誘引

23 誘引


大学1年生 大暑 新理



7月中旬。夏休みを目前に、いつの間にか蝉の鳴き声が辺りに響いていることに気が付き香田新理こうだしんりは顔を上げた。


彼は休み前のテスト勉強を友人の高橋たかはし中岡なかおかと共に自習室で行っていたのだ。


窓の外ををぼんやりと眺める新理を見て、高橋が思い出したように声をかけた。



「そうだ。俺今日部室いけないんだ」


「あ、俺も」



高橋に続き、珍しく中岡も反応をした。



「なんで!?」


「声でかっ」


「いや、バイトが急に入っちゃって……ごめん。月曜は行くよ」


「俺はソシャゲのイベントが今日からだから帰る」


「土日も籠もる気だな?」


「無論」



高橋は眉を下げ、中岡はしたり顔で眼鏡を上げた。



「いいなぁ2人共楽しそうで」



新理がため息をつくと、2人は顔を見合わせた。


サークルに入部したはいいものの、新理は自身の活動内容に悩んでいた。


彼の古都研究会サークルへの入部理由は部長や部員の人柄に惹かれたからであるが、一応選考学科の建築系とそこに絡むオカルトに興味があるからである。


以前、部長の田渕たぶちに校内の怪談を調べたらどうかと助言され意気込んだものの、学校内の怪談はもうやり尽くしてしまった(そもそも3、4つしかない)。


その後の活動をどうするか。新理はぼんやりとしているようで色々と考えていたのであった。



*



モヤモヤと悩みつつ、部室のドアノブに手をかけると鍵が開いていることに気がつき、新理は勢いよく開ける。


するとそこには見たことのある女性が佇んでいた。



「あ」


「こんにちは」



黒髪のショートカットの彼女はにっこりと微笑んだ。


彼女は5月頃、突如古都研究会の部室に現れ、まるで煙のように消えてしまった。サークルの部長、田渕の友人と名乗り、オカルトが好きな謎の女性――。


彼は心臓を高鳴らせて、おずおずと部室に入る。



「こんにちは……」


「また会ったね。新理君」



大きな黒い目に、赤い唇、ほっそりとした首元。前とは違う形の薄手の白いワンピース。組んだ足先には赤いサンダルがぷらぷらと揺れていた。


すると彼女は椅子から身を乗り出して顔前で手を合わせた。

新理は驚いて目を丸くする。



「こないだはごめんね、びっくりしたでしょ?」


「……突然いなくなってしまったので、かなり驚きましたよ」



彼女はきょとんとした顔の後、すぐに吹き出した。



「ああ、そっち?ふふ、それもごめんね!」


「そっち?ってことは他になにか……そうだ、お名前伺っても?」



新理がどさくさに紛れて、ずっと気になっていた質問をぶつけると彼女は天を仰ぎ首を傾げた。



「私、名前言ってなかったっけ?」


「はい……」


「ごめんごめん!忘れてた」



彼女はくすくすと笑うと、頬杖をつきながら笑顔で言った。



「私、片城かたしろ椿つばき。椿って呼んでね、香田新理君」


「片城……椿さん……」


「うん」



新理が不思議そうな顔でそう呟くと、彼女はにっこりと笑顔になった。



「ちなみにおいくつですか?」


「堂々と聞くのね?まぁいいけど。今年23歳。ここのサークルのOGなの」



新理は驚いて目を見開いた。彼女がOGだということも初めて知ったからである。



「あれ?これも言ってなかった?」



新理は少し困った顔でこくりと頷く。彼の顔を見るや否や、彼女はくすくすと笑った。



「こないだ、ちょっと詰め寄っちゃったでしょ?からかいすぎたかなって。それを謝りたかったの。ごめんね」



新理は、こないだのことを思い出した。彼女の黒々とした視線に汗が滲んだことを。


しかしこないだより笑顔の多い彼女を見て、あれはただふざけていただけなのだと新理は理解した。



「気にしていませんよ」


「そう、よかった。あ!私が部室の鍵持ってることは内緒にしてね」



新理が柔らかく微笑むと、椿はニコニコと笑った。



「そういえば、新理君は夏休みの計画は?みんなバイトや留学とか予定を立ててる頃でしょ?」


「ああ、たしかに……」 



新理はモヤモヤが湧き上がってくるのを感じた。



「ならサークル合宿でもしたらいいんじゃない?」



椿の一言で古都研究会には年数回観光地へ旅行に行くという活動内容がある事を思い出した。



「でも新入部員は上級生と一緒じゃないと部長から承認は降りないだろうけどね」



一筋の希望が絶たれ、新理はがっくりと肩を落とした。


わかりやすく落胆する新理の肩を椿が軽く叩いた。



「大丈夫。誘ってくれる先輩がいるよ」


「え〜?そうですかねぇ……」



新理は脳内で部長の田渕と彼女の同学年の副部長の顔を浮かべたが、2人共彼を旅行に誘うような人物には見えなかった。



「うん、きっと。そして旅行に行ったら……その話、私に聞かせてね?」



体を寄せた椿に新理は少し頬を赤らめて聞いた。



「あの、なんで……俺に?」


「言ったでしょ?私、オカルトに興味があるの」



彼女はにっこりと目を細めた。



「え……そんなに都合よく面白い場所にいけますかね?」


「いけるよ、多分」


「多分って……」


「ふふ。でも私の勘はよく当たるよ」



椿の言葉に、彼は少しぎくりとした。


それは新理の幼馴染、深瀬晶の言葉に少し似ていたからであった。


椿は強張る新理を見て顔を覗き込んだ。



「どうかした?」


「いえ、なんでも……」



椿は少し黙り新理を見つめた。



「内緒だよ。新理君」


「え?」


「私の事。他の人には内緒にしてね?友達にも部長にも、先輩にも」



椿はいたずらっぽく微笑み頬を染めた。


彼女の瞳は黒い。真っ黒なその瞳を見つめていると新理は何故かほんの少しだけ恐ろしくなった。



「約束だよ」


「……はい」



先の見えない闇のような黒い瞳は新理をじっと見つめた。




誘引 end

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