女神との口論 ◇💎◇◇◇◇◇◇◇◇

 ――約三十分後。



「やっとできたーーっ!」


 俺はもう、ほとんど寝ていた。


 本当に眠かったんだ。


「寝るなですわ! 起きろですわ!」


「しゅばっ――と出てきて、しゅばっと参上!」


「は?」


 あ、やっちまった……。 


 ついいつものくせで大好きなヒーローアニメのセリフが出てきてしまった……。


「え、え~と……」


 やべぇ……。どうやって言い訳すれば……。


 うまい言い訳が思いつかず黙り込んでしまう俺。そこでふと顔を上げてみると、意外にも女神の顔は活気に満ち溢れていた。眼はキラキラと光り、体は尻尾を振る犬のごとくに小刻みに揺れていた。



「そ、それって……」


「…………?」



「ガルセイダーのセリフだよねっ?!?」



「「…………」」


 沈黙の時が流れる。俺は驚きのあまり声が出なかった。女神のほうは――期待で胸がいっぱいの獣のようだった。…………そして。


「ねえなんで黙ってるの? そうだよね? ガルセイダーだよね?」


 先にこの沈黙を破ったのは女神。


「……そうだけど……」


「やっぱり! あれ見てるの? 私、大好きなのよね〰〰」


「まじ!?」


 なんだと……!? あんなマイナーアニメが好きな奴、俺以外にいるのか!?


 俺は……俺は同じアニメが好きな人が目の前にいるという状況に歓喜した!


 そして……できるだけヲタ感を隠して言う!


「め、女神でもアニメ見るんだな。ハハ……」


「当たり前よ!」


「おお、おおっ、そうだよな! 特にガルセ三号がかっこいいんだよな!」


「ガルセ一号のレトロな感じがす・て・き!」


 うんうん。ガルセ三号は、レトロ…………――じゃないわ!


「……は? おまっ、一号?」


「ええ。……って、えっ、三号? 先週、 敵 ファインドを倒しきれなかったじゃない」


「強さで言えば、三号の方が上だぞ? 一号だったらあの強敵を倒せないどころか、逆にやられちまうんじゃないか?」


「はあ? 一号ならあんなのいちコロよ。それに…何といってもかっちょいい!」


 は、馬鹿か? ガルセイダーは新しい号になる程パワーアップしているんだ。初期の一号よりも現在最新の三号の方が強くてかっちょ――かっこいいに決まってる。


「……ふっ、絶交だな」


「ええ……さようなら……貴方となら分かり合えると思っていたのに」


「ああ、俺もだ」


 俺と女神はくるっと180度向きを変えた。そして俺たちは別々の方向へと歩みを進める――。


「――って、まだ目的を達成してないんですわよ」


「………………」


 女神はこちらを振り返ったのだろう。しかし俺は振り返る気は更々ない。なぜなら――


「ねえ聞いてるんです?」


「…………」


 ――俺は絶交するからだ!


 だから俺は黙り続ける。趣味が合わないブサイクと話す価値などありゃしない。


 ふっ……すぐに俺に話しかけてくるあの女神、覚悟ってもんがなってないなあ? お前はガルセのファンにふさわしくねえなあ。同胆拒否だ、馬鹿が……!


「こんなに可愛い女神様が声をかけているというのに何ゆえに無視するんです?」


「可愛かねえよ! ――あ、しまったつい本音の二割が……」


「あ! やっと喋った!」


 ついツッコんでしまった。でも!


「……ぜ、絶交って言ったろ?」


「た、確かに」


「納得するのかよ」


「た、確かに」


 壊滅的な語彙力のためかわざとかは知らないが、同じセリフをもう一度言う女神。


 よし、俺の一つ目の座右の銘「有言実行ゆうげんじっこう」を守らねば!


 正義を害するものは、女神だって許さない! 女神だって――――ってそういえばさっきから、女神女神って言ってるけど名前知らないな。



「なあ、お前名前なんて言うんだ?」


「……名前はまだないわ」


「ジとーッ」


 女神を優しく(?)睨みつける。すると――


 ――ぽたりぽたり。


 女神の額から汗が滝のように流れている。一滴一滴――否、一瀑一瀑(滝の数え方)がとっても……汚い。女神だから美しいと言いたいが、こいつに限ってそんなことは断じてあり得るはずがないに決まってるに決まってる。


「は、嘘だな」


「な、なんでわかったの!?」


「いや表情でバレバレなんだよ!」


 驚いた表情で顔をあちこち触っていろいろと確かめている女神。


「あっれぇおかしいなぁ……まあ、そのあなたの鋭い洞察力に免じて教えてあげるわ」


「おお」


「私の名前は――――フェアリー・レバウスよ」


「意外と普通……なんだよな?」


「普通で何が悪いのよ!」


「それに『フェアリー』って。お前のどこが『フェアリー』なんだよ。『ブタゴリラ』に改名したらどうだ? ブタゴリラ・レバウス」


「ブタゴリラ言うな! 清楚可憐なレバウス様にそんなこと言っていいのかしら」


「事実を述べただけだけど、何か?」


 今ならウソ発見器を体中に装着されても構わない。だって本当のことなのだから!!


「あなたの名前は?」


「…………言いたくない」


「私が教えたんだから教えなさいよ」


「どうせ女神だったらすぐにわかるんだろ?」


「一人一人の個人情報までは見れないのよ」


「そう……か……。じゃあ知らなくていい。俺のことは適当に呼んでくれ」


「なっ……何よそれ! 私の神聖な名前を聞いておいて、自分は名乗らないって失礼じゃないの!?」


「まあ……そうかもな」


 俺は俯きながらそう言った。暗くて、悲しい声だったと思う。


「……急にそんな顔しちゃって。どうしたのよ? 女神はお悩み相談もするのよ」


「お前を女神だと認識できていないのですが」


「はあ?」


「はあじゃねえよ(笑)。本当のこと言っただけだろ(笑)」


「戻った!」


「え…………」


「そう。あなたは、そうやって笑っていなくちゃ。ちょっとイラっとするから一発殴るけど、名前のことはもういいから。これからもそうして」


「………………え? ――ドゴッ! ……痛ってぇぇ! 強すぎんだよ、力の強い獣め」


 なんか神聖な穢れなき女神に普通に殴られたんですけど。神は暴力を許してるんですか?


「誰がブタゴリラじゃい!」


「言ってない!」


 自意識過剰か? というか、こいつもしかしたらMなんじゃ? 暴力でSっ気を出してるけど、本当は罵られたいだけのドMなんじゃないか?



 ――そして次に女神が発した言葉は、正直ヤバかった(女神の語彙力がうつった)。


「くくく。そんなこと言えるのは今のうちだわ。私こう見えても女神なんだから。だからその権限で、お前を本物のブタゴリラにすることだってできるのよ。それでも同じことが言えるの――」


「か〰〰み〰〰さ〰〰ま〰〰。このブタゴリラ――じゃなくて、女神様が脅迫してきます! 女神の権限とかなんとか言ってます! 更に暴力も振るってきました! 助けてください!」


 俺は、必死で叫んだ。(たぶん)天の神様にだって聞こえるだろう声量で、言った。やっぱMじゃなくて、Sだったわ。


「やめて! それだけは! 今、神様日本の監視中だから! 見られてるから! 殺されるから!(死ねないけどいろんな意味で)」


 顔面蒼白意気消沈状態のフェアリー(早速呼び捨て)。もっといじめてやりたいと思ったが、女神のブス顔を見て、一気に冷めてしまった。


「てかさっきから転移するとか言っときながら、全然転移しねえじゃん」


「……転移したいの?」


「そりゃ異世界だぞ。行きたいに決まってるぜ」


「そう……。ふつう誰も行きたがらない場所なんだけど」


「そうなのか?」


「自分の世界が一番心地いいと感じるものなんだから。でも……今回はあなたに絶対に行ってもらう必要がある」


「それはなんで?」


「それは……今は言えない。だからまずは神様のところへ行きましょう。きっと歓迎してくれるわ」


「あ、ああ……行こう!」


 急に落ち着いた声で話すフェアリーに戸惑いつつも、「(フェアリーよりもまともな)神様に会いたい」ので、元気よく言葉を返す俺。


 何があったんだろうか? ――きっと考えても何も分からない。後で神様とやらに聞いてみることにしよう。

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