第17話 再戦

「お、やっと来たかな?」


 線路上、闇の中に長柄が揺らめいた。


 俺は手を振る。


「さっきはありがと、助かっ」


 隣に置いておいた銃を引っ掴んで屋根から落ちる。

 斬撃が空を斬る。


 隣のホームに転がり込み、立ち上がれば、下手人の顔が光の下に晒される。


「闇夜に灯る光はやっぱりあなたなんですね…」


 流れる黒と青の髪、こちらを見据える赤色の瞳、携えた薙刀。

 先程俺を追い詰めた張本人、青色の少女ハープーン


 ウェェェェェェェェェェイ!!!???ナンデ?ナンデココニィ!!???


「貴女に、セレスティアさんにまた会いたくて、会いたくて、探し続けて、ようやく会えた。」


 ん?風向き変わったか?


「だけど、貴女はあの死神達の、組織ザオロンの、悪の一味だった」


 変わってないわ。


「魔獣を生み出し、人を襲い、魔人にしてしまう。そんな奴ら。そんな奴らの1人だった。」


 待ってなにそれ知らない


「出会わなければ、あの時あのまま食われてしまえばよかった。そう思った。」


 この娘もしかして、話したらなんとかなる?


「それは悲しい」

「……あの時どうして助けてくれたんですか?」

「普通、助けるさ。何か理由とか裏がある訳じゃないよ。」

「……ふふっ」


 彼女がはにかんで笑う。


「?どうした?」

「不思議だったんです。さっき、私は貴女に失望して、憤った。なのに、今、嬉しく仕方ないんです。貴女と話ができる。貴女が私を見てくれるって。」


 ワンチャンス!?ワンチャンある!?


「それは貴女が、ちゃんと私の見た貴女だったから」

「どういうこと?」

「あの日見た、麗しく、強く、優しい正義の人。決して、見間違えでも勘違いでもなかった。

 ただ、普通のまま、善のまま、敵でなんです。」

「!?」

「私たちにとって敵なんです、貴女たちは。」


「戦うしかないのなら、その美しい首は私が取ります。」







 青色の少女 ハープーンが動く。

 即座に発砲し、魔法を使う。進行方向を防ぐように横向きに黒帯を張る。

 青色がそれらを飛び越える。そして、薙刀が横向きに振るわれる。

 俺は前に出る。すれ違うように回避する。

 そのまま進み、柱や自販機、電光掲示板の近くまで移動する。

 追いすがる青色。放たれる突き。

 柱のかげに隠れて躱し、すぐさま青色に向かって飛び込む。


「ぅ」


 蹴りが青色の腹に入り、うめき声が聞こえる。

 ついでとばかりに銃のストックで殴りつけ、撃つための距離を作る。

 撃つ。

 当たる、左胸あたり。

 が、青色は駆け出し、自販機の裏へ逃げ込む。防具が機能したのか致命傷ではないらしい。


「チッ、速いな」


 もう1発と思ったがその機会はなかった。

 だが、ここなら俺に有利かもしれない。相手の間合いから抜け出せばこちらに有利、相手の間合いでも障害物でうまく武器を振るえない。もちろん、俺の射線が通らないというデメリットもあるが、元々銃弾を躱す奴を相手にしているし大して変わらんだろう。


 無理に追う必要がない、俺は後ろに下がり、シャッターの下りた売店のそばから奴が隠れている自販機を見張る。



 ――ジャッジャッジャッ


 砂利を踏む音、急いで振り向く。

 青色がホーム下から飛び上がって俺の首を斬り飛ばさんと振る。


 屈んでなんとか避けることに成功する。ハラハラ落ちてくるのは俺の髪だ。

 避けられたと見るや青色は売店の陰に消える。


 右周りか左周りか、それとももう一度ホームから降りて奇襲か。


 本日何度目かの運命の別れ道。


 ――コツコツコツ


 タイルの音、2択になった。

 なら、


「右!」


 大上段から叩き切らんと薙刀を掲げる青色


 見切れ、躱せ、ここが勝機だ、どたまに入れれば勝ちだ、何度もやったように避けろ。


 薙刀が動く

 刃が落ちてくるであろう線から半歩ずれる

 ゆっくりと刀が落ちる

 軌道を修正できるくらい緩やかに落ちてくる

 


 ディレイ!?


 間違ったのだ。俺はここで選んではいけない択を選んだ。

 回避、攻撃、防御

 攻撃なら勝ち、防御なら引き分けだった。しかし、回避は


 膝を着き、僅かに時間を稼ぐ。すんでのところで横にした銃の木製部に薙刀が食い込む。


「つよく、はやく」


 青色からつぶやきが漏れる。


 薙刀の刀身が魔力の光に包まれ、青い光がユラユラ水のように流れる。


 薙刀が再び持ち上げられる。


 回避、この体制からは無理

 攻撃、今から構えても先に斬られて終わる


 残った択は防御だけ。否が応でも選ばざるを得ない。

 せめてもと、銃に魔力を込め、黒帯を伸ばし、防御を固めようとする。

 が、それよりも早く俺の選択に審判が下る。


 目が眩む閃光、

 耳に突き刺さる鋼と鋼のぶつかる音、

 腕に響く衝撃、

 指に感じる軋みと歪み


 俺の銃が、レーエンが、折れ曲がっていた。


『「ま、曲がっちまったァァァ!!!」』


 驚いている間にもう一度、薙刀が持ち上げられていた。


 伸びかけていた帯で壁を作る。転がるように体を逃がす。


 帯は、断ち切られた。


 左腕が飛ぶ。


 口から悲鳴が出ていた。

 ホームから落ち、線路の上に倒れる。






 頭の中でカンカンカンカン鳴る警報の鐘、ガタンガタン揺れる音、まばゆいライト。


 幻視の中で祈り、腿の銃剣を引き抜き、握る。




 体に鞭を打って走る。一縷いちるののぞみにかけて逃げる。


 浮かぶ影


 トドメを刺しに飛びかかってくる青色

 身を守ろうと後ろも見ずに右腕を振る。

 ひしゃげる拳、落ちる肘から先、逸れて外れる青色の攻撃、辛うじて繋がった首の皮。


 もう一度、逃げる。


 しかし、


 ―――ザッジャッ、ザジャッジャ、ザジャジャジャッ


 自分でない足音が近付く。もう先程の奇跡は起きない、悟る。


 息遣いが聞こえる。


 間に合わない、ダメか。もしダメでも、変身の解けた俺は斬られないかもしれない。

 諦め以外のなにものでもない考えだ。






 ―――カンカンカンカン、ガタンゴトン

 遠くから夜に響く鐘の音、周期的な音、車輪がレールと擦れる音。


 突然の音に振り向いてしまう。視界すべてが黄色がかった白一色になってしまう強烈な光。


 反射的にホームに飛び込む。


 しかし、はいっこうに来なかった。


「あれ?」


 光が動かない。音も変わらない。


 気づいた時にはセレスティアを見失っていた。




 だんだんと音は小さくなり、光量も落ちていった。

 肩を落とし、おずおずと音と光の発生源に近寄る。


 再び闇に落ちた線路の上、何かを見つけた。ナイフのような、それにしては少し大きい刃物。記憶の中でが銃の先端に付けて使っていたもの。


「あぁ、やられた」


 天を仰ぐ、顔を覆う。声には落胆が、でも、顔は喜びがあった。






(「行ったか?」)

(『そのフラグみたいな発言をはやく止めろクタ。』)

 ホームの下、退避スペースの中で俺とクタは身を寄せあって震えていた。

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