この竹刀は俺の鎮魂で彼女の青春。

@yakinikuumee

自殺少年VS幽霊少女

【2022年3月17日・10時30分】


 空は快晴。学校の屋上には、これ以上ない解放感がある。空気が爽やかだ。なんて絶好の自殺日和だろう。……さて、死ぬか。

 一応は柵が設けられているが老朽化でビックリするほど意味をなしていない。少し寄りかかっただけでも壊れてしまいそうである。なんて危ないのだろう。

 ま、だからこそ、この屋上は立ち入り禁止になっているのだけれど、正直こうも簡単に侵入出来てしまうのだから、学校の管理状況に問題があると言えるのではないだろうか?……なんて開き直ってみたり。

 こんな不良ムーブかましてるお前は誰なんだと聞かれれば、お答えしよう。石藤一哉18歳!今春この学校を卒業して浪人生(ニート)になります。クソが!よし死のう!

 そうです。大学受験に失敗したのです。

 滑り止め含め全落ち。後期は出願してなかったので最早ニート確定演出。

 まあまあ「大学受験が全てじゃない」とか「生きてればもっと辛いこともある」とか月並みなことは既に言われ尽くしたけれども、別に俺は大学に落ちたショックで死にたくなっているのではない。これ本当。

 一つの切っ掛けになったんだ。自分の人生を振り返ってみて、自分が生きていくことを考えてみて、……俺は生きる意味を見失った。

 視線を自らの手のひらに移す。何度も何度も素振りをして豆だらけになった皮の厚いゴツゴツの手。しかし、もう二度とこの手で竹刀を握ることは無いのだろう。

 俺は剣道部……だった。もう剣道はしない。剣は……捨てる。


「カズくん死んじゃうの?」


 ……つもりだった。

 普通に飛び降りて、人生に幕を下ろすつもりだったのに。

 よりにもよって、どうして、引き止めるのがお前なんだ……!!

「なんで今更、俺の前に姿を現しやがったんだよ……」

「なんでって、こっちにも色々と都合があったんですー!」

 俺は、声をかけてきた少女に目をやる。

 この、懐かしい、活発で、優しさをはらんでいて、聞いていると落ち着く、そんな思い出の中の声の主に。


「久しぶりだね!カズくん」


 彼女……荒木田惟は、柵の向こうから微笑んだ。え、なにこれ、浮いてんの?





【2016年3月28日・14時25分】


 一言で済ませると風邪をこじらせて入院することになった件……かな。

 俺、石藤一哉(12)は病室のベッドの上で深く深くため息をついた。よりにもよってこの、春休みの時期に、である。

 高熱出してこの県立病院に運び込まれたのが昨晩のこと。俺の日頃の行いはそんなに悪かったのだろうか。腑に落ちない。

 これでは中学の入学式に参加できるかも怪しい。せっかく、他の小学校からのメンバーと新しい人間関係を築けると思っていたのに、いきなり出鼻を挫かれることになった。このままでは小学校時代の二の舞だ。ちくしょう。

 そして、嗚呼、退屈だ。たまたま悪化してしまっただけで俺は所詮ただの風邪なのだ。栄養と休養をちゃんととっていればすぐに治る。てか実際もうほぼ治っている。大事をとってとは言われたが入院までする意味が分からん。という訳で病人でもないのに病院に拘束されていて大変ひまなのであった。


「あー!!ひまー!!ひますぎるー!!!」


 誤解だ。俺じゃない。いくら暇だとは言っても、病院でこんな大声を出すほど俺は非常識な人間ではない。誰かは知らないが、このうるさいのは俺のせいではないということだけ分かってほしい。

 院内に響いたあの騒音の犯人はすぐに判明した。何せ、隣の部屋なのである。興味本意で覗きにいくと、そこには同い年くらいの女の子がいて、ベッドの上で何やら駄々をこねていた。パパさんもたじたじ。可哀想に。





【2022年3月17日・10時50分】


「あれがファーストコンタクトかぁ~……」

 惟がしみじみと言う。

「この通り初対面だと印象最悪だったよ」

「あんだと!?カズくんこそTHE陰キャだったくせに。ガキの癖に黄昏れちゃってさ!」

 俺は今、惟の亡霊と横に並んで体育座りをして、仲良くおしゃべりをしていた。草。

 なんだかんだであの日から俺と惟は毎日会って話をしていた。何か特別なことがあった訳ではないが、やることがないと人との会話が十分な娯楽となりうるのだ。

 6年も前のことだというのに今でも鮮明に覚えているのは、やはりあの出来事がかなりのショックであったからか……。

「そーいえばカズくん、剣道!全国大会出場したんだって?すごいじゃんか!!」

 惟が話題を切り出した。

「出場しただけだよ。初戦敗退」

「十分すごいよ。だって、幼少期から稽古してる選手たちと、中学から始めた経験の浅いカズくんが渡り合ったってことでしょ?」

「……上には上がいると分かっただけさ。もう、剣道はやめたんだ」

 ここで「なんで」と、言いかけた惟の台詞を遮る。

「俺の段位。二段で止まってるだろ」

 剣道の段は取得してから一定期間を空けないと次の段の昇段審査を受けられないという決まりがある。この期間に鍛練を積みなさい

という訳だ。俺は高校生で、本来であれば三段までとれるのだが、俺の段位は中学の時の二段で止まってる。

「俺は、他の皆みたいに剣道が好きだから剣道をやってきた訳じゃないんだ。スポーツとしてやってる訳じゃないし。剣を振るときに、人間形成の道だ~とか、精神修行だ~とか大層な志も持っていない」

 そう、俺の剣は、欠けてしまった何かを埋めるために、もがき苦しんでいる剣。

「申し訳無いからさ。こんな俺が『剣道』を語るのは」


 惟が立ち上がった。

 どうやら脚はちゃんとあるみたいだ。

 そして、風を切る音がしたかと思えば……

「見損なったぞ!!カズくん!!!」

 俺の目の前に、竹刀の切っ先が突きつけられていた。いやどっから出したそれ!?

「ゆ、……ゆい、……?」


「その腐った性根、叩き直してくれるわ!!……覚悟!!!」


 こいつ、マジで斬りかかってきやがっただとおおおおおおおお!?

 真剣白刃取りに失敗した俺は、ばちこーん!と盛大に面を打たれた。痛いってば!!





【2016年4月2日・7時30分】


 起床。相変わらず俺はベッドの上。退院はいつになるのだろうか。身支度を整え朝食を済ませ、良い具合に暇になったので、俺は惟の部屋へ行くことにした。

 手には一冊の漫画本。昨日、惟が貸してくれたコミックスだ。

 俺と違って、惟はこの病院が長いらしい。病名は難しくてよく分からなかったが、昔から病院で過ごすことの方が多かったみたいで、病室には専用の本棚が設置されている。そこに、時々、見舞いに来る親戚がマンガを置いていってくれるのが唯一の楽しみなんだと。

 本の内容はゴリゴリの少年マンガだった。某有名少年誌で数年前に連載されていた王道バトルモノで、主人公たちが友情やらなんやらのために命懸けで戦いに挑むストーリー。中でも惟の推しは準主役級キャラの剣士だとか。

 詳しいことは知らないし理解もしていないが、何故か惟は「剣士」というものにご執心だった。マンガのチョイスもサムライ系ばっかで、好きになるキャラも刀使いのことが多い。

 一度、どうしてそんなに剣士、或いは刀が好きなのか、聞いてみたことがある。すると彼女はキメ顔で「ロマンがあるからだよ」と一言。聞いても無駄だったようだ。


 その日、いつもの病室に惟だけがいなかった。昨日まで惟がいたはずのベッドで、寝具を片付けている看護師さんがいただけだった。

 思えば昨晩、やけに騒がしいと言うか、そんな雰囲気は感じていたが、要はその程度にしか認識していなかったということであるし、仮に惟の病状の悪化を知っていたところで、医者でもない俺にできることなんて無かったのだから、後悔しても遅いと言うより後悔しても意味がないと言った方が正しいのかもしれないと思った。





【2022年3月17日・11時20分】


 間合いをとる。

 俺の手中には、惟がどこからか出現させた竹刀。そして目の前には、同じく竹刀を構えた悪霊少女の姿が。

 そして沈黙は、破られた。


「おおおおおおおりゃあああああああ!!」

「てやああああああああああああっっ!!」


 裂帛の気合いと共に、衝撃。竹刀と竹刀が、激しく打ち合わされる。


「カズくん?腕が鈍っちゃったんじゃないの?どーした?全国選手!」

「はっ!誰が!……にしても惟、生前はベッドで寝たきりだったクセに、やけに太刀筋が整ってるじゃないか」

「この6年、腕を磨いていたのはカズくんだけじゃないってことよ!!」


 俺は、何をしているのだろう……。

 惟が死んで、惟の面影を追うように中学から剣道を始めて、一心不乱に打ち込んできて……そして今、惟の幽霊と闘っている。

 ……どーしてこうなった?!

「カズくん、昔聞いたよね。どうして剣が好きなのかって」

 そういえばそんなこともあったな。『ロマンがあるから』だろ?刀バカ。

「その理由、この一撃で教えてあげるッッ!!」


 剣士なら言葉でなく剣で語り合え。


 ……まさしく、アイツの考えそうなことではあったが、ついクスッと吹き出してしまった。俺も剣士の端くれとして、分からんでもないんだ、その気持ち。

 剣士は剣を通して分かり合うことができる。これは一つの真理なのかもしれない。

 俺は惟に向かって叫んだ。


「聞いてくれ!」


「聞く!」


「俺も……」


「おう!」


「お前みたいに真っ直ぐ生きれるか?」


「あたしは死んだけどな!」


「お前の分も強く生きていけるか?」


「大丈夫。あたしが憑いてる!!」


「なら、この一撃、受けてくれるよな!?」


 惟はニヤリと笑った。


「望むところだ!!」


 俺は屋上のアスファルトの床を力一杯に蹴り出した。

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