しゅうかん

僕は海の近くで育ったんですけど、海のこと、どんな風に感じます?

ああいや、別に心理テストとかではないんですよ。単にあなたが海にどんなイメージを持ってるのかが気になってるだけでして。

えーと、僕が住んでたその場所って、いわゆる田舎町って感じだったんですよ。都会ってほどでもないんですけど、かといって田舎でもなくって。まあ僕的には暮らしやすい場所だったんで良かったんですけど、そこ、一個だけいやなことがありまして。


小学生の時だったと思うんですが、その日僕は友達の家に遊びに行ってて、帰りが遅くなったんですよ。まだ夏だったんで明るいっちゃ明るかったんですけど、母親に怒られると思って近道しようと思ったんですね。

それで普段は通らないような路地を通ってたんですけど、そしたら何か変な声が聞こえてきたんですよ。

「どうしてすてるんですか?」「どうしてすてるんですか?」って。

何度も何度も、ずっと、ずっと。いくら見回しても声の主が分からないんですよ。家の中から聞こえてるって感じじゃなくって。


で、まあ流石に気味が悪かったんで足早に家に向かったんですけど、その間もずっと「どうしてすてるんですか?」「どうしてすてるんですか?」って聞こえるんです。

その時の僕は何だか怖い何かに遭遇してしまったこともあって、家に着くとすぐに母に泣きつきました。

母は僕に「どうかしたの?」と聞いてきましたが、当時の僕は幼かったというのと怖かったのとで、何も説明することができませんでした。

ああ、ええ。家に着いた時にはもう聞こえなくなってましたよ。必死だったんでいつ聞こえなくなったのかは覚えてませんけど。


その夜、僕はとにかくあのことは忘れようと思ってなるべく普通に過ごしました。いつもみたいな様子で夕食を食べて、いつもみたいにテレビを見て、いつもみたいに風呂場に入りました。

でも、でもねぇ。それが良くなかったんですかね。


僕ね、間違えちゃったんですよ。いつもは体から石鹸で洗うのに、意識しすぎて頭から洗っちゃったんです。

そしたらね、

「どうしてすてるんですか?」「どうしてすてるんですか?」


何でですかねぇ。どうして僕だけに固執するんですかねぇ?

皆だってそういう時あるじゃないですか。ふとした時にねぇ。

ああ、ええ、今も聞こえてますよ。ずっと。ずっとずっとね。

うんざりですよ、もう。

それじゃそろそろ失礼します。そこの窓、開いてますね。

今の話、忘れてくれていいので。それじゃ。



どうしていつものぼくをすてるんですか?

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