2章 …そういうのが卑怯って言うんだよ
第4話 それは多分、運命の悪戯ってやつなんじゃないか?
「―手芸部に入って欲しい?」
あの後、俺はわけも分からぬまま、とある教室まで連れて来られると突然そんなことを告げられた。
あまりにも切羽詰まった形で伊色に呼ばれ、一応は色々と覚悟して付いてきたわけだが―
「……先に言っておくが、俺に手芸を期待するのはお門違いだぞ?」
「大丈夫、そこは最初から期待してないから」
事もなげに涼しい顔で伊色はそう言ってのけると、机に座る俺に紙を寄こしてきた。……まあ、この流れから分かると思うが入部届だ。
ちなみに依代はというと会話には参加せず、伊色の横に座って俺の様子を見ていた。
どうやら、俺との距離感をどう図るべきか悩んでいるようだ。
それに対して、ついさっきのどこかしおらしい態度で助けを呼んでいた伊色は依代とは違い、こうして俺と堂々と向かい合って入部届を出してきている。……ずいぶんと図太い神経してんな、おい。
俺はそんな元カノの一人に呆れた様子で言葉を返した。
「……『助けて』とか言うから何事かと思ったが……ただの部活の勧誘かよ……」
「本当に助けは必要だったけどね。学校側から三人以上でないと許可はできないって言われてるから」
「いや、そうかもしれないけどな……こう―」
「お前、元カレにそれ頼むのどうよ?」と言おうとしたものの、俺はその言葉を飲み込む。
別れた時、こいつは言っていた。
『これからはもう……他人として接してくれない?』
一方的に別れを告げ、一方的にそんな理不尽を言いつけられ、そしてまた一方的に入部届を押し付けられている。
こんなワガママな女が一週間だけとはいえ、俺の彼女だったとは……世も末だな。
「はあ……」
なんか、色々とこれからの学校生活のことや接しない為にどうするべきか悩んでいたこととか、どうでも良くなってきた俺は思わず大きくため息を吐いてしまう。
ある意味では「肩の荷が下りた」とも言えるし、逆に言えば「拍子抜けした」とも言えるこの状況に安堵と呆れを混ぜて出てしまったものだったが、伊色と依代は俺のそんなため息を聞いた途端、少しだけ体を強張らせていた。
よく見れば、俺と相対していた伊色の手は震えており、片方の手で自分の震えていた片腕を抑えいている。
(……結局、お前も無理してんじゃねぇか)
さらに、同じように怯えた様子を見せた依代もそんな伊色の手を強く握り、俺の前に座る二人。
まるで俺が二人に恐怖を植え付けてしまっているような構図に、俺は一人心の中で毒づく。
(……なんだよ、これじゃ俺が悪者みたいだろ)
伊色も依代も、俺と付き合っておいてすぐに勝手に別れて……悪者はどっちだよ。
そんな連中の頼みを聞く? 俺が?
振られて、傷付いて、悔しくて……泣いて。
それを忘れる為にコーヒーをブラックでがぶ飲みして、ようやく忘れることができた俺が? ……冗談もほどほどにしろよ。
「……」
俺は再び声にならないため息を吐くと、俺に入部届を押し付けてきた伊色にそれを付き返してやる。
そして、全てがどうでも良くなった俺は、驚いた様子で入部届へと目を通す伊色と依代を見ながら、ただ疲れた様子を隠すことなく思っていたことを告げてやった。
「―字が下手なのは突っ込むな。……うちの家訓は『署名する時はあえて下手に書け』って言われてんだよ」
俺の言葉を受け二人は怯んだ様子を見せたが―
「え……?」
「噓……」
入部届を目にした二人は驚いた表情から一変。
急いで俺から入部届を奪い去ると、そこに安堵の表情を見せて思い思いに喜びを見せていた。
「良かった……」
「悠香! これで部活できるね!」
俺が適当にでっち上げた家訓なんか聞いても居ない二人の元カノに、俺はただゆっくりと座っていた席に深く腰掛ける。
入部届に記載された「須藤 浩紀」という文字。
こんなの、ちょっとした気まぐれだ。
散々振り回して、勝手に俺を振るような自分勝手な女に、俺が簡単に協力するわけないだろ?
それじゃあ、なんで俺がこいつらを助けたのか?
自分でもよく分からんが……それは多分、運命の悪戯ってやつなんじゃないか?
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