第一章「銷魂と希望の迷宮」②
青白い光のトンネルの中。
金色に輝く
何とも言えない浮遊感に包まれて、俺とアーシャは精霊の流れとは逆の方に飛ばされていく。
トンネルを抜けた俺達を待っていたのは、真っ暗な闇だった。
「何にも見えないな」
アーシャの声がエコーのように響く。
どうやら俺達は今、洞窟か建物か、とにかくどこか空洞になっている所にいるらしい。
チャロモ老から借りたカンテラを手探りで取り出し、俺は真言を唱えた。
「《
カンテラに白光が灯り、辺りを照らす。
俺達が運ばれたのは、四方を岩壁に囲まれた洞窟だった。
そのあちらこちらには、クエスフスの迷宮で見たものと同じ白亜でできた建造物の残骸が転がっている。
迷宮ではよくある光景だ。
「さて、入口は……っと」
「あそこに穴があるぞ!」
そう言うや否や、アーシャは暗闇の中を駆けていく。
「あ、おい。気を付けろ。罠とかあるかも……」
俺が言い終わる前に、アーシャは
「ロアー! はやくこーい!」
「……いったい、どういう脚力してんだよ」
ここから洞穴までざっと一〇〇メートル以上はある。
人間のそれとは思えぬ駿足を披露するアーシャに驚愕しつつ、俺は彼女の通った場所をなぞるようにして洞穴へと辿り着いた。
洞穴の中は俺達ふたりがギリギリ横に並んで歩けるほどの狭い通路となっていた。天井も低く、前世で言えば一八〇センチほどの身長の俺には少々動きづらい場所だ。
こんなところで
今のところ妙な精霊の動きはないが、それでも俺が見落としているだけで何か罠が仕掛けられているかも知れない。
俺はカンテラで照らされた道を注意深く観察しながら歩を進めた。
「なぁ、もっと速く進めないのか?」
アーシャが俺の後ろで退屈そうに口を尖らせる。
「お前なぁ。もうちょっと緊張感を持てよ。ここは一度入ったら攻略するまで出られない
俺がもう少し精霊が見えて魔法が使えたら……。
後悔と口惜しさが渦巻くのを押さえ込み、俺は周囲への警戒を怠らずに進んだ。
しばらく進むと、少し開けた場所に出た。
行き止まりというわけではなく、目の前の岩壁に道は続いている。
しかし――。
「罠だ。アーシャ、無闇に動くなよ」
俺の声音にアーシャも察し、神妙な面持ちで頷く。
この先に続く一本道。
一見して、今まで通ってきた洞穴と同じように見えるが、実は違う。
まるでスパイ映画で見る赤外線センサーのように、幾本もの金色の光条が縦横無尽に張り巡らされていた。
手頃な石を拾い上げ、洞穴の中に放ってみる。
バチン! と音を立てて放った石が爆ぜ、
一瞬しか見えなかったが、石が光条に触れた瞬間、光の弾丸ようなものが光条を走って石を砕いたように見えた。
おそらく、この洞穴に張り巡らされた全ての光条で同じことが起こるのだろう。
縦横無尽に飛び交う光の弾丸を掻い潜ってこの道を抜けるか、光の弾丸にズタズタにされるか。
道は、二つに一つ。
俺は辺りを見回してある物を探した。
「他に道は無いようだぞ?」
アーシャが声をかける。
「いや、俺が探してるのは別ルートじゃなくて……あった」
光条が張られた洞穴の隣。
そこに鎮座する大岩に、赤い宝玉が埋め込まれている。
俺がその宝玉に触れると、頭の中で声が響いた。
【光と共に踊れ】
低く、艶やかな女性の声。
この宝玉は、迷宮の番人である魔人が攻略者に試練の内容と攻略のヒントを与えるアナウンスボタンのようなものだ。
アーシャも俺に真似て宝玉に触り、声を聞く。
「光と共に踊れ……か」
「踊れ」ということは、あの光弾の軌道は予め決まっているのだろうか。
その順序に則って捌き切れれば抜けられるのかもしれないが、それを確認せずにぶっつけ本番で進むのはリスキーすぎる。
「さて、どうしたもんか……」
俺が光弾の軌道を確認する方法考えていると、
「踊りなら、私に任せろ!」
そう言ってアーシャが両手に剣を構えた。
「オイちょっと待て! 失敗したら蜂の巣だぞ⁉ 俺はまだ軌道線が見えているからいいが、お前は……」
おそらく、洞穴に張り巡らされた光条は精霊でできている。
俺には見えていてもアーシャには見えていないはずだ。
光弾は光条をなぞるようにして射出されていたので、見えている俺が先に行った方がリスクは少ない。
「あの光の弾に当たらなければいいんだろ? 簡単だ。ナターシャの剣の方が、ずっと速い」
事もなげに言ってのけ、アーシャは洞穴の入口に立つと、
「よーいドン!」
俺が制止する間もなく飛び込んでいった。
初弾を躱し、ほぼ同時に発射された次弾を剣で弾き、続く三弾もくるりと身を捻って躱す。
光弾を躱しあるいは弾きながら、あれよあれよと進むその様は、宝玉の言葉通り光と共に踊っているように見えた。
「あ、ここ楽しい」
光条が一番密集しているところでそう呟くと、アーシャはしばし止まって光弾と戯れるように踊り出す。
「マジかよ……」
銃弾のごとく四方から飛び交う光を躱し、弾き、捌くアーシャに俺はただただ唖然とするばかり。
俺が絶句しているうちにアーシャは更に洞穴を進み、最後に「ほい!」と後方伸身宙返りまで決めて試練を突破した。
「どうだ?」
どや顔でこちらを振り返るアーシャ。
当然俺は、返す言葉も見付からない。
「あぁ、ハイハイ。すごかったすごかった」
強がって苦笑を見せるのがせいぜいな俺に、アーシャが得意満面の笑みを向ける。
「ロア、大丈夫か? 手伝ってやろうか?」
「いや、大丈夫だ。お前のおかげでだいたい分かった」
調子に乗り出す彼女に少々ムカッ腹が立つが、大人な俺は構わず答えた。
腰に下げていた四本の棒。
それを取り出しねじ込み式の接合部を繋げば、一本の棍の完成だ。
棍を握り、先ほどのアーシャの動きと光弾の流れを思い出す。
張り巡らされた光条を注視し、隙間が大きな所を確認して足さばきをイメージ。
「……うし、いくか」
イメージが定まったところで俺は棍を構えた。
棍の先を光条に当てて初弾を弾き、そのまま次弾三弾も弾く。
左側に大きな隙間。低い姿勢でそこに潜り込み、右上から迫る光弾を弾く。
触れなくてもいい光条は極力避け、触れそうな所は先に棍を差し込み、なんとか掻い潜った所に、最も光条が密集したエリアに差し掛かる。
アーシャがたっぷり遊んでくれたおかげで、ここの動きは分かっている。
「つぁっ!」
短い気合いと共に全ての光弾を叩き落とし、一気に駆け抜ける。
弾き損ねた光弾が頬を掠るが気にしない。
最後の三発を順当に叩き、俺も第一関門を突破した。
「……ふぅ」
上がる息を整え、頬を伝う汗を拭う。
「おぉ~」
感嘆の声を上げ、アーシャがパチパチと手を叩いた。
「なんだ、動けるじゃないか」
「いや、けっこうギリギリだった」
そう言って、苦笑交じりに穴だらけになった外套とあちこち破れた服を見せる。
「ま、何はともあれ、だ」
「あぁ、これで先に進めるな」
二人片笑み、俺達は迷宮の先へと足を進めた。
第一の試練『光と共に踊れ』――
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