【1】後篇
それから、しばらくすると――玄関のドアが叩かれる音が聞こえてくる。
「誰だろう?」
僕は不思議に思いながらも、玄関に向かって行く。そして、玄関を開けると――一人の老人が立っていた。僕は少し驚く。その老人には、なんとなく見覚えがあったのだ。僕がその事を考えていると、相手の方から話しかけてきた。
「お前さんは……ユウトじゃないか?」
僕は驚きながら答える。
「あっ……どうも。久しぶりですね」
僕は頭を下げると、笑顔を浮かべる。しかし……相手の方は驚いた表情を見せる。
(あっ……この人って確か……)
僕は昔を思い出していた。
(えっと……たしか、あの時のお爺ちゃんだよね?)
しばらく考えた後、ようやく思い出す。そう……あの時は気付かなかったけど、僕がギルドで絡まれた時に庇ってくれた老人だ。僕は慌てて自己紹介をする。「あの……初めまして。僕はユウトと言います。えっと……あなたは?」
「ああ、これは申し訳ない。私はロレンスと言う。見ての通り、商人をしている」
「そうなんですか……」
「ところで……こんな時間にどうしたんだい?」
「実は……最近、この街で事件が多発していて、それで調査をしていたんです」
「ほう……それは、どういうことだい?」
「実は……街の中に盗賊が紛れ込んでいるみたいなんです」「そうか……それは大変だな」
「はい。ですので……もし、何か情報があれば教えて頂けないでしょうか?」
「そうだな……悪いが、私は何も知らないな」
「そうですか……」
「ああ、力になれなくて悪かったな」
「いえ……ありがとうございます」
「それじゃあ……そろそろ行くとするか」
「あっ! ちょっと待ってください」
「んっ? どうしたんだい?」
「いえ……もしお時間があるようでしたら、お茶でも飲んで行きませんか?」
「いや……だが……」
「遠慮しないで下さい。僕が美味しい紅茶を入れてあげますよ」
「そうか……なら、お言葉に甘えさせて貰うよ」
「はい、分かりました」
それから、お湯を沸かす。
「そういえば……君は料理が得意なのかい?」
「ええ、得意ですよ」
「そうか……それは楽しみだな」
「はい、期待していて下さい」
それから、数分後――お湯が湧いたので、ティーポットに注ぐ。それから、カップを温めた後、お湯を注ぐ。それから、蒸らす為に蓋をすると、ロレンスさんの方を向く。
「それでは……こちらに座られては如何ですか?」
「ああ、そうさせて貰おうかな」
「はい、そうして頂けると嬉しいです」
「ふむ……やはり、君と話していると落ち着くな」
「そうですか? そう言っていただけると嬉しいですね」
「ああ、そうだな」
「あっ! そう言えば……お名前を聞いてもいいですか?」
「ああ、そうだったな。私の名前はロレンスという」
「そうですか……僕はユウトって言います」
「ユウトか……いい名だな」
「はい、そう言って頂けて良かったです」
「ははっ! 本当に面白い子だな」
「そうですか? 僕は普通にしているつもりなんですけど……」
「いやいや……普通の人間は初対面の人物に対して、そこまで優しく出来ないものだよ」
「そうかもしれませんね」
「ああ、間違いなくそうさ」
「そう言われると、なんだか照れてしまいますね」
「ははっ! まぁ……そういうところも含めて、君の事が気に入ったよ」
「そうですか? なら、よかったです」
「ああ、本当だ」
「ところで……どうして、僕の事を気に入ってくれたのですか?」
「ああ、それはな……」
そう言うと、彼は遠い目をする。
「私が若い頃に色々とあったからさ」
彼の表情を見て、僕はそれ以上質問するのは止めた。きっと、あまり触れられたくない過去なのだろう。そう思ったからだ。
その後、しばらくしてから――僕達は雑談を始めた。
***
次の日――僕達が宿に戻ると、部屋の中が荒らされていた。僕達は急いで犯人を探すが、結局見つからずに終わる。僕達はギルドに向かい事情を説明すると、依頼主の元へと向かって行く。
***
「そうだったんですか……すみません。ご迷惑をおかけしました」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも……これから、どうすればいいと思いますか?」
「そうですね……まずは依頼主に連絡を取ってみようかと思います」
「なるほど……分かりました。よろしくお願いします」
「はい、任せて下さい」
そう言って受付嬢は部屋から出て行った。残された僕達は、しばらく沈黙する。
「どう思う?」
「どうと言われてもな……まだ情報が足りないんじゃないか?」
「それもそうだな……」
「まぁ……気にするだけ無駄だろ」
「それもそうだな……」
「よしっ! それじゃあ……俺は帰るとするよ」
「ああ、分かったよ。それじゃあな」
「ああ、またな」
そう言うと、男は去って行く。
***
僕が家に帰ると、アリシアが出迎えてくれた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
「ああ、ちょっと用事があってな」
「そう……なら、ご飯にしましょう」
「ああ、そうだな」
そう言うと、僕とアリシアはリビングに向かう。
それから、しばらくすると――玄関のドアが叩かれる音が聞こえてくる。
「誰だろう?」
僕は不思議に思いながらも、玄関に向かって行く。そして、玄関を開けると――一人の老人が立っていた。僕は少し驚く。その老人には、なんとなく見覚えがあったのだ。僕がその事を考えていると、相手の方から話しかけてきた。
「お前さんは……ユウトじゃないか?」
僕は驚きながら答える。
「あっ……どうも。久しぶりですね」
僕は頭を下げると、笑顔を浮かべる。しかし……相手の方は驚いた表情を見せる。
(あれっ? この人って……)
僕は昔を思い出していた。
(えっと……たしか、あの時のお爺ちゃんだよね?)
しばらく考えた後、ようやく思い出す。そう……あの時は気付かなかったけど、僕がギルドで絡まれた時に庇ってくれた老人だ。僕は慌てて自己紹介をする。
「あの……初めまして。僕はユウトと言います。えっと……あなたは?」
「ああ、これは申し訳ない。私はロレンスと言う。見ての通り、商人をしている」
(ロレンス!?)
その名前を聞いた瞬間、僕は内心で驚いていた。というのも、ロレンスという名前は、とある国では有名な人物の名前だからだ。そんな事を考えながら、僕も自己紹介をする。
「そうなんですか……僕はユウトと言います。見ての通り、冒険者を目指しています」
僕がそう言うと、ロレンスと名乗った老人は少し考え込むような素振りを見せた後に、口を開く。
「そうか……君は冒険者を目指そうとしているのか」「はい、そうです」
「なら……ユウトは魔法について、どの程度の知識を持っているんだい?」
「そうですね……一応は知っています」
「ほう……その割には随分と落ち着いているな」
「ええ、実際に使ったことがあるんですよ」
「なるほど……それならば、話は早い。少し私の話を聞いてくれないか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとう。それじゃあ……まずは基本的なことから話すことにしようか」
それから、僕はしばらくの間、魔法の基礎知識を学ぶことになった。
(なるほど……やっぱり、この世界にも魔力という概念が存在するのか)
僕がそう思っている間も、老人は講義を続ける。
「まずは、魔法の発動方法だが……これは、大まかに分けて二つある。一つは詠唱によるものだ。この方法は誰でも簡単に使える反面、威力が低い。逆に、もう一つの方法は魔導具と呼ばれる物を使う必要がある。これは、魔石と呼ばれる特殊な鉱石に自分の血を与えることで起動させることが出来る。ただし、これには大量の資金が必要だ。その為、基本的には貴族などの裕福な人間が使用することになる」
「そうなんですか……ちなみに、一般的な人間の平均的な収入だと、どのくらいの金額が必要になるんですか?」
「そうだな……大体、金貨五枚程度になるな」
「そうなんですね……」
僕はお金の計算をしながら考える。
(つまり……一ヶ月分の生活費は余裕であるってことか。それなら……なんとかなりそうだな)
それからも僕は、ロレンスさんの話を聞いていた。
次の日――僕達はギルドへ向かうと、受付嬢と会う。彼女は真剣な表情で僕達を見ると、説明を始める。
「皆さんにお伝えしなければならないことがあります」
「どうしたんだい?」
「実は……先程、盗賊が捕まりました」
「えっ? それって……どういうことだい?」
「はい。昨日の夜に、街の外で盗賊団を捕まえる事に成功したのです」「なるほど……」
「そこで……皆さんにお願いがあるんです」
「お願い? それは一体……」
「実は……盗賊団の所持品の中に、重要な情報が書かれた紙が見つかりました」
「それは……本当かい?」
「はい。間違いありません」
「そうか……」
「それで……もし宜しければ、皆さんに内容を確認して頂きたいんです」
「そういうことだったら……もちろん構わないよ」
「本当ですか?」
「ああ、問題無いよ」
「そうですか……助かります」
「それなら良かったよ」
「それでは……こちらへ来て頂けますでしょうか」
そう言うと、受付嬢は僕達を別室へと案内する。
***
僕達が部屋に入ると、そこには書類が置かれていた。僕達は順番に確認していく。
最初に見たのは、盗賊団のメンバー一覧だ。名前を確認すると、そこに書かれていたのは……全員の名前が同じものだった。次に僕は、名前の後ろに書かれている数字を見る。すると、一人だけ他の人と違う点を見つける。それは、年齢の部分だった。
(これって……まさか……)
僕はそう思いながらも、他のメンバーの欄も見る。やはり……年齢はバラバラだ。
(どうやら……予想通りみたいだな)
僕は確信する。
「どうやら……これで全部かな?」
「はい、そうです」
「分かった。それじゃあ……私達は失礼するね」
「はい、お疲れ様でした」
僕達は部屋を出ると、そのまま家に戻る。そして、僕達はリビングに集まると、話し合いを始めた。
「さっきの書類だけど……どう思う?」
「どう思うと言われてもな……」
「まぁ……とりあえず……読んでみるしかないんじゃないかしら?」
「それもそうだな……」
僕達は書類に目を通す。
***
【盗賊団メンバーリスト】
・リーダー:不明
・副リーダー:なし
・構成員数:約五十名
・団員の年齢層:15~20歳
・主要武器:短剣
・主な使用言語:帝国語
・出身地:帝都周辺 ***
(うーん……これは……)
僕は困っていた。というのも、僕が知っている文字と微妙に違っているからだ。僕は少し考えた後、アリシアに尋ねることにする。
「アリシアは、この世界の文字の読み書きが出来るんだよな?」
「ええ、出来るわよ。それがどうかしたの?」
「それなら……アリシアにお願いしたい事があるんだけど……いいか?」
「別にいいけど……何が書いてあったの?」
「えっと……ちょっと待ってくれるか?」
僕はそう言いながら、書類の内容を説明する。すると、アリシアは少し驚いたような表情を浮かべる。
「なるほど……それって、かなり重要じゃない」
「まぁ……そうだな」
「それなら……早くギルドに行って、この事を報告しないと駄目なんじゃない?」
「ああ、そうだな……」
僕はそう言うと、立ち上がる。
「それじゃあ……ギルドに行くとするか」
***
僕達はギルドに到着すると、受付嬢の元へと向かう。
「すみません。少し良いですか?」
「はい、何か御用でしょうか?」
「えっと……この前、盗賊団を捕まえた時なんですが……その中に、帝国の人間が居たと思うんですが……その人の情報を教えてくれませんか?」
「分かりました。少々、お待ち下さい」
そう言うと、受付嬢は席を離れる。しばらくしてから、彼女は戻って来ると、資料を手に取る。
「えっと……名前は確か……ローレライと言いますね」
「ローレライ……という事は、男性の方なんですね?」
「はい、そうです」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
「ところで……他に特徴とかは無いんですか?」
「そうですね……身長は180cm程度で、髪の色は黒です。それと……顔立ちは中性的で、美形と言えます。あとは……そうですね……いつも黒いローブを着ていまして、腰には二丁拳銃を装備しています」
「なるほど……ありがとうございました」
僕はお礼を言うと、ギルドを後にした。
僕達はギルドを出ると、家の前まで移動する。そして、僕は玄関を開ける。すると、中にはレイナさんが待っていた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
「ああ、ちょっと用事があってな」
「そう……それじゃあ……ご飯にしましょう」
「ああ、そうだな」
僕がそう答えると、二人はリビングに向かって行く。それから、しばらくした後、僕が食事を終えて自室に戻ろうとすると、廊下でアリシアと出会う。「あら、ユウト君。今、帰りなの?」
「ああ、そうだよ」
「そうなのね。あっ……そういえば、ユウト君は、明日は暇かしら?」
「特に用事はないけど……どうしてだ?」
「実は……少し、相談に乗って欲しいことがあるのよ」
「そうなのか? なら……明日の朝、迎えに来るよ」
「そうしてくれると嬉しいわ」
「それなら……また後でな」
「ええ、またね」
僕はそう言うと、自分の部屋に戻って行った。
***
次の日――僕は朝食を終えると、すぐに家を後にする。そして、少し歩いた所で、僕は声をかけられた。
「お兄ちゃん!」
振り返ると、そこにはライルの姿があった。彼は嬉しそうな表情で駆け寄ってくると、僕の手を握る。
「おはよう! お兄ちゃん!!」
「おう、おはよう」
僕は笑顔で挨拶を返す。
「ねぇ……お兄ちゃん。今日はどこに遊びに行こうか?」
「そうだな……それじゃあ、森にでも行ってみるか?」
「うん!! 分かったよ。じゃあ……早速、出発しよう」
僕達は手を繋いだまま歩き出す。そして、森の中を進んでいく。それから、一時間程が経過した頃、ようやく目的の場所へと到着した。
「よし、着いたぞ」
「やったぁー」
僕達がやって来たのは、小さな湖だった。ここは昔から僕達のお気に入りの場所で、よく一緒に来ている場所だ。僕達は適当な場所に座ると、他愛のない話を始める。それから、しばらく時間が経った頃、突然、後ろの茂みが揺れ動く。僕達は同時に振り向くと、そこには一匹のウサギがいた。
「あれ? 珍しいね。こんな所に、ウサギがいるなんて……」
「そうだな……」
僕達は不思議に思いながらも、その場を動こうとはしなかった。すると、何故かウサギは僕達の前に歩いてくる。僕は警戒しながらも、ウサギを観察する。すると、急にウサギは地面に倒れると、そのまま動かなくなる。
「なんだ? 死んだのか?」
僕は疑問に思いながらも、ゆっくりと近づく。すると、突如として地面が盛り上がり、巨大なゴーレムが出現する。
「なっ!?」
僕は驚きながらも、咄嵯に後ろに下がる。しかし、次の瞬間――僕は何者かに腕を引っ張られる。
「なっ……」
僕は視線を向ける。すると、目の前にはレイナさんの姿が見えた。彼女は真剣な表情で僕を見つめてくる。
「大丈夫? 怪我はしていない?」
「あ、ああ……」
僕は戸惑いながら返事をする。すると、今度は背後で大きな音が聞こえてきた。僕は慌てて振り向く。すると、先ほどの巨大ゴーレムと戦闘を繰り広げていた。
『<風弾>』
アリシアの声と共に、風の弾丸が放たれた。それは、見事に巨大ゴーレムに命中して、ダメージを与えることに成功する。
(凄いな……。それにしても……やっぱり、魔法を使う時の動きが速いな)
僕は感心しながら、二人の戦いの様子を眺める。すると、いつの間にか周囲には大量の魔物が出現しており、こちらに近づいてきていた。
(どうやら……俺も戦う必要があるみたいだな)
僕は覚悟を決める。僕は剣を構えると、周囲の魔物に斬りかかる。アリシアは、僕の後ろに付くと、援護の体勢に入る。
(流石に……数が多いな)
僕は戦いながらも、内心では少し焦っていた。その時、僕はあることに気づく。
(もしかすると……この方法なら勝てるかもしれない)
僕はそう思いながら、周囲に居る魔物に攻撃を続ける。すると、数分もしない内に全ての魔物を倒すことに成功した。僕はホッとすると同時に、少し疲れを感じる。すると、アリシアが話しかけて来た。
「お疲れ様。それで……これから、どうするの?」
「そうだな……とりあえず、家に戻るのは危険だと思うから……ここで野営の準備をしてもいいかな?」
「ええ、私は構わないわ」
「分かった。それじゃあ……テントを張るから手伝ってくれ」
「ええ、分かったわ」
僕達は協力して、キャンプ用の道具を取り出すと、設置を開始する。
***
僕達はテントを設置し終えると、夕食の支度を行う。ちなみに、今日のメニューはシチューだった。それから、食事を済ませると、僕達は交代で見張りを行い始める。僕は最初に見張りを務めると、アリシアと交代した。
***
翌朝――僕が目を覚ますと、アリシアは既に起きていて、朝食の用意をしていた。僕は眠い目を擦りながら、アリシアに話し掛ける。
「アリシア……早いんだな」
「ええ、まぁね」
「そうか……」
「それより……もうすぐ、朝ごはんが出来るわよ」
「そうか……ありがとうな」
「別にいいわよ」
僕は椅子に座りながら、アリシアが料理をしている姿をボーッと見つめる。彼女はとても楽しそうにしていた。それから、しばらくしてから、朝食が完成する。
「はい、出来たわよ」「ありがとうな」
僕はアリシアに感謝を伝えると、用意された食事に手をつける。それから、しばらくの間は二人で雑談をしながら、楽しい時間を過ごしていた。そして、朝食を食べ終えた後、僕達は片付けをしてから、出発する準備を整える。
「それじゃあ……そろそろ行くか」
「そうね」僕達は荷物を持つと、森の外に向かって歩き出す。
***
僕達は無事に森を抜けると、町に向かって移動を開始した。それから、しばらく歩くと、前方に町の外壁が見え始めた。
「お兄ちゃん。あれが……この町?」
「ああ、そうだよ」
「へぇ……大きいね」
「そうだな」
僕達はそんな会話を交わしながら、門に向かって歩いていく。すると、門の手前で二人の兵士が立っているのが見える。その兵士は、槍を手に持ちながら、周囲を見渡している。おそらくだが……僕達を警戒しているのだろう。
「止まれ! 何者だ?」一人の兵士が僕達に近づきながら尋ねてくる。その口調は高圧的だ。それに対して、アリシアは不快そうな表情を浮かべるが、何も言わない。僕は彼女の代わりに前に出ると、質問に答えることにする。
「えっと……俺はユウトと言います。冒険者で……ここに住んでいる友人に会いに来たんですけど……」
「お前みたいなガキが……あの方の友人だと……ふざけるな!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。本当です」
「うるさい! さっさと消え失せろ!」
「おい……止めないか!」
もう一人の兵士が慌てて止めるが、相手は聞く耳を持たない。僕は困った表情でアリシアに視線を向けると、彼女は仕方がないといった感じで口を開く。
「ねぇ……貴方達はユウト君の事を疑っているようだけれど……何か証拠でもあるのかしら?」
「はっ? 何を言っている。こいつは明らかに怪しい格好をしているじゃないか」
「そうね。確かにそうかもしれない。でも……それが、ユウト君が悪人である事の証拠にはならないんじゃないかしら?」
「なっ……貴様!!」
「待ちなさい!!」
さらに言い返そうとした兵士だったが、別の声に遮られる。僕達が驚いていると、一人の女性が姿を現す。彼女は綺麗な金髪をしており、かなりの美人だった。
「まったく……貴方達は、どうしていつも喧嘩ばかりするのですか?」
「で、ですが……こいつが……」
「いい加減にしなさい!!」
女性は大声で怒鳴る。兵士達はその迫力に気圧されたように黙り込む。
「すみませんね。うちの部下が迷惑をかけて……」
「いえ、気にしていませんから……」
「それなら良かったわ。ところで……お二人は、ここにどんな用事で来たのかしら?」
「実は……この子の友人に用事があるんですよ」
「なるほど……そういうことなら、私が案内します」
「良いんですか?」
「はい。構いませんよ」
「それじゃあ……お願いします」
「分かりました。それじゃあ……ついて来て下さい」
それから、僕達は女性の後を付いていきながら移動する。そして、しばらく歩いた後、一軒の家に辿り着く。
「ここは?」
「私の家ですよ」
「えっ……? でも……ご家族は?」
「今は居ないのです」
「あっ……そうなんですか……」
僕は気まずそうにしていると、アリシアが女性に声をかけた。
「ねぇ……貴方の名前を教えてくれないかしら?」
「あら? 私の名前は知っていますよね?」
「ええ、知っているわ。でも……直接、名前を聞いたことはないからね」
「それも……そうですね。私は……レイナ・リザルトといいます。レイナと呼んでください」
「私はアリシアよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
レイナさんは笑顔で挨拶を返す。
僕達はレイナさんの家の中に入ると、リビングに移動する。そこで、僕はお茶を貰うと、ようやく一息つくことが出来た。
「ふぅー。やっと一休みできるな」
僕はテーブルの上にコップを置くと、椅子に座る。すると、アリシアが話しかけてきた。
「それにしても……まさか、こんな所で会うなんて思わなかったわ」
「そうだな」
「それで……この後はどうするつもりなの?」
「とりあえず……しばらくは、この家に泊めてもらおうと思う」
「そう……なら、明日はどうするの?」
「そうだな……とりあえずは……ギルドに行って、依頼の確認をしてみようと思う」
「分かったわ。それじゃあ……私は先に寝させてもらうわ」
「ああ、分かった」
アリシアは立ち上がると、自分の部屋に戻っていく。僕はそれを確認すると、再びソファーに座って、お茶を飲む。
(それにしても……レイナさんの家は、本当に広いな)
僕は改めて部屋の様子を見渡す。やはり、お金を持っている人は違うなと思いながら、ゆっくりと寛ぐのだった。
***
翌日――僕達は朝食を食べると、早速、町の中を見て回る。すると、すぐに目的の場所を見つけることができた。それは――冒険者ギルドだ。僕達は建物の中に入っていくと、受付嬢に話し掛ける。
「すいません。少し聞きたいことがあるのですが……」
「はい。なんでしょうか?」
「えっと……少し依頼を受けたくて……」
「なるほど……わかりました。では、こちらに必要事項を書いていただけますか?」
「ええ、分かりました」
僕は書類を受け取ると、空いている席に座りながら記入を始める。
(そういえば……この世界に来てから、文字を書くのは初めてだな)僕は少し緊張しながら、ペンを走らせる。それから、数分程が経過すると、書き終えて、用紙を提出する。すると、それを確認していた受付嬢が驚いたような表情を浮かべる。
「えっ……あの……本当に、これであっているのですか?」
「ええ、大丈夫ですけど……何か問題でもありましたか?」
「ええ……まぁ……その……色々とありまして……とりあえず……依頼の方は受理しましたので、頑張ってください」
「はぁ……ありがとうございます」
僕は不思議に思いながらも、その場を後にする。それから、アリシアと一緒に町を散策した後、僕達は昼食を済ませると、家に戻ることにした。
***
次の日――僕達は朝食を済ませると、町の外に向かって歩き出す。そして、無事に門に到着すると、昨日の兵士が立っていた。
「お前達か……また、来たのか」
「はい。実は……今日も、この町に滞在しようと思いまして……」
「そうなのか……。まぁ……お前達が居るのは構わないんだが……そっちの女は駄目だ」
「えっ……?」
「だから……そいつは……男なんだろ?」
「ええ、そうですが……」
「ふんっ! とにかく、駄目なものはダメだ!」
兵士は吐き捨てるように言うと、立ち去って行く。アリシアは不満そうにしていたが……特に何も言わなかった。それから、僕達は町を出ると、目的地に向かうのであった。
僕達は森を抜けると、町に到着した。そして、僕はレイナさんの案内の元、ある建物の中に入っていく。そこは大きな広間になっていて、周囲には武器や防具が並べられていた。そして、そこには数人の冒険者が待機していた。
「ここが……訓練場ですか?」
「はい。そうですよ」
「へぇ……凄いな」
僕は周囲を見渡しながら呟く。それから、しばらく待っていると、一人の男が姿を現す。その男は筋骨隆々な体型をしており、顔には傷跡があった。おそらくだが……彼がこの町で一番強い冒険者のようだ。
「おう、レイナ。久しぶりだな」
「お久しぶりです。ガンツさん」
「で……そのガキ共が例の奴らか?」
「ええ、そうですよ」
「そうか……で……どんな感じだ?」
「そうですね……正直に言って……かなり弱いと思いますよ」「ほう……そこまで酷いのか?」
「ええ……おそらくですが……冒険者になる前の子供の方がマシだと思いますよ」
「おい! 貴様!! さっきから聞いていれば……俺達を馬鹿にしているのか!!」
冒険者の一人が怒声を上げると、他の者達も同意するように騒ぎ始める。しかし、レイナさんは気にした様子もなく、話を続ける。
「別に……そんなつもりはないわよ。ただ……事実を言ったまでよ」
「ふざけるな!!」
「いい加減にしろ!!」
「そうだ! 貴様!!」
冒険者は怒りの形相を浮かべると、レイナさんの胸倉を掴む。僕は慌てて止めようとするが、彼女は手で制止する。そして、レイナさんは冷静な口調で口を開く。
「離してくれない? 服が伸びてしまうわ」
「ちっ……この女が……」
「はいはい。そこまでにしときな」
「なっ……ガンツ!?」
「まったく……いい年して……何をやってんだよ……」
「で、でも……こいつが……」
「うるせえな。これ以上、騒ぐなら……外に放り投げるぞ!!」
「ひっ……わ、わかった……」
「それでいい。ったく……最近の若いのは……」
ガンツと呼ばれた男性は、ため息交じりに呟く。それから、彼は僕達の方に視線を向ける。
「悪かったな。こいつは、最近……入ってきたばかりで、気が立っているみたいでな……」
「いえ、気にしていませんから……」
「そうかい。なら良かったぜ」
「それで……僕達はどうすれば良いんですか?」
「ああ……まずは、この紙に書いてある場所に行ってくれ」
「分かりました」
僕は渡された紙を確認すると、その場所に移動する。すると、アリシアが質問してきた。
「ねぇ……ユウト君。どうして、こんな事をするの?」
「どうしてって……それは……まぁ……色々と理由があるんだけど……一番の理由は、この世界に慣れるためかな」
「なるほどね。でも……それなら、わざわざ危険な事をしなくても良いんじゃないの?」
「うーん……でもな……やっぱり、この世界で生きていくためには……戦闘技術を身につけた方が良いと思うんだよ」
「それは……確かにそうかもしれないけれど……」
「それに……今回の件は、報酬が高いからな」
「そうなの?」
「ああ、金貨五枚だ」
「えっ……? それなら……私にも分け前を分けてくれるの?」
「もちろんだよ」
「ふーん。そうなのね……」
アリシアは嬉しそうに微笑むと、僕の腕に抱きついてくる。僕は苦笑すると、アリシアを連れて歩いていく。
(それにしても……まさか、レイナさんが男だったとはな)
僕はレイナさんの顔を思い出しながら考える。最初は綺麗な女性だと思っていたのだが、よく見ると男性だという事に気づいたのだ。
(まぁ……性別については、あまり関係ないか)
僕は軽く頭を振って気持ちを切り替える。それから、僕達は目的の場所に到着すると、早速、扉を開ける。すると、中には数人の冒険者の姿があった。
「おっ……ようやく来たか」
「すいません。遅くなりました」
「いや、気にするな。とりあえず……こっちに来い」
僕は言われるがままについて行くと、目の前に大きな箱が置かれていることに気づく。そして、中を見ると、剣が一本だけ置かれていた。
「あの……これは?」
「見ての通りだ。お前の得物を選んでくれ」
「えっ……?」
「ちなみに……お前以外の二人は、すでに決めている」「そ、そうなんですか?」
「ああ、そうらしいな」
僕は二人の様子を窺うと、アリシアは短刀を手に取って眺めていた。
(なるほど……アリシアは短刀を選んだのか)
僕は納得すると、自分の武器を選ぶ。そして、僕は木で作られた斧を両手に持つと、重さを確かめる。そして、僕は試し振りをしてみる。すると――思った以上に重くて驚く。
(これが……普通の鉄でできた斧なのか?)
僕は不思議に思いながら、何度か振ると、今度は素手の状態で確かめて見る。すると――こちらも想像以上の重さだ。
(これじゃあ……まともに扱えないだろう)
僕は少し考え込むと、近くに居た冒険者に話しかける。
「すいません。この二つの武器を少し貸してくれませんか?」
「んっ……? まぁ……構わんが……壊すなよ」
「ええ、分かりました」
僕は笑顔を浮かべながら答えると、斧と拳を構える。それから、僕は力を込めて、思いっきり殴りつける。すると、鈍い音が響き渡ると同時に、激しい痛みが襲ってくる。
「いっ……痛てててててて!!」
僕は悲鳴を上げながらも、何とか堪える。それから、僕はゆっくりと立ち上がると、武器を返す。
「あの……ありがとうございました」
「いや……別に構わないが……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
「そうか……無理はするなよ」
「はい」
僕は返事をすると、元の場所に戻る。それから、僕達はしばらく待つと、レイナさんが姿を現す。
「お待たせしました」
「いや、待っていないから大丈夫ですよ」
「そうですか。では……これから説明しますね」
「お願いします」
「まずは……皆さんが持っている武器を確認します」
「わかりました」
僕達は言われた通りに、持っていた武器を見せる。そして、レイナさんは僕達を見て、小さく笑う。
「なるほど……ユウトさんは斧ですか……」
「ええ、駄目でしたか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ……珍しいなと思っただけです」
「そうですか」
「ええ、そうですよ」
レイナさんはそう言うと、僕達を順番に見つめてくる。
「アリシアさんは短刀ですね」
「ええ、そうよ」
「次に……シンジさんは……やはり、素手で戦うようですね」
「ええ、そのつもりですが……」
「そうですか……。分かりました。最後に……アリシアさんは……短刀ですね」
「ええ、そうよ」
「分かりました。それでは……それぞれに適した武器を選びましょう」
レイナさんはそう言うと、それぞれの武器を取っていく。そして、しばらく経つと、全員が選び終わる。それから、レイナさんは全員を見渡す。
「それでは……各自、武器を持ってください」
「はい」
僕は斧を持つと、軽く構える。しかし、すぐに違和感を覚える。それは、今まで使っていた武器と比べて、明らかに重いからだ。
「どうかしら? その武器を使ってみて……」
「正直に言って……かなり重たいですね」
「でしょうね……」
「でも……慣れれば、使いやすいと思います」
「そう……なら、良かったわ」
レイナさんはそう言って微笑むと、他の冒険者達を見渡してから口を開く。
「それで……ユウトさんの武器は、斧にしておきましたが……問題はないでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
「そう……なら良かったわ」
レイナさんは安心した表情で微笑むと、他の冒険者達の方を見る。
「それで……皆さんの方は、どうされましたか?」
「俺は槍にしたぜ」
「私は弓よ」
「俺も、弓にしたが……矢が無いから使えないな」
「私も、同じです」
「俺も、矢がねえからな」
「私も、矢がないので……」
「なるほど……そうなると……誰かが矢を作ってくれるのを待つしかないわね」
「はい」
「まぁ……仕方ないわね」
「そうね」
「そうだな」
「そうね」
「それなら……次は、防具を選んでもらいますね」
「あっ……はい」
「わかったわ」
「おう」
「わかったわ」
「わかったわ」
レイナさんはそう言うと、僕達に紙を渡す。そこには、鎧の絵が描かれている。
「この絵に描かれている物が、今回の報酬で用意できる装備になります」
「へぇ……色々とあるんだな」
「そうね……」
「確かにそうだな」
僕達が感心していると、レイナさんは僕達の方を見てきた。
「それで……どうしますか?」
「どうするとは?」
「誰が、どれを装備するか……という事ですよ」
「ああ……そういうことか。どうする?」
僕は皆の顔を見ながら質問すると、アリシアが真っ先に手を上げる。
「私に選ばせてくれない?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう。それなら……これと……これと……これね」
アリシアは嬉しそうに笑いながら、三つの装備品を手に取る。それから、彼女は僕の方に視線を向ける。
「ユウトは……この三つの中から選ぶと良いと思うわ」
「分かった。それじゃあ……これにしようかな」
僕はアリシアが選んだ装備品を受け取ると、身に着ける。それから、僕は軽く動いて確認してみる。
(うん……悪くないな)
僕は満足しながら、斧を手に持つ。すると、レイナさんは嬉しそうに微笑みながら近づいてきた。
「似合っていますね」
「ありがとうございます」
「それなら……よかったです」
「それじゃあ……次の場所に案内してもらえませんか?」
「はい。それなら……こちらに来て下さい」
レイナさんはそう言うと、歩き出す。僕達はその後ろについていくと、再び扉の前に辿り着く。そして、レイナさんは再び鍵を取り出すと、先程と同じように開けようとする。
『カチャッ』
しかし、今回は開く気配がない。レイナさんは首を傾げると、僕の方を振り返って話しかけてくる。
「あの……何か変な音が聞こえませんでしたか?」
「えっ……?」
僕は不思議に思いながらも、周りを確認する。すると、アリシアが声を上げた。
「ねぇ……ユウト君。あれって……なんだと思う?」
「えっ……?」
僕はアリシアの指さす方向を見ると、そこにあったのは大きな扉だった。そして、扉には見たこともない文字が刻まれていた。
「なっ……なんだ? あの文字?」
僕は驚きながら呟くと、レイナさんが話しかけてくる。
「あの……ユウトさん。もしかすると……あなたが知っている言葉かもしれませんよ?」
「えっ……?」
僕はレイナさんの言葉の意味が分からず戸惑っていると、アリシアが話しかけてくる。
「ユウト……とりあえず、あの扉を調べてみたら?」
「うーん……そうするか」
僕は斧を手に持ち直すと、慎重に歩いて行く。そして、扉の前に到着すると、軽く叩いてみる。
「コンコン」
すると、大きな音と共に、中から人の話し声が聞こえる。
「うおっ!! びっくりした!」
「おい! 静かにしろよ!!」
「ああ、悪い……」
僕は慌てて謝ると、改めて扉を叩く。
「すいませ~ん!!」
「はいはい……今、行きますから待っていてくださいね」
どこか気だるげな雰囲気を感じさせる女性の声が返ってくる。僕は少し不安を覚えていると、ゆっくりと扉が開いていく。そして――僕は目の前に現れた人物を見て驚く。
「えっ!?」
僕は思わず叫ぶと、その女性は僕を見て微笑んでくる。
「あら? こんにちは」
「こ、こんにちは……」
僕は戸惑いながら挨拶を返すと、レイナさんが説明してくれる。
「この方は、女神様のお付きの人なんですよ」
「そ、そうなんですか……」
僕は納得すると、お付きの女性を観察する。その人は、二十代後半ぐらいに見える美人な人だった。髪の色は金髪で、瞳の色も同じ金色をしている。身長は百六十センチ程度で、スラッとした体型をしていた。服装は、水色を基調とした神官服を身に纏っており、胸元が大きく開いている。そして、露出度が高いせいか、目のやり場に困ってしまう。僕は恥ずかしくなり顔を背けると、お付きの女性から声を掛けられる。
「それで……どうしたのかしら? 私に用があるのよね」
「は、はい……」
「それなら……中で話を聞こうかしら」
「わかりました」
僕達は部屋に入ると、テーブルを囲むように座る。そして、お付きの女性が口を開く。
「それで……どんな御用なのかしら?」
「実は……」
僕は女神様からの依頼について説明すると、お付きの女性の表情が真剣なものになる。
「なるほどね……。つまり……私達に協力して欲しいということね」
「はい」
「そう……」
お付きの女性はそう言うと、考え込むような仕草をする。すると、アリシアが話しかける。
「あの……どうして協力してくれなかったんですか?」
「それは……そうね……」
アリシアが質問すると、お付きの女性は苦笑を浮かべた。
「まずは……私の自己紹介からしましょうか。私は、クレア・リリアンと言います。見ての通り……女神様に仕えています」
「そうなんですね。私はアリシアです。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
「私はシンジです。よろしくお願いします」
「シンジさんですね。分かりました」
「それで……クレアさんは、どうして協力してくれないのですか?」
アリシアが再び質問すると、クレアさんは答えにくそうにしながらも、話し始める。
「それはね……私も……出来ることなら助けてあげたいと思っているのよ」
「本当ですか? それなら……」
「でもね……相手はドラゴンなのよ? いくら、私が女神様に力を貰ったとしても……勝てるとは思えないわ」
「そんなことはありませんよ」
「いえ……絶対に無理よ」
「でも……」
「とにかく……私には何も出来ないのよ」
「……」
アリシアは黙り込んでしまうと、今度は僕が質問する。
「それなら……どうすれば、力を貸してくれるんですか?」
「そうね……ユウトさんは、どうしたいと考えているのかしら?」
「えっと……僕は……出来れば、この世界を救いたいと思っています」
「世界を救う?」
「はい。それが……僕の夢なんです」
「そう……立派な夢ね」「ありがとうございます」
僕は照れながら答えると、クレアさんは優しく微笑む。それから、彼女は何かを考え始めると、しばらく経ってから提案してくる。
「それじゃあ……こういうのはどうかしら?」
「どういうのでしょうか?」
「ユウトさんは、これからダンジョンに挑むのでしょう?」
「はい」
「それなら……ユウトさんが、無事に帰って来たら……その時は、喜んで手伝わせてもらうわ」
「えっ……? それって……?」
「そうね……簡単に言えば、ユウトさん達が無事に帰ってくるまで……この世界の人達を守るという事よ」「そうだったんですか……」
僕は驚いていると、レイナさんが話しかけてくる。
「それなら……私達が、しっかりとサポートしますね」
「ええ、そうね。それなら……安心してもらえるわよね?」
「は、はい。もちろんですよ」
僕は慌てて返事をすると、アリシアが嬉しそうに笑いかけてくる。
「それなら……私達が頑張らないとね!」
「そうだな」
僕はアリシアに笑いかけると、クレアさんの方を見る。
「それなら……クレアさんの事は、俺に任せてください」
「ええ、頼んだわよ。それと……他の冒険者達にも、伝えておいてくれないかしら?」
「わかりました。それじゃあ……失礼しました」
僕は立ち上がると、部屋の外に出ようとする。しかし、その前にクレアさんが呼び止めてくる。
「あっ……ちょっと待ってちょうだい。一つだけ聞き忘れていた事があるんだけど……いいかしら?」
「えっ? 何ですか?」
「そういえば……まだ、報酬の話をして無かったと思ったのよ」
「ああ……そうでしたね。それで……俺は何を貰えるのでしょうか?」
「そうね……ユウトさんは、どんな物が欲しいの?」
「えっ……?」
僕は戸惑っていると、アリシアが僕の代わりに答える。
「ユウトは、お金が欲しくないみたいなんですよ」
「へぇ……そうなの?」
「はい。だから、別に何でもいいんですよ」
「ふぅん……それなら……これなんてどう?」
クレアさんはそう言うと、僕に向かって一枚の紙を差し出してきた。僕は受け取ると、内容を確認する。そこには『この契約書にサインをしたら、契約完了よ』と書かれている。僕は首を傾げると、クレアさんが説明してくれる。
「それはね……ユウトさんに渡したのは、特別に用意した契約書なのよ」
「特別な……?」
「ええ。ユウトさんが、もしも約束を破ったり……裏切ったりした時に発動するようにしてあるの」
「なっ……!?」僕は驚きのあまり言葉を失うと、アリシアが僕の事を心配そうに見つめてきた。
「ねぇ……大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ。うん……きっと……」
(まさか……本当に、そういう効果が付与されているんじゃないだろうな?)
僕は不安を覚えながらも、契約書の内容を確認していく。そして、最後の項目を見て驚愕してしまう! 【ユウトが、もしもこの契約を破ろうとした場合、その代償として、身体の一部が失われる】
「なっ……!?」
僕は驚きの声を上げると、アリシアが話しかけてくる。
「ねぇ……やっぱり、やめた方がいいと思うよ?」
「そ、そうかな?」
「だって……もし、そんな事になったら……」
アリシアが不安げに話すと、クレアさんが話しかける。
「あら? どうしたのかしら?」
「い、いえ……」
僕は何とか平静を取り戻すと、クレアさんを見つめる。
「それで……どうして、こんな物を渡したんですか?」
「それはね……念のためよ。もしかすると、あなたが途中で怖気づくかもしれないじゃない?」
「そ、そうですね……」
僕は冷や汗を流していると、クレアさんは優しい笑顔を浮かべる。
「それに……ユウトさんは、そんな人には見えないもの」
「えっ……?」
「私はね、あなたの瞳を見た瞬間に分かったわ。ああ……この人は、とても誠実な心の持ち主なんだなってね」
「……」
僕は何も言えずにいると、アリシアが話しかける。
「ユウト……?」
「えっと……そろそろ行くか」
僕はそう言いながら、アリシアの手を握る。そして、そのまま歩き出す。部屋を出る直前、クレアさんが声を掛けてきた。
「頑張ってね」
「はい。ありがとうございました」僕は振り返らずにお辞儀をすると、アリシアと一緒にその場を後にする。
◆
「うーん……。どうしようか?」
僕はアリシアに相談すると、彼女は少し考えた後で答えてくれた。
「とりあえず……依頼を受けようか」
「依頼か……」
僕は悩むと、アリシアは真剣に考えてくれる。
「それなら……薬草採取とかどうだろう?」
「なるほど……確かに悪くないかもな」僕はそう言うと、受付に向かう。そして、受付嬢に依頼書を見せると、質問をする。
「すみません。こちらの依頼を受けたいのですが、どうすれば良いのですか?」
「はい。かしこまりました。それでは、ギルドカードをお渡しください」
「わかりました」
僕はそう言うと、自分のカードを手渡す。すると、受付嬢は驚いた表情をする。
「えっと……ユウト様はEランクの冒険者なんですか?」
「ええ。そうですけど……」
「そうだったんですね……。失礼いたしました」
「気にしないで下さい」
僕はそう言って笑うと、受付嬢は頬を赤く染めた。それから、彼女は気を取り直すと、僕達を案内してくれた。僕達は建物を出て街の外に行くと、目的の場所へと向かって歩いていく。すると、アリシアが質問してくる。
「それで……どんな依頼を受けたの?」
「薬草の採集らしいぞ」
「そうなんだ。それなら、簡単そうだね」
「まぁ、そうだな……」
僕は苦笑すると、周囲を見渡す。すると、遠くに森が見える事に気づいた。
「あの森の中に行けばいいみたいだな」
「そうなんだ……」
「それじゃあ……行こうか」
僕はそう言うと、森に向かって進んでいく。しばらく歩いていると、僕はある事を思い出して立ち止まる。そして、背後を振り返ると、アリシアに声をかける。
「そういえばさ……アリシアは回復魔法が使えるんだよな?」
「えっ……うん……そうだよ?」アリシアは不思議そうにしていると、僕は説明する。「それなら……この傷を治して欲しいんだけど……」
僕はそう言いながら、右腕を指差すと、アリシアは顔を青ざめさせる。
「えっ……?」
「いや……実はさ……ゴブリンと戦った時に、剣が当たっちゃって……怪我をしたんだ」
「ええええええっ……!?」アリシアは目を大きく見開くと、僕の腕に視線を向ける。「ど、どこなの……?」
「ここなんだけど……」
僕はそう言いながら、右手を軽く振ると、アリシアは悲鳴を上げた。
「キャッ……!?」
「あ、悪い。驚かせちゃったな」
「い、いいの。それよりも……見せて」
「ああ……」
僕はアリシアの言葉に従うと、彼女は僕の手を取る。それから、しばらく眺めると、彼女は辛そうに呟く。
「これは……骨が折れてるね……」
「やっぱりそうなのか……」僕はそう言いながら、アリシアを見つめる。
「それなら……アリシアが、俺の腕の代わりになってくれるか?」
「えっ?」アリシアは驚いていると、僕は説明を続ける。
「いや……だから、俺はこの手で戦う事は出来ないからさ……アリシアが代わりに戦ってくれたらなと思ってね」
「わ、私が……?」
「ダメかな?」
「そ、そんな事ないよ!」アリシアは慌てた様子で言うと、僕を見つめてくる。
「私に出来る事なら、何でも協力するよ!」
「ありがとう。それじゃあ……頼むよ」
「うん!」アリシアは嬉しそうに返事をすると、僕と手を繋いだまま、森の奥へ向かって進んでいった。
僕とアリシアは森の中を進んでいると、モンスターに遭遇する。僕は目の前の敵を見ると、思わず声を上げてしまう。
「なっ……!?」
「あれって……オーク?」アリシアが困惑したように話しかけてくる。
「あ、ああ……」
僕はそう答えると、武器を構える。しかし、その瞬間――アリシアが僕の前に立つと、両手を広げる。
「待って! 私に任せて」
「えっ……?」
僕は戸惑っていると、アリシアは詠唱を始める。そして、次の瞬間には彼女の手に杖が現れる。そして、その先端を僕達の方に向ける。
「ユウトさんは、そこで待っていて」
「わ、わかった……」
僕は慌てて後ろに下がると、アリシアは微笑む。
「それなら……行くよ」
アリシアはそう言うと、呪文を唱える。その瞬間、炎の渦が僕達に襲いかかってきた!
「グォオオオオッ!!」
僕は雄叫びを上げると、オークに向かって駆け出す。そして、すれ違いざまに一撃を加えると、そのまま走り抜けていく。
(よし……上手く行ったな)僕はそう思いながらも、さらに奥地へ足を踏み入れて行く。そして、再びオークを見つけると、先程と同じように攻撃を仕掛ける。だが、今回はそれだけでは終わらなかった。
「グルルルル……」
「なっ……!?」
僕は驚愕すると、いつの間にか囲まれていたのだ。しかも、周囲には十数匹のオークが居た。
(嘘だろ……?)
僕は内心で焦りながらも、冷静に状況を確認する。
(まずいな……。これだと、逃げる事も難しいな……)
僕は周囲を警戒していると、アリシアの声が聞こえてきた。
「ユウトさん! 大丈夫!?」「ああ……何とかな」
僕はそう言いながら、アリシアの方を見る。彼女は心配そうにこちらを見ていた。
(やっぱり……心配かけちまったな……)
僕はそう思うと、覚悟を決める。
(やるしかないな……!)
僕はそう判断すると、アリシアに話しかける。
「アリシア! こっちに来い! 早く!」
「えっ……? う、うん……」
アリシアは戸惑いながらも、こちらに走って来る。そして、合流した直後、僕は彼女に話しかける。
「アリシア……ちょっとだけ我慢してくれよ」
「何をする気なの……?」
「まぁ……見てれば分かるよ」
僕はそう言うと、自分の左腕に噛みつく。そして、そのまま肉を引きちぎる。
「ぐっ……!」
僕は激痛に耐えていると、アリシアが涙を浮かべる。
「ゆ、ユウトさん……何してるの……?」
「な、何も……していないさ」
僕はそう言うと、痛みを堪える。そして、口の中に溜まっていた血を吐き出す。すると、不思議な事に腕が再生していた。僕はアリシアの手を握ると、彼女に伝える。
「これで……大丈夫だろ?」
「えっ……?」彼女は驚いた表情をしていると、周囲のオークが動き出す。
「ガルルッ……」
僕達を囲むようにして近づいてくると、そのうち一匹が僕に飛びかかってきた。僕は左手で殴りつけると、オークは地面に倒れ込む。すると、他のオーク達が一斉に襲い掛かってくる。
「ガァアアッ!!」
「くそっ……」僕は悪態をつくと、アリシアの手を引いて走る。すると、今度は後ろから複数のオークが迫って来た。
「おいおい……マジか……」
僕はそう言いながら、必死に走っていると、前方に大きな岩を発見する。そして、その陰に隠れると、一息ついた。
「ふぅ……ここまで逃げればいいだろう……」
「う、うん……」
アリシアはそう言うと、僕の方に視線を向ける。そして、すぐに顔を青ざめさせると、僕の手を握って来た。
「えっ……?」
「ごめんなさい……」
アリシアはそう言うと、涙を流し始める。僕はどうして彼女が泣いているのか分からず、混乱してしまう。
「えっと……どうしたんだ?」
「だって……ユウトさんの手が……」
「あっ……」
僕はそう言いながら、自分の手を見ると、そこには大量の血液が付着していた。どうやら、自分で自分の傷口を握りしめてしまったらしい。
「あー……これは……」僕は困った表情でアリシアを見つめるが、彼女は泣き止まない。すると、僕の背後から足音が聞こえてくる。
「チィッ……」
僕は舌打ちをすると、アリシアを抱きしめた。その直後、僕の背中に衝撃が走った。どうやら、何者かが飛び蹴りをしてきたらしい。僕はアリシアを守る為に、彼女を庇いながら倒れる。
「キャッ……」
アリシアの悲鳴を聞きながらも、僕は地面を転がっていく。そして、なんとか立ち上がると、襲撃者の姿を確認した。すると、そこに立っていたのは――ゴブリンだった。
「なっ……!?」
僕は驚きながら、周囲を見渡す。すると、ゴブリンだけではなく、コボルトも存在していた。そして、他にも数体のモンスターが僕とアリシアを取り囲んでいた。
「なんだよ……これ……」
僕はそう呟くと、剣を構えようとする。しかし、その前にゴブリンが襲いかかってきた。
「クソッ……!」
僕はゴブリンの攻撃を避けると、反撃する。しかし、その攻撃は避けられてしまう。ゴブリンはニヤリと笑うと、僕に向かって剣を振り下ろしてくる。僕は慌てて避けると、そのまま後退していく。
(このままじゃ……マズイな……)
僕はそう思いながら、周囲に視線を向ける。すると、少し離れた場所にアリシアの姿があった。彼女は恐怖のあまり動けない様子だ。
(こうなったら……アリシアだけでも逃さないとな……)
僕はそう考えると、アリシアに声をかける。
「アリシア! 今から、俺があいつらの注意を引くから、その間に逃げてくれ!」
「えっ……?」アリシアが困惑したように呟くと、僕は彼女に視線を向ける。
「いいか……俺が合図したら、全速力で逃げるんだぞ」
「わ、分かったけど……」
「それならいい。それと……絶対に振り返るなよ」
僕はそう言い残すと、走り出した。そして、目の前にいたモンスターを斬り伏せると、アリシアから離れていく。
「ユウトさん……?」
アリシアは不安そうにしていると、目の前にモンスターが現れる。
「キャッ……」
アリシアは悲鳴を上げると、その場に座り込んでしまう。そして、そのモンスターはアリシアに襲いかかろうとする。しかし、次の瞬間――そのモンスターはバラバラに切り刻まれてしまう。
「な、なに……?」
アリシアは呆然としながら、顔を上げると、目の前にユウトが立っていることに気づく。彼は無言のまま、周囲のモンスターを殲滅すると、こちらに歩いてくる。そして、アリシアの前に立つと、声をかけてくる。
「怪我はないかい?」
「う、うん……」アリシアは戸惑っていると、彼の右手に視線を向ける。すると、そこには大量の血痕が存在していた。
「ゆ、ユウトさん……だよね?」
「ああ……そうだよ」
「でも……右腕が……」アリシアは困惑したように話すと、ユウトは微笑む。
「大丈夫だよ」
「で、でも……その腕……」
「ああ……これか……」ユウトは自分の腕に目を落とすと、アリシアの頭を撫でる。
「大丈夫だから……心配しないでくれ」
「わ、わかったよ……」
アリシアは戸惑っていると、彼が微笑みかけてくる。そして――突然、視界が変わった。
「えっ……?」アリシアは困惑していると、いつの間にか森の外に移動していたのだ。そして、先ほどまで一緒に居た筈のユウトが居なくなっていた。
「ど、どういう事……? それに……ここは何処なの……?」
アリシアは周囲を見渡していると、遠くの方から女性の叫び声が聞こえてきた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「えっ……?」アリシアは驚いていると、森の中から誰かが現れた。それは――レイナさんだった。
「お姉ちゃん!!」アリシアは思わず叫ぶと、彼女の元に向かって走り出す。そして、彼女の手を掴もうとするが、その直前ですり抜けてしまう。
「えっ……?」アリシアが不思議に思っていると、再び景色が変わる。そこは見覚えのある場所だった。
(この部屋って……)アリシアがそう思った直後、部屋の扉が開かれる。そして、そこから現れたのは――ユウトさんだった。
「ゆ、ユウトさん!!」アリシアがそう叫んだ直後、ユウトさんがこちらに振り向く。だが、その姿が変わっていく。
「なっ……!?」アリシアが驚く中、ユウトさんの姿が変化していく。その光景を見て、私は理解した。
(これ……夢なんだ……)
そう認識した直後、再び風景が切り替わる。すると、今度は真っ暗な空間が広がっていた。
(なに……これ……?)アリシアがそう考えていると、不意に後ろから気配を感じた。そして、ゆっくりと振り返る。すると、そこには一人の女性が立っていた。
「えっ……!?」アリシアは驚愕すると、女性は微笑んでくる。その女性に見覚えはなかった。しかし、その笑みを見た瞬間、なぜか懐かしさを感じる。
(あれ……? どこかで見たような……?)アリシアがそう思うと、女性が話しかけてくる。
「久しぶりね……」
「えっ……?」アリシアは戸惑いながら、彼女を見つめる。そして、ふと思い出した。彼女は自分の記憶の中に存在する人物だと……。
「あなたは……誰?」アリシアがそう問いかけると、女性は優しく微笑んできた。
「そう……まだ思い出せないのね……」
「えっ……?」
「まぁ……無理もないわ……」
彼女はそう言うと、こちらに手を伸ばしてくる。そして、私の頬に触れると、何かを呟いた。
「あなたの魂は……とても綺麗よ……」
「えっ……?」アリシアが疑問の声を上げた直後、意識が薄れていった。
「はぁ……はぁ……」
僕は荒い呼吸を繰り返していると、アリシアが僕に抱きついてくる。
「ユウトさん!!」
「あ、アリシア……」
僕は彼女に名前を呼ばれると、安心感を覚える。それと同時に激しい頭痛に襲われる。
「ぐっ……!」
「あっ……! ごめんなさい……」
アリシアはすぐに僕から離れると、申し訳なさそうな表情をする。僕は深呼吸を繰り返すと、アリシアに質問する。
「な、なんだったんだ……今のは……」
「分からない……私にも……」
「そうか……」
僕はそう言うと、周囲を警戒する。どうやら、モンスターは全滅させたようだ。僕はホッと息をつくと、地面に倒れ込む。そして、そのまま眠りについた。
翌日――僕達は朝食を食べると、町に向けて出発した。道中は特に問題もなく、無事に到着することができた。
「ようやく着いた……」
僕はそう言いながら、町の入口に近づくと、門番らしき人物が駆け寄ってくる。
「君達……こんな所で何をしてるんだ?」
「えっと……旅をしているんですけど……」
僕はそう答えると、兵士は驚いたように話してくる。
「旅人なのか……珍しいな……」
「えっと……よく言われるんですよ……」
「確かにな……」
兵士が苦笑いを浮かべると、僕に尋ねてくる。
「ところで……この町には何の用事で来たんだ?」
「えっと……実は……」僕は少し迷ったが、正直に話す事にした。
「僕は冒険者なんですが……依頼を受けて、ここに来ました」
「へぇ……依頼ねぇ……」
「はい……」
「なるほどな……」
兵士は顎髭を触りながら考えると、口を開く。
「ちょっと待ってくれるか……今、確認を取ってくるから……」
「分かりました」
僕が返事をすると、兵士は走って行ってしまう。そして、しばらく待っていると、兵士は戻ってきた。
「すまないな……待たせて……」
「いえ……」
「とりあえず、身分証を見せてくれるか?」
「はい……」
僕はそう言いながら、鞄の中からギルドカードを取り出す。それを確認した後、兵士は僕の顔を確認する。
「んー……お前は確か……ユウトだったな?」
「はい……そうですが……?」
「ああ……そうか……それならいいんだが……」
兵士はそう言いながら、僕の顔を見る。どうやら、なにかを疑っているらしい。僕は少し困った表情をすると、アリシアが代わりに答えてくれた。
「あの……もしかしたら……ユウトさんが以前にこの町に居た事があるからじゃないですか?」
「えっ?」僕は驚きながら、アリシアの方を見ると、彼女は微笑む。
「だって……ユウトさんって結構有名だし……」
「そ、そうなのか?」
「うん……」
僕は少し照れ臭くなりながらも、アリシアに尋ねる。
「ちなみに……どのくらい有名なのかな?」
「えっと……勇者様とか言われてるよ」
「えっ!?」まさかの言葉を聞いてしまい、僕は動揺してしまう。そして、そんな僕の反応を見て、兵士達はニヤリと笑うと話しかけてくる。
「やっぱりな……」「間違いないぜ!」「噂通りだ!」「流石だ!」
兵士達は嬉しそうにしていると、一人の兵士が声を上げる。
「よし! 今すぐ町長に連絡してくれ!」
「了解しました!」他の兵士が敬礼すると、走り去って行く。その後ろ姿を見ながら、僕は困惑していた。
(な、なんだ……? 一体……どういう事なんだ……?)
僕が戸惑っていると、一人の女性が近づいてきた。そして、その女性は僕に話しかけてくる。
「あなたがユウトさんですね?」
「えっ……? はい……そうですけど……」
「良かった……お会いできて嬉しいですよ」
女性は微笑みかけると、こちらに手を差し出してきた。
「初めまして……私はこの村の村長を務めているミリアと言います。これからよろしくお願いしますね」
「えっ……?」僕は戸惑っていると、アリシアが慌てて頭を下げる。
「すいません!! ユウトさんは記憶を失っているので……」
「あら……そうなの?」
「は、はい……」
「そう……それは残念ね……」
「すみません……」
アリシアは申し訳なさそうに謝ると、村長は微笑む。
「気にしないでください。それより……ユウトさんは記憶喪失なのね?」
「はい……」
「そう……でも、大丈夫よ。すぐに治るわよ」
「えっ……?」アリシアが不思議そうに首を傾げると、村長は僕を見つめる。
「だって……ユウトさんは特別な人だから……」
「特別……?」
「ええ……そうよ」
村長はそう言うと、優しい笑みを浮かべた。そして、アリシアの方を見つめる。
「それにしても……アリシアちゃんは本当に大きくなったわね……」
「えっ……?」アリシアは不思議そうにしているが、村長は懐かしそうに目を細める。
「昔はあんなに小さかったのにね……」
「えっ……? ど、どういう事ですか……?」
アリシアが困惑していると、村長は優しく微笑みながら答える。
「この村での出来事は覚えていないのよね?」
「は、はい……」
「そう……じゃあ、教えてあげるわね……」
「えっ……?」アリシアは不安そうな表情をするが、村長は優しく微笑んでいる。そして、ゆっくりと語り始めた。
「この村は昔からあるんだけど……ある時を境に、モンスターの被害が増えてきたのよ」「えっ……?」アリシアは驚いていると、村長は話を続ける。
「最初は小さな被害だったけど……徐々に大きくなっていって……今では町の近くまで現れるようになったのよ……」
「そ、それは本当なんですか……?」
「ええ……本当よ」
「そんな事が……」アリシアはショックを受けていると、村長はアリシアの手を握る。
「だけど……私達は負けなかった。この町を守り続けた」
「えっ……?」アリシアが疑問の声を上げていると、村長は微笑みながら言葉を続けた。
「私達は決して諦めず、戦い抜いた。そして、遂に……この町に平和が訪れたの」
「あっ……」アリシアは気付いたらしく、目を見開くと、僕は二人の間に割って入る。
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「どうしたのかしら?」
「その話を詳しく聞かせてくれませんか?」僕が真剣な顔で頼むと、二人は微笑みながら説明してくれた。
「そうね……私達の出会いが知りたいのね?」
「えっ……?」僕は戸惑いながらアリシアの方を向くと、彼女は微笑んでいた。そして、アリシアは優しく手を握ってくる。
「いいよ……」
「えっ……?」
「ユウトさんの好きなようにしていいよ……」
「で、でも……」
「ユウトさんの記憶を取り戻す為なら……なんでもするよ……」
「アリシア……」
僕はアリシアの気持ちに感謝しながら、村長に視線を向ける。
「それで……二人の出会った時の話なんですけど……」
「ええ……分かったわ」
村長は微笑むと、僕達に昔話を話してくれた。その内容はとても信じられるようなものではなかったが、何故か真実だと確信できた。僕はアリシアと手を握りながら、彼女の話を聞き続ける。
それからしばらく時間が経ち、話は終盤に差し掛かっていた。そして、僕はふと疑問に思った事を尋ねる。
「そういえば……どうしてアリシアはこの村に居るんですか?」
「あっ……それは……」
「それは……私の娘なんですよ」
「娘……?」僕が疑問の声を上げると、村長は微笑んでうなずく。
「ええ……私には子供が居なくて……ずっと寂しかったのです。そこで……ある日、アリシアを拾ったのです。それ以来、私達は家族のように過ごしてきました。そして、この町を守る為に戦ってきたんです」
「そうだったんですか……」
僕はそう言いながら、アリシアを見る。すると、アリシアは顔を赤くしてうつ向いていた。
「あの……アリシア?」
「えっと……ごめんなさい……」
「いや……別にいいんだよ……」
僕はそう言いながら、村長に質問する。
「あの……村長さん……」
「何かしら?」
「アリシアがこの町を守ってきたって言ってましたけど……アリシアが戦ったんですか?」
「ええ……そうよ」
「そ、そうだったんですか……」
僕はアリシアの方を見ると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、僕の方を見る。
「あの……どうかしたの?」
「いや……何でもないよ……」
僕はそう言うと、アリシアから目を逸らす。すると、アリシアはクスッと笑う。
「もしかして……私が戦う所を見たかった?」
「そ、そんな事は……」
「もぅ……素直じゃないんだから……」
アリシアはそう言いながら、僕の腕を抱きしめる。僕は照れ臭くなりながらも、彼女と一緒に村長の話を聞く。そして、話が終わる頃には夕方になっていた。
「ありがとうございます……」
「いえいえ……こちらこそ……」
僕がお礼を言うと、村長は笑顔で答えてくれる。そして、村長は僕に話しかけてくる。
「ユウトさん……今日は泊まっていきませんか?」
「えっ……?」僕は少し困った表情をすると、アリシアが僕の代わりに答えてくれる。
「あの……よろしいんですか?」
「ええ……もちろんですよ」
「そうですか……」アリシアが安心したように息をつくと、村長が微笑む。
「それでは……ユウトさんの部屋を用意しますね」
「はい……お願いします」
僕はそう答えると、アリシアと共に家に向かう。その時、僕は村長に尋ねた。
「あの……村長さん」
「はい……何でしょうか?」
「町長さんに連絡を取らなくても大丈夫なんですか?」
「ああ……それなら問題ありませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ……」
村長はそう言うと、僕の肩に手を置く。
「町長はもう……亡くなっていますから……」
「えっ……?」
「それに……この村の人間は全員……町長の敵ですから……」
「な、なんで……」
僕は驚きながらも、何とか言葉を絞り出す。すると、村長は悲しげな笑みを浮かべる。
「この村で町長に逆らえる者は誰も居ないんですよ……」
「そ、そうなんですね……」
僕はそう言うと、村長に案内された部屋に入る。そして、ベッドに腰掛けると、アリシアが隣に座ってきた。
「ユウトさん……」
「な、なにかな?」
「ユウトさんは記憶を取り戻したいの?」
「うん……」
「そっか……」
アリシアは嬉しそうに微笑むと、僕に抱きついてくる。
「じゃあ……早く記憶を取り戻してね……」
「アリシア……」
僕はアリシアの頭を撫でると、彼女は幸せそうに微笑んでいた。僕はしばらくアリシアの髪を触り続けていたが、やがて、お互いに見つめ合う。そして、僕はアリシアの唇に自分の唇を重ねる。
「んっ……」アリシアは甘い声を出すと、ゆっくりと瞳を閉じる。そして、お互いの舌が絡み合い、唾液が混ざり合っていく。
(あぁ……凄い気持ち良いな……)
僕はそう思いながら、アリシアとのキスを続ける。しばらくして、アリシアはゆっくりと離れていく。
「えへっ……ユウトさん……」
アリシアはそう言うと、服を脱ぎ始める。そして、上着を脱ぐと、胸元が露わになる。僕は思わず、唾を飲み込むと、アリシアは僕を見つめる。
「ねぇ……私の身体を見て……」
「えっ……?」
「ユウトさんの好きなようにしていいんだよ……」
「そ、そんな事……」
僕は戸惑っていると、アリシアは優しく微笑む。
「ユウトさん……こっちに来て……」
「う、うん……」
僕は言われるがままにアリシアに近づいていくと、アリシアは優しく僕を抱き締めた。僕はアリシアの温もりを感じながら、彼女に身を委ねた。
翌朝――僕が目を覚ますと、既にアリシアの姿はなかった。僕は起き上がると、昨日の出来事を思い出す。そして、ため息をついた。
「はぁ……なんか疲れた……」
僕はそう呟くと、着替えを始める。そして、部屋の外に出た時だった。玄関のドアが叩かれる音が聞こえてきたのだ。僕は不思議に思っていると、村長さんの声が聞こえる。
「すみませーん!! 誰か居ませんか?」
「あっ……はい!!」僕は慌てて返事をする。そして、急いで玄関に向かい、扉を開けると、そこには村長とアリシアが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう……」
村長とアリシアは挨拶をしてくると、僕は戸惑いながら二人に頭を下げる。
「お、おはようございます……」
「どうしたの? 元気がないみたいだけど……」
「そ、そんな事は……」
「そう……?」アリシアは首を傾げると、村長がアリシアの耳元に口を寄せて、小声で話す。
「アリシア……あんまり無理をしちゃダメだよ」
「は、はい……」
「それじゃあ……私は仕事があるから行くね」
「は、はい……」
村長はそう言いながら、家から出ていった。僕は村長が出ていった後、アリシアに視線を向ける。すると、彼女は顔を真っ赤にしてうつ向いている。僕は心配になり、声を掛けようとしたのだが、それよりも先にアリシアが話し出した。
「えっと……ユウトさん……」
「ど、どうかしたの?」
「えっと……私達って恋人同士だよね?」
「えっ……?」僕は戸惑いながら、アリシアの顔を見る。すると、彼女は顔を赤くしたまま言葉を続けた。
「私ね……ユウトさんの恋人になりたいの……」
「えっ……?」
「だから……私と付き合って下さい!!」
アリシアはそう言うと、僕に向かって手を差し伸べてくる。僕はしばらくアリシアの手を見ていたが、やがて、その手を取る。
「えっと……よろしくお願いします……」
「ユウトさん……ありがとう……」
アリシアはそう言うと、僕の胸に顔を埋めてくる。僕は彼女の頭を撫でながら、しばらくアリシアと過ごしていた。
それから数日が経ち、僕達はギルドの依頼をこなしていた。そして、今日も依頼を受けようとボードを確認していると、アリシアが話しかけてきた。
「あの……ユウトさん」
「な、なに?」
「私も一緒に行っていい?」
「えっ……?」
僕は困惑しながらアリシアを見ると、アリシアは真剣な表情で僕を見つめ返してきた。
「私もユウトさんと一緒に戦いたいの……」
「いや……でも……」
「お願い……私も連れていって……」
「うっ……」僕はアリシアに泣きつかれてしまう。すると、受付嬢がアリシアに話しかけてきた。
「アリシアちゃん……それは流石に……」
「お願いします……」
「で、でも……」
「お願いします……」アリシアはそう言うと、涙目で訴えかけてくる。僕は困ったように受付嬢の方を見ると、彼女は苦笑いを浮かべる。
「はぁ……分かりましたよ」
「ありがとうございます……」
アリシアは嬉しそうに笑うと、僕の方を見る。
「やったね……」
「そ、そうだね……」
僕はそう言うと、アリシアと共に依頼書を確認する。そして、討伐系の仕事を選ぶと、アリシアは少し不満そうな表情をした。
「えっ……そっちなの?」
「えっ……?」
「もっとこう……採取系の方がいいんじゃない?」
「えっ……?」
僕はアリシアの言葉の意味が分からず、首を傾げていると、アリシアは頬を膨らませる。
「もぅ……せっかく一緒なんだから、もう少し冒険っぽい仕事をしようよ……」
「そ、そうなんだ……」
「もぅ……ユウトさんはいつもそうなんだから……」
アリシアはそう言いながらも、どこか楽しげに微笑んでいた。僕は何とも言えない気分でいると、アリシアは笑顔のまま話しかけてくる。
「ユウトさん……これからもずっと……二人で頑張ろうね……」
「う、うん……」
僕はそう言いながらも、アリシアの笑顔を見ている内に、自然と笑顔になっていた。
(本当にこの子には敵わないな……)
僕はそう思いながらも、アリシアと共に依頼をこなす為に、ギルドを出ていったのであった。
それから数日間の間、僕とアリシアは依頼を次々とこなしていき、ランクがDまで上がっていた。そして、ある日の事だった。僕はレイナさんの家で夕食を食べ終えると、アリシアが話を切り出す。
「あの……ユウトさん」
「な、なにかな?」
「えっと……明日は何か用事がある?」
「い、いや……特に無いけど……」
「じゃあ……デートしない?」
「えっ……?」
僕はアリシアの提案に戸惑っていると、アリシアは恥ずかしそうに微笑む。
「えへへっ……実はユウトさんと街に行ってみたいなと思って……」
「そ、そうなの?」
「ええ……ユウトさんさえ良ければなんだけど……」
「まあ……別に構わないけど……」
「本当!?」アリシアはそう言うと、嬉しそうに微笑む。
「じゃあ……決まりね!」
「う、うん……」
僕は戸惑いながらも、アリシアの勢いに押されるようにして返事をすると、アリシアは満足そうに微笑む。そして、次の日――僕とアリシアは一緒に街の中を歩いていた。
「ユウトさん……どこに行くの?」
「い、いや……適当にぶらついてるだけだけど……」
「そっか……」
アリシアはそう言うと、嬉しそうに微笑みながら、僕に寄り添ってくる。僕は戸惑いながら歩いていると、ある事に気づく。
(あれ……? なんか見られてる?)
僕はそう思いながら、周りに視線を向けると、道行く人達がこちらを見ているような気がする。
(なんだろう……この感じ……)
僕は不思議に思いながら、アリシアと手を繋いで歩く。そして、しばらく歩き続けていると、アリシアが服屋の前で立ち止まる。
「ユウトさん……ちょっとここで待ってて……」
「えっ……?」
「すぐに戻ってくるから……」
アリシアはそう言うと、店の中に入っていく。僕はどうしたら良いのか分からずに、その場で待っていると、店員が僕に声をかけてきた。
「お客様……よろしかったら、試着をしてみてはいかがですか?」
「えっ……?」
「そちらのお洋服を是非一度着て頂きたいのです……」
「あっ……はい……」
僕はそう答えると、服を受け取り、試着室に向かう。そして、服を着替えた後で鏡の前に立つ。しかし、そこには僕の姿ではなく――何故か勇者であるタケルの姿が映っていたのだ!
(どうして……こんな姿になってるんだろ……)
僕はそう思った瞬間、頭に声が流れ込んでくる。
『職業が【聖騎士】に変わった影響により、装備しているアイテムが一時的に変化しています』
(どういう事……? それにステータスも変化しているみたいだし……んっ……これは!!)
僕は自分の名前に視線を向けると、そこには『ユウト・タカナシ』と表示されていたのだ。僕はその事実に驚きながら、ステータスを確認していく。すると、やはりというべきか……全ての能力値が変わっており、レベルが1に戻っていたのだ。
(まさか……これが女神様の言っていた……他の人になるっていう事なのか……? だとすると……僕がここに居るのはマズイんじゃないか……? でも……どうやって戻れば……?)
僕はそう思うと、とりあえずアリシアを待つことにしたのであった。
それから数分後――アリシアが戻ってきた。僕は彼女の姿を見て、思わず息を呑んでしまう。何故なら……彼女は白を基調としたワンピースを着ていて、とても可愛らしい姿をしていたからだ。
「ユウトさん……どうしたの?」
「い、いや……なんでもないよ……」
「そう……?」
アリシアはそう言いながら、首を傾げる。僕は気まずくなりながら視線を逸らすと、彼女は僕の手を引いてきた。
「ユウトさん……行こう?」
「う、うん……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアと一緒に店を出ていった。そして、そのまま街中を歩いていると、アリシアが話しかけてきた。
「ねぇ……ユウトさん……」
「ど、どうかしたの?」
「あのね……今日はありがとう……」
「えっ……?」
「私ね……ユウトさんとこうして二人っきりでお出かけできて嬉しいの……」
「そ、そうなんだ……」
「ええ……だからね……今日はずっとこのままで居させて……」
アリシアはそう言うと、僕の腕に抱きついてくる。僕はその感触にドキドキしながらも、アリシアと一緒に過ごしていった。そして、夜になると、アリシアは僕の家に帰っていったのであった。
翌日――僕はアリシアと二人で街に買い物に来ていた。
「えっと……今日は何を買うの?」
「えっと……ユウトさんへのプレゼントを買いに来たんだよ……」
「そ、そうなの?」
「ええ……だから、今日は付き合ってくれる?」
「わ、分かったよ……」
僕はそう言うと、アリシアと手を繋ぎながら、店の中に入っていく。そして、店内を見て回っていると、アリシアがある商品を手に取る。
「これなんていいかも……」
「それって……ネックレス?」
「うん……綺麗でしょ?」
「そうだね……」
確かに彼女の手に持っている物は、宝石が埋め込まれた美しいネックレスだった。
「あのさ……アリシアはこういうのが好きだったりするの?」
「うーん……そういう訳じゃないんだけどね……」
アリシアはそう言いながらも、少し照れくさそうに微笑む。
「ユウトさんにはいつも色々と貰ってばかりだから……何か形に残る物を贈りたかったの……」
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
アリシアはそう言うと、僕に笑顔を見せてくる。そんな彼女を見ると、僕は胸の奥から温かい気持ちが溢れてくるのを感じた。
(本当にこの子は可愛いな……)
僕はそう思いながら、アリシアを見つめていると、彼女は頬を赤く染める。
「そ、それより……早く買っちゃおうよ……」
「そ、そうだね……」
僕はそう言うと、アリシアと共にネックレスを購入する。そして、二人で店を出ると、アリシアが笑顔を見せる。
「ユウトさん……はい、あげる……」
「えっ……?」
「ふふっ……似合うかな?」
「そ、そうだね……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは嬉しそうに微笑む。
「えへへっ……じゃあ……着けてくれる?」
「えっ……?」
「ほら……ユウトさん……お願い……」
アリシアはそう言いながら、僕に近づいてきて、首を差し出すようにしてくる。僕は戸惑いながらも、アリシアの首にネックレスを着けると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「えへへっ……ありがと……」
「う、うん……」
僕はそう言いながらも、アリシアを見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。
(本当にこの子には敵わないな……)
僕はそう思いながら、アリシアと共に歩いていくのであった。
それから数日後――僕はアリシアと共に依頼をこなしていた。そして、依頼を終えた帰り道――僕は街にある噴水広場のベンチに座っていた。
(はぁ……疲れたな……)
僕はそう思いながら、アリシアが戻ってくるまで、ぼんやりと空を見上げていると、ある事に気づく。
(あれ……? なんか……見られてる?)
僕はそう思いながら、周りに視線を向けると、こちらを見ている人達が視界に入る。
(なんだろう……なんか凄く見られてる気がするけど……)
僕はそう思いながら、戸惑っていると、こちらに向かって歩いて来るアリシアの姿を見つける。「ごめんなさい……待たせちゃったかな?」
「いや……大丈夫だよ」
「そっか……」
アリシアは微笑むと、隣に腰掛けて、こちらに視線を向けてくる。
「ユウトさん……なんか元気無いね?」
「いや……ちょっと考え事をしててね……」
「もしかして……私の事?」
「ううん……違うよ」「そ、そう……」
アリシアはそう言いながらも、どこか嬉しそうに微笑む。
「じゃあ……何を考えてたの?」
「いや……大したことじゃないんだけど……」
僕はそう言いながらも、先ほど感じた視線の事を話す。すると、アリシアは困ったような表情を浮かべる。
「そっか……それはちょっと厄介だよね……」
「やっぱりそう思う?」
「うん……だって……ユウトさんが私以外の女の人の事を考えるなんて嫌だし……」
アリシアは拗ねるような口調で言うと、こちらを見つめる。僕はその言葉を聞いて、思わず苦笑いする。(アリシアってば……何を言い出してるんだか……)
僕はそう思いながら、アリシアの頭を撫でてやる。すると、アリシアは恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いでこちらを見てきた。
「もう……子供扱いしないで……」
「い、いや……そういうつもりはなかったんだけど……」
「えっ……?」
「ただ……アリシアが可愛かったから……」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って……!!」
「えっ……?」
僕は突然慌て始めたアリシアを不思議そうに見つめる。そして、彼女は顔を真っ赤にして、僕から距離を取る。
「そ、そういう事は……他の女の子にも言ってるんでしょ……」
「えっ……? どういう事……?」
「も、もしかして……無意識に言ったの……?」
「う、うん……」
「も、もしかして……今までもこんな風に……?」
「ま、まあ……そうなるかも……」
僕はそう答えながら、アリシアの様子を見てみると、何故か彼女は頭を抱えていた。
(ど、どうしたんだろう……? もしかして……怒らせてしまったのか……? でも……どうして……)
僕はアリシアの態度に困惑していると、彼女が顔を上げる。その瞳からは涙が零れ落ちており、僕は驚いてしまう。
「えっと……どうしたの……? 僕が何か気に障る事をしたなら謝るから……」
「ち、違うの……!! ユウトさんは何も悪くないの……」
「で、でも……泣いているじゃないか……」
「これは……その……嬉しいのと……悔しくて……ぐすん……私だけドキドキさせられっぱなしなのに……他の人には言わずに……ずるい……」
「えっと……よく分からないけど……とりあえずハンカチを使う?」
「あっ……ありがとう……」
アリシアはそう言いながら受け取ると、僕の前で泣き続ける。僕はそんな彼女の背中を優しくさすりながら、どうしたら良いのか考えていた。
しばらくして――ようやく落ち着いたアリシアは僕の手を握ってくる。
「ユウトさん……今日は一緒に寝たい……」
「えっ……?」
「ダメ……?」
「ううん……全然構わないよ……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは嬉しそうに笑う。そして、彼女は僕の手を引くと、家に帰っていったのであった。
それから数日――僕はアリシアと一緒に依頼を受けたり、買い物に行ったりしていた。そんなある日――僕はギルドの受付嬢であるクレアさんに話しかけられる。
「タケル様……実はお願いしたい事があるのですが……」
「お願いですか……?」
「はい……最近、この街で行方不明者が続出しているんです……」
「えっ……そうなんですか……?」「ええ……。それで、その件について調べて欲しいと頼まれまして……」
「分かりました。それくらいで良ければ……」
僕はそう言うと、報酬の話をされる。そして、話がまとまった後、調査を開始する。
「えっと……行方不明になっているのは、若い女性ばかりらしいね……」
「ええ……そうなの。だから、ユウトさんは絶対に離れないようにね……」
「わ、分かったよ……」
僕はそう言うと、アリシアと共に街を歩いていく。しばらく歩いていると、路地裏の方から声が聞こえてきた。
「おい……お前ら……金を持ってこい……」
「ひっ……!!」
「わ、分かったよ……」
僕は慌てて物陰に隠れると、男達が女性を脅している場面に遭遇する。僕はすぐに飛び出して、アリシアを守るように立ち塞がった。
「なんだ……テメェは?」
「ぼ、僕は冒険者です。あなた達は何をしてるんですか?」
「ああん……? 見て分からねぇのかよ……カツアゲだよ……」
「そ、そうなんだ……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアが僕の腕を掴む。
「逃げよう……」
「う、うん……」
僕はそう言うと、アリシアの手を引いて走り出す。そして、後ろから男たちの声が聞こえる。
「クソッ! 待ちやがれ……!!」
「こっちに来るよ……!」
「分かってる……!」僕はそう言うと、必死に逃げるが、やはり男性と女性の身体能力の差は歴然だった。僕はアリシアと共に捕まってしまう。
「離して……!! この人達が何かしたっていう証拠があるの!?」
アリシアはそう言うと、僕を掴んでいる男の手を睨みつける。すると、男はニヤリと笑った。
「ああ……あるぜ。コイツらが俺達の金を盗もうとしたんだよ……」
「そんな……嘘でしょ……?」
「いいや……本当だ。ほらっ……これが証拠だ……」
男がそう言いながら取り出した物は、僕がアリシアに渡そうとしたネックレスであった。それを目にした瞬間、アリシアは悲しそうに俯く。
「そんな……ユウトさんが私の為に買ってくれた大切なネックレスが……」
「へへっ……そうだろう? つまり……コイツらは泥棒なわけだ。そんな奴らを逃がすと思うか?」
「うぅっ……」アリシアは悔しそうに唇を噛み締める。そして、僕はというと――自分の無力さに歯痒い思いを感じていた。
(くそっ……!! 何も出来ない自分が情けない……)
僕はそう思いながら、どうにかして逃げ出す方法を考えるが――当然のように思いつかない。そして、その時――突然、爆発音が鳴り響く。
『キャー!!』
「な、何だ!?」「おいっ!! どうなってやがる!?」
「何が起こったんだ……!?」「わ、わかりません……」
突然の出来事に周囲の人々は混乱し始める。すると、先ほどまで僕達を捕まえていた男性が地面に倒れ込む。そして、男性の胸には短剣が突き刺さっていたのだ。
「えっ……?」アリシアは戸惑った表情を浮かべる。僕は何が起きたのか理解出来ずに呆然としてしまう。すると、一人の女性が近づいてきた。
「貴方達……大丈夫?」
「えっ……? はい……」
「そう……良かった……」
女性はそう言うと、僕達に背を向けて歩き始める。僕は慌てて呼び止める。
「あの……待ってください!!」
「んっ……? まだ用事があったの?」
「いえ……そういう訳じゃないんですけど……」
「ふ~ん……?」
女性はそう言いながら、こちらに視線を向ける。その瞳を見て、僕は思わず見惚れてしまう。何故なら――彼女の紅い髪はとても美しく、まるで炎のようだと思ったからだ。
「まあ……良いけど……。それで……私に何か用事?」
「あっ……はい。助けてくれてありがとうございます……」
「別に気にしないで。私が好きでやった事だし……」
「そ、そうですか……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアが僕の服を引っ張ってくる。
「ユウトさん……その人って……まさか……」
「うん……多分そうだね……」
僕はそう呟きながら、改めて彼女を見つめる。すると、彼女は首を傾げながら問いかけてきた。
「それで……私に何か用事でもあるの?」
「あっ……いや……その……僕の名前はタケルと言います。それで……もし良ければ名前を教えてもらえないでしょうか?」
「んっ? 私の名前? 私は……サラ・シルフォード……」
「サラさんですね……」
「ええ……」彼女はそう言うと、僕から視線を逸らす。そして、少し考えるような仕草をすると、再び僕を見つめてきた。
「ねえ……タケル君……」
「はい……」
「私の事……抱いてみる気はない?」
「えっ……?」
「ちょ、ちょっと待って下さい……!!」アリシアは慌てた様子で言うと、僕の前に立つ。
「いきなり何を言ってるんですか……!!」
「えっ……? だって……タケル君は私を助けてくれたし……そういう事をするのも悪くないかと思って……」
「そういう事ってなんですか!! タケルさんに変なこと言わないで下さい……!!」
アリシアは頬を膨らませながら、彼女を睨む。しかし、彼女の方は不思議そうな顔をしていた。
「えっと……? もしかして……ヤキモチ焼いているの?」
「ち、違います!! ユウトさんが困っているから止めてるだけです!!」
「ふふっ……。でも、顔が真っ赤になってるよ?」
「えっ……!?」
アリシアは驚いた顔で自身の顔に触れる。その行動を見た僕は、思わず笑ってしまう。すると、アリシアは恥ずかしそうに僕から離れて行った。
「もう……!! ユウトさんの馬鹿……」
「ごめん……アリシアの気持ちを考えずに笑って……」
「べ、別に怒ってなんかいないもん……」
アリシアは不機嫌そうに言うと、僕の手を握る。僕は微笑みながら、アリシアの手を強く握り返した。
その後――僕達はサラと名乗る女性と別れると、家に帰る事にした。そして、帰宅した後――僕はアリシアに謝り続ける。
「本当にごめん……」
「もう……そんなに何度も謝らないでよ……」
「ううん……やっぱり悪いのは僕だからさ……」
「ううん……私が勝手に怒っただけだし……」
アリシアはそう言いながら、僕の頭を撫でてくる。僕は戸惑いながらも受け入れると――彼女は嬉しそうな笑顔を見せる。「ううん……ユウトさんは優しいね……」
「そ、そうかな……?」
「うん……そうなの……。だから……これからはもっと優しくしてね……」
「わ、分かったよ……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは嬉しそうに笑う。そして、そのままベッドで横になると、眠りにつくのであった。
翌日――僕は目を覚ますと、身支度を整えた後、アリシアの部屋に向かう。そして、部屋の扉を開けると、彼女は既に起きており、窓の外を眺めていた。
「おはよう……アリシア……」
「ユウトさん……おはよ……」アリシアはそう言うと、僕の元に駆け寄ってくる。そして、僕を抱き締めてきた。
「ど、どうしたの……?」
「なんだかね……こうしてると落ち着くんだ……」
「そっか……」僕はそう言いながら、アリシアを抱きしめ返す。すると、アリシアは幸せそうに笑みを浮かべる。そんな彼女につられて僕も笑みを浮かべると、アリシアは上目遣いに僕を見つめてきた。
「ユウトさん……キスしても良い?」
「えっ……? まあ……良いけど……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアはゆっくりと唇を重ねてくる。僕は驚きながら受け入れていると、アリシアは満足そうな表情を浮かべる。
「うん……なんだか元気になったよ……」
「そ、それは良かった……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは僕の腕を掴む。そして、強引に引っ張ってきた。
「ほらっ……早く行こう……」
「う、うん……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアと一緒に部屋を出る。それから、朝食を食べ終えると、冒険者ギルドに向かった。
「今日は何をするの……?」
「とりあえず……依頼を受けようと思うんだ」
「そうなんだ……」アリシアはそう言うと、掲示板の方に向かっていく。僕もそれについて行くと、依頼書を確認する。そして、僕達が受けたのは、ゴブリンの討伐であった。
「よし……それじゃあ出発しよう……」
「うん……」僕とアリシアはそう言うと、街の外に向けて歩き出す。しばらく歩いていると、アリシアが話しかけてきた。
「そういえば……ユウトさんってどうして冒険者になろうと思ったの?」
「えっ……? ああ……実はさ……僕には妹がいるんだけど、その子が病気にかかっててさ……」
「そうだったんだ……」
「ああ……だから、お金が必要でさ……」
「そうだったの……」
アリシアはそう言いながら、悲しそうに俯く。僕は慌ててアリシアに尋ねる。
「だ、大丈夫だよ……! まだ治せる可能性はあるし……」
「本当……?」アリシアは不安そうに尋ねてくる。僕は力強くうなずくと、アリシアの手をしっかりと握った。
「本当さ……!」
「そっか……なら良かった……。でも……私のせいで迷惑をかけてるんじゃないの?」
「全然大丈夫だよ……。それに……アリシアがいなかったら、僕は今頃死んでいたかもしれないからね……」
「ふふっ……。そうかも……」
アリシアはそう言いながら、嬉しそうに笑う。僕は照れ臭くなり、視線を逸らすと、遠くにモンスターの姿を見つける。
「あっ……アリシア……!!」
「えっ……?」アリシアは僕の声に反応して振り返る。すると、アリシアは目の前に現れたモンスターを見て、驚愕の表情を浮かべた。
「嘘……あれって……オーガ……?」
「そうみたいだね……」僕はそう言うと、剣を構える。すると、アリシアは心配そうに僕を見つめてきた。
「大丈夫……?」
「大丈夫……任せておいて……」
僕はそう言うと、オーガに向かって走り出した。そして、一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす。すると、オーガの腕を切り落とす事に成功した。
(やった!!)
僕はそのまま剣を構えて、もう片方の手に持っている棍棒を斬り裂こうとする。しかし――その時、突然背後からアリシアの叫び声が聞こえてきた。
「危ない!! ユウトさん!!」その言葉を聞いた瞬間――僕は慌ててその場から離れる。その直後、僕のいた場所に巨大な火の玉が飛んできた。僕は冷や汗を流しながら、その攻撃が飛んできた方角を見る。そこには――緑色の肌をした大きな人型の魔物がいた。
「こいつ……まさか……!!」僕はそう呟きながら、その人型生物を見つめる。すると、その人型は僕達の存在に気づいたのか、こちらに視線を向けた。その人型の頭からは二本の角が生えていて、手には斧を持っている。
「まさか……こいつが……鬼族……?」僕は戸惑いながら呟く。すると、その人型は僕達の方に歩いてくる。僕は警戒しながら、その人型を見つめていると、その人型はアリシアに視線を向ける。
「ひっ……!?」アリシアはその視線を見て怯えた様子で後ずさりする。そして、そのまま僕の後ろまで移動してきた。僕はそんなアリシアを庇いながら、その人型を見つめ続ける。
「おい……お前……何者だ……?」
「えっ……?」
「質問に答えろ……」
「ぼ、僕はタケルと言います……」
「タケル……? それが名前か?」
「はい……」
「そうか……」
その人型はそれだけ言うと、僕を見つめる。僕は戸惑っていると、再び口を開いた。
「俺はシンジという……」
「シ、シンジ……さんですか……?」
「そうだ……」
「えっと……それで……あなたは一体……?」
「俺か……? まあ……ただの旅人だ……」
「そ、そうなんですか……」
僕は戸惑いながら答える。しかし、すぐに違和感を覚えた。何故なら、先程から全くと言っていいほど敵意を感じないからだ。
「あの……」
「なんだ……?」
「もしかすると……あなたは……」
「……」
「いえ……なんでもありません……」
僕はその言葉を途中で止める。すると、アリシアが不思議そうな顔で僕に話しかけてきた。
「ねえ……ユウトさん……?」
「えっ……?」
「その人は……知り合いなの?」
「ううん……知らない人だけど……」
「そうなんだ……」
僕達は小声で話していると、シンジと名乗った男が近づいて来る。そして、僕の前に立つと、僕の顔を見てきた。
「お前は……本当に強いんだろうな……?」
「へっ……?」予想外の言葉に僕は困惑する。すると、アリシアが僕の代わりに返事した。
「当たり前じゃない!! この子は私の命の恩人なんだから!! これ以上失礼な態度をとるようなら許さないわよ……!!」
「そうなのか……?」
「えっ……? まあ……そういう感じです……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは嬉しそうな表情で僕の腕を掴む。
「ほらっ……ユウトさんは凄いんだからね……!!」
「そ、そうなのね……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは満足そうな表情を浮かべていた。
「それより……貴方はどうしてここにいるの……?」
「んっ……? ああ……ちょっと用があってな……」
「そう……なら、早く帰った方がいいんじゃないの……?」
「そうかもしれねぇな……」
アリシアの言葉にシンジはそう答えると、踵を返して歩き出す。そして、そのまま森の中へと消えていった。
「もう……なんなのよ……」アリシアは不満そうに言うと、僕に抱きついてくる。僕は戸惑いながらもアリシアの頭を撫でていると、彼女は気持ち良さそうにしていた。
その後、僕とアリシアはゴブリンの討伐を終えて街に戻る。そして、家に帰ると、サラに報告した。
「ゴブリンの討伐ありがとうございます。これが報酬になります」
「はい……」
僕はそう言いながら、お金を受け取る。そして、そのままアリシアと共に帰ろうとすると――何故か、サラが話しかけてきた。
「あ、あの……少しお時間よろしいでしょうか……?」
「えっ……? は、はい……良いですよ……」僕は戸惑いながら言うと、アリシアは心配そうな表情で見つめてくる。僕はアリシアに笑顔を見せると、アリシアは納得した表情を浮かべた。それから、僕はサラに連れられて、家の中に入る。そして、リビングに向かうと、椅子に座って、サラの話を聞く事にした。
「実はですね……最近、この街の近くに盗賊団がいるみたいなんですよ……」
「そ、そうなんですか……」
僕は戸惑いながら答えると、アリシアは驚いた表情を浮かべる。それから、アリシアが口を開く前にサラが説明を続けた。
「はい……。しかも、その盗賊団の首領はオーガのような姿をしていて、かなりの強さらしいのです……」
「オーガって……もしかして……さっきの……?」
「ええ……。おそらくは……その可能性が高いと思います……」
「そうだったんだ……」アリシアはそう言うと、真剣な表情を浮かべる。すると、サラはアリシアの方に視線を向けた。
「そこで……アリシアさんにはしばらく外出を控えて欲しいと思いまして……」
「うん……。分かった……」アリシアはそう言うと、僕の方を見つめてきた。僕はそんなアリシアの視線に気づくと、慌てて目を逸らす。
「えっ……? ど、どうして……?」アリシアは不安そうに尋ねてきた。
「だって……アリシアは女の子だし……」
「私は気にしないけど……」
「それでもダメだよ……」
僕はそう言いながら、アリシアに微笑みかける。すると、アリシアは頬を膨らませながら、そっぽを向いた。
「むぅ……」
「あはは……」僕は苦笑いしながらアリシアの頭を優しく撫でる。アリシアは僕の手を掴んで、自分の頭に押し付けてきた。
「ユウトさんは……私が嫌いなの……?」
「そ、そんなことないよ!!」僕は焦りながら答えると、アリシアが嬉しそうな笑みを向けてきた。
「ふふふ……。なら良かった……。じゃあ……明日からもよろしくお願いしますね!!」
「う、うん!!」僕は戸惑いながら答えると、二人は家を出る。そして、いつものようにギルドに向かって依頼を探した。しかし――その日は特に何も起きなかった。僕とアリシアはそのまま帰宅して眠りにつく。
次の日の朝――僕とアリシアが二人でギルドに行くと――そこには見知らぬ女性が立っていた。その女性は金髪の長い髪に青い瞳をしている。その女性を見た瞬間――アリシアが声を上げた。
「セリス姉様……?」
「あら……アリシアじゃない……」その言葉を聞いた途端――僕は驚きのあまり目を見開く。すると、アリシアはその女性の方に駆け寄った。
「どうしたの……?」
「いえ……久しぶりにアリシアに会いたくなって……」
「そうなんだ……」アリシアはそう言うと、僕に視線を向ける。その瞬間――僕の方にも近づいてきた。
「久しぶりだな……」
「は、はい……」僕は戸惑っていると、アリシアが口を開いた。
「ユウトさんは私の命の恩人なんだよ……」
「そうなのか……?」その言葉を聞いた瞬間――その女性は僕の方を見つめる。僕は戸惑っていると、その女性は突然僕に頭を下げて謝ってきた。
「すまない!! アリシアを助けてくれて感謝する!!」
「えっと……その……はい……」僕は戸惑いながら答えると、その女性は頭を上げる。すると、僕の顔をじっと見つめ始めた。僕は戸惑いながらその視線に耐えていると、突然アリシアがその女性の腕を掴んだ。
「こっちに来て……」
「あっ……ちょ、ちょっと待ってくれ!!」その女性は慌てた様子で言うと、アリシアは不思議そうな顔で首を傾げる。「なに……?」
「いや……その……なんだ……えっと……とりあえず……お前達の家に行こう……」
「どうして……?」
「それは……その……だな……」その女性は困った様子でアリシアを見つめると、アリシアは僕を見つめてきた。
「ユウトさん……いいよね……?」
「えっ……? ま、まあいいんじゃないかな……」僕はそう言うと、アリシアは満面の笑みを浮かべる。
「やったぁ!!」
「えっと……それでは案内してくれないか?」
「いいよ!!」アリシアはそう言うと、嬉しそうにしている。その光景を見ていると、僕達三人は家に向かった。
僕達が家に帰ってくると、アリシアはすぐにお茶を用意し始める。そして、全員分のお茶を用意すると、僕達は席に着いた。
「それで……ユウトさんとはどういう関係なんですか……?」アリシアは笑顔で尋ねると、その女性は戸惑っている。
「そ、そうだな……一言で言えば……弟子のようなものかな……」
「そうなんですか……?」アリシアは不思議そうな表情で尋ねた。
「ああ……」その女性はそう言うと、アリシアに視線を戻す。
「それで……アリシアはどうしてここに来たんだ……?」「ユウトさんと一緒に依頼を受けようと思って……」
「そうか……」その女性はそれだけ言うと、僕の方に顔を向けた。
「なあ……お前の名前はなんていうんだ……?」
「えっ……? タケルと言います……」
「そうか……。俺はアリシアの姉で、セリスという者だ……」
「お、お姉さん!?」僕は驚いていると、セリスは小さくため息をつく。
「まあ……驚くのも無理はないよな……」
「い、いえ……そういうわけでは……」僕はそう言いながら、セリスの方を見る。すると、アリシアが不満そうな表情で僕の腕を引っ張っていた。
「私だけ仲間外れみたいで嫌……」
「ごめんなさい……」僕はそう言いながら、アリシアの頭を撫でる。アリシアは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ふふっ……」セリスがその様子を見て微笑んでいると、アリシアが口を開く。
「ねえ……ユウトさん……」
「なに……?」
「今日も一緒に寝てくれる……?」
「う、うん……」僕は戸惑いながら答えると、アリシアは嬉しそうな表情を浮かべる。そして、そのまま僕の腕に抱きついてきた。
「ありがとう……」アリシアはそう言って微笑むと、僕は恥ずかしそうに目を逸らす。
(なんか……変な感じがするな……)僕は戸惑いながらそう思っていると、セリスが話し始める。
「ところで……アリシアはどうしてここに来たんだ……?」
「だから……ユウトさんと依頼を……」
「そうではなくて……どうしてここに来る事になったのか? という事を聞きたいんだが……」
「えっと……それは……」アリシアは困ったような表情で僕の方を見つめてくる。僕は慌ててアリシアの頭を撫でた。
「別に大丈夫だよ……」僕はそう言いながら、アリシアの頭を撫で続ける。すると、アリシアは気持ち良さそうな表情で目を細めながら僕を見つめてきた。
「んっ……気持ち良い……」
「そっか……」僕はそう言いながら、アリシアの頭を撫で続けていると、セリスが呆れた表情で話しかけてくる。
「お前らは本当に仲が良いんだな……」
「そ、そうですね……」僕は戸惑いながら答えた。すると、アリシアが不満そうな表情を浮かべる。
「私はユウトさん以外の人と仲良くするつもりは無いから……」
「そ、そうなんですか……」僕は戸惑いながら答えると、アリシアは僕の方に体を寄せてきた。そして、嬉しそうな表情で僕の手を握ってくる。僕はそんなアリシアを見て、微笑ましく思いながら頭を撫で続けた。
それからしばらくして、僕は二人に別れを告げると、ギルドに向かう事にした。しかし、その時――誰かが後ろをつけてきている事に気付く。僕は足を止めると、背後を振り返ってみた。しかし――そこには誰もいない。僕は首を傾げながら歩き出すと、またもや誰かの気配を感じた。
僕は立ち止まると、周囲を見渡してみる。しかし、やはり人の姿は見当たらない。僕は戸惑いながら再びギルドに向かって歩いていくと、先程と同じように後をつけてきていた。僕は困惑しながら歩いていると、今度ははっきりと視線を感じる。僕はゆっくりと振り返ってみると、そこにはフードを被った人が立っていた。その人は僕を見つめている。
「あの……何か用ですか……?」僕は恐る恐る尋ねてみると、その人物は首を横に振った。
「いえ……特にありません……」その言葉を聞いた途端――僕は警戒心を解いて、再び歩き出した。すると、その人物は再び僕の後についてくる。僕は少し不思議に思ったが、気にしないことにした。
僕はいつものようにギルドに到着すると、いつもの受付嬢のところまで行く。そして、アリシアが選んだ仕事の依頼書を手渡した。「この依頼をお願いします……」
「はい……。承りました……」
「それと……いつものようにアリシアと二人で受けることになると思います……」
「かしこまりました……。では、手続きをさせていただきますね……」
「お願いします……」僕はそう言うと、その女性の様子を観察する。その女性は依頼書をカウンターの上に置くと、魔法陣を展開し始めた。しかし――なぜか途中で止まってしまう。僕は不思議に思って見つめていると、その女性は苦笑いをしながら僕を見つめ返してきた。
「申し訳ございません……」
「どうかしたんですか……?」
「実は……アリシアさんに頼んでいた依頼の期限が切れているんです……」
「あっ……そうなんですね……」僕はそう言うと、アリシアが受けた依頼の内容を思い出す。確か――魔物の討伐だったはずだ。しかし、僕とアリシアが受ける前に他の冒険者が依頼を受けてしまったのだろう。僕はそう判断すると、別の仕事を探そうと掲示板の方に視線を向ける。すると――アリシアの叫び声が聞こえてきた。
「ユウトさん!! どうしよう!!」
「ど、どうしたの……?」僕はそう言いながらアリシアの方に視線を向けると、その女性が口を開いた。
「えっと……その……アリシアさんが受けられた依頼はもう達成されているのですが……」
「えっ……?」僕は戸惑っていると、アリシアが僕の方を見つめている。
「どうしよう……」
「どうしましょう……」アリシアと僕は同時に呟くと、僕はアリシアに質問する。「えっと……どんな依頼内容なの……?」
「えっと……魔物の調査だって……」
「調査?」
「うん……。なんでも……最近森の奥で奇妙な現象が起こってるらしくて……」
「そうなんだ……」僕はそう言うと、その女性に視線を向けた。
「それじゃあ……仕方ないよね……」
「でも……せっかくユウトさんと一緒に依頼を受けられると思ったのに……」アリシアは悲しそうな表情で俯いている。
「うーん……そう言われてもな……」僕が困ったようにしていると、その女性は僕を見つめてくる。
「それなら……代わりに私達と一緒に依頼を受けてくれないかしら……?」
「えっ……?」僕が驚いていると、その女性は微笑みかけてきた。
「私はセリス……。アリシアの姉です……」
「えっ……?」僕は驚いていると、アリシアは嬉しそうな表情を浮かべる。
「やったぁ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」僕は慌てて二人の会話を遮ると、セリスを見つめる。
「どうして僕達がセリスさんのパーティーと……?」
「えっと……アリシアが貴方の事を気に入ったみたいなの……」
「えっ……?」僕はアリシアの方を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「ユウトさん……一緒に頑張ろう!!」
「い、いや……そういう問題じゃないと思うんだけど……」僕は戸惑っていると、セリスは僕に近寄ってくる。そして、顔を近づけると、耳元で囁いてきた。
「アリシアはずっと一人で頑張っていたから……ユウト君に懐いたみたい……」
「そ、そうなんですか……」僕は戸惑いながら答えると、アリシアは嬉しそうな表情で僕の腕に抱きついてきた。
「ユウトさん……大好き……」
「えっ……?」僕は戸惑いながらアリシアの顔を見る。アリシアは嬉しそうな表情で僕の顔を見上げてきた。
「えへへっ……」
「そ、そうなんだ……」僕は戸惑いながら答えると、セリスは微笑んでいる。
「ふふふっ……」
「えっと……それで……セリスさん達はこれから依頼を受けに行くんですか……?」
「ええ……そうよ……」セリスはそう答えると、僕はアリシアの方に顔を向ける。
「アリシアはそれでいいの……?」
「私は大丈夫だよ……。ユウトさんが一緒だし……」アリシアはそう言って微笑むと、僕の腕を強く抱きしめる。
「わ、分かったよ……」僕はそう言いながら、アリシアの頭を撫でた。すると、セリスは微笑んでいる。
「ふふっ……本当に仲が良いのね……」
「そ、そうですね……」僕はそう言いながら苦笑いを浮かべた。すると、セリスが真剣な表情で話しかけてくる。
「ところで……ユウト君は私達の実力を知ってるのかしら……?」
「いえ……知らないですけど……」
「そう……」
「なにかあるんですか……?」
「ううん……そういうわけじゃないんだけど……」
「は、はぁ……」僕は不思議に思いながら答えると、セリスが話を続ける。
「もしよかったら……私達に依頼を手伝ってくれないかしら……?」
「手伝いですか……?」
「そう……。もちろん報酬は払うから……」
「えっと……どうしてそこまでしてくれるんですか……?」
「それは……ユウト君の事を信じてるから……」
「僕の事……?」
「ええ……」セリスがそう言った瞬間――ギルドの扉が開かれる。そこには一人の男性が立っていた。男性はギルドの中に入ると、僕の姿を確認する。すると、僕の元に近づいてきた。
「おい……そこのお前……」
「えっ……?」僕は突然の事に驚きながら、その男性を見つめる。
「もしかして……俺の知り合いだったりするのか……?」
「いえ……知りませんが……」
「そうなのか……」
「あの……なにかご用でしょうか……?」
「ああ……実はな……」
「お待たせしました!」その声が聞こえると、ギルドの受付嬢が戻ってきた。
「あら? どうかされましたか?」
「いえ……なんでもありません……」「そうですか……。それではこちらが今回の依頼になります……」
「ありがとうございます……」僕はそう言うと、受付嬢から書類を受け取る。
「それでは……よろしくお願いしますね……」
「はい……」僕はそう言うと、アリシアを連れてギルドから出ていく。そして、そのまま街の外に出ようとした時――誰かが話しかけてきた。
「おっ! やっと見つけたぜ……」
「んっ……?」僕は振り返ってみると、そこには見覚えのある人物がいた。
「あっ……さっきの人だ……」僕はそう言うと、その人物は笑顔で手を上げている。
「おう! また会ったな!」
「えっと……どうかしたんですか……?」
「いや……実はさ……」その人物はそう言うと、僕に何かを差し出してくる。
「これを受け取ってくれねぇかなと思ってな……」その人物はそう言うと、僕に何かを渡してきた。
「これはなんですか……?」僕は不思議に思って尋ねると、その人物は答えてくれる。
「それは……俺の店の商品券なんだが……まぁ、とりあえず受け取っとけ」
「えっと……どういうことですか……?」僕は不思議に思って尋ねた。すると、その人物が説明し始める。
「いや……最近、店の売上があまりよくなくてな……」
「はぁ……そうなんですか……」
「それで……この前、お前が買ってくれた剣を売った金も使い果たしちまって……」
「なるほど……」僕はそう言うと、先程受け取った紙に視線を落とす。その紙には『このお金を使って下さい』と書かれている。僕はその文字を見て、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「えっと……この金額だとどのくらいになるんでしょうかね……」
「そうだな……。金貨十枚分ぐらいだと思うぞ……」
「えっと……そうなんですか……」僕はそう言うと、少しだけ困った表情で考え込む。
(うーん……どうしようか……)僕はそう思いながら、アリシアの方を見つめた。しかし、アリシアはその人物に興味がないのか、どこか別の場所を見つめている。僕はため息をつくと、その人に話しかける。
「すみません……やっぱりこのお金は返しておきますね……」
「んっ……? どうしてだ?」
「えっ……?」
「別に返してくれなくても構わないんだが……」
「で、でも……僕が使ってもいいんですか……?」
「当たり前だろうが……。むしろ、使ってくれねえと困るんだよ。ほら、遠慮せずに受け取れって……」その人はそう言いながら、僕の手に無理やり商品券を握らせてきた。僕は困惑しながら、その人の顔を見つめる。
「あ、あの……どうして僕にこんなことを……?」
「どうしてって言われてもな……。俺はただお前に助けてもらいたいだけだ……」
「えっ……?」僕は驚いていると、その人が真剣な表情で語り始める。
「最近、この街に盗賊団が現れたらしいんだ……」
「えっと……それが僕とどんな関係が……?」
「その盗賊団の頭領の名前が『カガリ』っていう名前らしくてな……。そいつのせいで、街は大変なことになっちまったんだ……」
「大変なこと……?」
「ああ……今じゃあ、街中で犯罪が横行していてな……。俺の店で盗みを働いた奴もいたんだ……」
「そ、そうなんですか……」僕はそう言うと、その人から渡された紙を見つめている。
「なぁ……頼むよ……。こいつを受け取ってくれ……」その人はそう言いながら、僕に頭を下げてくる。
「えっ……?」僕は驚いていると、その人物は言葉を続けた。
「正直……今の状況は最悪でな……。このままじゃあ、俺達は全員捕まっちまう……。だから……なんとかしてもらえないか……?」
「えっと……そんな事を言われても……」僕は戸惑っていると、アリシアが口を開く。
「ユウトさんなら大丈夫だよ!!」
「えっ……?」僕はアリシアの顔を見ると、彼女は微笑んでいる。
「ユウトさんなら絶対に大丈夫だよ!!」アリシアはそう言いながら、僕の腕を強く抱きしめる。
「アリシア……」僕はそう呟くと、アリシアは僕の方を見つめてきた。
「ユウトさんなら大丈夫だよ!! だって……ユウトさんは私の勇者様だから!!」アリシアは嬉しそうに微笑みながら、僕に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」僕はそう言いながら、アリシアを引き離そうとする。しかし、アリシアは離れようとしない。
「えへへっ……」アリシアは嬉しそうに笑みを浮かべると、僕から離れない。僕は困り果てながら、助けを求めるようにセリスの方を見る。すると、セリスは僕達の様子に微笑んでいた。
「ふふっ……アリシアがここまで懐いているなんて……」セリスは嬉しそうにしていると、僕に向かって話しかけてくる。
「ユウト君……。ここは素直に引き下がってくれないかしら……」
「えっ……?」僕は驚いたようにセリスの顔を見る。
「アリシアの言う通り……ユウト君ならきっと上手くやってくれるわ……。私達はここで見守っているから……頑張ってきてね……」セリスはそう言うと、僕の背中を押してくる。僕は戸惑いながら、その人物の方に顔を向ける。すると、その人物は不安げな表情でこちらを見つめていた。
「ユウトさん……」アリシアも心配しているのか、僕の腕を強く抱きしめる。
「わ、分かったよ……」
僕は覚悟を決めると、その人物から商品券を受け取った。
「ありがとうございます……」僕はそう言いながら、その人物に頭を下げる。すると、その人物は笑顔で答えてくれた。
「ああ……頑張れよ……」
「はい……」僕はそう答えると、その人物に背を向ける。そして、その場から立ち去ろうとした時――後ろから声をかけられた。
「なぁ……本当に大丈夫なのか……?」その声を聞いた瞬間――僕は足を止める。そして、ゆっくりと振り返った。
「えっ……?」僕は驚きながら、目の前の人物に視線を向けた。そこには先程の人物が立っている。
「本当にあいつらに勝てるのか……?」
「そ、それは……」僕は言葉を詰まらせると、その人物は僕の顔をじっと見つめている。僕はその人物の目を見ながら、心の中で思う。
(どうしてこの人は……僕を試すような事ばかり言うんだろう……?)僕は不思議に思いながらも、その人物に話しかけた。
「えっと……どうして僕が負けると思っているんですか……?」
「それは……」その人物は少しだけ俯いた後、再び僕の瞳を見つめてきた。
「お前が俺の知る『ユウト』じゃないからだ……」
「えっ……?」僕は驚きの声を上げると、その人物は話を続ける。
「お前は俺の知っている『ユウト』とはまるで別人のように感じる……。だから……お前が負けた時の事を考えると……怖くて仕方がないんだ……」
「……」僕は黙ったまま、その人の言葉に耳を傾ける。
「それに……お前は『あの日』から変わった気がする……」
「あの日から……?」僕は首を傾げると、その人物が懐かしむかのように語り始めた。
「ああ……。お前はあの時――『自分の命を懸けてでも、仲間を守り抜く』と言っていた……」
「……」僕は無言のまま、その人物の話に聞き入る。
「だけど……今は違う……。今のお前からは、あの時のような決意を感じられない……」
「……ッ!?」僕はその人物の鋭い指摘に動揺してしまう。
(どうしてこの人には……僕が変わった事が分かるんだ……)僕はその人物の洞察力の高さに驚いてしまう。そして――その人物は真剣な表情で尋ねてきた。
「教えてくれ……。お前は一体……何者なんだ……?」その人物の質問に、僕は思わず考え込んでしまった。
(僕は……いったい誰なんだろう……)
僕はその人物の問いかけに対して、すぐに答えられなかった。
(僕は……誰なんだ……)僕は心の中だけで呟くと、その人を見つめる。すると、その人物は少しだけ悲しげな表情で僕を見つめてきた。
「なぁ……頼む……。本当の事を言って欲しいんだ……」その人の真剣な表情を見て、僕は少し考える。
(本当の事を言えば……信じてくれるかもしれない……。でも……もしかしたら、この人も僕を恐れるようになるんじゃないだろうか……? いや……そもそも、この人は僕を信じてくれるんだろうか……? もし……僕が『この世界の人間ではない』と言ったら……この人はどう反応してくれるんだろうか……? この人は僕を受け入れてくれるんだろうか……? それとも……恐れてしまうんだろうか……? この人に拒絶されたら……僕は……僕は……僕はこの世界で生きていく自信がない……)僕は様々な思考を巡らせていると、その人物が僕に話し掛けてきた。
「なあ……俺はどうすればいいんだ……?」その人は泣きそうな表情で僕を見つめてくる。
(どうしたら……? どうすれば……か……)僕は少しだけ考え込むと、その人に話しかけた。
「えっと……とりあえず、僕についてきてもらえますか?」
「えっ……?」その人は驚いているのか、呆然とした表情で僕を見つめる。僕はそんな様子のその人に話しかける。
「えっと……少しだけ待っていて下さいね……」僕はそう言うと、アリシアに話しかける。「アリシア……ちょっとだけ待っててもらえるかな?」
「うん! 私は全然平気だよ!」アリシアは元気よく返事をしてくれた。僕はアリシアに感謝しながら、その人の手を掴む。
「えっ……?」その人は戸惑っているようだったが、僕は気にせずに歩き始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……」その人は慌てたように僕に呼びかけてくる。しかし、僕は歩みを止めなかった。
それから数分程歩いた所で、僕はようやく立ち止まる。
「な、なぁ……どこまで行くつもりなんだよ……」その人の問いに、僕は微笑みながら答える。
「もうすぐですよ……」
「も、もうすぐって……どこに行くんだよ……」
「えっと……着いてからのお楽しみです!!」僕はそう言いながら、その人を引っ張り続ける。そして、目的地に到着すると、僕は手を離して振り返った。
「さあ……着きましたよ……」
「えっ……?」その人は辺りを見渡した後、僕に聞いてくる。
「な、なぁ……ここって……」
「ええ……。僕の家ですよ……」僕はそう言うと、その人が住んでいるであろう建物を見上げる。
「えっ……?」その人は驚いた表情で、僕を見つめてきた。
「な、なあ……お前はこんな所に一人で住んでるのか……?」
「はい……。まあ……そんな感じですね……」僕はそう言うと、その人から貰った商品券を手に取る。
「まぁ……とにかく入ってください……」僕はそう言いながら扉を開けると、その人物を招き入れる。
「お邪魔します……」その人物はそう言いながら家の中に入ってくると、玄関で靴を脱いで家に上がる。僕はその人物の後に付いていくと、二階へと上がっていき、ある部屋の前まで移動する。
「えっと……この部屋に入ってくれませんか?」僕はそう言いながら、その人物に部屋の中に入るように促す。すると、その人物は恐る恐るといった感じで部屋に入ってきた。
「えっ……こ、ここは……」その人物は僕の部屋に入ると、周囲を見渡す。そして、何かに気付いたように目を見開くと、僕に視線を向けた。
「な、なぁ……もしかして……お前は……」
「はい……」僕はそう答えると、その人物に微笑みかける。
「僕の名は『ユウト』と言います……。貴方が知っている『ユウト』ではありませんが……どうかよろしくお願いします……」僕はそう告げると、深々と頭を下げた。
「ゆ、ユウト……」その人物は僕の名を呼ぶと、しばらく沈黙する。そして――僕の名を呼んできた。
「な、なぁ……ユウト……。お前は……本当に『ユウト』なのか……?」その人物は震えた声で尋ねてくる。僕はその人物に視線を向けると、静かに答えた。
「ええ……。僕は間違いなく『ユウト』ですよ……」
「そ、そうか……。やっぱり……そうだったのか……」その人物は嬉しそうに笑みを浮かべると、僕に抱きついてきた。
「うわっ!?」僕は驚きながら、その人物を抱き止める。
「よかった……本当に良かったよ……」その人物は嬉しそうに涙を流しながら、僕の胸に顔を埋めている。僕は戸惑いながら、その人物の頭を撫でる。すると、その人物はゆっくりと顔を上げた。
「ありがとう……。ユウト……。俺の願いを聞いてくれて……」その人物はそう言うと、再び僕に抱きついてくる。
「いえ……大丈夫ですか?」僕はそう尋ねると、その人物が口を開く。
「ああ……。大丈夫だ……。それより……一つだけ頼みがあるんだが……いいか?」
「えっ……? はい……。大丈夫ですけど……」僕は不思議に思いながらも答えると、その人物はゆっくりと顔を上げる。
「あのさ……俺の事は『ハルト』と呼んでくれないか?」
「ハルトさん……?」僕はその名前を口に出すと、その人物は首を横に振る。
「違う……。『ハルト』でいいんだ……。頼む……」その人物は不安げな表情で見つめてくる。僕はその人物の表情を見ると、小さくため息を吐いた後――その人物の名前を呼んだ。
「分かりました……。じゃあ……これからは『ハルト』と呼びますね……」
「ユウト……」その人物は嬉しそうな表情で僕の名前を呼び捨ててくる。僕はその人物――ハルトの頭を優しく撫でた後、話を続ける。
「それで……僕が『ユウト』じゃないっていうのはどういう事なんでしょうか?」
「それは……」ハルトは少しだけ俯くと、小さな声で言う。
「それは……お前が『あの日』から変わったからなんだ……」
「あの日……?」僕は首を傾げると、ハルトは真剣な表情で話し始める。
「あの日――お前は『あの日』から変わった……。あの時、お前は『仲間を守る』と言ってくれた……。だけど……今は違う……。今のお前からは、その決意を感じられないんだ……」
「ッ!?」僕はその言葉を聞くと、胸を締め付けられるような感覚に陥る。
(どうして……どうしてこの人はそこまで分かるんだよ……)僕は心の中で呟くと、目の前の人物を見据えた。
「だから……お前の事が心配になったんだ……。俺はお前の事を親友だと思ている……。だけど……お前は俺の知っているお前とは違う……。それが……たまらなく怖かったんだ……。だけど……お前はこうして俺の所に来てくれた……。俺はそれだけで嬉しいんだ……。だから……本当のお前を教えてくれないか?」
「えっと……その前に少し質問をしてもいいですか……?」僕はそう言うと、ハルトに質問をする。
「あぁ……。構わないぞ……」
「では……質問させてもらいますね……」僕はそう言うと、ハルトに質問をした。
「まず……貴方の名前は何というんですか?」
「名前……?」その人物は少し考えると、僕に答えてくれる。
「そうだな……。名前は『レオン・ルーディ』だ……」
「なっ……?」僕はその人物の言葉を聞き、思わず絶句してしまう。
(この人が……『勇者』だって……?)僕は混乱しながらも、その人物を見つめる。すると、その人物は僕に話しかけてくる。
「なぁ……頼むよ……」
「…………」僕は黙ったまま、その人物を見つめる。
(どうしよう……? この人に真実を話すべきなんだろうか……? いや……でも……もし拒絶されたら……)僕は様々な思考を巡らせていると、その人物が話しかけてきた。
「なぁ……教えてくれよ……」その人物が僕に問いかけてくる。
(この人は僕を信じて、ここまで会いに来てくれたんだ……。それなのに……僕はこの人に隠し事をしていいのか……? いや……ダメに決まってる!!)僕はそう決心すると、その人物に話しかけた。
「えっと……実はですね……」僕は覚悟を決めると、その人物に全てを打ち明ける事にした。
「なあ……どうすれば良いと思う?」
「さあな……。とりあえず、俺はユウトの話を信じるしかないんじゃねえのか?」
「まあ……そうなんだけどな……」
「まあ……とりあえず、様子を見てみるしかねぇだろうな……」
「そうか……。まあ……確かにそうかもしれないな……」
「ああ……。それにしても……まさか『ユウト』が生きていたなんてな……」
「ああ……。本当に驚いたぜ……」
「全くだよ……」
「まぁ……とりあえず、今度会った時に色々と話してみてぇな……」
「そうだな……」
「とりあえず……今日はこの辺にしておこう……」
「おう……」
「じゃあな……」
「またな……」「ふう……」僕は小さく息を吐き出すと、ベッドの上に寝転ぶ。そして、天井を見上げながら、先程の出来事を思い出す。
僕は自分の正体を明かすと、今までの経緯を全て話した。そして、『ハルト』に全てを告白した後――僕達はお互いに色々な事を話し合った。その中で分かった事がある。それは――この世界には『魔物』と呼ばれる存在がいるという事だった。
その事実を知った瞬間――僕の身体に寒気が走る。そして、僕達が暮らしていた世界では存在しないはずの『魔族』の存在を知り、僕の頭の中には一つの仮説が生まれた。
僕が元の世界に戻るためには――魔王を倒す必要があるのではないか? 僕はそんな考えを振り払うと、頭を抱える。
(何を考えているんだ……。そんな訳ないじゃないか……。そんな非現実的な事が起こるはずがない……。きっと……何かの間違いだ……。そうに違いない……)
僕はそう自分に言い聞かせると、布団の中に潜り込む。そして、目を瞑ると、眠りについた。
次の日の朝――僕は目覚めると、顔を洗いに洗面所へと向かう。そこで鏡を見つめながら、身支度を整えると、リビングへと向かった。
「おはようございます……」僕はそう言いながら、ソファーに座ると、テレビをつける。しかし、いつも見ているニュース番組が放送されていなかった。「あれ……?」僕は不思議に思いながらチャンネルを変えていく。すると、ニュース速報が流れ始めた。
「えっ……?」僕はその内容を見て、驚きの声を上げる。そこには――昨日の深夜に発見された男性のバラバラ死体が発見されたという内容であった。
「うわっ……」僕は気持ち悪くなりながら、テレビの電源を切る。
「こんな事件が起こっていたとは……」僕がそう呟いていると、玄関の方から扉が開く音が聞こえてきた。
「ただいま……」僕はそう言うと、靴を脱いで家に入る。そして、そのまま二階へと上がっていく。そして、自室に入ると、机の上に置いてあるスマホを手に取った。
「えっと……今日は確か……」僕はそう呟きながら、スケジュール帳を確認すると、ある事に気付く。
「あっ……そういえば、明日から合宿だったな……」僕はそう言うと、鞄の中から教科書を取り出して準備を始める。
そして、必要な物を準備し終えると、一階へと降りていった。
「おっ! ユウト!!」僕は階段を降りると、こちらに向かって歩いてくる人物を見つける。
その人物は金髪の髪を伸ばしており、背丈は僕よりも高く180cm以上はあるように見える。顔立ちは整っており――イケメンという言葉が相応しい容姿をしていた。服装は白いシャツにジーパンといったシンプルな格好をしており、腰にベルトを巻きつけている。
彼は僕の前まで来ると、僕の肩に手を置いてきた。僕はその人物の顔を見上げると、挨拶をする。
「おかえりなさい……ハルトさん」
彼の名前は『ハルト・ルーディ』。僕のクラスメイトであり――僕の親友でもある人物だ。
ハルトは僕の顔を見ると、嬉しそうに微笑んでくれる。
「おうっ!」ハルトは元気よく返事をする。
「えっと……ハルトさん? そろそろ手を離してもらえませんか?」僕はハルトの手を見ながら、彼にお願いする。するとハルトは不思議そうな表情を浮かべた後、すぐに手を引っ込めた。
「んっ?……ああ……悪い……」ハルトはそう言うと、苦笑いしながら謝ってくる。
「いえいえ……大丈夫ですよ……」僕はそう言うと、ハルトと一緒に居間に向かった。
「そう言えば……今日の朝ごはんは何にするんだ?」ハルトはテーブルの上にある料理を見ると、僕に尋ねてくる。
「そうですね……。ハルトさんの好きなものを作ってあげますよ?」僕はハルトの方に視線を向けると、笑顔で答える。
「本当か!? ありがとうな……ユウト!!」ハルトは嬉しそうに笑うと、僕に抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと!? いきなり何ですか!?」僕はハルトの行動に戸惑いながらも、ハルトを引き剥がそうとする。
「いや……なんか嬉しくなってさ……」ハルトが照れくさそうに笑みを見せる。その表情を見た僕は抵抗をやめて、彼の頭を優しく撫でる。
「まったく……仕方のない人ですね……」僕が呆れたようにため息をつくと、ハルトが嬉しそうな表情で僕を見つめる。
「なぁ……ユウト……。一つだけ聞いてもいいか……?」
「はい……。何ですか……?」
「その……お前ってさ……俺の事が好きなのか……?」
「ッ!?」僕はその言葉を聞くと、思わず言葉を失う。
(どうして……どうしてこの人は平然とそんな事を言えるんだ……?)僕は混乱しながらも、何とか言葉を絞り出す。
「な、何を言っているんですか……? 僕とハルトさんは友達じゃないですか……」僕は動揺しながらも、ハルトに返答する。すると、ハルトは真剣な眼差しで僕を見据えてくる。
「違うんだ……。俺はお前の事が好きだ……。だから……俺と付き合ってくれ……」
「えっと……その……」僕はハルトの言葉に困惑していると、ハルトが僕の唇にキスをしてきた。
「えへへ……奪っちゃった……」ハルトはそう言うと、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「なっ……?」僕はその光景を目にすると、頭が真っ白になる。
(えっ……何が起こったんだ……?)僕は混乱しながらも、状況を把握しようとする。しかし、思考が追いつかず、上手く考えることが出来なかった。
「ユウト……愛してるよ……」ハルトがそう言うと、再び僕に近づいてきて、今度は首筋に口づけしてくる。
「ひゃっ……!?」僕はその感触に思わず声を上げてしまう。
(いやいやいやいや……おかしいだろ!! なんなんだ……この展開は!?)僕は心の中で叫ぶと、ハルトを押し返そうと試みる。しかし、ハルトの力が強くて、押し返すことが出来ない。
(くっ……この力の強さ……。どう考えても普通の人間ではないな……。それに……今の僕では勝てそうにない……。どうすれば……)僕は必死に思考を巡らせると、一つの考えを思いつく。
(そうだ……魔法を使えば……)僕はそう思うと、ハルトに向けて魔力弾を放つ。
「ぐわっ……」ハルトは突然の攻撃に驚くと、僕の方を見る。そして、自分の腹部に出来た傷跡に気付くと、僕に話しかけてくる。
「ユウト……? 何をしたんだ……?」
「えっと……それは……」僕はその質問に答えられずにいると、ハルトが僕に襲いかかってきた。
「うわっ……」僕は慌ててその場から離れると、体勢を立て直す。そして、剣を抜くと、ハルトを見つめた。
「ユウト……。お前は一体誰だ……?」ハルトがそう言いながら、拳を構える。
「それは……こっちのセリフですよ……。貴方は……本当に『ハルト』さんなんですよね……?」僕は警戒しながら、ハルトに問いかけた。
「ああ……そうだぜ……」ハルトがニヤリと不敵な笑みを浮かべると、地面を蹴って、一気に距離を詰めてきた。
僕はそれをギリギリのところで避けると、距離を取るために後ろに下がる。すると、ハルトは一瞬にして、僕との距離を縮めると、蹴りを放ってきた。
「くっ……」僕はそれを避けると、バックステップをして、さらに後ろへと下がった。
「逃げんじゃねぇぞ……」ハルトが僕に向かってそう言うと、僕の目の前まで迫ってきて、僕の顔面に殴りかかってきた。
僕はその攻撃をしゃがみ込んで回避すると、ハルトに足払いを仕掛ける。
「うおっ……」ハルトはバランスを崩すと、地面に倒れ込む。僕はその隙を狙って、ハルトの腹目掛けて、回し蹴りを放った。
「うげぇ……」ハルトが苦しそうな表情をしながら、僕の攻撃を回避する。そして、素早く立ち上がると、僕に掴みかかろうとしてきた。
僕はその動きを予測していたかのように、ハルトの手首を掴むと、そのまま背負投げを決める。
「おふぅ……」ハルトは背中から勢いよく床に叩きつけられると、変な声を上げた。僕はその瞬間を逃すまいと、ハルトの上に馬乗りになると、ハルトの首に手を回した。
「ぐあっ……」ハルトはその状態のまま動こうとするが、僕の腕から逃れることは出来なかった。
「降参してくれませんか……?」僕はハルトに呼びかけると、ハルトは悔しそうに歯ぎしりをする。
「チクショウ……」ハルトがそう呟いた後、僕の背後から何かが迫ってきている事に気が付いた。
「危ない!!」僕は咄嵯にハルトから離れながら、振り返ると、そこにはレイナさんの姿があった。
「うわっ……」僕はその光景を見て、驚きの声を上げる。すると、僕の身体が宙に浮き上がり、そのまま壁に向かって吹き飛ばされてしまった。
「がはっ……」僕は壁に激突すると、そのまま地面に落下する。そして、痛みに耐えながら立ち上がろうとすると、そこにはハルトが立ち塞がっていた。
「大丈夫か……ユウト……」ハルトは心配そうな表情で僕を見つめながら、手を差し伸べてくれる。
「ええ……なんとか……」僕はハルトの手を取りながら起き上がると、ハルトの手に視線を向ける。
(やはり……普通の人間じゃないな……)僕はそう思いながらも、立ち上がって構えた。そして――次の行動を考えると、ハルトの方に意識を集中させる。
(とりあえず……今の状況を整理しよう……。まず……ハルトは何故か僕を襲ってきた……。そして……今は普通に会話をしている……。ということは……僕を操っているわけではないという事か……。そうなってくると……考えられる可能性は……洗脳されているのか……? でも……それだと、ハルトの言動がおかしくなるはず……。そうなると……やっぱり……別人なのか……?)僕は頭を回転させると、ハルトを見据えた。
「おい……ユウト……。まだ戦えるよな?」ハルトが僕にそう尋ねると、拳を構え始める。
「もちろんです……」僕はそう言うと、ハルトと同じように構えを取った。
(おそらく……ハルトは僕の知っているハルトとは別人だ……。となると……ここで殺すわけにはいかない……。どうにかして説得しないと……。しかし……どうやって……?)僕はハルトの動きを警戒しながら、思考を続ける。すると、ハルトがこちらに向かって走ってきた。
「ユウト……悪いな……」ハルトはそう言うと、拳を振り上げてくる。僕はその攻撃を受け止めると、すぐに反撃する。
「甘いな……」ハルトはそう言うと、僕の拳を受け止めた。
(くっ……強い……)僕はハルトの力を実感すると、すぐに離れようとする。しかし、ハルトは僕の手を離さなかった。
「悪いな……。お前とは戦いたくないんだよ……」ハルトはそう言うと、僕に膝蹴りを食らわせてくる。
「ぐはっ……」僕はその一撃を受けると、後方に吹き飛んでしまう。
「悪いな……。これで終わりだよ……」ハルトはそう言うと、僕に近づいてくる。
(このままじゃ……殺される……)僕はそう思うと、即座に魔法を発動した。
「炎球!!」僕はハルトに向けて魔法を放つと、ハルトが僕に視線を向ける。その瞬間に僕は走り出した。
「なっ!?」ハルトが驚いたような表情を見せると、僕が放った魔法を殴り飛ばす。
(よしっ……!! うまくいった……)僕はハルトが魔法を吹き飛ばしたのを確認すると、急いでハルトから離れた。
「ユウト……お前は一体何者なんだ……?」ハルトがそう言いながら、僕を見つめる。僕はハルトの表情を見ると、嘘をついているようには見えなかった。
(もしかして……ハルトは本当に別人格になってしまったのか……?)僕はその事実に気付き、冷や汗を流す。
(もし……そうだったとしたら……どうすればいいんだ……?)僕はそう考えると、ある考えを思いつく。
(そうだ……。アリシアさんなら……)僕はそう思うと、アリシアの居る居間に向かうことにした。
「ちょっと待て……」ハルトがそう言うと、僕の前に立ちはだかる。
「どいてください……」僕はハルトを見つめると、冷たく言い放つ。すると、ハルトは僕の事を睨みつけてきた。
「お前……誰なんだよ……」ハルトが僕にそう尋ねてくる。僕はその質問に対して、答える事が出来なかった。
「答えられないのか……?」ハルトがそう言うと、僕に殴りかかってきた。
「ぐっ……」僕はその攻撃を受け止めようとするが、衝撃を耐えきれずに吹き飛ばされてしまう。
「答えろよ……」ハルトはそう言うと、僕を追いかけてきた。
「ぐはっ……」僕はその攻撃をもろに受けると、口から血を吐き出す。
「ユウト……お前は俺の大切な友達だろ……? なのになんで……なんで俺を殺そうとしてるんだ……?」ハルトが悲しそうな顔をしながら、僕に向かって話しかけてきた。
(違う……。この人はハルトさんなんかじゃない……。ハルトさんはそんなこと言わない!!)僕はそう思うと、立ち上がり、剣を構えた。
「貴方は一体何なんですか……? どうして……ハルトさんの身体を乗っ取っているんですか……」僕はハルトを睨みつけると、剣を構える。
「だから言っているだろう……。俺はハルトだって……」ハルトがそう言った瞬間、ハルトの顔つきが変わった。
「黙れ……」ハルトがそう言うと、一瞬にして僕の目の前まで移動してくる。そして、僕の腹部に蹴りを放った。
「ぐふっ……」僕はその攻撃を避けることが出来ずに、まともに食らうと、後ろに吹き飛ぶ。
「はぁはぁ……」僕は痛みに耐えながら立ち上がると、ハルトに話しかける。
「貴方は……『ハルト』さんではないんですよね?」僕はハルトに質問を投げかけると、ハルトは僕の質問に答えた。
「ああ……。そうだ……。俺はお前の知るハルトではない……。別の世界から来た『ハルト』だ……」
「別の世界のハルト……」僕はその言葉を聞いて驚くと、ハルトは続けて話し始めた。
「そうだ……。俺は『ハルト』とは違う……。『ハルト』としての記憶はあるが、『ハルト』ではない……。『ハルト』の魂の欠片を取り込んだ存在だ……」
「えっと……つまり……どういうことですか?」僕は意味が分からず、首を傾げる。すると、ハルトは僕に説明を始めた。
「簡単に言えば……『ハルト』の肉体の中に、もう一つの魂が存在しているってことだ……」
「そ、それって……大丈夫なんですかね?」僕はハルトの言葉を聞き、少しだけ不安になる。すると、ハルトはニヤリと笑みを浮かべた。
「まあな……。だが、安心しろ……。別に害はないからよ……」ハルトがそう言うと、僕の身体に違和感を覚えた。
「えっ……」僕は自分の身体を触りながら、確認する。すると、僕の身体に二つの魂が存在することが分かった。
「ど、どういう事ですか……これ……」僕は混乱しながら、ハルトに尋ねる。
「簡単な事さ……」ハルトはそう言うと、僕の目の前まで歩いてきた。
「ユウト……お前は今、二人いる状態になっているんだよ……」ハルトはそう言うと、僕の顔を覗き込んできた。
「ユウト……お前は自分が何者か分かるか……?」ハルトはそう言うと、僕の目を見つめてくる。
「ぼ、僕……?」僕はハルトにそう言われると、頭の中で色々な事を思い出した。
(僕の名前はユウト……。冒険者のユウト……。でも……本当の名前は……分からない……。いや……思い出せないのか……?)僕は頭を抱えながら、記憶を呼び覚ます。
(駄目だ……。何も思い出せない……。それに……今の自分と昔の自分はまるで別人のような気がする……。でも……何故だ? どうして……こんなにも胸が苦しいんだ……?)僕は心臓に手を当てると、その鼓動が速くなっていることに気が付く。
(もしかして……僕の中に……もう一人の僕がいるからか……?)僕はそう思うと、再びハルトの方を見る。すると、ハルトは僕から目を逸らすことなく見つめていた。
「どうした……ユウト……? 何か思い当たることがあるのか……?」ハルトが僕を見つめながら、そう問いかけてくる。僕はその質問に対して、正直に話すべきか迷った。
(もしも……僕の中にもう一人僕がいたら……ハルトさんはどんな反応をするんだろうか……?)僕はそう思いながら、ハルトの反応を伺う。すると、ハルトは僕に向かって手を伸ばしてきた。
「ユウト……お前は……俺の知っているユウトじゃないんだよな……」ハルトはそう言うと、僕の頬に触れる。その手からは温もりを感じることは出来なかった。
(冷たい……)僕はその事に気づくと、ハルトの手を掴む。すると、僕の中にあるハルトの感情が流れ込んでくるのを感じた。
(これは……悲しみ? それと……怒りか……?)僕にはハルトの気持ちを理解することが出来なかった。
「やっぱりな……。ユウトの様子がおかしいと思ったんだよ……」ハルトはそう言うと、僕の手を振り払う。
「ユウト……悪いが……もう時間がないみたいだ……。すぐに終わらせよう……」ハルトがそう言うと、僕に攻撃を仕掛けてきた。
「くっ……」僕はその攻撃をなんとか受け止めると、反撃しようと剣を振るおうとする。しかし、その前にハルトが拳を繰り出してきた。
「ぐはっ……」僕はその一撃を受けると、地面に倒れ込む。そして、ハルトは僕の方に近づいてきた。
「悪いな……。ユウト……」ハルトはそう言うと、拳を振り上げる。僕はその拳を見つめると、覚悟を決めた。
(仕方ないか……)僕はそう思うと、ゆっくりと瞳を閉じる。すると――
「お兄ちゃん!!」突然の声と共に、誰かが僕の身体を抱きかかえた。僕はその声を聞くと、慌てて閉じていた瞼を開く。すると、そこにはレイナさんの姿があった。
「れ、レイナさん!?」僕は驚きながら、起き上がると、僕の後ろにいた人物に視線を向ける。すると、そこには先程まで戦っていたはずのハルトの姿が消えていた。
「な、なんで……ここに……?」僕は戸惑いながらも、レイナさんに尋ねる。すると、レイナさんは涙ぐみながら答えてくれた。
「私のせいで……ごめんなさい……。私がもっと早く来ていれば……」
「いえ……レイナさんが謝ることなんてありませんよ……」僕がそう言うと、レイナさんは首を大きく横に振る。
「いいえ……。私はお姉様の大切な人を危険に晒してしまいました……。本当に申し訳ありませんでした……」レイナはそう言うと深々と頭を下げてきた。僕はその行動を見て戸惑ってしまうと、アリシアが僕達の間に入ってきた。
「レイナ……。顔を上げてください……」アリシアは優しい声でそう言い、レイナの肩に手を添える。すると、レイナは恐る恐る顔を上げた。
「アリシアさん……」僕はアリシアの顔を見ると、思わずドキッとしてしまう。アリシアは優しく微笑むと、僕の方を見てきた。
「ユウトさん……怪我の治療をしましょう……」
「あっ……」僕はアリシアに言われて、自分の傷を思い出す。腹部に攻撃を受けたせいで、血が止まらなくなっていた。
「すみません……。お願いします……」僕はそう言うと、アリシアは魔法を唱える。
「光の精霊よ……我が呼びかけに応え、彼の者を癒せ……」
「凄いな……」僕はその光景を見ながら、呟く。なぜならば、アリシアの放った光属性の魔法によって、僕の腹部の痛みが引いていったからだ。
「ありがとうございます……」僕は礼を言うと、立ち上がろうとする。しかし、そんな僕の腕をアリシアは掴んできた。
「ユウト……貴方に話しておかなければならないことがあります……」
「えっ……?」僕はいきなりの事で驚くと、アリシアは真剣な表情で僕を見つめてきた。
「ユウト……貴方は今……二人の人格が混ざり合っています……」
「えっ……?」僕はその言葉を聞いて、困惑する。
(どういう事だ……? 一体……何が起こっているんだ……?)僕は頭の中で考えるが、何も分からなかった。
「それはどういうことですか……?」僕は動揺しながら、アリシアに質問する。
「そのままの意味です……。今、貴方の中にはハルトさんの魂と……もう一つの魂が存在しています……」
「二つの魂……?」僕はそう言うと、頭の中を整理していく。すると、ある一つの考えが浮かんできた。
「もしかして……僕の中にいるハルトさんの魂は……元々この世界に存在していたんですか……?」僕はその事を尋ねると、アリシアは首を縦に振った。
「はい……。その通りです……」
「じゃあ……もう一つの魂っていうのは……?」僕はもう一つの魂について質問をする。すると、アリシアは僕の耳元に顔を近づけた。
「その話は……また後ほどしましょう……」
「えっ……?」僕はその言葉に驚くと、顔を赤く染める。
「今は……この村を救うことが最優先事項ですよ……」
「そ、そうですね……」僕はそう言うと、立ち上がった。そして、改めて周囲を確認する。
「ここは……」僕は周りを見渡してから、疑問を口に出す。すると、僕の言葉にアリシアが反応した。
「おそらく……村の広場だと思います……」
「そっか……」僕は軽く息を吐きだすと、目の前にいる人物に話しかける。
「それで……どうして僕達はこの場所に来たんですか?」
「そ、それは……」レイナがそう言った瞬間、大きな音が聞こえた。その音を聞いた僕は、音の鳴っている方向に目を向ける。すると、そこには巨大な魔獣が立っていた。
「あれは……」僕はその姿を見て、目を見開く。その巨体は僕達の三倍はある大きさだった。
「な、なんだ……あいつは……」僕は呆然としながら、その化け物を見つめていると、その魔獣は雄叫びを上げる。
「グォオオオッ!!」その鳴き声は空気を震わせ、大地を揺らす。その衝撃を受けた僕は、立っていることが出来ずに膝をついてしまう。
「な、なんなんだよ……これ……」僕は恐怖しながら、その魔獣を睨みつける。すると、レイナさんが僕の手を握ってきた。
「大丈夫よ……ユウト君……」レイナさんはそう言うと、僕の顔を覗き込んできた。
「レイナさん……」
「ユウト君は私が守るから……」レイナさんはそう言うと、僕を守るように前に出る。僕はその背中を見つめながら、心強さを感じていた。
(そうだ……。僕だって……戦えるはずだ……)僕はそう思いながら、立ち上がる。そして、レイナさんの隣に立つと、剣を構えた。
「ユウトさん……」レイナさんは僕の方を見つめると、嬉しそうな笑みを浮かべてくる。僕はその笑顔を見て、少しだけ緊張がほぐれたような気がした。
「行きますよ……ユウトさん……」
「はい!」僕はそう言うと、目の前に立ち塞がる敵に向かって走り出した。
「うぉおおおっ!!!」僕は気合を入れると、敵の懐に入り込む。そして、その勢いのまま剣を振り下ろした。
「ガァアアッ!?」しかし、その攻撃は簡単に避けられてしまい、逆に反撃を受けそうになる。僕はその攻撃をなんとか防ぐと、後ろに飛び退いた。
「くっ……」僕は敵の攻撃を受けて、地面に転がる。すると、その隙を突くかのように別の方向から炎の玉が飛んできた。
「危ないっ!!」僕はそう叫ぶと、レイナさんの前に出る。そして、その攻撃をなんとか弾き飛ばした。
「ぐぅううっ!!」僕は攻撃を受け止めたせいで、全身に激痛が走る。僕は歯を食い縛りながら、その攻撃を耐え抜いた。
「ありがとう……ユウト君……」レイナさんは僕にお礼を言いながら、杖を構える。
「いいえ……。それより……こいつは……」僕はそう言いながら、敵に視線を向けると、そこには先程までいなかったはずの人型の魔物がいたのだ。
「こいつ……さっきまでどこにいたんだ……?」僕が驚いていると、人型はその拳を振り上げてきた。
「ユウトさん! 避けて下さい!」レイナさんはそう言うと、水の塊を放ってくる。僕はその水を避けると、地面を強く蹴って前に飛び出した。
「はぁあああっ!!」僕は剣を振り下ろすと、人型はその一撃を受ける。そして、体勢が崩れたところに蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ……」僕はその一撃を受けると、後方に吹き飛ばされる。しかし、すぐに起き上がると、再び攻撃を仕掛けようとした。しかし――
「ユウトさん!!」レイナさんの声を聞くと、僕は慌ててその場から離れる。その直後――
「ゴハッ!?」僕の腹部に強烈な一撃が放たれていた。
(な、なんて速さだ……)僕はその一撃を受けると、地面に倒れ込む。なんとか立ち上がろうとするが、身体が思うように動かなかった。
(くそっ……)僕は必死に身体を動かそうとするが、まるで身体が石のように固まってしまったみたいに動かない。
(動けよ……僕の身体……)僕はそう思うが、身体が動くことはなかった。そんな僕の元にレイナさんが近づいてきた。
「ユウトさん……ごめんなさい……」レイナさんはそう言うと、僕の身体を抱きしめてくれる。すると、僕の身体が温かくなってきた。
(これは……レイナさんの回復魔法か……)僕はレイナさんに回復魔法をかけられながら、そんな事を考える。その時、僕の中で声が響いた。
『おい……俺のことはいい……。早く逃げろ……』
「えっ……?」僕は突然聞こえてきたハルトの声に戸惑ってしまう。すると、ハルトは言葉を続けた。
『俺はお前に助けてもらうために……ここに来たわけじゃない……。早く……ここから離れてくれ……』
「でも……それだと……レイナさんが……」僕はそう言いかけると、レイナさんは首を横に振る。「私は大丈夫です……。だから……早く……」
「…………」僕はその言葉を聞いて、何も言えなかった。なぜならば、レイナさんは僕のことを心配してくれているからだ。
「わかった……。行こう……レイナさん……」僕はそう言うと、立ち上がり歩き出す。すると、その先にはハルトが立っていた。
「ハルト……?」僕はハルトの顔を見ると、ハルトは僕を見つめ返してくる。その表情はどこか悲しげだった。
「ハルト……? どうしたの?」僕はそう言いながら、ハルトに近づく。すると、僕の足が止まった。なぜならば、僕の目には涙を流すハルトの姿があったからだ。
「えっ……?」僕はその光景を見ると、困惑してしまう。すると、僕の背後で誰かの泣き声が聞こえる。
「嫌だよ……私を置いていかないで……」
「レイナ……さん……?」僕は振り返り、レイナさんの方に顔を向ける。すると、レイナは涙を流しながらも微笑んでいた。
「お願い……行かないで……」レイナさんはそう言うと、僕を力強く抱き締める。僕はその行動に驚きながら、ハルトの方を見た。
「ハルト……?」僕はハルトに話しかけるが、ハルトは何も答えてくれない。ただ、黙ったまま俯いていた。
「お願い……もう……一人にしないで……」レイナさんはそう言うと、さらに強く僕を抱き締めてくる。その言葉を聞いた僕は、胸が苦しくなった。
「……」僕はその言葉を聞いて、何も答えることが出来ない。なぜならば、僕にはこの世界に来る前の記憶がないからだ。つまり、僕にとってこの世界での記憶が全てであった。しかし、今の状況では記憶を取り戻すことも出来ないだろう……。
「ハルト……。ハルトはどうしてここに来たの?」僕はハルトに質問をする。ハルトはしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
『俺は……お前に謝らないといけないことがある……。それは……お前の中にいるもう一人の人格のことだ……』
「えっ……?」僕はその言葉に驚く。すると、ハルトは言葉を続けた。
『あいつの名前は……ユウト・エルドレッドだ……』
「ユウト……エルドレッド……」
「それが……もう一つの魂の名前よ……」僕の耳にレイナさんの言葉が届く。僕はその言葉を頭の中で整理していた。
(僕の中にいるもう一つの魂……。その名前はユウト・エルドレッド……。ということは……)
「じゃあ……もしかして……僕とハルトが話している時に……何か違和感を感じなかった?」僕はそう言うと、レイナさんは驚いたような顔をする。
「どうして……そのことを……」
「やっぱり……」僕はそう呟くと、レイナさんを見つめる。すると、レイナさんは僕の視線から逃げるように顔を背けた。
「レイナさん……どうして僕達を助けてくれたんですか?」僕は疑問を口にすると、レイナさんは少しだけ困ったような顔をした。
「それは……あなたが私の大切な人に似ているから……」
「大切な人……ですか……?」
「うん……」レイナさんはそう言うと、懐かしむように目を細める。
「その人はね……とても優しくて……強い人だったわ……」
「その人が……僕の中にいる人なんですね……」僕は確信を持って、レイナさんに尋ねる。すると、レイナさんは静かに首を縦に振った。
「そうよ……」
「そうだったんですか……」僕はそう言うと、軽く息を吐きだす。そして、レイナさんに笑顔を向けた。
「レイナさん……」
「なにかしら……ユウト君……」
「僕は……これから先……どんなことがあっても……あなたの味方でいます……」
「ユウト君……?」
「約束します……」僕はそう言うと、レイナさんの手を握る。レイナさんは僕の手を見つめると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう……ユウト君……」レイナさんはそう言うと、僕の手を握り返してくれる。その
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