を走っている。

 今は春先のはずだが、長袖では暑いと感じられるほど。地球温暖化対策は、モノリスの出現によって二の次、三の次にされてしまったらしい。


「今日はご自宅にお招きいただき、ありがとうございます。雨宮少佐」

「そうかしこまらなくていい、山路中尉。信頼の証だとでも思ってくれ。それともう一人、今日の我々の会議に参加してもらいたい人物がいる」

「もう一人?」


 誰のことかと、山路は首を捻る。

 今日の会議は、会議とは名ばかりの親睦会のようなものだと雨宮は言っていた。しかしそこに、僅かなりとも軍の情報が乗る以上、民間人を交えるわけにはいかない。


 何故、自分が連れ出されたのか。

 なまじ穏やかな雨宮の視線に押されて、山路はそれを尋ねられずにいた。


 車はいつの間にか、緩やかな山道に入っていた。


「ここはどちらかといえば、雨宮家の別荘だな。爺さんの代から引き継いでる」

「へえ……」


 心ここにあらずの山路。緑に色づいた木々の先端を見つめているうちに、車は緩やかに停車した。


「さ、遠慮なく」

「では、失礼致します」


 山路は雨宮の半歩後ろから、別荘の入り口に近づいた。既に車の到着がモニターされていたのだろう、品のいい洋風の鉄柵が向こう側に開かれ、すぐ向こうに大きな洋館がある。

 こんな邸宅を所有していたとは。大きな緊張と僅かな好奇心のこもった目で、山路は正面入り口を見つめた。木製の、これまた観音扉の大きな扉だ。


「ん?」


 片側がゆっくり開こうとしている……? 誰かいるのだろうか。

 その山路の予想は当たっていたが、出てきたのは意外な人物だった。まだ小学生にもなっていないであろう、幼い女の子だったのだ。


 白と赤のツーピースを纏い、髪は短めにカットされている。その目は溌剌としていて、活動的な印象を与えた。


「おかえりなさい、お父さん!」

「おう、帰ったぞ」


 女の子を抱き留める雨宮。しかし彼女の視線は既に、未知なる人物――山路幸雄へと向けられていた。

 抱きかかえられたまま、女の子は尋ねる。


「おじさん、だあれ?」

「お、おじさん……」


 自分はまだ二十代なのだが。そんな不平を顔の皮一枚で覆い隠し、山路は緩やかに敬礼した。


「はッ、自分は国防陸軍関東地区防衛部隊所属・山路幸雄中尉であります」

「わあっ、本物の軍人さんだ!」

「こら霧香、軍人さんにはちゃんと敬意を払いなさい」


 すると、地面に下ろされた女の子――雨宮霧香は、見事な敬礼とともに名乗ってみせた。


「雨宮兼嗣少佐の息女、雨宮霧香です!」


 山路は思わず、おおっ、と声を上げてしまった。初対面の、それも自分のようなゴツい軍人相手に、きちんと礼に則って挨拶するとは。


「よくできたな、霧香。母さんは?」

「今おもてなしの準備をしてるみたい」

「そうか。まあ、気軽にしてくれ、山路中尉」


 こうしてようやく、山路は雨宮家の邸宅へ足を踏み入れた。


 邸宅のエントランスは広大でありながら、質素で無駄な装飾がない。国防軍が自衛隊と呼ばれていた時の頃からの勲章などが、品のいいアクセントになっている。


「さて霧香、父さんと母さん、それにここにいる山路中尉は、これから大切なお話をするんだ。お前は自分の部屋で大人しくしていなさい。いいね?」

「分かりました、お父さん」

「よろしい」


 敬礼した娘の頭に軽く手を載せながら、雨宮は妻の名を呼んだ。


「美冬、帰ったぞ。どうした?」

「ごめんなさいあなた、クッキーを焼くのに手間取ってしまって……。そちらは山路幸雄中尉殿でいらっしゃいますね?」

「ああいえ、自分に『殿』は不要です」

「お出迎えもできずに申し訳ございません、さあ、こちらへ」


 確か少佐は愛妻家だったな。そんなことを思いつつ、山路は素直に美冬に続いた。

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