始めよう!マンホール生活!◇◇◇💎◇◇◇◇◇◇

 ――俺たちは、町中にいるヴェイス騎士団に見つからないよう注意しながら、マンホールを探した。


 少し時間はかかったものの、何度もこの世界を見たことのあるフェアリーの先導により、意外とスムーズに事が進んだ。そして、ついにマンホールを見つけたのだが――。


「ここね」


「ああ……。でもこれはちょっと……」


 ……穴が異様に小さかったのだ。


「私は入るわよ」


「え、お前その体型で入るの?」


「女神を馬鹿にしないでね、魔法も使えない雑魚が」


 フェアリーは相変わらす口が悪いようだ。


「いや俺もいつかは使えるように……」


「ならないわよ。顔面偏差値が高くないと使えないんだから」


「じゃあ、なんでお前使えるんだよ?」


「いや私すっごく可愛い美少女女神――」


 パチンッ!


 俺はフェアリーにビンタしてやった。神様がやったくらい強めに。


「――じゃなくて女神特典です、はい」


 だろうな。


「後で魔法で仕返しします。覚えとけクソガキ」


「女神が嘘つく方が悪いだろ。……まあそんなことはさておき、マジでさ、どうやって入るって言うんだ? 俺はギリギリ入れると思うけど、お前は……」


「私はスリムだから」


「いや本気で考えて。これから暮らす場所なんだろ。もし入れても出られないってこともあるんじゃ?」


「何を言っているの? そんなの小さくなればいいだけじゃない」


「小さく? どうやって?」


「こうやって」


 そしてフェアリーは大きく息を吸い、叫んだ。


小さくなあれレイズンスモール!」


 フェアリーが言うと同時に、女神の真上に青い魔法陣が出現した。魔法陣は、フェアリーを包み込むように回転しながら下降し、地面についた瞬間、青白い光を放った。その光で視界が明るく照らされた瞬間から、フェアリーの体はずんずん小さくなっていった。


「すげえな……」


 俺が神秘的な魔法に見惚れていると、フェアリーは自慢げに腕を組んだ。


「えっへん」


「いやお前じゃなくて、魔法が。お前は女神特典で魔法使えるだけだろ。調子乗んなよ」


「もう! なによ! 全部あんたのせいじゃない!」


「何意味わかんねえこと言ってんだ!」


 はい、口論が始まった。まあ俺のせいかもしれ……なくはないが。


「さっきから巨人に見下されてるみたいで、腹が立ってるのよ!」


「知らねえよ! 自分でやったんだろうが! ……あ、そうだ。俺も小さくすることってできないのか?」


 ふと疑問に思ったことを口に出してみる。すると女神は、困ったように顔を背けた。


「やったことないから……。もしかしたら一生元に戻らないかもしれないけど……どうする?」


「やめときます」


 即答した。フェアリーに見下され続けるのは、さすがに精神が持たない。まあマンホールにはギリギリ入れると思うから、大丈夫だろう。


「じゃあ先に入るわね」


 フェアリーはふわりふわりと浮遊して、暗闇の中へ去った。


「…………いやいや、ちょっと待て」


 フェアリーが去ってから気づいた。俺、これどうやって降りればいいんだ?


 マンホールを覗いても、暗すぎて地面が見えない。どれほどの高さがあるのか分からないから、飛び降りたら死ぬかもしれない。フェアリーは魔法で飛んで降りたから大丈夫だろうが、俺は魔法が使えない。て、おい、あいつ頭まで悪いのか!


※フェアリーは天界の最難関学校・天使学園ケルピムアカデミーの首席卒業です。


「クソ女神ぃ〰〰。これどうやって降りるんだ?」


 叫んでみる。…………しかし返事はない。


 もし飛び降りて死んだら元も子もない。何か安全に降りられるようなものはないか? ゲームなら近くに隠しアイテムみたいなのが…………いやない。絶対ない。見渡す限り中世風の石造りの家だ。試しに上や下も見てみるが、薄暗い空と石床。つまんねえ~~。


 ここでもたもたしていると、また厄介なヴェイス騎士団に見つかりそうだ。


「こりゃあ、飛び降りるしかないっしょ!」


「ぷふっ」


 何か笑い声が聞こえた気がするけど……などと思った時には、すでに暗闇へ飛び降りていた。そして――――すたっ。


 ……意外と早かった。上を見上げる。2〜3メートルくらいの深さしかない。そして、


 ぼよんっ。俺の手が、なんだか弾力のあるものに当たった。でも暗くて何も見えない。ナンダコレは。……ぷに、ぷに。おお、結構固めだな。


「ちょ、何すんのよぉ……!」


 ピカッ。目の前にいた人物が点けたライトに照らされてはっきりとわかった。俺が触っていたのは、フェアリーの腹だった。脂肪だった。


「……………………」


「やっと降りてきたと思ったら、いきなりお腹つねられた私に謝罪しろ!」


「何も言わずに黙ってそこで見てたお前が謝罪しろ!」


 何か言えば、叫ばなくたって聞こえるくらいの高さだ。女神は人に手を差し伸べる存在なんじゃないのか? 困っている俺を笑っていていいのか?


 純粋な俺という生物に女神として最大の謝罪を求む!


 フェアリーはとっくに元の姿に戻っていた。小さい姿だから声が届かなかったというならまだしも、そのデブい体型で声が届かないのはあり得ないから。てか笑い声聞こえてたし。


「ひどいわね……」


「お前の方がひどいわ……」


「私のコンプレックスのお腹を触りやがった!」


「お腹がコンプレックス? 何を言ってるんだ(笑)? お前は顔も性格も何もかもコンプレックスだろ」


「ふざけんな、虫けら男」


「――っ…………」


 女神の言った『虫けら』という言葉に少し反応してしまったが、俺も少し女神に言い過ぎたかもしれないと思ったので、言葉に詰まった。


「ど、どうしたのよ? 急に黙って」


「い、いや? 何でもないけど? ブタと話す価値について考えてたんだ」


「はあ? 誰が、脳無しデブブスブタゴリラじゃい!」


「そこまで言っとらんわ」


 あー、それは自分がブスだと自覚してる証拠ですわ、フェアリーさん。フェアリーと言えば、ブス。ブスと言えば、フェアリー。これ、世界共通。


 そんなこんなで口論が続いた。しばらくして穴の奥の方から、声が聞こえた。


「誰だ!」


「「ひえっ!!」」


 ダッダッ! 勢いよく走ってくるのがわかる。これ、大丈夫な奴だよな?


 ……走ってきた男の顔が見えた。その瞬間、俺の顔は青ざめた。なぜなら、彼の顔に目が一つしかなかったからだ。


 ひっ! 妖怪? 妖怪だ!!


「ぎぃぃやぁぁぁぁっっ!」


 コワッ! ナニコレナニコレナニコレ。キイテナインデスケド。この世界は、妖怪とか出ちゃう系ですか? きゃああ!


「何慌ててんのよ?」


「よっ、妖怪だ!! こんなん出んのかよ!! 先に言っとけよ」


「馬鹿かあんたは! 妖怪なんているわけないでしょ。あれも人よ。顔面偏差値が低い人っていうのはね、ただブサイクっていうやつばかりじゃないのよ。病気や障害とか、あと何かしらの魔法とかで、顔のパーツが欠けてたりする場合も多い。あの人がそうよ」


「え……あれが人間……だと……?」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「すうーーっ――」


 大きく息を吸う。


「――すいませんでした!! 俺だってブサイクなせいでここで暮らそうとしてるわけですし、他の人を笑う権利なんてありませんよねっ! あはは……って、あ…………。でも! もう、とにかく! ホントにごめんなさい! 反省してるんです!」


「………………」


「この通り!」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。最大限の土下座をして見せた。すると俺の目前に立つ彼は、ぼそぼそと俺に尋ねてきた。


「君は……いや君たちは、ここで暮らすつもり、なのか?」


「あ、はい」


「そうね」


「GHS総合で何点だ? 俺は点数でここに入れるかどうかを決めている」


「え……?」


「10点よ」


 GHSの意味がわからず戸惑っていると、女神が耳元で小声で囁いて教えてくれた。


「10点です」


「……本当だな?」


「はい」


 偉い念入りだな。まあそれもそうか。スパイでも送り込まれたら大変だしな。


「証拠を提示しろ」


「証拠……?」


 俺が戸惑っていると、慌てふためきだすフェアリー。


「あ……やべ。書類忘れてた」


 おい、「あ……やべ」じゃないだろ、どうすんだよ。


「顔見せときゃいいんじゃない?」


「え? それでいいのか?」


 俺はフェアリーからライトを借りて、自分の顔を照らした。すると。


「これは……――」


 彼の顔を見ると、目が輝いていて、とても嬉しそうに見えた。そして、うんうんと吟味するように頷いた後、サムズアップして。


「――


 え? マジで? 顔で良いんですか?


「本当は顔だけじゃダメなんだけどね、君の顔はあまりにも……あ。ごめんね。気を悪くしただろう。新入りの君はまだ慣れてないかな。すまない。さっきさ、君がすごく謝ってたけど、君が言ったことは僕たちは毎日のように言われてることだから慣れてるんだ。だから別に怒っていない」


「あ……そうですか」


 この人の話を聞いて、改めて感じた。この世界は、本当に残酷だ。無残で、無慈悲で、醜悪だ。


 自分の顔のことを悪く言われても、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。それほどに、彼の言ったことに心酔していた。


「そして……君の後ろの女の子も……そうか。彼女も新入りか。女性を待たせて済まない。改めて二人とも、これからよろしく。他の者とも仲良くやれるといいが……。まあ、頑張ってくれ」


「あ……ありがとうございます」


 感謝の言葉を返したものの、彼が言ったことに不安を覚える俺。きっとフェアリーも同じ気持ちだろう。


 フェアリーも俺と同じように顔だけで審査が通ったということは、フェアリーもかなりのブサイクだと判断されたわけだ。その疑いようのない事実はフェアリーも理解しているだろうが、今回に限っては怒らなかった。


 この世界の惨状を、よく理解しているからだろう。女神だから、というのもあるかもしれないが、彼女がそんなことを言い出したら俺は間違いなく驚愕で動けなくなる。


「さあ、何してんの。さっさと行くわよ」


 俺が突然静かになったのを見て、何を思ったのか先へと急ごうとするフェアリー。


「おい、ちょっと待てよ」


「いいんだよ。他の者たちとも顔を合わせておいた方がいいだろうから。あ。大事なことを忘れていたよ。彼らと会う前に……名前を聞いても?」


 彼は頭を欠いて、うっかりしていたという表情をした。


 すると、フェアリーが「私から言うわ」と無い胸を張りだした。


「私はフェアリー・レバウス。高潔な、めgうぐぐぐ――」


 ――俺はバカみたいなことを言いそうになるフェアリーの口を塞ぐ。今、『女神』とか言ったら大変なことになりそうだ。


「ん、んん〰〰(口塞がれ中)」


「こ、こいつは……め、め…………そ、そう! 目が大きいことだけが取り柄なんですよ、エヘヘ」


 女神の顔のパーツは、鼻が異常に小さく、口が異常に大きく、目だけはパッチリ適度に大きい。バランスの悪い感じだが、目だけは顔の形状的に合っている気がする。


 女神の特徴を即座に読み取って何とか誤魔化した俺は、更に思考を巡らせる。


 俺の名前を言うべきか。……いや、言うべきかどうかで言えば言うべきなんだろうが、俺は名前にトラウマを抱えている。ほぼ霧生のせいで発生したトラウマだが、この世界に来て清々している今でも、自分の名前を思い浮かべるために嫌悪感が走る。


「――俺の方は、ラルクって言います。よろしくお願いします」


 また同じ偽名を使った。トラウマはいつか克服すればいい。ここは異世界。偽名を使ったってバレやしない。少なくともこの世界では『ラルク』として生活することになるだろう。そして……レンタグルドには――否、ヴェイス騎士団全員には、天然ショタを続けてやろう。


「フェアリーに、ラルクね。おっけー、覚えた。えっと……僕も自己紹介っと。僕はグラヴィス。あ……そういやさ、君たち、ひょっとして異世界人?」


「え……?」「そうです」


 俺が驚いている間に、フェアリーが即答。もちろん俺たちが異世界人なのは間違いない。だが、それって言っちゃっていいやつなの? 異世界の住人には元の世界のことを話しちゃダメ、とかないの?


「何、もう忘れたの? 何回かイケメンを送り込んだって言ったでしょう?」


「あ、そういえば!」


 忘れていた。そうだよな。イケメンじゃダメだったから俺なんだよな。そりゃ、この世界のことを全然知らない奴らが来たら、異世界人って……。ってことは、先輩イケメンは異世界人だって明かしたってこと?


「イケメンたちはすぐに追い出されたから、何も話せてないわよ。それ以前に、この世界では異世界人が来ることなんて日常茶飯事なの。王城では、三年に一度、色々な異世界から人を召喚してるの。それはイケメンとか関係なくランダムで連れて来られるんだけど……ブサイクだとその場で処刑されるのよ」


 フェアリーは、俺の心を見透かしたように丁寧に補足してくれる。聞けば聞くほどこの世界の酷さがよく身に染みてくる。


「――その場合、もう一度召喚することになる。そしてまた、ブサイクなら殺される。今までで二百人ほどの異世界人が殺されたそうだわ。で、召喚されたのがイケメンなら、能力に応じて勇者として魔物を討伐させたり、ヴェイス騎士団で指揮を執ったりさせるのよ」


 残酷な話だ。二百人以上が何の罪もなく殺された? この世界のイケメンどもには、人間の心がないのか? 殺戮を繰り返して、何が楽しい?


 俺の中で憎悪が巡り、俺は拳を強く握る。……決意した。絶対、この世界を変えてみせる。


 ただの外面そとづらだけの正義だ。もろくて、ツン、と突かれるだけで倒れてしまいそうな、そんな薄っぺらい反抗心だ。


 でも、自分にしか変えることができないこの状況。この状況を救えるのは俺だけ。その言葉の重みは、脆弱な剣を強靭な剣に変えてしまいそうなほどの不思議な力があるように思えた。


「………………倒そう」


「え?」


「この世界のイケメンどもをぶっ潰して、俺たちみたいなブサイクも立派な人間だって認めさせてやる! 絶対に許さない! 絶対に……!」


「いい心持ちね。私も同感だわ。女神として、っていうのもあるけど、普通にムカつくわよね」


「ああ、頑張ろうぜ!」


 フェアリーと仲良くなれ始めたかもしれない。これから共に生活する仲間だ。仲良くなれるのはいいことだ。俺もフェアリーと仲良くしたくないわけじゃない。


 そう考えていると、グラヴィスさんが口を挟んできた。


「案外、君たち仲がいいみたいじゃないか。それで、ラルク君とフェアリーちゃん。改めて、僕たちの住処へようこそ。今日から君たちは、僕たちの家族ファミリーだ。一目見て、君たちが僕たち家族にふさわしいと分かったよ」


 つまりブサイクだっていう事ですね。分かってますよ。


 それでもフェアリーは、やはり何も言わない。本当はいい奴なんだよな。いつもこうなら一番いいんだが。


「あ、そうだ。僕たちの中には、人間以外に精霊もいるんだけど、いいかな?」


「精霊……ですって?」


 精霊、その二文字の単純スィンプルな言葉に目を輝かせる俺。精霊ってあのちっこくてカワイイ奴だろ? どんなヤツかな。……ってあれ? でも……


「……もしかして、精霊もブサイクだったり……」


 そんな俺の疑念に的確に否定を返したのはフェアリーだった。


「いいえ。精霊は逆よ。精霊や魔物のGHSは、〝逆GHS〟と言って、人間とは逆になるの。本来、それらの人外生物は人間が恐怖を感じさせないといけないの。だから可愛らしいとか美しいとか思われるヤツのほうが人間のブスと同じように排除されるの」


 フェアリーは俺の泣きそうな表情に呆れた様子だ。


「えぇ……てことはつまり! ベリーキュート精霊がここにいると!」


「まあ……いるけど…………」


――!!! 嬉しさが勝った。可愛い精霊がここにいるって? 早く見たい!


「そんなにあいつに会いたいのか。おーい! ! 新入りだ! 顔を合わせておけ」


「……ふぇ? はああい」


 気の抜けた声を発した『彼』は、暗闇の中から、ひゅぅ〰〰と音を立てながら飛んでくる。


「精霊・神!」


「どうしたんだい? その威勢のいい少年と、その女が新入り? ようこしょ……あ、噛んじゃった」


 その精霊は、舌を出して「てへっ」と笑ってウインクし、自己紹介を始める。彼の尻尾から炎が出ていて、周りを明るく照らしている。


「僕はセレン。だよ。よろしくね。うぇるかむとぅまんほーる」


 ……うん。おっちょこちょいで、めちゃキュートで神。俺がまとめるとこうなる。


「セレンは精霊の中でGHS最低得点なんだ」


 グラヴィスさんが情報を付け足す。


 この子が、最低得点? この子がぞんざいに扱われるなんて絶対に許さない!


「あのさ、嬉しそうな顔してる少年。悪いけど――」


「?」


「――?」


「………………は?」

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