短い一生、悔いのないように生きるのだと、彼は

葛鷲つるぎ

第1話

 長い時間を暗闇の中で過ごしていた。

 暖かい季節がやってきて、よじよじと暗闇から這い出る。何も教わっていないが、本能で知っていることだ。


 暗闇から出たところでまた暗闇であるが、さっきまで居たところよりは明るい。

 そしてまた丁度良いところを探し出し、ゆっくりゆっくり時間をかけていく。

 もちろん、敵には見つからないように、だ。見つかってしまったら最後、失うのは己の命である。


 己が、生まれ変わる瞬間だった。


 待ち望んだその瞬間。いや、その手前。

 大きな気配が迫ってくるのを感じた。

 慎重に、そうっとやってくるそれは、死を予感させる。危ない。危ない!

 闇に隠れて忍び寄る黒い影! まだ生まれたばかりだというのに、もう死んでしまうのか。あっけなく?

 あともう少し、もう少しというところで。


 サワ……。羽化したばかりで、まだ頼りない翅を震わせた。無理に飛ぶことも出来ない未成熟。でもあともう少し。

 まだか、まだか。黒い影が忍び寄る。翅を震わす。飛べない。――いや!

 自由の翅を手に入れた瞬間、これでもかと翅をはばたかせ、空を飛んだ。


 黒い影は追ってこない。

 危ないところだった。黒い影があともう少し、というところだった。

 その後は、安全な場所をえさ場を求めて空を飛んだ。他の天敵に捕まらぬよう、木の合間を縫い、素早く飛ぶ。



 新たな出会いが、その先にはあった。



 ミーンミンミン!!!!! (あの!!!!!! どうも!!!!!!! こんにちは!!!!!!!!!! ボクです!!!!! ご一緒してもいいですか!!!!!!!! あ、あのーーーーーー!!!!!!!!!!?????????? ……行っちゃった……)



 悲しい別れであった。

 元気良く挨拶したものの、出会いは一瞬で過ぎてしまった。悲しみつつ、木の蜜を吸う。人生初の食事である。

 満腹になれば、元気も出てきた。短い一生、悔いなく過ごすしかない。へこたれている場合ではないのだ。

 そのためにも、叫ばなければならない。

 もう一度、素早く飛び立つ。


 その先で、白い檻があるとも気づかずに。


 ミ"ン"!!!!!


 最後まで足掻いて、叫ぶ。

 だが、駄目だった。

 力尽きて、恐ろしい大きな存在に震える。ああ、食べられるのだ! 子孫を残すことなく、生を謳歌することも出来ずに!

 と、思ったが、食べられることはなかった。


 透明な狭い何かに囲まれたそこ(上は葉っぱのようなものが見えたが)に押し込められたあとは、美味しいが圧倒的に量が足りない餌と、なんの味もしないへんてこな木とともに過ごした。


 自由がない場所に混乱しながらも、それでも、悔いを残すわけにはいかないと鳴き続ける。

 結構な空腹に悩まされつつ、かろうじて生きながら。


 だが、出会いはなかった。いくら叫んでも、叫んでも、相手は現れない。


 それでも、叫ぶ。叫び続ける。

 短い一生、悔いのないように。


 ミーンミンミン!!!!!!! (あの!!!! 誰か!!!!! こんにちは!!!!! ボクはここに居ます!!!!!!!! 居ますので!!!!!! 誰かーーーーーーー!!!!!!!!)


 それでも……。


 それでも…………。


 最期まで、鳴き続けた。

 鳴き続けていた。


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短い一生、悔いのないように生きるのだと、彼は 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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