第1話 とある学校での出来事

 「高校デビュー」なんて言葉がある。


 まあ、高校に限らず、大学だろうと社会人だろうと機会があれば使える言葉らしいが、俺はまだ高校生でしかそれを味わえていないわけで、あくまで今回は「高校」という単語に絞ろう。


 中学生時代を忘れ、新しい自分を始める為の一つのスタート。


 もし、中学生で何か問題があろうと地元から離れた高校に進学すれば問題ない。


 ほとんどの人間の進学先が地元の中学だとしても、高校なら色々な選択肢が取れる。


 この俺、須藤 浩紀(すどう ひろき)も、そんな例にもれず「高校デビュー」なんてものに多少は共感できているつもりだ。


 高校は地元よりも少し遠いところにして中学の連中と被らないようにしたし、少なくとも俺の周囲でそこに進学するような奴は居なかった―はずだった。


 一つ、俺の中で持論がある。


 それは高校だろうと、社会人だろうと、どこかで自分が生まれた変わるような「デビュー」をするには昔の自分を知っている人間が居てはいけない、ということだ。


 お分かり頂けただろうか?


 そう、俺が「高校デビュー」についてこんなところで一人日記に書きなぐっているのは、それができないと確信したからである。


 というわけで、俺はその「高校デビュー」ができず、こうして腐った高校生活を迎えているのであった―


「完」

「―それで? そんなものを書いてどうするつもりなの?」


 俺が自分の書いた自伝に最後の「完」という文字を口頭で言いながら締めくくると、呆れた様子で声が返ってきた。


 長い黒髪で綺麗な佇まいをそう言ってくるのはクラスメイトの伊色 悠香(いいろ ゆうか)だ。


 それまで伊色は手芸部の活動の一環で縫っていた布を自分の膝へと置く。この伊色は何を隠そう、この手芸部の部長だ。


 それに加え、どこかの会社の娘だそうで、成績優秀、運動神経抜群と非の打ち所がない完璧超人だったりする。


 さらに、俺の反対側から今度はまた違う声が聞こえてくる。


「―っていうか、そもそもさっきからブツブツ言いながら書いてるけどさ……それ、なんなの?」


 頬杖を付きながら少し退屈そうにそう告げてくるのは、同じくクラスメイトである依代 翠(よりしろ すい)。


 女優を志しているらしく、常に笑顔を作ることを忘れないムードメーカーであり、友人も多い人気者だ。


 少し明るい茶色の髪にトレードマークであるポニーテールは彼女の元気さを彷彿させていてよく似合っている。


 そんな依代は体力作りに余念がなく、勉強の方はそこそこではあるものの、運動神経については伊色以上だ。


 そして、そんな二人に対してこの俺、須藤 浩紀に何か誇れるものがあるかというと……あいにく何もなかったりする。


 というか、運動部に居てもおかしくないこの二人が手芸部に居るという構図そのものが違和感があるわけだが。


 ついでに言うと、この二人―実は俺の元カノだったりする。


 俺は伊色と依代の間の机に座りつつ、二人の視線を受けながら先程まで書いていた紙を片手に持ちながら二人の質問に答えてやった。


「いや、今から卒論の練習を……と思ってな」


 そんな馬鹿みたいな俺の余興に、元カノ二人は盛大にため息を吐くのだった―。

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