第11話

 山路が警戒したのは前方ではなく背後だった。敵の狙撃銃の詳細は不明だが、当たり所によってはマンホールの蓋や防弾ベストを貫通し得る。身体に被害が及ぶかもしれない。


 その点、前方にこれ以上狙撃手の姿がないのは幸いだった。前方にいた狙撃手は、焦って体勢の整わないうちに撃ってしまったのだろう。それで自分の位置を晒してしまい、結局は山路に射殺された。


 まあ、これが戦場ってやつだな。そう独り言を漏らしつつ、山路は前方の行き止まりまで猛ダッシュ。もちろん、トラップの位置はすべて把握できている。

 すぐに行き止まりの壁面に到達する。が、逃げ場がなくなった、と見せかけて腕を展開した。


 肘の内側から現れたのは、銀色に輝く熊手のような長大な爪だった。同時に、霧香と同様にふくらはぎのバーニアを展開。右、左、右、左と交互に噴射し、トリッキーな動きで壁を上っていく。


 やがて爪が壁の最上部に達し、山路は最寄りのビルから銃撃してくる敵を視野の中央に入れた。


「ふっ!」


 壁を蹴り、一気にバーニアで水平に突撃。コンクリートの粉塵が舞い、周囲の視界を塞ぐ。

 だが、山路には見えていた。慌てて顔を覆う敵の姿が。


「一人目、いや二人目か」


 そう呟き終える頃には、敵は山路の爪によって袈裟懸けに斬り払われていた。


 霧香よりも出力のあるバーニアを、山路はフルパワーで吹かした。簡易な造りの廃ビルの天井を易々と破り、屋上に出る。


「どれどれ、っと」


 ごろごろと転がりながら、敵の配置に目を凝らす。もちろん、最も警戒すべきは狙撃手による攻撃だ。狙撃手を除いた残りの敵は三人。


「さっさと片づけるか」


 山路は先ほどと同様に、最寄りの敵と高度を合わせてバーニアで突撃。そして斬り払うなり銃撃するなりして、一人、二人と行動不能に陥れていった。


「あと一人」


 霧香よりも体重があるぶん、山路はバーニアの推進剤の残量に注意しなければならない。

 マズルフラッシュから敵の位置を把握した山路は、一旦爪を格納。小振りの手榴弾を取り出し、巧みなピッチコントロールで投擲した。数秒後に、最後の雑魚敵が肉片として飛散したのは言うまでもない。


「さて、一人残された狙撃手さんはどうするつもりかな?」


 そう言って、自らを鼓舞する。だが、それは未知の敵への挑戦に等しかった。

 二人目の狙撃手、すなわち最後の敵は、ビルの屋上に陣取っていた。こちらの方が僅かに低い。狙うとすれば格好の標的と言えるだろう。


 山路の機動性能を目の当たりにした狙撃手は、すぐさま近接戦闘態勢に入った。二丁拳銃だ。


「とっ!」


 山路は勢いよく跳躍した。バーニアが燃料切れになるギリギリのところ。ビル屋上の高低差を埋め合わせ、更に上方を取った。

 爪を格納し、すかさず山路は拳銃を抜いた。左右三発ずつ発砲。ただし、撃ち方はでたらめだ。こちらの出方を隠すことで、相手にボロを出させる作戦だった。

 

 慎重に攻め込んだのには理由がある。向こうには、拳銃程度では破壊不能なバリアを有する、という大きなアドバンテージがあるからだ。

 案の定、バリアは使用された。六角形で赤紫色、半透明の不可侵防壁。


 だが、バリアを展開中は敵からだって攻撃は不可能だ。下手に山路を撃とうとしたら、跳弾で自分が負傷するのは目に見えている。

 一方、山路が空中で放った計六発の弾丸は、てんでばらばらな方向に弾き飛ばされた。


 まだだ。もう一つ確かめたいことがある。

 山路はそう胸中で呟き、残り僅かな燃料を頼りにバーニアを噴かした。


「はあっ!」


 斜め上方からの、強烈な踵落とし。これでもバリアには傷一つつかなかったが、接近には成功した。


「よっと!」


 敵の眼前に着地。大仰な動きで回し蹴りを叩き込む。

 腹部に二、三発もらったが、防弾ベストがなんとか食い止める。


 一方の敵は、バリアをずらして回し蹴りに対抗せんとする。が、山路はその反動すら利用して自由自在な挙動を取る。

 再びドッ、と突進してくる山路。バリアを移動させる敵。しかし、敵の方が間に合わない。


 気づいた時には、山路は敵の真正面に立っていた。ぐいっと腕を曲げて敵の脇腹に銃口を突き当てていた。


 響いた銃声は一発。それだけ大口径の弾丸が、敵の腹部をぐしゃぐしゃにしていったのだ。

 それから敵が倒れ込むまで、しばしの時間を要したが、山路は放っておいた。


 携帯端末を取り出し、耳にかける。

 

「こちらSCB課所属、山路幸雄警部。華山課長に引き継ぎ願います」


 しかし、その要請が叶えられることはなかった。華山はその時、どうしても席を立つことができなかったからだ。

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