第19話 そんなこと、思っても無いくせに


「……あ~……何? 好きな女優の話とか?」


 依代のあまりにも突然の行動が分からず、俺は周囲に視線を向けた後、どうにか『女優』という単語からそれらしい話題を口にしてみる。すると、依代は緊張した顔をぶんぶんと横に振り、強い視線を俺へと向けてくる。


「そ、そうじゃなくて! 目指してた……から―じゃなくて、目指してるの!」

「……は? 何? 『女優』を目指してるって話?」


「そ、そう! 私、『女優』になりたかったの!」

「お、おう……すげぇじゃん……」


 なんか勢いがすごいが、とりあえずその熱意に俺が感心して声を上げると、依代は驚いた顔を浮かべていた。なんだ? 俺なんかマズったか?


「なんだよ? ……俺は良いと思うぞ? そういうの、夢があって」

「……笑わないの?」

「……はあ?」


 失言したのかと思って慌てて俺が取り繕ろった後、依代から浴びせられた言葉は俺の斜め上を行くものだった。


 笑う? 俺が? 他人の夢を?


「おい……お前、人を何だと思ってんだ?」

「だ、だってさ、女優だよ、女優!」


「いや聞いてたし……だから、すげぇじゃん……って―」

「そうじゃなくって!」


 俺の言葉にさらに強い力で首を横に振る依代。さしずめ、その様子は子供のイヤイヤそのものだ。


「何が言いたいんだよ……もしかして、笑って欲しかったのか?」

「そんなわけないじゃん!」

「もうわけ分からねぇ……」


 そんな依代にお手上げ状態となった俺は椅子にもたれ掛かりながら盛大にため息を吐く。俺、将来子供育てられんのかなぁ……。


 軽く子供の対応に思いを馳せていると、俯いていた依代が小さく声を掛けて来た。


「……笑われると思ったから」

「は? 俺が?」

「……うん」

「おいおい、どんだけ俺のこと酷い目で見てたんだよ……」


 少なからずショックを覚え、俺がため息を吐くと依代は慌てた様子で手を振っていた。


「ご、ごめん! だ、だって! スドって前からなんかちょっと擦れてたって言うか……現実主義って言うの? そんな感じだし、『お前には絶対無理』って言われてもおかしくないかな、って……」


「……あのな、いくら俺でも他人の夢馬鹿にするような人間じゃねぇっての。俺はな、どっちかというと無謀な奴ほど応援したくなるタイプなんだよ」

「……それ、私の夢が無謀ってことじゃん」


「いや、まあ……言い方が悪かった。……なんて言うの? より高みを目指す奴を応援したくなるつーか……まあ、要はでかい夢を持つ奴ほど応援したくなるってこと。それだけだ」


「……じゃあ、応援してくれるの?」


 俺の言葉にまるで子供のようにおずおずと上目遣いで目を向けてくる依代。そんな依代にどこか心臓の音が早く鳴りそうになる。


(……こんなのただ気のせいだ。特別でもなんでもない。誰かに認めて欲しいってだけの、ただの子供じみた考えだろ)


 依代は別に俺に認められたいわけじゃない。

 もう、勘違いなんてしてやるもんか。


「……まあ、応援くらいするだろ。それ以外に出来ないしな。先に言っとくが他に期待すんなよ? 金も大してないし、せがまれても何も買ってやれないからな」

「いや、別に奢ってもらうとか考えたないけど……っていうか、そこは嘘でも『たまには買ってやる』くらい言えないの?」


「無責任なこと言ったら、後でしわ寄せが来た時に責任取る羽目になるだろ? 人間、出来ないことは口にするもんじゃない」

「……やっぱり、スドってなんか擦れてる」


「それだけ現実見てきたからな。これ以上擦れる場所もねぇよ」


 現実なんてクソだ。

 何一つ良いことなんて無いし、あるとしたらたまに買ったアイスで当たりが出たり、洗濯物を干そうとした時に晴れたり……そんなことくらいしかない。


 間違っても色恋沙汰で良いことなんてありもしないし、もう余計な期待なんてしたくない。


「……あ〜あ、ほんと嫌になっちゃう」


 俺がそんな現実じみた考えを改めて自分の中で定義していると、依代は椅子にドカッと音を立てながら座ってそんなことを口にしていた。


「……どれだけ俺のこと嫌ってんだよ。そこまで堂々と言われると清々しくもあるが、やっぱり傷付くんでそういうのは俺の居ないところでやって下さい」

「は? 誰がスドのこと嫌ってんの?」


「いや、だから今お前が―」

「え? 私?」


 そこまで言って依代は首を傾げると、こいつらしい眩しい笑顔を向けてこう言って来るんだ。


「―嫌うわけないじゃん。私、一度だってスドのこと嫌いになったことなんてないんだから」


 依代の笑顔がやけに俺の目に焼き付く。


 ―本当はそんなこと、思っても無いくせに。

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