第6話 …そういうのが卑怯って言うんだよ

 三日下先生が居なくなった後、手芸部で使用する予定となった教室には、俺、伊色、依代の三人だけが残された。……まあ、当たり前といえば当たり前だが。


 構図だけ見れば男一人、女二人という悪くないものだが……いかんせん、相手は元カノ二人。


 実は見知らぬ女子と居るよりも気まずいこの状況に、俺はひとまず持ってきていた鞄を肩に掛ける。


 入部届を出したとはいえ、まだ完全に受理されたわけでもないし、初日から活動も何もないからな。


「あ―」


 俺が鞄を肩に掛けた途端、真っ先にそう声を上げたのは一週間だけ付き合った依代だ。


 中学時代は無駄に明るい奴だったし、おそらくこの高校でもその性格ですぐに周囲の奴と打ち解けるだろう。


 そんな依代も俺に別れる時にこう言っていた―


『……もう、他人になろう』


 なんだよそれ、と思った。


 しかし、別れを切り出されたとはいえ、あの時は伊色を含めて二回目だったし、もはや怒りも何も感じず、ただただ「あっそう」って感じで諦めの境地に達していたが。


 そんな依代が今さら俺に何を語るというのか?


 昔、こいつは俺を「スド」と呼んでいた。


 俺の名前が「須藤」だから「スド」。


 なんてことはない、ただ略しただけのニックネームとも呼べない呼び方だ。


 それが他人になって無くなって、そう呼ぶ奴が周りから居なくなった―ただ、それだけの話だ。


「……まだ入部届は受理されてないだろ。というか、そもそも部活動としてまだ認められても居なかったわけだし、先生からの報告を待つ。……だから、今日は帰る」

「あ―」


 俺がそう答えながら軽く二人の方に視線だけを向けると、伊色はどこか気まずそうに座っていた机に視線を落とすだけで何も返してはこなかった。


 代わりに依代は再び何かを口にしようと開きかけていたようだが―


「うん……そう、だね……」


 そう言って自分の膝の上で強く拳を握り締め、顔を俯かせてしまう。こんなギクシャクした関係で部活動なんて本当にできるのだろうか?


 俺が疲れたように肩を落として部室のドアを開いて外を出ようとした時だった。


「―バイバイ、スド」


 もう、そう呼ばなかった癖に。


 驚いた様子で俺が依代を見ると、泣きそうな顔で俺を見ていた依代と目が合い、依代は再び急いで顔を俯かせてしまう。


 まるで子供が怒られるのを怖がるように、拙い仕草で顔を俯かせる依代。


 昔からそうだ。


 こいつは誰とでも仲良くなれるコミュニケーションの天才で、だから俺と違って友達も多かった。


 何かしても笑って許してもらえる―そんな奴だ。


 だから俺もそんな依代をつい許してしまうことだってあった―あの日、あの時、俺を一方的に振るまでは。


 縮こまるその仕草は子供のようで、怒るには怒れない。


「………………おう」


 俺はそんな依代にただそれだけ答える。


 すると、教室を出て行った瞬間、顔を思い切り上げた依代が見えた。


 泣きそうな表情からどこか徐々に明るさを取り戻していく依代。


 誰もがそんな彼女に夢中になり、信頼し、全部許しちまうんだ。


 ……本当、そういうのが卑怯って言うんだよ。

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