揺火

@Z4TTT2

揺火

 暗闇の中で火が揺れていた。火を見ていると、とても心地がいい。何故心地いいのかはよく分からない。よく分からないけど、実体のないものが目に映るというのが神秘的だからなのかもしれない。あるいは、もっと本能的なものが理由かもしれない。火はゆらゆら揺れていた。

 火を見ると必ず思い出すことがある。でも今は思い出せない。それが何なのかよく分からない。忘れてしまったのかもしれないが、そもそも存在しないのかもしれない。その記憶は、まるで炎のように掴みようがなかった。そして暗闇の底に沈んでいた。今のこの状況みたいに。

 火は干されたTシャツが北風になびくみたいに、弱々しく揺れていた。あまりに弱々しかったので、ふとした瞬間にすっと消えてしまうのではないかと思った。すると今度は火は大きくなって、国旗みたいに力強く揺れ始めた。こういうことをさっきから繰り返している。

 火を眺めながら思い出したことが、一つだけある。思い出せたけど、言葉にするにはあまりに観念的でどうにもできなかった。それは断片的なイメージで、夢のようなものだった。火を見ていると、いつも具体的なことに頭を働かせられなくなる。それは有難いことなのかもしれないけど。

 しばらく浮かんだイメージについて考えていた。一つだけ分かったのは、いつかこの火は消さなければならないということだった。またよく分からなくなった。火を消すという行為は分かるのに、その具体的手段が思い浮かばないのだ。何故か急に悲しくなった。

 それからは悲しみに思考を奪い取られてしまったような感じがした。火はそれに応じてどんどん大きくなっていった。それで思ったのは、何か楽しいことを考えようということだった。それで修学旅行のキャンプファイヤーが一番に思い浮かんだ。中学時代の話だ。みんなで炎を囲んで、歌ったり、お話したりする光景が浮かんだ。その光景が浮かぶと、何かに包まれていくような感じがした。人はその何かを幸せとかいうふうに呼ぶのかもしれない。火は病人のように弱々しくなっていった。

 やがて闇が火を包んだ。

 すると虫の声が段々と聞こえ、僕は森の中にいることに気がついた。そして今まで思い出せなかったことが、全て思い出せた。存在するのかしないのか分からないものまで全て思い出せた。僕の全てが、思い出されていった。

 僕は自殺した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

揺火 @Z4TTT2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ