生まれてきた意味💎◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……どさっ。重い。重々しい
「痛え……」
目の前の男は明らかに俺を見下して、嘲笑うように俺を睨む。
「聞こえねえなあ」
「痛っ……!」
「――――うるせえ!」
再び振るわれた拳は、俺の腹部にクリーンヒット。
「ぐはっ」
血が口から吐き出る。喉の奥が焼けそうなほど……痛い。
「虫けらがしゃべるんじゃねえ!」
ぐはっ……飛び散る真っ赤な血が、俺に生きる価値などないと告げるようにどす黒く光った。
……俺は虫けら。たまたま人間みたいに生まれただけで、どうせ虫けら。どうせ
しょうがないんだ。たとえ言葉が話せたとしても、たとえ二足歩行して学校へ通っていたとしても、関係ない。
生まれた時から虫けら。そういう運命だった。
運命には逆らえない。それが現実なんだ。
俺には生まれてきた意味なんかない。
人間の奴隷としてしか生きていく術はない。
もうずっとそう言い聞かせてきた。
まあ本当に奴隷として働いているわけじゃないし、今のはちょっと盛っているかもしれない。
ただの現実逃避だ。言い訳だ。……でも。
「た……す…け…………て………………」
願望を口にすれば――
「死ねえ!」
――殴られる。
この少年――
俺は霧生に殴られて、殴られて、殴られる。
毎日、それだけ。奴隷になるはずの存在なのだから当たり前だ。
「虫けらが人間のカッコで人間様の前に立つなぁ!」
ドスン。俺の顎に一直線に膝蹴りが
痛った……! ……血の味がする。感覚はまだ全然残ってるらしい。
そして、ゲホッ! ……口の中から噴き出した血が、霧生の真っ白な制服に付く。
「あ〰〰あ、人間様のお召し物が汚れちまったじゃねぇか、あん?」
「…………ご、ごめん……」
「聞こえねぇなぁ!」
「ごめんなさい!」
「うるせぇ! 虫けらは虫けららしく、四つん這いになってろ!」
俺はほぼ土下座同然の体制……そう。まさに虫けららしく振る舞った
「虫けらは、人間のカッコしちゃいけないんですよ〰〰ン。脱げ脱げ〰〰www
これも……当たり前。
「や……め…………」
「虫けらが人間の真似してしゃべんな! ぎこちねえんだよ!」
ドスんnnッ! 重々しい一撃が脳天に一発。
どさっ。俺の顔は赤く腫れていることだろう。酷く青々しくなっていく俺の体は、段々と脳の命令を聞こうとしなくなっていく……。
頭から血は出てない……まだ大丈夫……うっ……視界が暗くなってきた…………やばい………………。
目は開いているはずなのに、段々と視界が狭くなって………………。
グハッ……! ……血が……口の中が切れて…………熱い……。
俺は先程の一撃で、生と死との境を彷徨っていた。
俺、今日死ぬのか? いや、もう死ぬ覚悟はできてたんだけど……ていうかさ、そうだよな……俺、虫けらだもんな。勘違いすんな。死んで当たり前。人間に殺されて当たり前……………でも。本当は死にたく…………ない……………………。
死ぬ間際に思案に暮れていた、その時だった。
――キランッ!
突然、煌びやかな音が聞こえた。遠くから。……いや意外と近かったのかもしれない。
目は見えない。だが眩しかった。
それは自分に初めて色彩が宿ったような感覚で、まるで誰かに明るい世界へと導かれるような……そんな感じだった。
このとき初めて俺は、〝生まれてきた意味〟というものを悟った……というか思い出したような気がした。
これまでは俺なんか――俺みたいな虫けらが生まれる――つまり他の人間と同じ世界に存在することが許される訳がない、と――そう思っていた。
しかし、この一瞬に――もちろんそんなことを考えてる暇はないのだが――走馬灯のような、いつかの記憶が脳内をよぎった。
ザザザザザザザ。……分からない。覚えていない。何だこれは?
力が
そして目に映るものは、明らかに現実ではあり得ないもので。
一瞬、死んだかと思った。でも視覚以外は、現実にいる。
視覚が在るこの未知の世界は、どこなのか。うっすら見えるのは…………花?
……花畑のような場所。自分の体は無論、動かせない。
綺麗で、美しい。
そうも感じるが、いつもとは明らかに違う感覚に、恐怖も感じる。さっきの光は何だったのか。もしも良くないものだったなら……。
俺の眼がおかしくなってしまったのだろうか。それとも、これは夢? あるいは視覚だけが夢の中に捉われて……。
ここはどこだ……? 現実に居る体も、視覚の在るこの世界も、どこにいるんだ。そこには誰がいる。寄り添ってくれる人はいるか? ……いや、俺にはそんな人なんて…………。
俺の母は一年前に病死し、父は八年前から行方不明だ。父は仕事仲間と登山に行ったきり、帰ってこなかった。暫く捜索されたが、全員、見つからなかった。結局、死亡扱いだ。
それからのこと、霧生は寂しがる俺を馬鹿にしてきて………………あれ?
……本当に? 霧生って……本当にそんな奴だったっけ?
思考を巡らせる。……すると、意外とすぐに思い出すことができた。
そうだった。霧生は元々は優しかったんだ。それがあんな風になってしまったのは――
――霧生の姉が死んでから。
曖昧な記憶だが、俺と霧生は六年ぐらい前は仲の良い親友だった。よく一緒に遊んだものだ。
そしてちょうど五年前、霧生の姉が交通事故で亡くなったんだ。
霧生の姉が死んで暴力を振るうようになった彼の拳を、俺はわざと食らってやった。自分もその時父親が行方不明になって精神が不安定だった。だけど霧生も同じような目に遭ったと聞いて、霧生の気持ちが分かったような気になってわざと拳を受けてやった。本当は何も分かってなんかいないのに。
結果として、それが霧生の暴力厨を悪化させた原因となったわけだ。
で、俺はそれで引け目を感じて責任を取るつもりで更に暴力を受け続けた。
そして、暴力はどんどんエスカレート。
親や学校の先生に訴えたって霧生が怒られるだけだし、法の裁きがあるわけでもない。つまるところ、俺がだれかに助けを求めるという事には、意味がない。そう考えた俺は、今まで誰にも相談しなかった。
そして段々、俺は虫けらだと……。
最初は本当に苦しくて、責任を取るつもりだというだけだった。でも時が経つうちに、自分は虫けら。それが普通だと思うようになった。霧生の悪い所を認めずに全部を自分のせいにしていて納得していた。
昔の俺は……何をしていた? そのうちに本来の目的も忘れて、ただ暴力を受けるだけという日々。
いつしか霧生の方も、心から暴力を楽しむようになっていた。それでストレスのような何か――身内の死への悲しみ、怒り、あるいは憎しみのような何かを発散するようになっていた。
それがいつの間にか、彼にとっての一番の娯楽みたいなものなってしまっていたのだろう。
俺は何をしていたんだ……。全部――かは分からないが、霧生に非があることは間違いない。しかし全部自分のせいにして……その事すらも忘れて……勝手に人であることを捨てて、勝手に痛がって。俺は本当に何をしていたんだ……。
その結論に至った瞬間、ぶわっ……と視覚が現実に舞い戻った。
「うわっ……⁉」
驚いて辺りを見渡す。あの不思議な空間での時間は現実に反映されておらず、ここでの時間は全く進んでいないようだった。
すると久しぶりに、体中を包み込んでいた
俺は生まれてきてもよかったんだ。――そう思えた。
すると突如、体が軽くなった。身体から痛みが抜けてゆくような…………。
うん、もう大丈夫だ。
「――わっせ、わっせ……」
「ん? 何だ、女の声?」
急に後ろから声が聞こえてきてビビった。俺は誰だろうと思って振り向――
「――って、うえぇーっっっっ!?」
キュピーン。ギューン。ギャンッ。シューッ!
そこに広がる光景はとても信じがたいものだった。。
「えええええええええええええええええええええええ!?」
俺は何をこんなに驚いているのか。それは……その理由は――
――女神様? が、魔法陣?(転移陣?)をキュピキュピ回して、えげつない光を放っていたからだっ!
「おっせ、おっせ…………」
女神(?)は――汗を流して頑張っていた。
なぜ女神だと思ったのか? そりゃだって、汚らしい字で『女神様』って書かれた白装束みたいの着てるんだモン。
……ははは、信じられないよな。もう一度、もう一度だけ言っておこう。
――女神様? が、魔法陣?(転移陣?)をキュピキュピ回して、えげつない光を放っていたのだっ!
……事件です。『女神様』と書かれた衣装をまとった女性が、何やら怪しい儀式を始めようとしています。
「わっせ、おっせ……」
「………………」
そして、俺はさらに重要な事実に気づいてとてもムズムズしていた。
迷っていたんだ。言うかどうかを。……誰もが言いたくなることを!
我慢我慢我慢我慢…………いやもう限界! ……耐えられない!
とても大きく「すぅ〰〰っ」と息を吸いこみ――
「――おいなんで手動で魔法陣回してんだよ! 魔法陣って魔法とかで勝手に回るんじゃないのかよ! それに何この質素な魔法陣! あと光ってるのお前のほうじゃね!?」
言った! さて皆さんは気付いていただろうか。文脈から見ると、明らかに光っているのは、魔法陣ではなく女神自身であることに!
心の中で爽快感と共に歓喜していた――いや、まだだ。まだ物足りない。俺は笑いを必死に堪えていたが、もう耐えられない。
「女神? 顔がブサイク! どっかで見たことあるブス! いや見たことないけど! 何これ? すぐに転移しないの? 時間かかんの?」
まともに声を出すのが久しぶりだったからか、爽快感がハンパなかった
――が一方それを聞いた女神(?)は――――当☆然☆ブチ切れていた。
「ギィリリリリィィ」
女神とは思えない歯軋リリリリリ。
そして女神とは思えない鬼の形相で、女神様……と思しき生物は言った。
「はあああ!? わたくし女神に向かって! ふっざけんなよ! くう…………ふっざけんなよ! ……う……ふっざ――」
「
「ぎくぅ……っ!」
図星! とばかりに金切り声を挙げる怪物。
…………あ、まちがえた。女神だった。あちゃー。やっちゃったやっちゃった(煽)。
「ニヤついてんのバレバレなんですわよ!」
「お前www……ですわよって、似合わねぇ(笑)」
「ふざけんな!」
「やっぱ語彙力ゼロだな」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
ギクッ! とやっぱり女神だった女は言った――いや本当は言っていないだろうが、少なくとも俺の耳にはそう言ったようにしか聞こえなかった。ああ、心の中では絶対言ってる。確信犯。言ってなかったら切腹できるレベル。
というか……こ、こいつ、分かりやすすぎる!
「それよりさ……」
俺が女神の後方へ視線を逸らすと、言わんとしている事が伝わったのか、女神は何かに気付いたような様子でこちらを見た。
それから、俯きがちに言った。
「しょうが……ないじゃないですわ。間違えてあいつをエジプトに送っちゃたんですわ」
「え、エジプト!?」
その場には、いつの間にか霧生の姿はなかった。
霧生を間違えてエジプトまで送ってしまった、という事らしい……ん、意味わかんない。
女神の額からは汗がだらだらと流れ出ている。凄く焦っているみたいこの子。分かりやすいキャラとか天然キャラとか、イケメンか美少女じゃないと成立しないよ?
「まちがえちゃったですわ♪ てへ♪」
表情とは裏腹に、何事もなかったかのようにそんなことを口にする女神――あれ? 俺はその時、ふと当然の疑問を忘れていたことに気づく。
ン? ちょと待てちょと待て。それって……最初は俺をエジプトに送るつもりだったってこと!? なんで⁉ ――という。
しかし、それが間違いだということは女神の言葉ですぐに分かった――否、分からされた。
「君を異世界へ送ろうとして、えいっ! てやったんですわ。そしたら~、転移の設定を間違えたみたいですわ~」
「それで霧生をエジプトに送っちまったと?」
「そうそう。あとであの子は日本に帰しとくから。たぶん」
たぶん……⁉ お前から聞きたくなかったその
「信用できねぇ」
「まあまあ。別にいいのよ。私はどうせ怒られるんだから」
「あんた、ほんとに女神なの?」
「女神ですけど! どう見ても! 文句なら私の上司に言え……言ってですわ! ってか、私があなたの傷を治してあげたって言うのに生意気な……ですわ!」
「無理してですわ使うな。てかこっちがイライラするからやめ――おいお前今俺の傷治したって言った? それ魔法じゃないのか? なあ。それができるなら――」
「は〰〰い! そんなことはさておき、はい、異世界へ召喚しまーす」
パチンと手を鳴らして、俺の言葉を遮る女神。
ミシミシ。ギィ……。
「ちょっと待て。何これ。めっちゃミシミシいうんだけど!」
ミシミシしているのは、無論、あの魔法陣だ。
女神がゴリラにも引けを取らない面白い顔――うん、柔らかく言うと一生懸命な顔――で、せっせと魔方陣を動かしていた(ゴリラ愛好家の方ごめんなさい)。
「魔法……とかで何とかならないのか?」
「出来たらとっくに試していますわ。ちょっと位置がズレてしまったんですのよ。このままだと私の体内へ転移しますわ」
「ちょっとずれただけでそれ!? おい冗談だろ! クソシステムじゃん!」
「いえ、そうではないんですわ。ちょーっと角度と向きを間違えてしまったんですわ。」
「お前が?」
「ま、まあ…そうなんですわ。角度が196度ほど傾いただけだと思ったら、表裏逆でしたのよ」
「……お前それのどこがちょっt――」
「――待った! その続きはわかったから、もう私に精神攻撃はやめて! …………ですわ」
天界に棲む女神様は――非常にメンタルが弱いらしい。そして、壊滅的な語彙力で、ブスで……。
いろいろ言えるが、女神はみんなこんな感じなのだろうか。出来れば夢を壊さないでもらいたいが…………。
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