7章 臆病なのは、どっちだよ

第21話 姉弟のやり取り


「―家に帰ってきたら、まず『ただいま』じゃないの? 弟」


 俺が気まずい空気から逃げるように部活から自宅に帰ると、出迎えたのは聞き慣れた肉親の一人の声だった。


 居間で酒を開けてのぼせたような顔を向けてくる須藤 緋由とか言う姉貴だ。


「……居たのかよ、酔っ払い」

「あらら、酷い言い草。弟の帰りを祝福してあげようと思ってね」

「ただ講義が無いだけだろ、暇人」


「そうとも言う」

「そうとしか言わないんだよなぁ……」

「ヒロも酒飲む?」


「真っ昼間から学生に酒すすめてるんじゃねぇよ、酔っ払い」

「あ、ヒロって未成年だったね、メンゴ」

「……頭に冷水掛けてやろうか?」


「私に冷水掛けたらもれなく熱湯になるけど?」

「人間ポットだな。便利で良いな」

「やっぱり? 私もそう思う」


「……駄目だこりゃ。酔っ払い過ぎて手に負えねぇ……」


 酔っ払いの戯言に付き合うだけ無駄だ。


 俺はコーヒーを飲もうと、ポットでお湯を温め始める。すると、それに気付いた緋由がおもちゃを見つけた子供のような笑みを向けながら声を上げた。


「何? またコーヒーでも飲むの?」

「……少なくとも酒を飲むわけじゃない」

「お湯で温めたお酒ってのもありかも?」


「法律上、未成年は酒飲めねぇんだよ。知ってたか?」

「初めて知った」

「噓つけ」


「じゃあ、ヒロが未成年だってことを初めて知った」

「じゃあってなんだよ……」


 そんな馬鹿なやり取りをしている間にポットのお湯が湧いて音を立てる。


 俺は棚に置いてあったインスタントコーヒーを取り出すと、自分用のカップに軽く入れてお湯を入れた。


「ブラック?」

「……ミルクとか甘いのは苦手なんだよ」

「おいおい、もう少し学生らしいものを飲みたまえよ、少年」


「うるせぇ」


 緋由の言葉に反論しながらコーヒーを口に入れる。


 口の中に言いようのない苦味が走り、正直に言えばかなりまずかった。


 それでも俺はこんなクソ不味いものを飲んでいる。


 これくらい不味くなきゃ、忘れたいことも忘れられない。言うなれば、ただの現実逃避に使っているわけだ。


「ほら、苦そうな顔してるじゃん」

「……生まれ付きこの顔だ」

「やば、私好みの顔じゃん」


「つまりお前はエス属性でも備えてるってことか」

「褒めないでよ、照れる」

「病院行くか? 今なら弟が病院まで付き添いで行ってやる」


「やったね。お姉ちゃん感動し過ぎて泣きそう」

「奇遇だな、俺も姉の駄目っぷりに呆れて泣きそうだよ」

「やっぱり姉弟って絆で繋がってるよね」


「……おかしい、嫌味が一切通じてねぇ」

「知ってた? 弟の言葉は姉にとってはただのカンフル剤なんだよ」

「なら、俺はこれから緋由の前で喋れなくなるな」


「そんなこと言わずに遠慮なく私に甘えてよ~」

「寝言は寝てから言えよ、酔っ払い」


 馬鹿馬鹿しい話に付き合ってられず、俺は再びコーヒーに口を付ける。


 しかし、それが自分を思ってのことだと知っている為、俺はコーヒーから口を放すと黙っていたことを口にした。


「……元カノと会った」

「……なるほど、だからそんな顔してるんだ?」

「別に……色々あって、そいつらと部活やることになっただけだ」


「ヒロのこと振った二人?」

「……まあ」

「ふ~ん?」


 そう言うと、緋由は酒の入ったコップを軽く傾ける。


 中に入っていた氷がカランと音を立てているのを見ると、たった数歳しか違わないにもかかわらず、どこか大人のような雰囲気を感じさせた。


 俺もまた対抗するようにコーヒーを傾けながら飲むと、少し静かな声が返って来る。


「……大丈夫なの?」

「……何が?」

「……」


 何かを見極めるような姉の声に、俺はコーヒーに目を落としながら静かに答える。


 そんな俺に緋由は小さく笑みを浮かべると、再び酒を軽く飲み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る