第5話 その視線を何と呼ぶ?
「―それで? 須藤くんは本当に手芸部に入るってことで良いのね?」
手芸部の顧問である三日下 莉緒(みかした りお)は入部届に目を通した後、向かい側に立つ俺にそう尋ねてきた。
それにつられてこの手芸部の教室に居た伊色と依代も視線を俺へと向け、俺は女性三人から注目される形になる。
俺はそんな状況に居心地の悪さを感じながらも、ポケットに両手を入れたまま窓の外へ視線を向けて答えた。
「……まあ、そんな感じです。……流れ的に」
「いや、流れ的にって……」
三日下先生は俺の返答を聞くなり、片手に入部届の用紙を持ったまま教卓で頬杖を付いていた。
そんな彼女にはまだ教師らしさがあまりないが、そもそも今年から赴任したばかりらしい。
俺が手芸部に入ることに違和感を持っているのか、まだどこか学生らしさを引きずりながらも、呆れた様子で三日下先生は色々と質問を投げ掛けてくる。
「別に部活動に入るのは自由だから良いけど……須藤くんって手芸とかそいうの得意だったの?」
「いえ、まったく」
「……それじゃあ、手芸が実は好きだったとか」
「いえ、まったく」
「……手先が器用……ってわけでもなさそうね」
「自分、人間関係も含めて不器用な奴なんで」
「いや、誰も上手いこと言えなんて言ってないし……」
俺が適当な感じで質問に答えていくと、三日下先生は脱力しながら教卓の机の近くに置いてあった椅子に座る。
そして、伊色と依代の方へと視線を向けると、まだ困惑した様子のまま声を掛けた。
「……まあ、人数揃えば部活動は始められるし、幽霊部員でもなんでも良いか。……伊色さんと依代さんもそれで良いのよね?」
「はい、彼に入部して欲しいと頼んだのは私達ですから」
「これで手芸部やれるんですよね……?」
あくまでも冷静に答える伊色と、不安そうな表情で手芸部開設について尋ねる依代。
そんな対照的な女子二人に対して、三日下先生は彼女達を安心させるように笑顔を作って答えた。
「大丈夫、三人入れば認められることになってるから」
「ふぅ……」
「良かった……」
伊色と依代はそれぞれ安堵を見せ、それを見ていた三日下先生は再び俺へと視線を向けてくる。
俺が手芸部に無理矢理入れられたのではないかと考えているのか、どこか世話好きな一面を覗かせながら三日下先生は俺に入部の意志を再確認してきた。
「須藤くんもそれで良いのよね? ……手芸部で男子一人って結構大変だと思うけど―」
「ところで先生、そのコーヒー俺がいつも飲んでるやつと同じっすね」
「そんなあからさまに―って、噓でしょ? これ、ブラックよ?」
「俺、ブラックしか飲まないんすよ」
「噓……私だって最近ようやく飲めるようになったばっかりなのに……」
三日下先生は自分で飲む為に買ってきたのであろう教卓に無造作に置かれたブラックコーヒーに目を向け、驚いた様子で俺と交互に視線を送っていた。……マジか、最近飲むようになったばっかりだったのか。
そんな三日下先生は自分より年下である俺より大人ぶりたいのか、真剣な表情で俺を説得してきた。
「……須藤くん、悪いことは言わないからコーヒーはまだブラックはやめておきなさい。……っていうか、その年でブラックに手を出すなんていくらなんでも早すぎるでしょ……」
「まあ、思春期って色々あるんで……つーか、先生。年下に追い抜かれるのが嫌なのは分かりますけど……それ、大人げないっすよ」
俺がそう返すと、俺の肩に強い力で両手を乗せていた三日下先生はその顔を真っ赤にしてしまう。
どうやら図星だったらしい三日下先生は冷静さを取り戻すように離れた後、わざとらしく大きな咳払いをすると、まるで拗ねた子供のような目で俺を睨み付けてきた。
「……別にそういうのじゃない。私は先生だし、子供相手にムキになるわけないでしょ?」
「……すんません、俺こういう時知らないフリをできるほど大人じゃないみたいです」
「少しは教師を立てなさいよ……」
三日下先生は俺の指摘に恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまっていた。……この人、本当に俺達より年上なのか?
そんな教師の新鮮な反応に驚いていると、俺の隣で様子を伺っていた二人から視線を感じ、俺はゆっくりと視線を向ける。
すると―
「うおっ!?」
ものすごい呆れた視線を俺へと向けてくる伊色と依代と目が合ってしまう。
「……はあ」
「……何、先生に鼻伸ばしてんの?」
なんだよ……別れた癖にどギツイ目を向けるなよ。
俺はそう思いながらも、三日下先生の手前もあって返すこともできず、現実逃避の為にただ窓の外に見える桜に目を向けたのだった―。
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