新入部員
20 新入部員
大学3年生 春 新理
淡い色の空の下、桜並木を歩く初々しい新入生にビラを配る各サークルの部員達。
3度目の春の桜を花壇の縁に座りながら、
彼も同様にコピーした数十枚の
新理が所属している古都研究会。今年からなんの因果か彼が部長に選ばれた。
サッカーサークルと掛け持ち(とはいえレギュラー選手が負傷・病欠の時の代打レベル)の新理はかなり大げさに遠慮をしたのだが、押しに弱い
ちなみに昨年の新入部員はゼロ。
元・サークル部長の
新理は心地の良い春の風に吹かれ、少しのざわめきを耳にしながらながら目を閉じていた。
「そんな感じで配ってて誰か貰ってくれるの?」
横から聞き馴染みのある声が聞こえ、思わず声の方向を見る。
そこには幼馴染の
隣県の
彼女は相変わらずのすらりとした身長に、まっすぐな茶色い髪の毛と大きな目をしている。白い春用のジャケットを羽織り、淡いミントグリーンのニットに爽やかなライトインディゴのデニムとグレーのスニーカーを履いていた。
まるで、春の時期のミュージックビデオか映画のワンシーンのように桜の中で細い髪を耳にかけながら彼女はうっすらと微笑んでいる。
彼女の姿に、新入生どころか在校生からも視線が集まる中、慌てて新理は立ち上がった。
「深瀬!なんでここに?もしかして………ついにインカレする気になった!?」
「違うよ。ゼミの課外活動で近くまで来たから寄ってみたの。すぐ戻るし午後には大学に帰るよ」
「ああそうなの……課外活動?」
「と、いう名のお花見だね」
新理は寂しげに渡そうとしたビラの手を下げる。つまり晶は彼に会いに来たわけではないらしい。彼女は新理のもつビラを上から一枚抜き取る。
「落ち込まないでよ。今年は新入部員が入るよ、きっと」
彼女はにっこりと微笑みビラをバックに入れ「頑張れ」と言いながら小さく手を振り、並木道を颯爽と歩き去って行った。
何度目かの彼女の後ろ姿を見送り、新理は重い腰を上げ背伸びをすると、またビラを配り始めた。
*
古都研究会の部室内、パソコンで就活用の履歴書とポートフォリオの作成に苦しむ藤本を尻目に、新理、高橋、中岡の3人は一枚の紙に釘付けだった。
テーブルの上には一枚の「入部届け」。
名前の欄には「
出会いもない、古い大量の部誌と前時代的なエアコンとしかない、男しかいないこの弱小サークルにしかも女子。その
「いたずらかな……」
「だとしたらかなり悪質だけど……文字が女子っぽい……よね?」
高橋の考察に3人は確かに、と同時に頷いた。「いやしかし」と中岡が続ける。
「筆跡なんて誰にでも偽装は可能だ。代筆を頼んでいる可能性もある」
「そこまでして、いたずらをする意図は?一体そいつに何の得がある?」
「だとしたら相当個人的な恨みを買っている可能性が高いね」
3人はゆっくりとに藤本を見る。彼はパソコンの前で目を瞑ったまま腕組みをしており、まるで苦しみから境地に達したようしであった。
新理が入部届けを藤本の横に置く。
「藤本先輩。川島という苗字に心当たりは?」
「さぁねぇ。俺が来た時には既に部室のドアに挟まってたよ。テニサーにも川島はいなかったはず」
藤本は掛け持ちのテニスサークルの副部長を務める彼は、学校内でも顔が広く人気者である。彼はオカルトや心霊現象が大の好物でなんだかんだで古都研究部に所属している。
今まで金髪で通していた藤本は昨年の冬頃から就職活動のために焦げ茶色の髪になっており、部員一同やっとこの姿に慣れてきた。
「まぁこんなサークルに目をつける奇特な奴もそうそういないだろうし、いたずらだとしも来たら手厚くもてなしてやろうじゃん」
「もてなすんですか?」
「古都研究会は来るもの拒まずがモットー。万年人材不足だからな。隙があれば引き込め!」
藤本は、さも当然というような顔をすると、再度パソコンに向き直った。いたずらであれば、そもそもここへ来ないだろうと新理は思ったが口には出さなかった。
すると、部室の扉を軽くノックする音が聞こえる。
高橋が「どうぞ」と声をかけると、勢いよく扉が開かれる。扉の先には小ぢんまりとした背の低い女子が立っていた。全員が目を丸くして3秒ほど沈黙が流れる。
彼女は部室の端から端までジロリと見渡すと息を大きく吸った。
「あの、入部希望なんですけど。受理されました?」
小さな体から発したとは思えない程の力強い声量に、その場の全員がはっとする。
「え……もしかして君……これ書いた人?」
新理がおずおずと入部届けを見せると、彼女は眉間にしわを寄せる。
「はい、川島です」
どこで機嫌が悪くなったのかわからず、新理は少し肩を強張らせた。
「えっと……入部希望?でも活動内容とか、見学してからじゃなくていいの?思ってたのと違うかも。他の部活に比べて地味だし、ここにいるのが全部員なんだけど」
「興味あります」
新理の言葉に被せるように、彼女はそう言うとギロリと新理を睨みつけた。
気圧される新理を見かねた藤本が横から話に割って入る。
「まぁまぁ、一応ギリギリ受理前だし、活動内容なんて今から説明したらいいさ。貴重な新入部員だぞ?2人共中に入れて差し上げろ」
「2人?」
藤本がどうぞと席へ案内すると、彼女の後ろからもう1人女子が姿を表した。
「失礼します」
川島とは正反対なふわふわとしたくせ毛のこれまた小さく華奢な女子であった。
新理がいた場所からだと、扉が影になっており見えていなかったのである。
席に着いた2人へ中岡が素早くお茶の準備をすると、いつもの部室の端へ戻り自前のノートパソコンで作業を始めた。
別のパソコン作業中の藤本は「俺に構わず」と一言、また腕を組んで画面と睨めっこを始めた。
やや異様な空気に、高橋が困ったような笑顔で2人に話しかける。
「とりあえず自己紹介してもらってもいいかな。川島さんと……お友達?」
川島の隣に座った女子はこくりと頷いた。
「はい、
「ああ、オッケーだよ。もしも入部の場合は後でそっちの部長にも伝えておいてね」
「すみません、見学だけしに来て……ひなちゃんが楽しそうだったので」
千原は申し訳なさそうに眉を下げた。“ひなちゃん”とは多分川島のことなのであろう。
「初めはみんな見学しにくるものだから気にしなくていいよ」
「私は異例ってことですね」
「いや、そう言うわけじゃ……見学も入部もいつでも大歓迎、この通りの弱小サークルなので」
新理が弱々しくサークルの説明をし始めると、高橋がいくつかの部誌を机に並べる。
「年に多くて2回、こういう部誌の発行と一回だけ遠出の旅行がある。それだけ覚えててもらえれば」
説明途中で、新理は川島からの強い視線に圧倒された。
「あ、あの、旅行の参加は強制じゃないから…」
「いえ、参加します。興味あるので」
川島の黒髪のボブカットは、彼女の丸い頭に沿って綺麗に内側へ巻かれ、明るいオレンジ色のインナーカラーが入っている。
黒豆のように艶のある髪をぼんやりと眺めていると、またも睨まれてしまった。
「とまぁ……部活内容はこんな感じ……あとは月に2回決められた招集日があるけど、それ以外は自由に顔出したりしてる」
「部長の香田はサッカー部も兼部してるよ。試合中はかなりかっこいいんだ」
「それって今はかっこよくないってこと?」
新理はにこやかに笑う高橋を凝視した。
川島は相変わらずむっつりとしていたが、千原は小さく笑っていた。
「川島さん、どう?入部に関してなにか他に質問ある?」
「いえ、特に何も。私は入部します。それでは」
川島はそう言い放つと「失礼します」と一言、席を立ち出ていってしまった。
千原は小さくお辞儀をして、川島を追いかけるようにその場を去っていった
*
「なんていうか……我が強そうな子だった」
新理は2人が去った後のカップを洗浄後、拭いて棚に戻しながらそう言った。
「名前から見てもっと可愛らしい感じかと思った」
「香田、それ偏見だよ」
「隣にいた千原さんの方が日菜子って感じだったな」
そんな新理の考えにふと中岡が顔を上げた、
「そういえば、その千原さんは結局入部するのか?」
「いやぁ……どうだろう」
「千原さんなしであの女子の相手をするのか?かなり至難な技な気がするぞ」
「確かに」と3人が各々考えていると、藤本が大きくため息をついた。
「何気を落としてるんだよ、待望の新入部員だぞ!しかも女子!確実に入る見込みがある!もっと喜べアホどもめ」
ぴしゃりと藤本が3人に向かってそういうと新理は再度「確かに」と呟き頷いた。
すると高橋が思い出したかのように新理に問いかける。
「そうだ、香田って川島さんと知り合い?」
「え?いや、全然。初めましてだよ」
「そっかぁ。同郷とか、同じ学校だったのかと思ってた」
高橋は頷きながら飲み物を飲んだ。
「なんで?俺そんな事言った?」
「いや川島さんがさ、ずっと香田の事見ていたから。てっきり知り合いかと」
「確かに、少し緊張しているように見えたな」
「ね」
高橋と中岡の言葉に新理は首を傾げた。新理にしてみれば、川島から“見られていた”というよりは“睨まれていた”ような気がしていたからである。
新理は考えうる限りの女性を頭に思い浮かべたが彼女の姿はなかった。
「わかんない……」
「この辺の奴じゃなくて、同郷の可能性もあるぞ」
「でも、中学までは幼馴染の巣窟で、高校はほとんど男とばっかり遊んでたから……ていうか、本当にそう見えた?俺にはずっと不機嫌そうに見えたけど……」
「ほう、じゃあ香田に恨みを持ってここまで来た可能性が?」
「恨み?俺に?」
「だとしたらものすごい執念だけどな」
「中岡〜そんなわけないでしょ」
中岡の言葉にまたも新理は首を傾げた。
実は知り合いで、自分が忘れているだけで何か彼女にとんでもない事をしたのではと新理は考えたが、女性にそのような事をした覚えはなく、答えは出なかった。
*
帰り道、大学の最寄り駅の中にある本屋で新理がルーズリーフを購入していると、晶からメッセージが送られて来た。
本屋にいる?ルーズリーフ買った?
突然居場所と購入物を言い当てられた新理のはどきりとして目を丸くした。
すると隣にふわりと人影が現れた。
「よっ新理君。何か返事してよ」
「深瀬、なんでここに?」
「あの後午後にあった講義が丁度休講になってね。こっちで見たかった展示に行ってたの」
「あっ、もしかして隠れて見てたの?」
「ごめんごめん。丁度新理君も帰る頃かなーって思ってここにいたの。そしたら本当に本屋にまで来たからびっくりしてさ」
晶は少しいたずらっぽく笑った。新理は彼女が自分の事を考えてくれていた事に少し嬉しくなった。
「いや、まぁ別にいいけどさ。
展示、何見てきたの?」
「ああ、えっとね……」
晶はトートバックの中からパンフレットを取り出してページをめくる。新理もパンフレットを覗き込んだ。
「部長?」
新理が振り返ると、そこには川島が立っていた。
「川島さん!?なんでここに?」
「ここ、大学の最寄駅ですよ。在学生は日常的に利用すると思いますけど」
川島は呆れたような顔をすると、ちらりと晶を見て目を見開いた。
「そちらは、部長の彼女ですか?」
「あ、えっと……その」
「すみません。失礼しました」
新理が狼狽えていると、川島は目を丸くして軽く頭を下げると足早に去って行った。
すると隣にいた晶がくいっと新理の服をつまむ。
「何?」
「ちょっと、なんではっきり言わないの『彼女じゃない』って。あの子後輩なんでしょ?」
「あ、いや……はっきり否定すると深瀬に失礼かなって……」
彼は明後日の方角を見ながら口角を上げた。
新理は“晶が彼女に間違われる事”が実はまんざらでもないという浅はかな気持ちを隠した。
すると晶は理解不能といった顔で新理の肩を拳で突いた。
「何よくわかんないこと言ってるの、あの子きっと誤解しちゃったよ」
「そうだ、深瀬は川島……あの子の事知ってる?」
「さぁ……知らないな。初めて見たと思うけど。名前も聞き覚えないし。どうかしたの?」
「いや……俺のこと知ってる?みたいなんだけど、俺の方は記憶がさっぱりなくて。そういうのはわからないの?深瀬の能力で」
彼女は様々な“予感”を察知出来る、不思議な能力の持ち主。そのおかげで新理は幾度も窮地を救われてきている。
「そんなことわかるわけないでしょ?占い師じゃないんだから。今回は新理君の鈍さが原因だよ。自分でどうにかしなさい」
晶はため息をついてパンフレットをバックへしまった。
「そういえば深瀬の言った通り、今日部員が一人入部したよ」
「そうなの?よかったね!あれ……?もしかしてさっきの子?」
「そう!」
「ダメじゃん、尚更誤解を解かないと!」
次に合うときに必ず誤解を解くように晶と約束をし、彼女と新理は別れた。
*
それから新理は川島と何度か出くわしたものの長く話せる機会がなく、誤解を解くタイミングがないまま数日が経過していた。
しかし晶といるとほぼ全員が誤解をするので、彼は半ば諦めてそのうち誤解が解けるのを待つことにしていた。
レポート作業の為図書室へ本を探していたその時、偶然千原を見つけ新理は声をかけた。
「千原さん」
「あ、香田先輩……!?こんにちは……」
千原は思わず大きな声が出てしまったようで、口を押さえて小さく会釈した。
新理は苦笑いをしながら千原の目の前の席へ座る。
「急にごめん、レポート作業でたまたま来たんだ。千原さんは?」
「少し興味のある本があって……」
千原の横には何冊も積み上げられた本があった。
「川島さんは今日は一緒じゃないの?」
「バイトで先に帰りました。一人暮らしの資金を貯めたいらしくて」
その言葉に新理は顔を上げた。
「彼女、実家から通ってるの?」
「はい、ひなちゃんの地元はこの辺ですよ。私、予備校が一緒でした」
「そっか……」
川島の正体がますますわからなくなった新理は机に伏せた。
「香田先輩、ひなちゃんは先輩を知っているみたいですよ」
「へっ?」
千原はふんわりと緩く微笑む。新理はその言葉に至極間の抜けた声を出したが、彼女は微笑んだままであった。
気を取り直し、新理は記憶をフル回転させ川島の顔を探し出す。しかし、やはり彼女の記憶はない。
「だめだ思い出せない……」
ギブアップ、と肩を落とす新理に、千原がそっと耳打ちをする。
「ひなちゃん家、すごく近いんですよ。これは内緒ですけど、大学近くのアンティークショップです」
新理は千原の声と共に、頭の奥底から記憶が湧いた。
昨年の秋、あの寄木細工の箱を買った、あの店。そして、レジで店番をしていた黒いエプロンをかけたあの少女。それは制服を着たの川島の姿だった。
「思い出した!」
新理の大声に周囲のほぼ全員が驚き視線を集めたが、千原はにっこりと微笑んだ。
「よかった。でも言わないでくださいね。ひなちゃん怒るから」
「わかった、言わないよ。川島って怒ると眉間にシワが寄るんだよな」
「猫みたいで可愛いですよね」
いまいち噛み合わない会話を終了し、新理は千原と図書室を後にすると新理は腕を上に伸ばした。
「あー!でもよかった〜謎がわかってスッキリした。ありがとう千原さん」
しかし川島に誤解を解くというミッションがまだ残っていた事を思い出し、ややうなだれた。
「どうしたんですか?」
「いや、実は川島にちょっと誤解されてて……それを解きたいんだよね」
新理が情けなくため息をつくと、千原は少し考えたあと顔を上げた。
「先輩、決めました。私も古都研究会に入部していいですか?」
「えっ突然だな……もっと迷ってもいいんだよ?まぁ途中で辞めることもできるけど」
「いえ、なんだか面白そうで」
新理は困惑したが、千原は微笑んだままであった。
その後、千原の助けもあって新理はあっさりと誤解を解くことに成功した。
千原は微笑んでいたが、川島は相変わらず眉間にシワを寄せていたままだった。
かくして万年部員不足の弱小サークル古都研究会に、2人の新入部員が入部した。
新入部員 end
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